14 何言っても角の立つ質問
「ハッ!まだ、起き上がるか」
能力詳細は未だ不明。だが、推し量るにこの変態の能力は、独自のエネルギーを用いた身体強化。攻撃にしか転用できないと見て間違いないだろう。
「ね゙ぇぇぇ…………」
「降参か?」
『私 わたし ワタシ キレイ?』
その質問を投げかけられた瞬間、耳を通して、脊椎から爪先に至るまで全身に不気味な波のような感覚がなだれ込んだ。
その違和感に呼応するように、無名紫電の直感が危険信号を感じ取る。
「もういい。寝てろ」
口裂け女にとどめのパンチを入れようとする。しかし、攻撃が当たる直前、蛇に睨まれたように俺の身体はピタッと硬直してしまった。
「どういう!?」
どういうことだ!?洗脳系の能力?さっきの言葉を発動条件を暗示とした催眠術か!だったら――
〈絶技 『落葉の浄瑠璃』〉
『落葉の浄瑠璃』は無名紫電が独自に編み出した対洗脳の技。
自らの意識を遮断し、脳の高次機能をオフ。思考、感情は一時的に停止するが、彼の肉体に刻まれた戦闘本能、技術により、攻撃を続ける。
『落葉の浄瑠璃』によって、無想状態となった紫電は、口裂け女の背後に回り、その首をへし折るため、頭に手を伸ばす。
しかし、先程同様、紫電は口裂け女に触れることすらできない。
『ワタシ、キレイ?』
二度目の質問を投げかけられた瞬間、その場から紫電の姿が消える。
『落葉の浄瑠璃』中の紫電に思考能力は無く、ハッタリやブラフといった小賢しい作戦の実行は不可能。しかし、無我の境地にある彼の戦闘能力は通常の比ではない。
今の紫電は本能のままに敵を殲滅する戦闘人形と化している。故に、常時120%。瞬間200%の己が潜在能力を引き出して口裂け女を攻撃する。
姿と気配を潜められている上に、視力も回復していない口裂け女は、紫電の居場所がわからない。だが、彼女は防御の態勢を整えるどころか、その場に立ちすくみ、ひたすら待ちの姿勢を貫く。
「ワタ、わたしぃぃぃぃぃ」
警戒など微塵もない様子の相手に、紫電は瞬きする間もなく、真正面に構える。その手に持つのは、先端を削り、研いだことによって、尖らせた木の枝。
狙いを心臓に定め、突き刺そうと駆け出すが、残り数メートルというところでまたもや身体が止まってしまう。
『ワたシィィいぃぃ、キレイィィ??』
紫電は意識を戻すと、これ以上の攻撃は無駄だと悟る。
「チッ!!どうなってる……」
『落葉の浄瑠璃』は、催眠なら確実に無力化できる筈だ。つーか、催眠だの洗脳だのは、ガキの頃の訓練で耐性がある。こうなってくると、ますます理屈がわからねぇ。
『わたし……キレイ?』
「…………」
一見するまでもなく、意味のない質問。だが、答えるしかない。
「キレイなんじゃね」
質問に対して、最も当たり障りのない返答。その返答を聞いた瞬間、息を吹き返したように口裂け女の傷が治っていく。
「なっ!?」
再生……というより、治癒に近いか。それよりも発動条件が質疑応答?ありえなくもないが、コイツの能力は引っかかる部分が多過ぎる……
「久しぶりに目があったな」
『わたし、キレイ?』
おそらく、この質問を食らってる最中は俺、いやお互いの物理的干渉が封じられる。我ながら大味だが、木の枝ある。ポジティブな回答が回復なら、次はネガティブをぶつけると同時に喉を突き刺して、声を奪う。
「さっきのは取り消すよ。美人じゃあねぇ」
どうなるか?それを確かめる時間は必要ない。喉元一直線に――
攻撃は確実に当たるはずだった。未知の敵に対する決着の焦燥。日常生活に慣れたことによる緩み。これらによって、紫電はとあるリスクを懸念していなかった。
攻撃は避けられ、逆に蹴りを喰らうもののギリギリで防御と受け身でダメージを抑える。
「ツッ!?」
速度が突然上がった。力もおそらく……
「しくじったな」
想定するべきだった。姿がさっきとまるで違う。もはや、ただ口の裂けた女じゃない。裂けた頬からは目玉が覗き込んでいる上に、こちらを追っている。手や首筋、服が破れ、足や胴体にも口のような裂け目がついている。
しかも、完全変態しやがっただけじゃない。最初持ってたのよりデカい、剣くらいのサイズのハサミまで出しているしてる始末だ。
「ヷタシハァ゙…………ギレイギィィ」
「最初から自己完結しとけ、ボケが」
逆境も逆境。向こうのご大層な得物と比べてこっちは木の枝だ。
未知の敵。ピンチ。手に汗握る戦い。そう、俺はこれを――
――望んでねぇんだよ!!
「おい、タコ。本気で相手してやる」
漫画と一緒さ。酸いも辛いも苦いも俺にとっちゃあ、食傷気味だ。
求めるのは、嗜好を変えた甘さ!!
「こい『アリス』」
紫電の呼び声とともに手元の空間が歪み、一本の杖が転送される。
『アリス』死を直視させる魔の杖