準備
(これは……ないだろう)
フィノーラ様に案内された部屋を見て驚愕した。この木製のテーブルとイスは神様が使うにはぼろ過ぎる。
「すみません。みずぼらしくて」
フィノーラ様が頭を下げる気持ちは分かる。天照大御神様に使わせるような家具ではないだろう。けど、丹念に掃除されている。せめて自分が出来る精一杯のおもてなしをしようという気持ちは伝わってくる。
「女神フィノーラ、頭を上げて下さい。別に貴女が悪いわけじゃないんです。こうなるよう仕向けた……」
「で、ですが」
この状況で旦那をかばうのを『妻の鏡』だなんてこれっぽっちも思わない。
「あいつは貴女を困らせて喜んでいるだけのただのクズです」
「私もそう思うわ。もっと自信をもって」
「……」
でも残念ながら俺たちの声は届かない。今は仕方ないか。
「これ、手ぶらじゃなんだから」
天照大御神様が懐から取り出したのは宇治の煎茶、もちろん高級品。
飲み物を出すのはホストの役目だけど、アレがお金をケチってマトモな茶葉が用意できない。で、周囲に『愚妻は天照大御神様に粗末な茶を出したダメな妻』と吹聴することは想像に難くない。
それを見越して天照大御神様は茶葉を持参したのだろう。
「では、淹れて参ります」
肩を丸めて歩くフィノーラ様が心配で仕方ないが、気遣っているだけの時間はない。ヤツがきめた時間を超えるとフィノーラ様がどんな叱責を受けることか。
「時間が惜しいから、彼女が来るまで私が話を進めましょう。この世界はアニメやゲームでは典型的な異世界と思って下さい。人間だけでなくエルフやバンパイアのような亜人から、スライムやトロル、はたまたドラゴンのようなモンスターまで存在します」
「異世界モノの定番ですね」
「お世辞にも治安がいいとは言えませんがそれでも一応平穏は保っています。ですが近日中に魔王ダレスが魔王軍を率いて世界を侵略することが判明しています」
「魔王、何者ですか?」
「体長3メートル、人間に近い外見ですが、鋼のように強靭な肉体、けた外れの魔力、そして優れた知恵を持ち合わせ野心にあふれています」
「そんな相手に俺が勝てますか?」
「レベルを上げることと信頼できる仲間を見つけることができれば」
最初は弱い相手と戦って徐々にレベルを上げたり、パーティーを組んで戦うのはRPGのお約束だ。
「お茶をお持ちいたしました」
「頂きます。フィノーラ様、あちらの世界の情報を頂けませんか。地図とか、魔法とか、モンスターとか」
「それなら、まずはこちらを……」
フィノーラ様が本棚から取り出したのは地図だった。
そこに描かれているのは2つの大陸と6つの国。あとは細かい島々が多数。とりあえず、地球とは似ても似つかない。マジで違う世界なんだな。
「ありがとうございます」
ここまで書いてあれば役に立つことは確かだ。
「魔法って教えていただけますか」
さっきの話で気になっていたことの一つがこれだ。
「彼女、魔法をいくつか覚えているわ。貴方の適正なら攻撃魔法かしら」
攻撃魔法とはかっこいい。すこし胸が高鳴る。
「それではご指導いたします」
それから30分、女神フィノーラのレッスンが続いた。
要は気を練るようなイメージをで魔力を集め、放出する際に呪文を唱えるのだ。
習得したのは火の魔法と風の魔法。
それにしても……。
(全然飛ばねー)
そう、魔法を飛ばすことが全くできないのだ。1ミリも。
「いえいえ30分で攻撃魔法を二つも覚えるなんてたいしたものよ」
「ええ。剣に魔法を乗せることが出来るなんて珍しいです」
ということで俺のジョブは魔法剣士に決まった。魔法が飛ばせないから接近戦に特化した戦い方をしよう。
「それで装備やアイテムを頂きたいのですが……」
「神界用のネット通販があるのですよ。あれが使えるスキルをつけてあります」
天照大御神様、神様なのにそういうのも詳しいんだな。
「どうやってですか?」
「ステータス画面を開いてください」
「どうすればいいですか?」
「ステータスオープンと唱えて下さい」
【名 前】 宮本小次郎
【年 齢】 20歳
