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気づいて欲しかった  作者: 咲葵
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32話 咲葵の告白

 わたしは、生まれつき体が弱かった。病院の先生からは、「長くは生きられないかもしれないね」と、小さな頃に言われたことがある。難しい名前の病気。きっと、普通に生活することすら難しいんだって、周りの大人たちはそう思っていた。

 担当の宮野先生は、なるべく無理をせず、病院の中で安静に過ごすようにって、いつも優しく言ってくれた。でも、わたしは嫌だった。ただベッドの上で、ゆっくり命が削られていくような毎日なんて。だから――わがままだって分かっていたけど、「ほかの子と同じように学校に通いたい」って、お願いした。

 先生は、すごく困った顔をしてたけど……それでも、最後には笑って「じゃあ、無理しないって約束してね」って言ってくれた。その時の嬉しさは、今でもずっと覚えてる。

 小学五年生のとき、わたしはまた大きな手術を受けることになった。「これが最後になるかもしれないね」って、先生が少し寂しそうに言った。

 だからその前に、どうしても叶えたかったことがひとつだけあった。

 蒼と一緒に――遊園地に行きたいって。

 子どもみたいな願いだって分かってた。でも、その時のわたしにはすごく特別なことだった。そして、蒼はちゃんと連れて行ってくれた。観覧車に乗って、アイスを食べて、くたくたになるまで笑って。帰り際、「また一緒に来ような」って言ってくれた蒼の言葉が、胸にずっと残ってる。

 ――その瞬間、初めて「生きたい」と思った。またあの景色を、蒼と一緒に見たい。また、あの声を隣で聞きたい。初めて、未来に向かって目を向けた瞬間だった。

 手術は、どうやら成功したみたいだった。宮野先生が、「これでしばらくは、また学校生活が楽しめそうだね」って言ってくれた。嬉しくて、ちょっとだけ泣いたのは、秘密。

 その日の夜、目を覚ましたわたしは、窓の外がすっかり暗くなっていることに気づいた。病室の照明は消えていて、代わりに小さなライトだけがぽつんと灯っていた。そして――その明かりの中に、蒼がいた。

 ベッドのそばの椅子に座って、ぐっすり眠ってるわたしを見守るようにして、静かに座っていた。起こさないようにって、気をつかってくれてたんだと思う。わたし、ちゃんと寝てたふりしたまま、ずっとその姿を見てた。

 あのときから、たぶんもう――わたしは蒼に、恋をしてたんだと思う。




 小学校の卒業祝いの日。わたしは、香織ちゃんと蒼といっしょに、家族ぐるみで海に行くことになった。

 車が止まるやいなや、ドアを開けて海の方へ一目散に駆けだす。砂浜に足を踏み入れると、すぐに靴と靴下を脱ぎ捨てて、そのまま波の方へ。風と、潮の香りと、ひんやりした砂が、わたしの心をくすぐる。


「きゃーーー!」


 波打ち際まで走りながら、大声で叫ぶと、後ろから蒼の声が聞こえてきた。


「待てってばー!」


 だけどわたしはその声に振り返らず、勢いよく波の中に飛び込む。


「つめたーーーい!!」


 想像以上に冷たくて、びっくりしてくるっと踵を返す。笑いながら戻ってくる途中、近くまで来ていた蒼に思いきり飛びついた。


「わっ!」


 蒼はそのまま尻もちをついて、わたしも一緒に倒れこむ。見上げた先には、驚いたあとに、くしゃっと笑う蒼の顔。


「なにそれ、すっごい……楽しそう」


 気づけば、わたしも同じように笑っていた。遅れて香織ちゃんがやってきて、わたしに脱ぎっぱなしの靴と靴下を渡してくれた。

 そのあと三人で、波にどこまで近づけるか、競争みたいなことをして遊んだ。でも、わたしの靴だけ、びしょびしょになっちゃって――わたしはしかたなく、両親がいるテントへ戻ることにした。

 香織ちゃんと蒼は、まだ楽しそうに波と戯れてる。――わたしだけ、ちょっとだけおいてけぼり。

 テントに戻ると、お母さんが「ほらこれ、替えの」と言って、靴と靴下を差し出してくれる。ありがとって言いながら履き替えてると、大人たちの笑い声が聞こえてきた。内容まではわからないけど、なんとなくその声に、耳を傾けてしまう。

 そのあとは、バーベキューに、手持ち花火に……。楽しい時間って、ほんとあっという間に過ぎていくんだね。

 わたしはふと、一人で浜辺に出て、波打ち際にしゃがんで、砂をいじりはじめた。せっかく作った小さなお山が、波にさらわれて、一瞬でなくなっちゃう。――なんか、ちょっと笑っちゃった。

 その時ふと思い出したのは、蒼の両親の話。ふたりはもともと幼なじみで、途中で離れ離れになったけど、再会して……それで、結婚したんだって。

 わたしも、蒼と……そんなふうになれるのかな?

 気づけば、わたしは砂にそっと、相合傘を描いてた。『さき』と『あおい』。まるで、絵本の世界みたいな名前の並び。

 ――ちょっとだけ、ドキドキした。

 そのとき、後ろから誰かが近づいてくる気配がして、慌てて手で砂をぐしゃって消した。


「あああ、香織ちゃん!」


 驚いて振り返ると、そこには香織ちゃんがいて、隣にしゃがみこんでくる。


「なにしてるのかなって思って」

「びっくりした……見ちゃった?」

「ううん、真っ暗でよく見えなかった」

「そ、そっか……なら、よかった……」


 心臓のドキドキが止まらない。顔が、ものすごく熱い。

 わたしはすぐに立ち上がって、その場を離れた。香織ちゃんに顔を見られたくなかったから。恥ずかしくて、たまらなかった。

 でも、その恥ずかしさが、わたしに教えてくれた気がする――わたし、蒼のことが好きなんだって。

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