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サンタ・エラール城の決戦

作者: テント

 「魔王様! 勇者に城門を突破されたとの報告が入りました!」

 

 サンタ・エラール城の王の間。床も壁も天井も真っ黒に塗られた室内で、魔王――エラールの前にひざまずいているのは直属の部下であるメボルトだ。がっちりとした体型が震えている。いつも冷静であるメボルトのこの怯えた様子が事態の深刻さを表していた。

 

 「慌てるな。まずは落ち着け」


 豪奢ごうしゃな飾りが付けられている純金の椅子に腰掛けたまま、エラールは静かに言った。有無を言わせぬ低い声。短い黒髪にしても、体格にしても、見た目は普通の青年男性である。しかし、敵の到来に動揺しない姿はさすがに魔族の長だけはある。


 メボルトはエラールの貫禄かんろくに息を飲んだ。すると、体を支配していた震えは少しずつおさまっていった。

 「……やはり世界征服という野望は伊達ではないようですね」

 笑うひざを押さえながら、メボルトはゆっくりと立ち上がった。


 「大丈夫か?」


 「はい、問題ありません」

 膝から手を離すと、メボルトは背筋をまっすぐに伸ばした。顔はいつもの真面目で頑固なものになっている。


 「それでいい」エラールは満足そうに頷いた。「では勇者ラディスの詳細について早速聞こう」

 

 メボルトはエラールを守るようにして立っている他の部下を見回した。部下、と言ってもメボルトのような人間ではなく、骸骨がいこつに剣を持たせただけのモンスターであるが。


 「何か問題があるのか?」


 重々しく、メボルトは首を縦に振った。

 

 「よかろう」

 エラールが指を鳴らすと、骸骨たちは壁に密着するまで後ろに下がった。このモンスターは空気を読むことができず、エラールの命令や動作があって初めて動くのである。


 「メボルトよ。こちらに近づき、知っている限りのことを申せ」


 「承知しました」

 メボルトは王の間の出入り口から玉座まで真っ直ぐ伸びている赤い絨毯の上を歩き、エラールに近づいた。そして、部屋全体に視線を走らせ、聞き耳を立てている痴れ者が本当にいないことを確認してから耳元でささやく。


 「勇者のレベルですが、調査の結果35と判明しております。なお、城には勇者の他に魔法使いと格闘家も潜入しているようですが、現在は別行動をとっています」


 レベル、つまりその人の強さは数字としてはっきりと表れる。無論、魔王やモンスターも例外ではない。表示していないだけで、レベルは存在しているのだ。


 「35か。そこそこ成長しているではないか」

 エラールは腕を組んで忍び笑いをした。


 「まだあります。むしろこちらを先に言うべきだったかと」


 「もったいぶるな。申せ」


 ためらったのは数秒。


 メボルトは意を決して告げた。

 「どうやら勇者は、その……、城の女をはずかしめながら進んでいるようです」


 「……なんだと?」初めてエラールの顔色が変わった。「それは真か」


 「事実です」メボルトは頷いた。「一方で男の場合は命乞いを全く聞き入れず、容赦なく殺害。レベルを上げるために必要な経験値を手に入れると同時に、彼らが所持していた装備品と金品を奪っています。しかも、この略奪行為は彼の仲間も積極的に行っています」


 「なんて連中だ!」

 エラールの振り下ろした拳が玉座に設置された肘掛を粉砕した。凄まじい衝撃音が鳴り響き、王の間の空気が一気に冷えこむ。


 「悪魔め……、あいつらには人の心がないのか! 失望したぞ!」


 「勇者一行で最も恐ろしいのは魔法使いの少女でしょうね。魔王様に味方する者はたとえ子供だろうと火の魔法をぶつけ、挙げ句の果てには火傷を治す代わりに膨大な治療費を請求していると噂されています」


 メボルトの言葉に、エラールは口をあんぐりと開けた。


 当然の反応だろう。エラールが想像していた勇者一行とは、困っている人を見つけたら迷わず助けてあげることができる美しい心を持った者たちのことを指している。しかし、これでは全くのあべこべだ。


 「知らなかった」エラールは顔を覆った。「なぜ彼らが非人道的になってしまったのか、心当たりはあるか?」


 「あります」メボルトは即答した。胸を張って意見を述べる。「おそらくレベルが上がったことが原因かと」


 「どういうことだ」


 「レベルが上がれば強くなるのは当然です。魔王様が魔王様でいられるのは血統以上にレベルが魔族の中でも抜きん出ているからだと思われます。それくらいレベルというのは大事なのです」


