プロローグ
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むかしむかし、あるところに、バルバールという王様と、絶世の美女と謳われたサージュという王妃様がいた。
2人の婚姻は俗にいう政略結婚であり、そこには愛など一切ない、冷え切った夫婦関係であった。
バルバール王は、王たる手前「跡継ぎが必要だ」と感じていたため、義務として王妃との間に2人の子をもうけた。2人の間に産まれたのは、将来必ず母親にそっくりな絶世の美女になるだろうと予感させる娘達であった。長女はエトワールと名付けられ、その後に次女が誕生した。
王は「男の跡継ぎ」を産めなかった王妃へさらにきつく当たり始め、王妃以外の女性との間に跡継ぎをもうけようと、熱心に愛人を作り始めていった。
王妃はそれを恨んだり妬んだりはしなかった。なぜなら、元より王には愛情も恋慕も抱いていなかったからである。王妃は女としての務めを早々に別の女性へと譲り、その代わりに、我が娘たちをしごく大切に、掌中の珠といえるほどに慈しみ育てた。
こうして、母親とエトワールからの愛情を一身に注がれた次女の王女は素直で優しく、すくすくと育った。名をオンディーヌといった。
そんなオンディーヌの運命がガラリと変わってしまう出来事が、オンディーヌの5歳の誕生日に起こる。
王女の5歳を祝うため、お城では盛大な舞踏会が開かれた。大広間は隅々まできらびやかな装飾で飾られ、隣国から取り寄せたフルーツや、遠い異国でしか作られない珍しいお菓子がズラリと並べられていた。
王もこのときばかりは王妃を隣の椅子に座らせ、2人の間にオンディーヌを座らせた。ホールのホールの中央では貴族たちがワルツを踊り、王女を祝うために駆けつけた曲芸師や剣舞の踊り手たちが、見事な見世物を披露していた。舞踏会が最高潮の盛り上がりに達しようとした、その時だった。ホール全体の照明が一瞬にして消え去る。緊急事態のために用意されていたはずの魔法の灯りすら点ることはなく、暗闇の中でホール中はパニックになりかけた。
しばらくすると、入り口の上にある小窓が白く発光し、招待客たちは眩しさに目を細めた。光はだんだんとほのかなものに変わり、その中心から、1人の女性の影が浮かび上がった。
その影の正体は、王がかつて国から追い出した魔女であり、今は誰も生きて帰れないといわれる西の森にひっそりと暮らす『西の森の魔女』であった。魔女は、驚きで腰を抜かしている王や周囲の人間をチラリと見やり、恐怖のあまり気絶してしまった王妃にも目を向けた。
それからフワリと宙を浮くようにして、王と王妃の間にいるオンディーヌに近づくと、王に向かって告げたのだった。
「バルバール……妾は、そちにこの国を追い出されたことを恨んでおるぞ。復讐せねば気がすまぬ……」
魔女の声は異様なほどホール内に響き渡り、誰もが一歩も動けなくなるほどの凄まじい威圧感を放っていた。魔女はオンディーヌの頭にそっと手を載せる。
「これは、妾からのオンディーヌ王女への祝福の魔法じゃ。……そちは、18歳を過ぎるまでの間に死ぬ。糸紡ぎの針に指を刺し、死ぬのだ。恨むのなら、そちの父親を恨むのじゃ……」
魔女の手のひらから白い光があふれ、次いで黒い闇のような光がこぼれ落ちると、最後には辺り一面を覆い尽くすようにして弾けた。再び暗闇に包まれたホールに、ようやく魔法の灯りがパッと点り出す。しかし、オンディーヌの頭に手を当てていた西の森の魔女の姿は、もうどこにもなかった。
明かりがつくと同時にざわめきが波のように広がり、オンディーヌの祝いの舞踏会は、最悪の後味のまま早々にお開きとなった。王にとって、王妃に似た絶世の美女であるオンディーヌは、国をさらに繁栄させるための「政略結婚の道具」であった。そのため、18歳で死んでしまう呪いは痛手でしかない。王はすぐさま王族お抱えの医者や霊媒師を呼び出し、どうにかして呪いを解こうと試みた。
しかし、誰もがお手上げの状態だった。その中で唯一、王が寵愛する愛人でもあった『お抱えの魔女』だけが、呪いを歪めることに成功したのである。
