ゴブリンと魔法
前回のあらすじ
ゴブゾウは山へシバ狩に
ゴブタは川へ宣託に
親分は島で……
はい、大嘘です。
ワシ……つまり王の見習いたるワシ……は、絶賛畑仕事中である。
というか、王って何ぞ。どういう事なの?
「手を止めるな! 動け、クズ。」
「ハイ、先生」
上に立つ者は、下の者に何が出来るかを把握し、何をさせるかを判断しなくてはならない……らしい。その為には仕事の内容を把握しておかなくてはならない……らしい。という訳で、ワシは今、畑仕事を体験中なのだ。
先生から貸し出された労働強制ギブス。これを装着した者は、単純作業であれば、知識や経験の有無に関わらず誰でも完璧に行えるようになる。
なにせこれ、間違った動作は一切シャットアウトされる。何というか、このギブスを装着中は、作業に必要な方向以外には1ミリたりとも関節を動かせない。鼻が痒かろうが、くしゃみが出ようが、足が攣ろうが一切お構いなしだ。なお、動作の補助などという軟弱な概念は実装されていないので、あくまで自発的に身体を動かす必要がある。
というか、これ、拷も……先生が視界の端でチラチラしている……エエ、タイヘン効率的ダトオモイマス。
装着して最初にする事は何処がどの方向に動かせるのかを手探りで探す事で、一連の動作をこなせる様になるまでに数時間は掛かるという優れ物。無論、慣れによる動作の簡略化などは考慮に入っていない。無駄に丁寧で完璧な行動を毎回強いられる訳である。
本日の作業は草抜き。ギブスは雑草のみを適確に見抜く為、うっかり間違えて作物(正直、見分けがつかない)に手を伸ばそうとすると、強制的に行動を中断させられる反動で、手首や肘が逝く事になる。
与えられた作業を完遂するか、一定時間(48時間ほど)が経過するまで外れる事は無い心折設計なので、変に痛めて行動不能になってしまうと大変な事になるのだ。
「あ、親分。良かったら、こっちの畑もお願いっす」
ゴブタが何かほざいているいる様だが、無理だ。
今日の作業はこの畑の草抜きで、残りは後僅か。とはいえ、草抜きを開始してから既に半日が経過しているのだ。その間ずっとしゃがんだ状態を強制されている為、身体のあちこちがミシミシと訴えている。今日も限界が近い。
『ゴキュッ!』
「ッ!?」
急に動作が中段され、衝撃と痛みが手首から上腕に掛けて迸る。おかしい……この草はさっきも抜いた雑草の筈。む? 手が動かない。
ズキズキと痛む手をどうにか宥めながら、作業を続けようとするが、ギブスは反応しない。
おちつけ、ワシ……
ギブスを動かせる方向を探りながら身体を動かしていく。左手が徐々に持ち上がり、真っ直ぐ水平になり、大きく旋回して……いや、それ以上回せませんよ? 肩が、二の腕が!?
拳を握り…親指を立てて……
「あ、OKっすか。それじゃお願いするっす」
突き出した拳の先にいたゴブタが呑気に答えて自分の仕事に戻っていく。
「あ、現場では専門家の指示の方が優先する仕様だから」
ワシの近くで漂っている先生が何とも無い事の様にとんでも無い事を告げよりやがりました。というか、ゴブタが専門家? ワシより偉いの?
後で覚えておれよ……
こうやってワシは、様々な仕事を1つ1つ身体に刻み込んで行く事になる。
先生の監修による、教育という名の拷問を受け続けて数カ月が過ぎた。
ゴブゾウめは古老様の元で様々な知識を身に付けている様だ。奴と話していると、時々何を言ってるの良く分からなくなる。経済についてだとか、治世についてだとか、何の事だ?
「親分、あっしにドォーンとまかせておいて下せえ」
いつも最後はそんな言葉で締めくくっているが……古老様は何を教えているのだ?
ゴブタの奴は、器用さに磨きが掛かった様だ。畑仕事だろうか、大工仕事だろうが、何でも器用にこなしている。一番ワシをこき使ってるのもゴブタだ。
「あ、親分。いつもお手伝いありがとうっす。これ、新作っす。食べて欲しいっす。」
むぅ……また腕を上げよった。料理の腕もメキメキ上がっている。今日のこれなど……
……はっ。いかんいかん。こんなもんでは懐柔されんぞ。ああ、でも旨い。……うむ、今日だけだからな、まったく。ワシも甘くなったものだ。
ワシはというと、いろいろ出来るようになった。荷運びだろうが、薪割りだろうが、野菜の千切りだろうが、何でもござれだ。
あと、気のせいか、古老様が縮んだ気がする。前は顔を見上げていたのに、今は同じぐらいの位置にある。ああ、老化か? 年を取ると色々と……
「いえ、親分達が大きくなったんですよ」
バシッ!