 「異論はない」

 エラールは頷いた。


 「ではレベルが上がった人間はどうなるのでしょう。数字を見せるだけで誰もが恐れおののき、むやみに怒らせようとしなくなります。そうなってくると、その人は自分が選ばれた人間だと錯覚し、おごり高ぶるのも無理ありません。ましてや選ばれし勇者であればなおさらでしょう」


 「なるほど……」

 エラールは腕を組んで唸った。人は弱い生き物だとわかっている。しかし勇者であるラディス、そして彼と旅を共にする仲間は別だと決め付けていたのだ。ここに来て、その認識を改めさせられるとは夢にも思っていなかったのである。


 エラールの様子に、メボルトは溜息をついた。

 「ちなみに、勇者が調子づいてしまったのは魔王様にも責任があるんですよ」


 「何だと!?」

 唐突な非難に驚き、思わずエラールは玉座から立ち上がった。壁に背中をあずけていた骸骨のモンスターがその動きに反応し、一斉に剣を構える。


 それでもメボルトは引かなかった。鋭い眼光をエラールへ飛ばす。

 「勇者が旅に立った時、レベルはまだ低かったはずです。ところがあなたは直々に手を下さず、レベルを上げるにはもってこいの雑魚モンスターを野放しにするだけだった。結果は報告した通りです。女は屈辱的な目に遭わされ、男は次々と殺されている。これをあなたの責任と言わずして何と言うのですか!」

 

 「ぐっ……」

 エラールは苦悶に満ちた表情を作った。ぐうの音もでない正論を言われたせいで、言い訳を探すことすらできない様子である。


 メボルトは丁寧に頭を下げた。「私はあなたに向かってこんなこと言いたくありませんでした。しかしわかってください。勇者一行の悪逆をあなたが怒るのは筋違いなんです」


 「では、我はどうすればよいのだ」


 「勇者一行を倒しましょう。それが亡くなった者へのせめてもの償いです」


 メボルトの意見にエラールはしばらく黙っていた。目を瞑り、考え事をしているようである。


 やがてゆっくりと目を開くと、

 「よかろう! このサンタ・エラール城をあいつらの墓場にしてくれる!」

 と、高らかに宣言した。


 骸骨たちが待ってましたとばかりに不気味な唸り声を上げる。メボルトも「よく決心してくれました!」と拍手を送った。


 「早速準備に取り掛かるぞ。ラディスたちが今どのあたりにいるのか調べさせろ」


 「その前に魔王様、レベルの方は大丈夫ですか? 勇者のレベルは」


 「35だろう。心配するな。我のレベルはこの通りだ」

 魔王は腕を伸ばし、人差し指で天井を指した。すると、指先から真っ白な光が浮かび上がり57という数字を作った。


 「これがあなたのレベルなんですね」


 「見せるのは初めてだったな。どうだ? 不満などあるまい」


 「魔王様って」メボルトは唇を歪めた。「案外大したことないんだな」


 「……な、に?」


 「聞こえなかったのか? しょぼい数字で得意になるなって言ったんだよ」


 メボルトの態度の変わりように、エラールは困惑した。


 「あーあ、まだ気づかねぇでやんの。俺はメボルトじゃねぇ」

 そう言うと、前触れもなくメボルトの全身がどろりと溶けた。まるで絵の下に別の絵が隠されていたかのように、そこには別の顔があった。


 年齢は十五歳くらいか。女性と見間違えられそうな中性的な顔立ち。物事の本質を見透かすような澄んだ目がエラールをしっかりと映している。


 他でもないラディスの顔だった。


 「馬鹿な……」エラールは驚愕きょうがくし、尋ねた。「メボルトは、メボルトはどうした!?」

 

 「殺したよ」

 ラディスはさらりと言い放った。


 「ふざけるな! あいつは人間ではあるが、我が直属の部隊でも指折りの実力者だ! レベルだって41もあるのだぞ!」


 「へぇ、まあまあだったんだな。けど俺のレベルは」

 エラールがやったように、ラディスは人差し指を天井に向けた。

 

