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気づいて欲しかった  作者: 咲葵
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6話 コーヒーカップ

「あー楽しかったーーー!!!」


 わたしは思いっきり両手を伸ばして、大満足の声を上げる。


「そうだね。本当に楽しそうでよかったよ」


 隣を歩く樹くんが、やさしく笑いながら返してくれる。その微笑みに、わたしのテンションはさらに上昇。

 ——うんうん! 今日はほんとに最高!!

 そう思いながらスマホを取り出すと、一通のメッセージが届いていることに気づいた。


「みんなフードコートにいるって。それと……トイレの近くらしい」

「うん」


 樹くんと並んで歩きながら、フードコートに向かう。ほどなくして、テーブルの上にぐったりとうつぶせになっている香織ちゃんと蒼の姿が視界に入った。


「ええ!? ど、どうしたの!? ふたりとも大丈夫!?」


 思わず駆け寄ると、蒼がゆっくり右手を挙げて答えた。


「ああ……アイス食べて、おなか下した……」

「五十嵐のせい」


 香織ちゃんも、力なく短くそう返す。


「えっ、なんで蒼のせいなの?」

「いや、ほら……ちょっとした悪ノリっていうか……」


 蒼がごにょごにょと説明しようとするけど、なんか ものすごーく後ろめたそう。


「五十嵐が、一気に食べると脳がキーンってなるけど、胃は大丈夫って言った」


 香織ちゃんが、わたしの疑問にバッサリと冷静に答える。


「え、それやったの?」

「やった……」


 蒼、 めっちゃ目そらしてる。


「香織ちゃんも?」

「やった……」


 香織ちゃんも 無表情で目そらしてる。

 ——いや、ふたりともバカすぎるでしょ!?


「樹くんと話してたんだけど、そろそろお昼にしようかなって。ふたりとも食べれる?」

「……ああ」


 元気のない蒼が、かすれた声で返事をする。香織ちゃんは黙って手をひょいっと上げた。

 ——ほんとに大丈夫? いや、まぁ本人たちが食べるって言うならいいか……。

 仕方なく、わたしは二人の希望を聞いて注文しに行った。そして、四人分の食事がそろうと、みんなで黙々と食べる。食後、わたしはみんなを見渡しながら聞いた。


「次、どうする?」

「コーヒーカップでもいこう」


 と、蒼がさらっと言う。


「……え?」


 わたしは まるで何かヤバいものを見たような目で蒼を見る。


「えっ、ほんとに大丈夫? ついさっき、おなか痛いとか言ってなかった?」

「……ああ」


 蒼が適当に答えると、香織ちゃんも無言でこくんとうなずいた。

 ——いや、これ絶対無理してるでしょ!!


「それならいいけど……ほんとにいいんだね? 後悔しない?」

「しない」

「……うん。なら、行こうか!」


 ——まぁ、どうせ後悔するのは自業自得だし!!

 そう思いながら、わたしは明るく手を叩いて、みんなを先導するように歩き出した。コーヒーカップの前まで来たわたしたちは、足を止めて顔を見合わせた。


「二組ずつに別れないか?」


 最初に口を開いたのは蒼だった。


「僕は別にいいけど」


 樹くんがあっさりと賛同する。ちょうどそのタイミングで、コーヒーカップの係員さんが案内を始めた。


「次の方、どうぞ~!」


 その瞬間、香織ちゃんが すっと蒼の手を引いて、まるで迷いもなく言い放つ。


「二人で」

「えっ、あ、ちょっ……」


 蒼が何か言いかけるけど、そのまま 香織ちゃんに連れて行かれるようにして 二人で乗り込んでしまった。

 ——え、なに今の!? なんか勢いすごくなかった!?

 ぽかんとするわたしの隣で、樹くんが自然に言う。


「僕たちはこっちのコーヒーカップに乗ろう」

「う、うん!」


 そう言った瞬間、樹くんが わたしの手を握って、軽く引っ張るようにして歩き出した。

 ——え、え、えっ!? いま、樹くんが……!?わたしの 手!!! 樹くんの手!!!!!! 握られた!!!!!!!!

 一瞬で頭が真っ白になり、心臓が全力ダッシュを始める。

 —— やばいよやばいよ、こんなのもう倒れる!! 蒼、香織ちゃん、本当にありがとう!!!

 コーヒーカップに乗り込んで、わたしがまだ心の中で叫んでいると、樹くんがふっと笑って聞いてきた。


「咲葵はコーヒーカップ好き?」

「も、もちろん!!」


 声が裏返りそうになったのをごまかしながら、即答する。

 ——好き!! ていうか今すでに人生で一番好き!!!

 気を落ち着けようと、ちらっと周りを見てみると…… カップルっぽい人たち がめっちゃいる。

 ——えっ、待って。もしかして、これ、デートスポット的なやつ!?ってことは……これ、他の人から見たらわたしと樹くん、カップルに見えてるのでは……!?


「やば……」


 つい口から声がもれそうになったけど、なんとか耐えた。

 でも、心臓はまだバクバクしてるし、 顔も絶対赤い!!このままだと樹くんにバレる!! 気をそらさないと!!!


「全然楽しい、楽しいよーーー!!!」


 そう叫ぶと同時に、わたしは コーヒーカップを勢いよく回し始めた。

 ——気をそらせ!! 落ち着けわたし!! 樹くんの手とか、カップルに見えるとか、そういうの全部考えるな!!!


「……咲葵、すごい回すね」


 樹くんの笑い混じりの声が聞こえたけど、もう止められない!!!

 コーヒーカップは ぐるんぐるんと猛スピードで回転 して、わたしの頭の中も完全にぶっ飛んでいった。




 コーヒーカップの中で、俺は軽く頭を支えながら息をついた。香織が回すのを途中でやめてくれたおかげで、なんとか酔わずに済んでいる。

 そんなとき、隣から静かな声が聞こえた。


「ねえ、あれ」


 香織の視線の先を追うと、隣のカップで猛スピードで回転している咲葵と樹の姿があった。咲葵が全力でハンドルを回し、樹は必死にバランスを取っているように見える。


「……何やってんだ、あいつら」


 思わず呆れ混じりに呟くと、香織が冷めた口調でぽつりとこぼした。


「馬鹿同士お似合い」


 その言葉に、俺は反射的に香織の顔を見る。相変わらず無表情。でも、その視線はどこか鋭く、じっと回転する二人を見つめていた。


「まあ、咲葵らしいっちゃらしいな」


 適当に返すと、香織は目を伏せて、小さく息を吐いた。


「……そうね」


 何かを飲み込むようなその声に、俺はそれ以上何も言えなくなった。

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