【職 業】 魔法剣士
【レベル】 18
【H P】 212
【攻撃力】 53
【魔 力】 11
【防御力】 29
【俊敏性】 67
【スキル】 魔法剣(火・小)(風・小)
ネット通販 アイテムボックス
【称 号】 女神フィノーラの御使い
「おおっ」
たしかに、【スキル】 ネット通販 と、表示されている。
「ステータス画面の右上にアイコンがあります。これをクリックすると通販の画面が表示されます」
大きく’〇’の中に’天’と書かれたアイコンがある。これって天照大御神様が作ったってことか。わかりやすいけどさ。
「ではでは」
クリックするとよくある通販サイトに類似した画面が出た。これは使いやすいというかパクリ? いやオマージュということだな。
「貴方用にカスタマイズしてあるわ」
スワイプしてみる。
(どれどれ)
武器とか防具とか食べ物とか衣類は売ってるが、やはり電子機器の類は販売されていない。
「いつのまに?」
「頼んでおいたのです。パソコンの付喪神に」
すごいな。
「そ……それで『伝統的な武器と防具は可。現代の兵器と電子機器、それに現代の乗り物は不可。それ以外はここにいる皆さんで相談』ということでしたけど、皆さんと相談って」
いつ相談するんだ?
「ああ。基本的には私の一存です。事後承諾。そうでも言わないと彼がごねると思いました」
「それはありがたいです。それで代金は……」
「支度金をこれだけ入れておきました。これで当面は事足りるでしょう」
「うおっ」
大学生が扱うには多すぎる金額だった。
「それからこれ」
天照大御神様が差し出してくれたのは日本刀が二振り。大刀と小刀。
「扱いやすいですね」
試しに大刀を振ってみるが、比較的軽いし、切れ味もよさそうだ。
「それは平安末期の無名の刀ですけど、甲冑を割れるほどの切れ味があります」
「すばらしい」
小刀も大きさ以外では大刀に引けを取らない。
「世界を救って欲しいとお願いしてるのに、用意する装備が安いなんておかしいでしょう」
RPGのお約束を真っ向から否定とは……今回は実にありがたい。
「ありがとうございます」
「レベルが上がったらもっと重たい刀に変えてもいいでしょう。それとあちらの世界のお金も使えます。両替なしで」
「へえ」
そいつは便利だ。もらったとはいえ天照大御神様のお金を使うのは気が引けるし。
「あちらの通貨1Gが100円です」
これで準備万端……。あ、そういえば。
「それと、じいちゃんが『命に係わることはないから』と言ってましたけど」
「あっちで死んだら、元の世界に戻るだけです。転移すると同時にそういう魔法を唱えてあります」
「ああ、良かった。本当に死んだらどうしようかと」
「でも、二度とこっちの世界はこられないわ。こっちの世界は助かりません」
「死んだら取り返しがつかないですね」
それは不味いな。と少し他人事で考えていたら、甘かった。
「嘘っ……」
天照大御神様が顔を真っ青にしている。
「どうしました!」
唇をわなわなと震わせながらつぶやいた。
「貴方にかけた魔法が解除されています」
「簡単にできるもんなんですか」
「いいえ。まして私の目を盗んで……まさかあの時⁈」
「あの時⁈」
「貴方に直接触れた瞬間」
「……アイツ」
俺の襟首をつかんだ瞬間、やりやがったな。
どうやら小物とあなどってたらしい。
「でも、私に悟られないようにやるとは」
「あの……小次郎さん。止めておきますか?」
女神フィノーラが不安げな顔を見せる。
「いえ、乗り掛かった舟ですし、ここで引くのは癪に障ります。やりましょう」
「すみません」
「あと、こっちに戻ったり連絡を取ったりは」
「わたしを祭っている神殿があります。そこでお祈りをしていただけるとここに来られます」
「そうですか。では俺をあっちに送ってください」
「それなら行先にここを勧めるわ」
「理由は?」
「私の勘よ」
天照大御神様の勘なら信じてみよう。
「では行ってきます」
「ご武運を」
「ご武運を」
俺の足元で魔方陣が浮かび上がると、別の世界へ飛ばされた。