 即座に浮かび上がるいくつもの光球。それらは王の間を高速で飛び回り、五秒足らずで部屋中のモンスターを殲滅せんめつさせてからレベルを表示した。

 

 「94……だと?」

 護衛のモンスターが皆殺しにされたことを忘れて、エラールは呆然とした。

 

 「おう。お前が弱いくせにやたら経験値くれるモンスターを各地域にばらまいてくれたおかげだ。感謝するぜ」そう言うと、ラディスは剣帯から剣を抜いた。「さて、下らないお喋りはここまでにするか」

 

 「くそっ……」

 エラールは本能的に察知していた。戦闘になったら、どんな手段を用いても目の前の勇者には勝てないことを。

 

 「そう固くなりなさんな。今すぐ八つ裂きにしてやってもいいが、お前次第では助けてやらないこともないんだぜ?」

 

 「我に何をさせるつもりだ」

 

 「俺の条件を飲んでもらう。そうしたら見逃してやる」

 

 「お前に屈してまで命を長らえるつもりはない」

 

 ラディスは口笛を吹いた。

 「立派なことだ。でもいいのか? 俺は勇者だ。お前の手先をどうしようが、誰にもとがめられないんだ。そうだな。まずは魔族の女を見つけ次第、素っ裸にして街中を歩かせてみるか。あるいは奴隷を売買している商人に売りさばくのもいいな。前にお前のめいっ子と戦ったが、ありゃかなりの美少女だ。きっといい商品になるぞ、あはははは!!」

 狂ったかのような甲高い声で笑う。表情は実に楽しそうだ。


 エラールははらわたが煮えくり返った。生殺与奪せいさつよだつ権を握っているラディスに向かって、

 「この……外道がぁ!」

 と、目を血走らせながら怒鳴った。普通なら、この怒号と形相を前にして逃げ出さずにはいられないだろう。


 しかしラディスには通用しない。むしろ、それがどうしたと言わんばかりに鼻で笑った。

 「外道で結構。で、俺が出す条件を飲むのか? 飲まないのか?」

 

 「……条件とやらを言ってみろ」


 飲まないという選択肢は選べなかった。魔族を守るため、矜持きょうじのことなど今は気にしていられないのである。

 

 ラディスは剣先をエラールの喉元に突きつけ、

 「世界中のモンスターを一匹残らず処分しろ。それが終わったら、お前ら魔族には誰にも見つからない辺境の地へ移住してもらう。なぁに、死ぬまで隠居生活をしてくれれば危害は加えないさ」

 と、言った。

 

 この条件を受け入れるということは、二度と野望が達成されないことを意味している。

 

 エラールは答えることをためらった。

 

 すると、ラディスは思い出したかのように「あ、そうそう」と前置きをした。

 「メボルトが命惜しさに教えてくれたけど、お前の妻と娘はここの隣の部屋にいるんだよな。……目の前で汚してやろうか?」

 

 「わかった、お前の要求を受け入れる! だからやめてくれ!」

 エラールは情けない顔をして懇願した。もはやそこに魔王としての威厳は見当たらない。


 最愛の妻と目に入れても痛くない娘。二人を人質にされてしまったら、エラールにはもはやどうすることもできないのだった。






 「ねえ、やっぱり魔王は倒したほうがよかったんじゃないの?」

 モンスターがすっかりいなくなった草原を歩きながら、魔法使いの少女――テオがラディスに尋ねた。

 

 「理性のないモンスターならともかく、魔王には心がある。不要な殺生は避けるべきだよ」

 

 「だからってあんな芝居打たなくても」

 

 「ああでもしないときっと言うこと聞いてくれなかったよ。それに情報を得るために城内の人を脅したのは事実なんだから、芝居とは言い切れないんじゃないかな」

 

 「魔王に味方してたんだぜ。そのくらいの灸は必要だよ」格闘家の青年――グレイスが笑顔を見せながら、ラディスとテオの肩に手を回した。「けどさ、これで引き続きお前らと旅ができるんだな! 作戦大成功じゃねぇか!」

 

 「そうだね」

 

 魔王は死んでいない。勇者としての責務はまだ残されているのだ。

 

 テオが未だに「他にも方法があったんじゃないかなぁ」と呟いていたが、表情はすでに明るくなっている。


 勇者一行は次の街に向かって歩き続ける。


 魔王を倒すまで旅は終わらないのだ。


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