微笑みを浮かべながら雷撃を放つ古老様。
サササ左様デ、御座イマシタカ。コレハ失礼イタシシマシマウマ……
翌日、ワシらゴブリン3匹は長老様に呼び出された。
「知識も技術のそこそこ身に着いたようですし、そろそろ魔法を教えましょう」
「魔法? しかし、ワシらはゴブリンで……」
魔法は使えん。いや、極稀に使える者もいるが、ワシらは使えん。
「基礎的な魔法であれば、訓練次第で誰でも使える様になります。そこから先は、本人の努力次第ですね」
では、ワシらも?
「ええ。というか、使えるようになって貰います」
ニッコリと微笑む長老様。あの笑みはイカンやつだ。長老様の背に、グラグラと煮立つ地獄の釜が視える。
「いや、そんな無理して使えるようにならなくても……」
「い、今のままでも、十分良くしてもらっておりやす。これ以上などとてもとても……」
地獄の釜からどうにか逃れようと試みるゴブゾウとワシ。
「どうしたっすか? 親分。使えると色々と便利っすよ?」
何でもない事の様に告げるゴブタ。ゴブタ、お主という奴は……。まさか、ゴブタに畏怖を感じる日が来るとは。
「ゴブタは良い子ですね。親分、ゴブゾウ、大丈夫です。必ず、使える様にしてあげますから」
ヒラヒラと揺れる先生に見送られて、ワシらは地獄の釜に放り込まれた。
「原始の世界には光の世界であったと伝えられています」
ワシらは、古老様の授業を受けておる。魔法を使う前に、知っておくべき事を座学で学ぶらしい。
今の話は、創世の物語として伝わる御伽話だ。この辺りは、これまでの学習の復習でもある。
確か…
光に闇が嫁入りし、理が生まる。光と闇がチョメチョメと交わる事で火と水が生まれ、しかし、火と水はいつも兄弟げんか。火が勝てば風が生まれ、水が勝てば土が残る。
やがて火は土で覆われ、水も又、土に追いやられる。土は集まり大地となり、大地の上を風が踊る。
光と闇は、大地を巡り子供達を見守り続ける。
その大地の上に、ワシらは生きているらしい。
「この世界の物は全て、<光><闇><火><風><水><土>の6つの力が混ざり合って出来ています。
そして魔法とは、これら6つの属性を自在に操り、世界そのものを思い通りに書き換える技術です」
おお、何か凄そう!
「凄いでしょ? では、実際にやってみましょうか」
古老様がワシの背に回り、背中に手を当てる。
「親分、目を瞑り、心を鎮め、これから起きる事を感じなさい」
目を瞑る。
背から、古老様の手から何かが流れ込んで来、ワシの中で渦巻き、炎となる。
熱い
「これが<火>です」
熱が解け、ワシの中で流れとなって集まり、泉となる。
冷たい
「これが<水>です」
更に何かが流れ込み、炎となる。炎は泉に飛び込み、弾ける。弾けた其れが吹き抜けると……
涼しい
「これが<風>です」
む? 全て弾けて<風>になった思ったが、何か残っている……ペロリ
旨い
「え? ……ええ、それが<土>です」
古老の手が離れ、摩訶不思議な感覚が遠のいていく……ああ、待て。<土>がまだ残っている。
「どうです。<火><風><水><土>の4つの力を感じましたね?」
「はい」
「では、<火>を創りなさい」
いきなりですか? どうやって??
「親分、こうっすよ。<種火>」
ゴブタの指先に、小さな炎が灯る。
「へ?」
ゆらゆらと揺れると、一筋の煙を残して炎は消えた。
「え?」、
「<火>と<水>は、台所仕事には、必須っす。」
え、ワシ、火を熾すだけで毎回全身汗だくになる様な重労働を強いられているのだが……
まあ、ともかく。ゴブタに出来てワシに出来ない筈がない。あんなチンケな火ではなく、もっと凄い火を創ってくれる。
ぐぬぬぬ……火よー 火よー メラメラ 燃えろ―
「何か不気味な踊りを踊ってますが、親分、魔法を使うには、明確なイメージが重要になります。親分が火を熾す際にする行動を思い出すのです」
えーと、木の板に窪みを付け、そこに木の棒を突っ込み、ひたすら棒を回す。頑張って、いっぱい、回す。小一時間ぐらい回してると煙が立ってくるので、そこに叩いて繊維質にした木の皮をくべ、息を吹き掛ける。火が付いたら枯れ葉を載せて火を大きくし、その火を薪に移す。
「先ほど、私から送られた流れを感じましたね。親分の中にもそれはあります。それを使って火を熾しなさい」
先ほどの様に心を鎮める……自分の内側にある流れ……あれか? うっすらと視える。だが……? どうやって操るのだ? 板? 棒? カマボコ……
は? しまった雑念が……待て、消えないでーー!
