ゴブリンと魔法 その2
前回のあらすじ
ゴブゾウは まほうを おぼえた
ゴブタは まほうを おぼえていた
親分は まほうに しっぱいした
『おやぶん おやぶん』
・・・・・・
『おいで おいでー』
・・・・・・・・・・・・っは! ここは?
辺り一面に薄もやが漂う不思議な空間。何処からか水の流れる音が聞こえる。
ワシ、つまりゴブリンの……何だったけ? ネタ切れか!?
……ともかく、此処はどこだ。こんな場所知らんぞ。えーと、そう、シチュー!
いや、あれは、ただの湯だった。そう、お湯を沸かして……?
? 鍋? 水? 火? どうやったんだっけ??
……まあ、今はいい。
『おいで おいでー』
ん? 呼ばれている。あっちか。
声のする方に向かう。地面には丸い小石が敷かれているようで、でこぼこして歩きにくい。漂うもやが、足元を隠しているから、慎重に歩かないと足を捕られそうだ。
ちゃぷん
探る様に伸ばした足先に水が触れる。水の流れる音も直ぐ近くに聞こえる。ここから先は、水面の様だ。
『おいで おいでー』
声は水面の彼方から聞こえてくる様だ。なんか、危険なカホリが……よし、戻ろう。
しかし、体は動かない。この感じは、アレか。労働強制ギブスに似ている。
いや、待て、違う! 勝手に、体が! ワシ泳げない。進む良くない。
足首、脛、もも……水面は徐々に深くなっていく。それでも足は止まらない。水に浸かった部位に、重い水の流れがかか。水底もでこぼこで、その上ヌルヌルとしており、いつ足を捕られてもおかしくはない。
「っあ!」
足がつるリン☆、と滑った。体が後ろ向きに倒れていく。
……オワタ…… そう、思った。その時、
「やれやれ」
そんな声と共に、釣り上げられた。
「君は……また来たのかい」
ワシを釣り上げた人物がそう言う。えーと、なんか白い人。しかし、また? はて……?
「覚えていない? まあ当然か。よく来たね」
「ここは?」
「此処は此処だし、毎回説明するのも面倒くさい。その疑問に答えても、君が直ぐに忘れてしまうんじゃ意味無いだろう」
確かに。いや、しかし……
「そんな事よりも、今回は何があったんだい? 確かあの子の所で働いているんだよね」
興味津々で聞いてくる白い人。あの子って誰? えーと、ワシ、何をしてたんだったか……
「魔……法……? えーと、火? 確か魔法で火を熾そうとしていたハズ。それで……」
あやふやな記憶を手繰り寄せ、何故かシチューがお湯になった話をするワシ。
「なんで<火>から、シチューになるの?」
えーと、棒が作れたから? いや……
「やはりカマボコにしておくべきだったか……」
「いや、意味が分からない。けど、なるほど。今回は魔法に失敗して死にかけてるのか」
死? 今、さらっと不穏な単語が……
「君にとって、火とは何だい?」
ワシの戸惑う様子に構わず、白い人が問いかけてくる。あの……
「火・と・は、何だい?」
笑顔が怖い。先生よりも怖い。古老様に通じる何かを感じる。真面目に考えよう。
火か。何だろう。熱いもの?
「煮焚きに使う、熱いもの」
「うん。じゃあ君は、火に対して何を感じる?」
便利? いや、それよりも……
全身を焼かれた痛み。一撃で集落を焼失させた圧倒的な暴力。これは……恐れ。
体中から汗が噴き出し、悪寒に震える。
「恐怖かな」
頭を抱えてガタガタ震えるワシ。その姿を見て白い人は理解した様だ。
「大丈夫だから、落ち着いて。……力を恐れるのは良い事だよ」
白い人は、ワシが落ち着くまで見守ってくれていた。これが先生なら……比べるのは止そう。
「これから君が力を身に付けたとして、その力を振るう前に、そうする事で何が起きるのか、良く考えてね。その恐怖を忘れてはいけないよ」
白い人が微笑みながら言う。力に溺れてはならないという事か。
「そうだね。じゃあ、ここで魔法の感覚を掴んで行くといい」
感覚を掴む? 白い人は、靄を示しながら続ける。
「これのお陰で、ここでは魔法が使い易い。魔法を使う感じを身体で覚えれば、君が戻ってからも上手くいくだろう」
この靄が?
「じゃあまずは、これを真似してみて」
そう言いながら、白い人が宙を指差す。指差した先で、霧が炎へと転ずる。握り拳ほどの火の玉がユラユラと宙に浮いている。
「流れを見る目で、火の玉を良く見て。解るかい?」
言われるままに心を鎮め、流れを見ようとする。これは……。辺り一面を漂う靄が、輝いている。優しい光がワシを包む。ああ、魂が浄化され……
「何処を見ているんだい。火の玉に集中して」
いかんいかん。危うく召される所だった。
気持ちを切り替え、火の玉に意識を向ける。……解かる。
「じゃあ、同じ様にしてみて」
靄に意識を向けると、そこが明るくなる。流れと同じか? 火の玉を見ながら、同じものを模倣していく。ワシの意思に合わせて、靄が形を変えていく。
「出来た」
お手本に比べると、不格好で小さな火の玉。しかし、これはワシが生み出した<火>だ!
