ゴブリンと教育
前回までのあらすじ
畑が直った
親分の根性が折れて下僕に
古老の料理は……
わたくし、……つまり、ゴブリンの親分でありますところの、ワ・タ・ク・シ……は、教養を身に付けている所ですのよ。
上に立つ者は、それに相応しい振る舞いをしなくてはならないそうですので、その一環として、美しい言葉使いを仕込まれましたの。いかがかしら?
「……いかが、と問われるなら、不気味ですかね」
「親分、しっかりしてくだせぇ」
「……っす……」
「きゃはははは」
どうしてこうなった?
遡ること、数日……
「まずは貴方達が、何が出来て、何が出来ないのかを把握しないといけませんね」
ワシらは古老の指示の元、様々な検査を受けた。
走ったり、運動したり、数えたり、ちんぷんかんぷんな質問を受けたり、様々だ。
ワシ、何をさせられているのだろう? 良く分からない事ばかりだ。
「今のままだと、出来そうな事は単純作業のみですか。このままでは使い物になりませんね……」
検査結果をみて頭を抱える古老。
「かといって、私が一から指導するのは……。ここは、彼女に任せてみましょうか」
古老は、2本の棒を取り出す。確か、食事の時に古老が使っていた箸とかいう道具だ。
「親分、これを」
箸をワシに渡す古老。受け取った途端……
「汚い手で、あたしに触れるなー!」
甲高い声と共に、箸はワシの手の中で暴れ出した。ワシに手の中からスルリと脱け出す箸。
そのまま地面に落ちるのかと思いきや、なんと、浮き上がった。先端がワシの顔に向けられる。そして……
「オラオラオラオラオラ!」
めった刺しである。
「のぉおぉぉぉぉ…………」
顔を押さえて崩れ落ちるワシ。そこに襲い掛かる箸。
まるで蜂の群れに追い掛け回されている様な攻撃が、転げ回るワシを追い立てる。
ゴブゾウ達の話によると、箸の攻撃はワシがズタボロになって動かなくなった後も、更に暫く続いたそうだ。
・・・・・・・・・・
「で、なんの用よ?」
親分を意識不明にした後、心いくまで滅多刺しにした箸が、古老に問う。
「少しお願いがありまして」
「お願い?」
「そうです。<魔の森>の外にまで領土を広げたはいいものの、管理を他者に任せて外の世界で遊び回っている間に領土が人間の領域にまで広がり、こちらを探索に来た冒険者達に勝手に挑んで敗れ、<魔の森>の外だけならまだしも、内側の領土まで奪われてしまって懲罰中のお茶目な妖精王に相応しいお仕事がありましてね」
「…………」
「ご自分の立場を思い出しましたか?」
「ハイ、ナンデゴザイマショウカ(棒)」
「それでですね、このゴブリン達の教育係として……」
「いやよ」
「そうですか、残念です。では、後500年程、その姿で謹慎という事で」
「はぁ!? 何、その年数!!」
「不可侵の<魔の森>を、外縁の端の端とはいえ失ったのです。存在の消失で無いだけでも儲け物なのですよ?」
「よ、良し、あんた達。光栄にもこのあたしが一から礼儀ってもんを叩き込んであげるわ!」
こうして、不思議な箸がゴブリン達の教育係として君臨する事になった。
・・・・・・・・・・・
「どうよ」
わたくしの教育の成果を披露なさった箸の先生が、古老様に向かってドヤッという感じで仰け反り返っておりますの。
「はぁ……やり直しですね」
「何か問題が御座いまして?」
「そうよ、完璧じゃない。ププ」
古老様の……
「少し、真面目にやりましょうか?」
「「ハイ」」
……笑顔の奥から迫り来る凄まじいプレッシャー。
スパルタ、それは古の伝説として伝わる物語。幼少の頃より情け容赦一切なしの生死を問わぬ訓練を施す事で、恐れを知らぬ武士の軍勢を生み出したという国家の話。その逸話から厳しい訓練を施す事をスパルタと呼ぶ。
つまり、何が言いたいのかというと、箸の先生の教育方針はスパルタである。
「どうしてこんな簡単な問題も分からないの? このクズ」
「ぎょうぇええうぅうぅ……」
「こんな簡単な事も出来ないなんて、ゴミ虫以下ね」
「イだだだぁぁぁぁぁぁ゛ぁ゛ぁぁ…………」
「そうそう。でも、ここが出来てない!」
「アぶぁバババババババbbbbb…………」
「おや、これは何かしら? あたしを嘗めてるの?」
「…………」
少しでもミスがあれば、懲罰と共に罵詈雑言が飛んで来る。
懲罰のバリエーションも豊富だ。存分に味わった無限突き刺し地獄だけでなく、挟む、捻る、叩く、電撃、火炎、氷結…etc、etc。
ちなみに、飴は一切無い。
こうして先生は、順調にワシらへ、恐怖と教養を植え付けていった。
「まあ、基本はこんなものかしら。」
「「「ハイ、先生」」」
「まだまだゴミ以下なんだから、己惚れるんじゃないわよ?」
「「「ハイ、先生」」」
「どうよ?」
だいたい一月後、再教育を終えたワシらを、ドヤッという感じで古老様に披露する先生。
今度は、大丈夫だろうか? 駄目だったら今度はどんなお仕置きを受けるさせられぬのであろう事でありやんすのであらせられ立て祭り候……
「親分、彼女の教育を受けてどうでしたか?」
古老様がワシに尋ねられる。いかん、いかん。危うく恐怖に呑まれる所だった。
「ハッ。己の無知と無能を知り、如何にクズであるかを自覚いたしましました。己の不足を少しでも補えるよう、いっそうの努力に勤め、励んでいく所存であるまする。」
「……そうですか。ゴブゾウ?」
「へぇ。少々刺激的ではありやしたが、良い勉強になりやした。」
「なるほど。ゴブタ?」
「これ以上続けたら、死……エエ、タイヘン勉強ニナリマシタっす」
本音が漏れそうになったゴブタの視界を横切る用に飛ぶ先生。ゴブタ、おぬし達はワシの半分も扱かれておらぬのに、文句が出るとは情けない。
だいたい、ワシがそんな事を口に出そうものなら……ワシの視界を横切る先生……何も不満はありません。
直立不動で後ろ手を組んでいるワシらを前にした古老様。
「まあ、想定よりはまともそうですね。いいでしょう」
古老様のそのお言葉にホッとするワシら。うん、ワシら生き延びたよ。
「では、これからの事を。ゴブゾウには私の補佐をしてもらいます」
「畏まりやした」
「ゴブタには、家事や畑の世話をお願いします」
「了解っす」
「最後に、親分ですが……」
「はい。はーい!」
古老様に話を遮る先生。嫌な予感が……
「あたしがキチンと仕上げるわよ」
先生。何ですかその、新しいおもちゃを手に入れました的なオーラは……
「そうですね……教育結果も、査定に響きますからね。あまり変な事を仕込まない様に」
先生に釘を刺す古老様。いや、古老様、そうではなくてですね。
「ダ、ダイジョウブ。大丈夫! 今で以上にしっかり面倒みるわ!!」
や~め~て~く~れ~~。これ以上は、本当に、死んでしまうのデスが現実に顕現して地獄の釜がグリとグラと……。
「では、そういう事で。頑張って下さいね、親分」
「妖精王たるあたしが直々に、王に相応しい教育を叩き込んであげるわ!」
そういう事になった。
ええ、間が空いてしましました。
すいません
週1ぐらいのペースで上げていきたい所ではありますが……気長にお待ち下さい。