「くはっ! ゼ、ゼハー、ハー、ハー…… か、カマボコが! ハー、ハー」
だが、最後にはっきりと視えた。流れからカマボコが生まれるのが。
しかし、なんだろう。凄い疲れてる。
「カマボコ? まあ、流れは視えている様ですね。親分は暫くそれを続けなさい。ゴブゾウ、次は貴方の番ですよ」
古老様は、ゴブゾウの方に行った。
ワシは訓練を続ける事にする。だがその前に……
「先生」
「何よ」
「これ、凄い疲れるんですが……」
「最初の内は、当然ね。やってりゃ慣れるわよ。そうね、これまでの訓練と一緒で、イメージがずれている程、無駄な力を使うわ。余計な事を考えない様にしなさい。あと、何故、火は付くの?」
なんか、今日の先生は親切だ。遂にデレ期か? 箸にデレられても……。
「ああ、雑念が多いと、死にかねないからね。」
……先生から警告。これまで、あんなに無茶をさせてきた先生から警告……。魔法、実は、かなり危険なんじゃ……。まあ、今更か。
火が付くのは……摩擦熱だったか。板と棒を擦り合わせて熱を生む。熱が木の着火点よりも上がっていれば、燃えやすい状態のものを近づけただけで着火する。
えーと、古老様が<火>を使った時は確か……渦巻いていたな。あれか……渦巻くのではなく、擦り合わせていたのか?
心を鎮め、流れを感じる。流れを巻いて……変化なし。なんだっけ。具体的にイメージ……
渦…こう、ぐるぐると……だし巻き!
うむ、駄目だ。
「フォ! ガ! ゲハー、ハー、ハー」
大の字になって、寝っ転がる。つかれた―。
なんか、旨く……上手く纏まらん。難しい。
「……やりたい事を、声に出してみたら。具体的な言葉にする事で、思考が纏まるものよ」
ふむ。
「万物のこn……」
グサッ!
……先生、痛いです。
「それは、駄目。危険よ……」
では、気を取り直して。というか、何を言葉にするのだ。流れ、擦り合わせる。流れ……何が流れているのだ? 摩擦……流れの中に棒を立てれば、自動的に擦れる!
「棒……棒……」
呟きながら、息を落ち着け、心を静めていく……
流れが見えてきた。棒…棒…
流れの水面に棒が現れ、浮き上がる。棒は……思い通りに動かせるようだ。棒を立てて、流れに突き立てる!? 流れに……持っていかれた!
「ふ、ふう、はあ、はあ……」
これまでに比べれば、疲労は少ない。膝はガクガクしてるけど。しかし、今のは駄目だ。棒を作ることはできた。しかし、棒の先端が流れに触れた途端に、流れに呑まれた。
疲れが抜けるまでに、次の案を考える。
棒は作れた。ならば、他の物は……そう、例えば、シチューとか。肉たっぷりなのがいいな。
「シチュー……シチュー……」
棒の時の様に水面は蠢くが、何も出てこない……
「シチューをどうやって作るのか、知ってるの?」
先生。それ位ワシにだって分かります。まず、水を鍋に入れて。
――鍋を作り、水を張る。
それを火にかけて。
――鍋の下の炎が生まれる。
具を煮たら出来上がり。
――ぐらぐらと湯立つ鍋。
うむ、立派なお湯が出来た! おや?
「分かってないじゃない。そもそも、そこで作っても食べられないわよ?」
え?
バツンッ! そんな音が頭に響いた思ったら、意識が闇に閉ざされた。
・・・・・・・・・・
「無念、て顔をしてるわね」
魔法の鍛錬を行っていた親分が動かなくなった。疲労が、限界を超えたのね。
少し刺してみるけど、反応が無い。これはツマラナイわ。
魔法は体を動かすのと一緒。貴方はハイハイ出来る様になった赤ん坊と一緒。いきなり別の星に行こうとしてどうするのよ。まずは歩けるようになりなさい。
でもこれ、放って措いたら不味そうね。てか、息してない。
ギャー! メディック! メディック!!
何か、伝えたっから魔法のイメージからずれてるかも。そのうちテコ入れかな……
以下、覚え書き
光…力 上位属性 ???「世界を始める言葉はこれ。光りあれ」
闇…形 上位属性 ???「うわ、眩し。てい!」
火…光+闇…光り寄り 基礎属性
水…闇+光…闇より 基礎属性
風…火+水…火より 基礎属性
土…火+水…水より 基礎属性
属性の複合
雷…水&風 雨や嵐
木…水&土
??…火&風
??…火&土
時空…光&闇