少年兵と最奥の朧姫
※注意:王女様がお下品な発言をかましています
「はじめましてぇ、あたし王女でーす。
このたびぃ、めでたくここにくたばっているヘタレ愚か者のお父サマとカラダで籠絡するしか能のないお母サマの代わりにぃ、新しい女王サマになりまーす。
この国を建て直すためにぃ、せーいっぱい頑張りますんで、そこんとこよろしくー?」
緊張感のない声が響くその空間は、一言でいえば凄惨だった。
血を吐いて倒れているのは、この国の王と王妃。周りには、大量の衛兵の死体が四肢をバラバラにされた状態で積み重ねられている。顔はどれも目が極限まで見開かれ、白濁した眼は虚空を見ている。座敷の畳を流した血で汚している代わりに、表情からは血の気が失せている。
国王と王妃、二つの頭の上に一人の少女が器用に足を乗せて仁王立ちしている。
水に濡れたような淑やかな黒い髪と深い宵闇の瞳。その身にまとっているのは、まるで遊女が着るような肩口が大胆に晒されている萌黄色の着物と黒の帯である。
「なぁに固まってんのよ、少年兵くん。そんなにびっくりした?
あたしが自分の親を手にかけるのがさぁ」
齢12の王女。まだまだ幼い風貌の彼女は、目の前で呆然と立ちすくむ少年の顔をじろじろと見てくる。
少年兵。手には太刀を握り、その身を守る装備品は革張りの胸当てぐらいだ。周りに散らばる死体、もとい王の近衛兵が身に付けている甲冑とはワケが違う。
鳶色の髪は癖があって可愛らしい。同い年ぐらいだろうかと、王女は知らず知らずの内に笑みを溢す。
「あっ、もしかしてコレ、キミのエモノだったぁ?」
ぐりぐりと、足元の物言わぬ二つの頭を踏みつけながら王女は艶やかに笑う。
「ごっめーん、横取りしちゃったぁ。だってぇ、ムカついちゃったっていうか?
この二人、ほんっと役に立たないグズなんだもん」
思いついたように言い、わざとらしく手を合わせて首を傾げる。少年は無表情のまま微動だにせず、彼女の足元の死体を見下ろしている。
やがて王女は、にやついていたその顔からすっと表情を無くした。
「…もーコレ動かないから仇とか打ちようがないけどさ。キミの気が済まないんだったら、あたしとか殺しちゃってもいーよ?」
その言葉にハッと顔を上げた。少年の見開かれた目を見て、王女は満足げに笑った。
―――綺麗な鳶色の瞳だ。
「キミ、よく見たら美丈夫だねぇ。あたしの好みど真ん中だわー」
少年の表情は硬い。驚いているものの、浮かぶ感情が乏しい。
「ねーぇ?」
甘ったるい声を出してみる。
忌々しい毒婦の母が愚王の父に媚びていたのを思い出しながら真似て、首を傾げて誘いかける。
「どうかな少年兵くん。あたしを、殺してくれないかなぁ…?」
王女は笑う。心をひどく凍らせて。
「キミにだったらぶち殺されても文句ない、みたいなー?」
「―――どうしてそこまで死にたがる」
少年の突然の言葉。
その言葉に、今度は王女が目を丸くした。
「えー…なんでー?」
信じらんないと呟く王女を、少年は不思議そうに見つめ返す。
「なんで…そんなこと、今訊くワケ?」
「新しい王として立つと、言わなかったか」
「できたらの話だったんだけど」
「なら詭弁だったと?」
「だってぇー」
両親の頭を踏みにじるのを止めてそこから降りる。王女は背後の一段高い敷居へと上っていき、そして玉座へどっかりと座った。
「愚王と悪女の娘なんて、死ぬしかないじゃーん」
脱力しきったように玉座の背に凭れる。疲れたと、言わんばかりに。
「お願いだよー、殺してよー。その二人と一緒にあたしの首もこう、ちょんぱーって、していーからさー?
すごーい、新米兵士くん大手柄ー。きっとご褒美もらえるよー?なんたって王女の首だもん!やったねー。
それとも何?凌辱してから殺すー?あたし処女だからつまんないと思うけどさー、まあその辺はクスリとか使えばモンダイないっしょー。
お母サマの部屋に確かそういうの一通り揃ってたはずだし、今からでもヤっちゃうー?」
「…っ」
耐えかねたように、少年が動いた。
まっすぐこちらへと走ってくる彼を見ながら、王女は「ああ、あたし死んだな」と自分の死をぼんやり考える。
痛いのは覚悟するが、やはり怖いので彼女は目を瞑る。来る衝撃に備えて息を詰める。
しかし。
「じょ、女子がそういうこと言うんじゃねぇぇぇぇっ!」
―――え?
思わず目を開けた王女の目に映ったのは、顔を真っ赤にさせた少年が玉座の肘掛けに両手をついている姿だった。
「おまっ、仮にも王女だろ!?なんでそんな慎みがねーんだよ!?最奥の朧姫ってお前のことじゃねーのかよ!下品すぎてびっくりだよ!」
ぱちくりと、目を瞬かせる。それも何度も。
王女は数秒の間に、たっぷりと考える。その間にも、目の前から何やら喚く声がしたがこの際は無視だ。
時間はさほどかからず、彼女はすぐに結論に辿り着いた。
―――なるほど。どうやら彼には彼なりの“オヒメサマ”理想があったらしい。
そう思い当った途端、必死に抗議する彼に対して、王女の中からふつふつと湧き上がるものがあった。
「―――ぶ」
「…ぶ?」
こみ上げてくる何かに耐えようとしたが、時既に遅し。肩は小刻みから大きく震え始め、ついには噴き出した。
「……ぶっ……ぶははははははははははっ!」
「笑い方まで下品!?」
「はっ、はっ…!げほっ!ばっ…!」
「もはや過呼吸の域!?」
「ひー…!つ、ツッコミがぁ、しゅ、しゅういつすぎるー…っ!」
自分を指差し、げらげらと下品に笑う王女にアタフタとする少年。さらに笑いが溢れかえる。
「はー、はー…ぶふっ!」
「懲りねえなお前!」
「ひぃ、おかしい…!ど、どーしてくれんのよー?し、ぶふふっ、死にたくなくなっちゃったじゃなーい…!」
「知るかぁっ!」
くだらない応酬だと、王女は心底から思った。それと同時に、この瞬間がひどく幸せに思えた。
すっと、不意に王女の両腕が伸びて少年の頬に触れる。少年の体が面白いように跳ねた。
「キミ、名前は?」
クスクスと笑いながら問いかける。
彼にはおそらく、自分を殺すつもりがない。だとしても、この後の自分の身が安全であるとは思えない。それならば、目の前の愉快な存在の名前くらい知っておこうと思ったのだった。
「あたしは、亜心。章川亜心。
―――さあ、教えてちょうだい。キミの名前はなあに?」
囀るように名乗りあげ、年齢不相応の艶然とした微笑みを、少女は少年へと向けたのだった。




