ゴブリンと古老
~前話までのあらすじ~
住処を失って放浪するゴブリンたち
畑を見つけてさあ大変
ヒャッハータイムの始まりだぜ
ワシ、つまりゴブリンの中でもえらいワシは、絶賛、正座中である。
ワシの後ろには、ゴブタとゴブゾウが同じ様に正座させられている。
正座トライアングルである。
何が起こったかというと……
畑に入った。
小屋から住人が出てきた。
あっさり捕まった。
そして今、小屋の中で正座させられている。
ワシらを捕まえたのは、小屋の住人であるエルフの古老。
エルフは<魔の森>の中でも列強の妖精だ。ワシらの様なゴブリンにとっては、雲の上過ぎて交わる事も無い存在の筈だった。
その中でも、長い年月を掛けて研鑚を重ねた古老がいるとは。
何でこんな所に古老がいるのか。何故、一人で住んでいるのか。詳しい事は分からない。
……きっと話が長いせいだろう。
長い話を聞き流しながら、起こった事を思い返す。
畑を見付け、喜び勇んで駆け込んだ。畑の中には土が盛り上がった列が幾つもあり、その上に美味しい草が生えていた。
土を崩しながら草を抜く。葉の部分だけではなく、根の部分も美味しいものがあるからだ。
夢中で草をむさぼっていると、声をかけられた。
「久しぶりに来客かと思えば、……騒がしいですね、皆さん。」
「「「!?」」」
とっさに声の主に襲い掛かるゴブゾウ。
逃げ道を確保する為に森へと駆け出すゴブタ。
ゴブゾウが時間を稼ぐ間に、持てるだけの草を懐に収め様とするワシ。
打合せも無しに、完璧かつ、素晴らしい連携を行うワシら。
……だが、無意味だった……
突如として地面から生えてきた蔓草が、ワシら3匹に絡みつき、一切の動きが封じられたのだ。どんなに力を入れても引きちぎれない強靭な草が、ワシら徐々に締め上げる。
「さてさて、無礼者とはいえ久しぶりのお客さんです。」
恐怖で青ざめるワシは、声の主を観察する。
エルフ!
<魔の森>の絶対上位者。ゴブリンなぞとは比べる事すらおこがましい、頂点の一角。
しかもこのエルフの僅かに老いを感じさせる風貌と滲み出る風格。恐らくは、古老。長い時を姿を変えずに生きるエルフ達の中で、外見に変化が現れるほど生き、経験を積んだ恐ろしい存在だ。例え1万匹のゴブリンで襲い掛かっても、傷つける事すら叶わないだろう。
……終わった。それ以外の言葉は、思いつかない。
「……じっくりと持て成すとしましょう。……暇な事ですし。」
古老がニタリと微笑んだかと思うと、突如として戒めが解け、ワシらは地面に放り出される。
「!?」
生きている!
何が起ったか分からないまま、ジタバタと起き上がるワシ。その途端、何故かすっきりした。泥だらけだった身体が、川で水浴びした後の様に綺麗になっている。いや、川で水浴びした時よりも、ずっと綺麗になっている。ゴブゾウとゴブタを見ると、今まで見た事が無いぐらいに輝いている。ワシも、奴ら同じ様に輝いているのだろう。
「汚れを落としました。さあ、小屋に入りなさい。」
……はぁ。少しだけ、寿命が延びたようだ。
古老は当たり前の様に小屋に入っていく。今なら……逃げられないだろう。
「親分、どうしやす。」
何やら悲壮な顔で問い変えてくるゴブゾウ。
「お前では、いや、ワシであっても、時間稼ぎにもならん。ここは、従うしかない。」
「……すっね。」
小屋に入ると、古老が木の様な物で編まれた椅子に足を組んで腰かけていた。
「座りなさい。」
と、椅子の前の地べたを示されたので、そこに腰を落とす。
「正座。」
素早く姿勢を正す。
古老は肘掛けに腕を乗せ、その手で頭を支えている。そのまま、しばらくこちらを見下ろしている。
「よろしい。では、何があったのか話しなさい。」
そうやって、小屋の中で正座トライアングルさせられ、古老の尋問を受けているのだ。
人間に住処を追われた。
新たな住処を探して放浪中である。
喉が渇いたので水を探していら、不思議な木と湧き出る水を見付けた。
水を飲んだら木が消えてここにいた。
美味しい草が生えていたので、食べたら捕まった。
「と、いった所でしょうか。」
ワシら3匹がそれぞれで思い思いにこれまでの出来事を話したら、古老がまとめた。ワシらの支離滅裂な会話を纏めると、こういう話になるらしい。
それにしても、足が痺れてきた。
「色々思う所はありますが、まず、畑に生えているのではありません。育てているのです。」
「育てる?」
「そうです。食べられる物を選別し、畑に植えて増やしています。」
「……何で?」
「便利だからです。」
「……便利。何が?」
「ふむ。では、貴方達は食べ物が欲しい時はどうしますか?」
「森で探す。」
「そうですか。それには、どれ位の時間がかかりますか?」
突然始まった古老との問答。とにかく、答えねば。
「えーと……一日中。」
そう、基本的にそれ以外にする事がない。
「畑で作物を育てておけば、わざわざ探しにいかなくても、小屋の近くで食べ物を得る事ができます。多くの時間を他の事に使うことが出来るでしょう。」
ワシ、他に何かする事なんてあったのか。後ろの方ではゴブゾウとゴブタがそれぞれで反応しているようだが。
「なるほど。」
「っす。すーー。すうううぅぅぅぅぅ……イデッ!」
ゴブタの居る方から、ドゴン! という音が響いて来たが、気にしていけない。
