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屋台の新メニュー



 人間には、ルーティンというものがある。


 いかに瑣末(さまつ)だったとしても、緊張感、ストレスなどで逸脱しかけた自分の意識を、日常へと戻すことが出来る。


 結論、ルーティンは結構重宝するのだ。


 そんな私のルーティンは、ズバリここです!


 心の中でリポーターのように語りながら、私は目の前の鉄紺色の暖簾(のれん)に目をやる。


 切れ目が二ヶ所入った性質を活かし「お」「で」「ん」と、それぞれに白い毛筆体で印刷されていた。

 右端の「ん」の横に、縦文字で「かえで屋」という屋号もある。


 そう、私のルーティンは屋台で食べるおでんなのだ。


 寒空の冬だろうが、今みたいな真夏だろうが、仕事終わりの屋台おでんはたまらない。


 まあ、この時期におでん行くと「変わってる」って言われちゃうけど。


 自嘲の笑みを浮かべながら、私は《屋台おでん かえで屋》の暖簾を右手で押し広げた。


「まいど」


 重低音ボイスの大将。初見だとこれが中々に怖いが、話すと結構気さくである。


 年齢は——不詳だ。本当に不詳だ。


気になりすぎて前に一度訊いたことがあるが「十五歳やで!」と笑顔で返された。

 いやそれはないでしょ、とツッコんだが、本当の年齢は結局教えてくれないままである。


 両手の指をTにして涙を装いながら、「今日も過疎や」と悲しそうに言って来る。

 どっかのガールズグループみたいで懐かしい。


「この時期におでん食べてると、変わり者扱いされますからねー」

 私は先ほどの体験談を述べる。


「せやからな、客集めるために新商品開発したんや」


 おお、なんと新商品とは。この大将にそんな意気があったのか! 結構失礼な感想を抱きつつ、それは悟られないように「へえ、どんなメニューですか?」と訊ねる。


「……」


「……」


 しばし沈黙。

 そして大将が口を開いた。


「カツ丼や」


「はい?」

 私は少し考える。でも結局、「はい?」と再度聞き返してしまった。


「せやからカツ丼や」


「おでんの斬新なメニューを考えたんじゃなくて?」


「おでん『屋』の斬新なメニューを考えたんや」

 そう言う大将の笑顔が綺麗すぎて不気味だ……じゃなくて!


「大将、カツ丼好きだったんですか?」


「いーや嫌いやね! あんなもんの何がええんか分からん!」


 もうどういうこっちゃ。


「なんでわざわざ自分の嫌いなものをメニューに加えるのよ!」


 呆れを通り越した笑いを堪えきれないまま、指摘する。

 

 が、答えは「……なんでやろなあ?」だった。ちゃんと考えときなさいよ。


「他の人に食べてもらうのはもちろん、自分が嫌いなやつだからこそ、美味しく作って魅力を追求したい……とか?」


「おお! それええな!」私が取ってつけた理由に、大将が食いつく。


「辻褄合わせの上手さ……怪しすぎるで!」

 そしてなぜか大将に疑われる。


「怪しくない!」


「いーや怪しいね!」


 暖簾の中でよく分からない論争が繰り広げられること、数分。


「とりあえず大将、カツ丼ちょうだい!」


「おお!」


 おでんを食べるつもりだったが、おでん屋が出すカツ丼の味には、中々興味がある。


「じゃあちょっと待っとき!」


 よし、楽しみだ……待てよ、ここ屋台おでんだよね? 揚げるスペースないんだけど、どうするのよ。


 調理方法を探っていると、大将が電話をかけ始める。

 まさか。


「あ、すんません、カツ丼一つお願いします」

 ピッ、という通話終了の合図とともに「カツ丼の出前をとるおでん屋がどこにいるのよ!」と激しくツッコむ。


「作るとは言うてへんで」


 相変わらずの不気味な笑顔。確かに言ってなかったが……悪徳商法みたいなものではないか。


 ——でもまぁ、楽しいからいいか。


 大将とこんなやりとりをするのも、私にとって欠かせないルーティンなのだから。





最後まで読んで頂き、ありがとうございます!


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