「西の森の魔女の呪いは、流石のわたくしめでも解くことは叶いません。しかし、歪めることなら出来ます。オンディーヌ様にかけられた『糸紡ぎの針で指を刺して死ぬ』という呪い……それを、死ではなく『深い眠りにつく』呪いへと歪めましょう」
お抱えの魔女はオンディーヌの額に指を当て、何事かをブツブツと呟いた。指と額の間に暖かなオレンジ色の光が灯る。魔女は時折顔をしかめ、冷や汗を流していたが、光が青色に変わると静かに指を離した。
「……これで呪いは、眠りにつく形にに変わったはずです。しかし、針で指を刺すという運命そのものは解けていません。一度眠りについてしまえば、オンディーヌ様は自力で目覚めなければならないでしょう。必要なのは、オンディーヌ様自身の魔力の強化、そして精神を強く保つことです。それらを教え込める、強力な魔力保持者を教育係にするべきかと。――私に、1人だけ心当たりがございます。先月、私のところに弟子入りしたフロワ・ノブル。あの子は私以上の魔力を秘めておりますし、教養も礼儀作法も完璧です」
お抱えの魔女に推薦されたその魔法使いの名は、フロワ・ノブルといった。
闇を思わせる真っ黒な髪を腰の長さまで伸ばし、肩のあたりで緩く結んでいる。その双眸には、強い魔力保持者であることを表す「赤い瞳」を携えていた。どこか妖艶で、不思議な魅力を醸し出す少年。年齢はオンディーヌより7歳年上の12歳であったが、年齢の割に酷く大人びており、美少年というよりは美男子といった佇まいをしていた。
そんなフロワは、オンディーヌの教育係兼執事の役目を快く受け入れた。5歳の誕生日以降、オンディーヌは持つものを制限され、淑女の嗜みとしての刺繍や裁縫全般を一切禁止された。その代わり、フロワとの魔力強化の特訓と、王女としての礼儀作法のレッスンが日課となった。
5歳の誕生日から1年後、オンディーヌを大切に育ててきた母親――サージュ王妃が亡くなった。死因は不明であったが、王国中には「流行り病を拗らせ、床に伏してから数日後に息を引き取った」と伝えられた。
サージュ王妃を亡くしたバルハール王は、一番寵愛していた愛人――「お抱えの魔女」をすぐに次の王妃の座へと据えた。新王妃となった継母は、じわじわと城内での権力を掌握し、王の目を盗んでサージュ王妃の遺した娘たちへ陰湿な牙を剥き始める。
そして、オンディーヌが9歳になった年、最初の、そして最も残酷な悲劇が起きた。王女エトワールが王妃と同じ流行り病にかかり亡くなったのである。
エトワールの死の後、継母はバルハール王との間に腹違いの双子の姉妹を産み落とした。双子の妹たちは、甘やかされて我が儘放題に育ち、不吉な呪いを持つオンディーヌをことあるごとに見下し、いじめるようになっていく。
さらにその後、オンディーヌが11歳になる頃、ようやく待望の男児であるデュークが誕生した。
時は残酷に流れ去る。
オンディーヌが十三歳を迎えたある日のこと。オンディーヌは、バルハール王の怒りを買い、城の遥か奥深くにある、誰も近づかない『離れの塔』への永久幽閉を言い渡されてしまった。13歳のオンディーヌは、不安に身体を震わせながらも、当然、フロワは塔にも一緒についてきてくれると信じて疑っていなかった。
しかし、現実はあまりにも残酷だった。
フロワは継母の命令により、オンディーヌの教育係を解雇され、北の戦場へと追放されてしまったのだ。
大好きな母と姉を亡くし、今度は世界で一番優しかった兄のようなフロワまで理不尽に奪われ、オンディーヌは完全に孤独となった。
それからさらに数年後のある日、突然城の中が騒がしくなる。継母の母国のバルハール軍が王国を攻めてきたのだ。継母は母国テネブルの精鋭を国境に引き入れ、王の権力を完全に奪い去る計画を立てていた。
しかし、国境を越えて進軍してきたテネブル軍の先頭に立っていたのは、彼女の知る将軍ではなかった。
軍を完璧に掌握していたその男の前に、継母の浅はかな野望は打ち砕かれ、バルハール王共々一瞬にして捕虜として捕らえられてしまったのだ。
地鳴りのような足音が近づき、オンディーヌの過ごす塔の扉が乱暴に開く。……そこには、かつての優しい面影をすべて捨て去り、冷酷な表情をしたフロワが立っていた。
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