起きて、餌を探して、寝る。ゴブリンの一日なんてそんなものだろうと、何かを理解したらしいゴブゾウに尋ねてみる。頭から湯気を上げながら突っ伏しているゴブタの事は、今は放置だ。
「いえ、親分。寝床も用意しないと示しがつきやせんぜ。」
ふむ。まあ、風雨を凌げれば良いので、洞窟などを見つければ良い。ゴブリンの数が増えて群れが大きくなると洞窟では手狭になってくるから集落を構えるが、適当に天幕を立てるだけなので、手間は余り掛からないよな。
「餌場も見つけねえと。」
ふむ。良い餌のある場所への移住。これは手間か。
住んでいるゴブリンの数が増えると、どうしても餌が足りなくなる。大きくなった群れが十分に住める場所を探すのは、骨が折れる。
畑があると、確かに便利そうだ。
だが、それより興味を引かれるのは……
「畑を作ると、草はみんな、あんなに旨くなるのか?」
「そうではありません。草も畑で育ててれば多少は美味しくなりかもしれませんが、野菜には叶わないでしょう。美味しくなる食べられる様に品種改良……草そのものを造り替えているのです。」
古老は、そこで一息つき
「畑に興味があるようですね。」
ギラリと目を輝かせて言った。
その後、美味しい野菜を育てる為の講釈が長々と続いている。
足の感覚はもう無い。
難しい話は良く分からないが、美味しい作物を作るのが大変な事は分かった。
ワシらは、この古老が手塩に掛けて耕してきた畑を荒らしてしまったようだ。
「……聞いていますか?」
「もちろん。」
聞いてはいるが、理解していない。それより足が気になる。
「では、この近辺で手に入る肥料の理想的な配合率を答えて下さい。」
分かる訳がない。土下座である。
畑の意味を聞いたばかりの、学もない、無知なゴブリンに何を求めるいるのだ。
「難しかったですか。……まあ、ゴブリンですしね。良いでしょう。で、何か言いたい事はありますか。」
「「「ごめんなさい」」」
土下座トライアングルである。
まあ、謝った程度で許される筈もないが……。
「よろしい。反省は、しているようですね。」
これは!
「しかし、行った事には責任を取らなくてはなりません。」
頭の上から、古老の言葉が降りかかる。
遂に、処刑か。
仕方が無いよな。
ワシは諦めた。
だが……
「そうですね、畝を直してもらいましょうか。まずは、畑の土を作ります。森に入って落ち葉を集めてきて下さい。」
古老はそう告げると、ワシらを小屋から放り出した。
急に姿勢が変わったので、足や膝に言い様のない痛みが襲う。
「ウボ、アババババ!」
「ウヒョウ!オオオオオウィエアーーーー」
「ぎょういえあらういいいぃぃぃぃ」
痺れが抜けるまでの間、ワシらは意味不明な悲鳴を上げながら転がりまわることになった。
この草一本生えていないこの荒れ地は、野菜を育てるのには向いていないそうだ。畑の土を用意し、土を盛って畝を作り、畝に作物を植えて育てるらしい。
古老の命令をこなす為に、ワシらは森に入っては両手いっぱいに落ち葉を集め、荒れ地まで戻って積み上げる。何度も何度も、森と荒れ地を往復して、集めた落ち葉がこんもりとした山になった頃、古老が見に来た。
「まだまだ足りませんよ。しかし、手で集めているのですか。」
森から戻ってきたワシらを見て、古老が尋ねる。
「ちょっと待ってなさい。」
そう告げると小屋に戻っていった。しかし、落ち葉なんかでどうやって土を作るのだろう。
しばらくすると、古老が大きな布を3つ持ってきた。ゴブリンがすっぽりと覆えそうな、大きな布だ。
「これを使いなさい。」
古老は、ワシらに布を渡すと小屋に戻っていった。
「どう使えば良いんでやしょうか。」
「……よし、ゴブゾウ、そっちを持て。ワシはこっちを持つ。」
2匹で布をピンと張る様に持ってみる。この上に落ち葉を載せれば、一度に沢山の落ち葉を運べるだろう。
「親分、それだと木に引っ掛かるっす。ん、この布、こっち側は2枚が重なってるみたいっすね。」
ゴブタが何かに気付いた。
重なっている所を持ち上げてみると、その側だけが2枚に分かれていて、他の端は1つに繋がっているようだ。摩訶不思議な形である。後で古老に礼を言ったら、「袋」だと教えられた。長い布を半分に折って、左右を留めて作るらしい。
「この中に、落ち葉を入れてくればいいようだな。」
「なるほど。」
「これなら、沢山集められそうっす。」
さっきと同じぐらいの時間で、落ち葉の山が小屋と同じサイズに成長した。
・・・・・・・・・・
ゴブリンに袋を渡した後、古老は小屋に戻って思惑にふけていた。
「しかし、ゴブリンとは……」
あの地は、いえ、<守り木>は、気に入った者にしか姿を見せない気分屋ですのに。
『おもしろいよ』
<守り木>から意思が伝わって来ました。漠然としたイメージですが、新しいオモチャを気に入った様子が伺えます。
「そうですか。」
ここは変化に乏しい場所です。動物どころか、<魔の森>の草木でさえも近付こうとはしません。
……私同様、<守り木>も暇だったのかもしれませんね。まあ、あの者達もゴブリンにしては知恵が回る様ではありますし、暫く暇つぶしに付き合って貰いましょう。
『たのしいよ』
「そうですね。」
さて、何から仕込みましょうか。
今回のチート人物、古老。
ゴブリン達は勘違いしていますが、古老は、<魔の森>のエルフではなく、もっと強くて偉い人だったりします。