ゴブリンと食事
前回のあらすじ
・古老に捕まった
・説教されて足が痺れた
・落ち葉を集め過ぎた
※前の話に多少修正をいれました。
ワシ、つまりしがないゴブリンであるワシは、神秘を目にしていた。
ワシらが集めた落ち葉の山が、目の前で胎動しているのである。
落ち葉の山が2つになった頃、再び小屋から古老が出てきた。古老は、ワシらの集めた落ち葉の山を見て、目を点にしていた。
「ふぁ? ……いや、良く集めましたね。これだけあれば十分です。」
古老はそう言うと、落ち葉の山にドサドサと何かを加えて(何処から何を出したのかは良く分からなかった)、目を瞑り、落ち葉の山に手をかざした。
すると、落ち葉の山がフルフルと震え始めたのだ。震えは徐々に大きくなり、そして動きへと変わる。
集めた落ち葉が蠢き、寄り添い、2つあった山が合わさって大きな1つの山になる。1つになった落ち葉の山は、動きを止める事無くざわめき混ざり合う。
温かい
湿り気を帯びた温い風が、落ち葉の山から漂ってくる。濃い森の香りがする。なんと落ち着く芳香か。
「臭いが変わってきたっす。」
ゴブタが呟く。
ゴブゾウの腹が、「ごぎゅるるるぅぅううう」と、小さ……大きく鳴った。
ゴブタの云う通り、蠢く山から漂う香りは、ほのかに甘いものへと変じていた。
それからしばらく後、落ち葉の山だった物は、淡い熱を帯びた黒ずんだ土へと変化していた。出来上がった畑の土の山は、元になった落ち葉の山と比べるとかなり小さくなっていたが、それでも沢山ある。
「あとは、一晩置けば畑の土の完成です。食事にしましょう。」
古老はそう言うと、ワシらの汚れを落としてから小屋に戻っていった。
どうしやす。ゴブゾウが目線で問いかけてくる。
もういいんじゃないっすか。ゴブタの目線もそういっている。
ワシもそう思う。身体の芯から疲労を訴えてくる。うん。ワシら、精一杯、頑張った。
しかし……
小屋から漂ってくる香りを嗅いだ瞬間、ワシらの足は小屋へと向かっていた。
小屋に入ったワシらを待ち受けていたのは、希望だった。
山の様に用意されていたご馳走を、ワシらは競い合う様に貪る。
甘い、辛い、酸っぱい、しょっぱい、苦い。色とりどりの味が口の中で暴れまわり、ワシは暴風に舞う木の葉の様に翻弄される。
香りが、温かさが、柔らかさが、歯ごたえが、全てが初めての衝撃だった。
ワシらの「食べ物」というモノへの概念が、砕け散る。
「手掴みですか。お行儀が悪いですよ。」
古老が苦笑しながら何か言っているが、それ所では無い。
今は、食べる以外の事は考えられない。
「おいゴブゾウ、それはワシのだ。」
「親分といえど、こいつは譲れやせんぜ。」
「いただきっす。」
「「ゴブタ、てめぇ!」」
ワイのワイの言い合いながら、ワシらはご馳走を腹に詰め込んでいく。今食わないと、もう一生口に出来ないに違いない。
食べ物が尽きるまで、ワシらの狂乱は続いた。
食事の後、ワシらに残されたのは絶望だった。
あれだけあったご馳走は、もう無い。
「食べ終えましたか。」
あんなにも色彩豊かだったのに。いや、だったからこそ。それが失われた事に、いや、ワシらの手の届かぬ物を口にしていまった事に。
そう。どんなに恋焦がれても、ワシらにはあの様な食べ物を探す事は出来ない。
森の何処にも、畑の何処にも、あんな物は無かった。
その味を知ってしまった故に、その稀少性に気付いたが故に、絶望する。
「どうでしたか。口には合いましたか。」
