3話 王子様、再び
「はぁ……はぁ……」
食堂にたどり着いたわたしたちは、並んで息を整えた。
——ダッシュしすぎて、ちょっと疲れた……! でも、パン争奪戦よりはマシかな?
「わたしも学食にするよ」
そう香織ちゃんに言って、食券機へ向かう。
隣を歩く香織ちゃんにふと声をかけた。
「そーだ、香織ちゃんって食券買ったんだっけ?」
「買った」
「へー、ちゃんと休み時間に買ったんだ」
「早めに買いに行った方がいいって」
「えー、誰に?」
「五十嵐」
「へー、蒼が……」
そんな会話をしているうちに、食券機の前に到着した。
「香織ちゃん、何の定食にしたの?」
「A」
「ほほー、じゃあわたしはBにしよっ!」
それぞれ食券を買い、おぼんに乗せられた定食を受け取る。
「学食って食べたことあるの?」
「初めて」
「そっか、わたしは一年ぶりぐらいかなー。今までは購買だったし」
空いている席を見つけ、向かい合って座る。
手を合わせ、二人同時に声を揃えた。
「「いただき——」」
「香織に……この前の、咲葵さん?」
——え?
途中で言葉を遮ったのはあの、あの、あの樹くん!!!
——な、なんでここに!? え、ちょっと待って……えええ!?!?
「ここ、ちょっといいかな」
そう言いながら、樹くんはわたしの確認も取らずに、当然のように隣に座った。
——え、勝手に座った!? いや、樹くんなら許す!! ていうか、むしろ座ってくれてありがとう!! そういう強引さ、ステキ……!!
そんな 心の中の大騒ぎ をよそに、香織ちゃんは慣れたように樹くんに質問を投げかける。
「いつも学食?」
「うん、まーそうだね」
樹くんは 何気ない感じで手を合わせ、ご飯を食べ始めた。
その瞬間、場が しん…… と静かになる。
会話が途切れ、無言の時間が続く。
——え、なにこの気まずさ……。香織ちゃんがいても気まずいよ……!! しかも、なんか二人知り合いっぽいし!?
耐えきれなくなり、わたしは 少し大きめの声 で話を切り出した。
「少し思ったんだけど、香織ちゃんと樹くんってどういう関係?」
——あ、これヤバいやつだ。
口にした瞬間、後悔の波が押し寄せる。
——ええええ、何言ってるのわたし!? ヤバいよ今の!! 落ち着け、冷静になれ、冷静に……!!
二人が同時にわたしを見る。
沈黙。
香織ちゃんの方が先に答えた。
「私、バスケ部のマネージャー」
——ふーん、そーなんだ。……ん?
言葉の意味が遅れて頭に届く。
「え……ええ!!?」
完全に 心の声が漏れた。
——え……いつの間に!?!?
香織ちゃんが バスケ部のマネージャー ってことは……樹くん(バスケ部の部長)と、めっちゃ接点あるじゃん!!? そんなの聞いてないよ~~~!!!
わたしは香織ちゃんに視線で訴える。
でも、香織ちゃんはいつも通り無表情だった。
わたしは香織ちゃんに視線で必死に訴える。
でも——やっぱり香織ちゃんはいつも通りの無表情。
「ごめんごめん、言うの忘れてた」
無表情&片言の謝罪。
「もぉ、ほんとびっくりした!」
そう言って、ご飯を口に運ぼうとしたその瞬間——。
「里見、ここいい?」
「いいよ」
「蒼!? なんで!!?」
香織ちゃんの返事を遮るように、わたしはびっくりして叫んだ。
蒼は、隣に座っている樹くんをじっと一瞬だけ見つめた後、ゆっくりとわたしの方を向いた。
「昨日、お前のためにいろいろしたから、朝ご飯作る時間なかったんだよ。朝、時間なくて」
——うう……面目ない……。
わたしは小さくうめくしかなかった。
そんなわたしをよそに、樹くんが蒼に笑顔で話しかける。
「長谷川樹です、よろしく」
「俺は五十嵐蒼、よろしく」
蒼はさらっと自己紹介を終えると、香織ちゃんの隣に座った。
すると、樹くんが蒼に話を振る。
「蒼さんは何の部活に入ってるの?」
——あ、そういえば蒼って何部なんだろ?
わたしが考えるより先に、口が勝手に動いた。
「帰宅部でしょ」
「お前と一緒にするな! サッカー部に入っとるわ!」
「は?」
サッカー部!?!?
思わず、ぽかんと口が開く。
「センター」
香織ちゃんが淡々と補足する。
「……あぁ、よく知ってるな」
「ええ」
——え、待って待って。わたし、蒼のこと何も知らなかったんじゃ……!?香織ちゃんのこともそうだし、蒼のことも……。わたし、けっこうヤバい!?!?