「良く出来てるね」
白い人は、ワシが生み出した火の玉を観察して、合格点を出した。
「これだと少し小さいかな? じゃあ、次は大きくしてみよう。周りの靄を、<火>にくべてごらん」
白い人は、靄を一欠けら掬い、ワシの火の玉に足す。すると、火の玉が少し大きくなる。さっきの応用だ。お手本とワシの火の玉を比べ、足りない分、靄を足す。靄はワシの意思に従って、火の玉を大きくする。
「感じはつかめてるかな? 次はこうだよ。良く見ててね」
白い人は、己が生み出した火の玉に指をむける。火の玉が形を変えていく。火は人の形と成り、こちらにお辞儀をした後、クルクルと回りだした。
「さて、この子のパートナーを作って貰おうかな」
火の子を良く観察する。変化の過程は視えていた。やってみよう。
火の子を真似て、ワシの火の玉を変化させていく。人の形をイメージするのに手間取ったが、どうにか形は変化できた。不恰好な粘土細工の様なアンバランスな形になったが、まあ、一応は人型だろう。多分。
しかし、ここからどうやって動かすのか?
意識を集中すれば、形を変える事はできる。しかし、それは形の変化であり、白い人の火の子みたいに生きている様な“動き”にはならない。
「その子は、形だけを替えた感じかな。動作もイメージに組み込んむと、もっとよくなるよ」
白い人の火の子は、不器用な火の人形の手を取り導く。まるでダンスを踊るかの様にクルクルと回る。
幻想的な光景に、思わず見とれてしまう。
2体の動きを目で追う内に、徐々に不器用な人形の動きが良くなっていく。
「イメージが掴めてきたかい?」
ワシが火の子達の動きに慣れてきて、具体的な動きの流れが掴めて来た事で、ワシの人形の動きもスムーズになっている様だ。お手本があるから、覚えるのも早い。
いつの間にか、ワシの人形の形も、ちゃんとした人の型になっていた。瞼を閉じても、この流れを思い描く事ができる。
「<火>と魔法の操作。感じは掴めたかな? 他の属性でも、基本的にやる事は変わらない。次は水をやってみよう」
その後白い人はワシに、<水>と<土>と<風>も感じさせてくれた。
<水>の訓練では複数の対象を操り、<土>では様々なものを作り、<風>では力の強弱を掴んだ。
「基礎はこんな所かな。そろそろ帰る時間だよ」
ワシが靄を操って学んだ事を色々試していると、白い人が声を掛けてくる。
「君の中にも靄と同じものがある。上手く掴むんだよ」
そう言って白い人は微笑んだ。
・・・・・・・・・・・
「主様、戯れが過ぎませんか?」
親分が発った後、入れ替わるかの様に和メイド姿の少女が現れる。
「そうかな」
「あちらへの干渉はなさらないのでは」
「なに、迷子のお世話をしただけだよ。あちらへ直接手を出した訳じゃない」
「……しかし、あまり宜しくない行為です」
「まあいいじゃない。暇なんだし、少しぐらい遊んでも……」
「いえ。暇ならこれを処理して下さい」
少女は何処からか紙の束を取り出し、いつの間にか用意された机の上にドサリと置く。
ドサリ。ドサリ。ドサリ。机の上には、次々と紙の山が積み上げられていく。
「これは、さすがに……そもそも、なんで紙?」
冷や汗を流しつつうろたえる白い人。
「ご要望でしたので。意外と手間なんですよ。あ、まだまだ、ありますので」
「そ、そうだっけ。でも、やっぱり……」
思い当たる事があったのか、目を泳がせ始める白い人。偶には気分を変えようと思ったのだが、流石にこれは無い。
「まだまだまだありますので、つべこべ言わずにさっさとして下さい」
普段であれば瞬時に処理される筈のものが、山となって滞っているのである。
「……はい」
少女の纏う気配に呑まれて、処理を始める白い人。
白い人は適当に机に置かれた紙を取り、目を通す。すると、紙に移された情報が流れ込んでい来る。あちら側の管理代行からの定時連絡のようだ。いくつかの要請に対し必要な判断を下すと、紙は消える。
紙といっても、情報をその様な体裁に仕立てただけで、本質は変わらない。普段の処理に、視覚的な要素と手に取って目を通すという風情が加わるだけだ。
黙々と書類の処理を続ける白い人。普段とやる事は同じ筈なのに、量として見えるだけで違う気分が味わえる。……主に嫌な方向に。
少女は、紙に記されていた事が上手く処理されていく事を確認すると、新たな紙束を積み上げるペースと白い人が処理するペースを比べる。まだ余裕はありそうだと判断する少女。
「では、どんどん行きましょう」
「はい?」
取り出す量を3倍に増やす少女。紙を生み出す工程も最適化されてきた。急ごしらえの処置にしては、良い仕事だと自画自賛する。
「ちょ、それは無茶」
「主様は、やれば出来る子です。どんどん行きましょう」