虚ろになったワシらに、古老が尋ねる。
「……旨かった。」
「……こんな素晴らしい物が存在しやがるとは、思いも付きやせんでした。」
「……っす。」
「そうですか。拙い田舎料理ですが、気に入って貰えて嬉しいですよ。」
古老は、少し嬉しそうだ。そして、放心しているワシらに話を続ける。
「もっと食べたいなら、明日も頑張って貰いますよ。」
古老の一言が、絶望の闇に囚われていたワシらに光明を与える。……また、あれを食えるというのか。うん。ワシ、頑張る。まだ生きていける。
「今日は、ゆっくり休みさい。」
こうして、ワシらは集落が襲われて以来続いていた焦燥から逃れ、穏やかな休息を得る事になった。
翌朝、古老の用意した朝食を食べて、作業に臨む。
朝食は黒い塊だった。きつい苦みの中にほのかな甘みがあり、ジャリジャリとした食感と、口の中に広がるスモーク臭が刺激的だった。火事で焼けた後の物に似た味だが、それよりは遥かに旨い。
「無理に食べなくても良いのですよ。」
古老はそう言っていたが、そんな、勿体ない。ワシらは美味しく頂いた。
作業内容は、昨日作った土を畑へ移動させ、ワシらが崩してしまった畝を直す事だ。古老の監督の元、ワシらは作業に取り掛かる。
袋一杯に土を詰め、持ち上げ……れない。お、重い。重過ぎる。
ビリリ! 突如、何かの音が聞こえた。
「あ!」
と、ゴブゾウ。
「ほう。」
と、古老。
見ると、ゴブゾウの袋が裂けて。中に詰められていた土がぶちまけられている。無理やり引き摺ろうとして、袋が破けたらしい。
「面目ありやせん。」
ゴブゾウは、青ざめながら古老に土下座していた。
一方ゴブタは、袋いっぱいに土を詰める事はせず、持ち上がる程度に土を詰めて運んでいる。なるほど、ああすれば良いのか。
いや、しかし……このワシが、二番煎じでよいのか?
親分たるワシが、この袋から逃げ出しても良いのか?
……否である。
袋を無理やり引くと、ゴブゾウの二の舞となる。ならば抱えていくしかあるまい。
「ふんぬ!」
腰を落とし、気合を込め、力を入れる。袋を持ち上げ……持ち上げ……れない。
「ぐぬぅ!」
いったん力を抜いて、息を吐く。頭に上った血が下がっていくのが分かる。息は荒れ、足元はふらつく。
だが、まだだ。まだ、終わらんよ。
姿勢を整え、腰を深く落とす。袋の底に手を差し込み、袋が身体に寄りかかる様な感じで抱え込む。
「ふおォりゃぁぁあぁぁぁあああ!」
ミリ!ミリ!
徐々に袋が浮き、袋の重みが圧し掛かる。だが、いける!
「ぐぉぉりゃぁあぁあああ!」
腰を持ち上げ、立ち上がり、一歩、二歩、と進む。しかし……
グラリ、と袋のバランスが崩れた。更に……
ゴキィ!
「!!?」
ワシの腰から異音が響き、激痛が迸る。
襲い掛かる脳天を貫く痛み。崩れ落ちるワシ。圧し掛かる袋からあふれ出た土がワシに降りかかるのを見ながら、意識が暗転した。
「ぐぉぉおおお!」
……? あれ? ここは。……小屋の中? ワシは、ええと……。
「気が付いたようですね。痛みはどうですか?」
古老の声がする。昨夜使った寝床で寝ていた様だ。
ワシは小屋の中で寝ていたのだったか? 痛み?
「しない。でも、どうして?」
「混乱しているみたいですね。無理して土を運ぼうとして、支え切れずに倒れたんですよ。」
古老は、苦笑しながらワシに告げる。
そういえばそうだった。徐々に思い出してくる。あの激烈な痛み……そう、ワシは、腰が、あれ?
「腰は治しておきました。痛くないでしょ。動かしても大丈夫ですよ。」
恐る恐る、上半身を起こす。痛くない。土まみれになった筈だが、そんな形跡もない。ペタペタと身体の様子を探ってみるが、異常は無さそうだ。
「なかなか面白い見世物ではありましたが、あれでは、ね。」
そうだった。ワシは畑を直す途中だった。慌てて置き上がると、古老に止められた。
「畑は、他の2匹が頑張って直してくれました。」
ゴブゾウとゴブタの姿は、小屋の中には無い。
「でも、役立たずだった上に、治療まで行わせた貴方は、どうしましょうか。」
嫌な汗が、背中を流れる。
「そうですね。暫くの間、雑用でもしてもらいましょう。いいですね。」
ワシに拒否権はなかった。
「では早速、この種を外の2匹に渡してきて下さい。」
古老は、やはり何処からともなく取り出した小袋をワシに渡す。
袋を受け取り小屋から外へと出る。ゴブゾウとゴブタは畑の方にいる様だ。あ奴ら、解放されたのではなかったのか?
畑へ向かう。この畑、何か広くなってないか……。
「あ、親分。大丈夫っすか?」
「親分、ご無事で。しかし、あれは無理し過ぎでやすぜ。」
「うるさい。ワシにも譲れぬものがあってだなあ……。」
「それで死んだら、意味ないっすよ。」
「あれが持ち上がったのはさすがでやすが、ちょいっと無茶ってもんじゃねぇでしょうか。」
「……まあ、それはともかく。種の袋をお前らに渡せといわれたが。」
こ奴ら、ワシに説教だと。あの時は、いける! と思ったんだから仕方ないだろ。……適当にごまかして、用事を済ませてしまおう。
「ホント、親分、死にかけてたっすからね。」
種の袋を受け取りながら、ゴブタが言う。その横で、ゴブゾウも真顔で同意している。相当にヤバイ状態だったようだ。
「ここはあっしらがやりやすので。親分は小屋に戻った、戻った。」
畑の土が残ったので、その分で畑を広げたらしい。
こ奴らは、持ってきた種を広げた畑に植えるという。古老の指示だろうか? とっくに逃げ出したと思ったが、まだここに居るつもりの様だ。
「ゴブゾウに、ゴブタでしたか。貴方は、良い配下を持っていますね。」
小屋に戻ったら、あ奴らが残っている理由を古老から教えられた。何でもあ奴ら、解放されたというのに、ワシが残される事を知ると自分達も手伝うと言い出したらしい。
「感謝しないといけませんよ。」
ふん。あ奴ら……。目頭が熱くなる様な事をしやがって。
「今日は、大人しくしておきなさい。明日から、色々やってもらいます。」
そう言われ、寝床に戻る。
疲れが残っているのか、横になった途端、ストンと眠りに落ちた。
・・・・・・・・・・
「予想外に、真面目に働きますね。」
小屋の隅で寝ているゴブリンは、親分でしたか。結果はアレとしても、頑張ったと言えるでしょう。
さらに意外だったのは外の2匹。死にかけていた親分の助命を求めて来るのですから。
『親分の分まで、あっしらが働きやす。』
『何でもするっす。親分をどうか、助けて欲しいっす。』
ゴブリンがあんな事を言い出すとは思ってもいませんでした。
あの後、土の大半を<守り木>が潜む荒野に蒔くという、一見無駄にも思える重労働を文句1つ言わず行い、今も、言いつけた通りに種を植えていますね。
『おいしいよ』
土を与えられた<守り木>も喜んでいる事ですし、何か報酬を考えておいた方が良いでしょう。
さて、晩御飯は何にしましょうか。彼らなら何でも喜んで食べそうではありますが、朝食の様な明らかな失敗作を出すのは避けなくては……
過ぎし日の出来事
古老:「では、お茶でも淹れましょう。」
客 :「いえ、私が用意します。貴方は大人しくしていて下さい。」
古老:「では、お茶菓子など(いそいそ)」
客 :「……(出てきた物体を、無言で処分する)」