焦ったわたしは、苦し紛れに言い訳を始める。
「去年の春、言ってたじゃん! まだ入ってないって!」
「いやいやいや、判断早すぎるだろ!!」
蒼のツッコミをガン無視して、わたしは続ける。
「部活入ったことぐらい教えてくれたっていいじゃん!」
「いや、教えたぞ」
「嘘だ!! わたしが忘れるわけない!!」
わたしは自信満々に言い切る。
すると——。
「そうだね」
そう言ってくれたのは香織ちゃんだった。
「ほらー! 香織もこう言ってるー!」
「……いや、棒読みだったじゃねーかよ」
確かに、めっちゃ棒読みだった。
そのやり取りを聞いていた樹くんが香織ちゃんに尋ねる。
「ところで、咲葵さんと蒼さんってどんな関係?」
香織ちゃんは無言でわたしを見る。
——……え、わたしが答えるの? まあ、いいか。
わたしはうなずくと、隣の樹くんに向かって言った。
「蒼とは昔からの腐れ縁。ようするに、幼なじみ!」
「へぇ、そうだったんだ。だからそんなにも仲が良さそうに——」
「え!? 全然そんなことないよ!!!」
樹くんの「仲良さそう」という言葉に、思わず大きく否定する。
「そうなの?」
樹くんは驚いたように目を瞬かせた。
——いやいやいや、どこをどう見たら「仲良さそう」に見えるの!?!?
みんながご飯を食べ終えるころ、樹くんがポケットから何かを取り出した。
「これなんだけど、僕が持ってても仕方がないからあげるよ」
そう言って、わたしの手に四枚の遊園地のチケットを渡してくる。
「え……いいの!?」
驚きながらも、わたしはチケットを受け取る。
そして、考えた末にそのうちの一枚を樹くんに返しながら言った。
「よかったら一緒に……」
わたしが樹くんにチケットを差し出した、その瞬間——。
「じゃ、俺はこれで」
ガタッ
蒼が 突然、席を立った。
「え?」
わたしも香織ちゃんも、少し驚いて蒼を見つめる。
「蒼も一緒に行こーよ! だって、四枚あるし!」
「いや、いいよ。他の人誘いなよ」
蒼はそう言って、じっと樹くんを見つめる。
樹くんも蒼から目を離さずに、静かに見つめ返していた。
——え、え、なにこの空気!?
隣に座る香織ちゃんと、そっと視線を合わせる。
「なんか……やばい空気じゃない?」
「そんな感じ」
香織ちゃんは、やっぱり表情を変えないままそう答えた。
——いや、そんな感じじゃなくて、完全にやばい空気でしょ!?
あまりにもピリッとしてきたので、なんとかしなきゃ! と思ったわたしは、とりあえず適当なことを言う。
「いいじゃん、蒼。約束……? とか……だってあるしさ!」
ドキドキしながら、蒼の返事を待つ。
——適当に言ったけど、わたし、何の約束のこと言ってるの!?
蒼はじっとわたしを見たあと、ゆっくりと樹くんに目を向けた。
そして——。
「わかった、俺も行く。その代わり、樹も来いよ」
「……え?」
樹くんは一瞬きょとんとした顔をしたけど、すぐにふわっと笑う。
「うん、わかった」
——笑顔でうなずいてくれたよ、樹くん! やっぱり優しくてかっこいい!
そんなわたしの心の中の騒ぎをよそに、蒼はさらっと言い足す。
「それと、"さん" づけやめろ。呼び捨てでいいから」
「あ、うん……じゃあ、蒼?」
「あと、部活の予定あるから、早めに教えてくれ」
「了解!」
蒼の言葉に、樹くんは笑顔で親指を立てる。
——はぁぁぁぁぁ、かっこいい……!!
そのとき、香織ちゃんがメモ帳を取り出しながら口を開く。
「いつにするの?」
「そうだね、急だけど明後日とかどうかな?」
「大丈夫」
香織ちゃんは さらさらっとメモに書き込む。
——すごい! ちゃんとマネージャーしてる!
読書家の香織ちゃんだから、いつものメモ帳は本の感想とか書いてるんだと思ってたけど、部活の予定とかもメモしてるのかな?
気になって聞いてみると、香織ちゃんは無言でこくりと頷いた。
——ほんとに何でもできるなぁ、香織ちゃん……!!
「蒼は大丈夫? 明後日」
「ああ、その日はOKだ」
「それでは、また今度。もし何かあったら香織にお願い」
そう言いながら、樹くんはスマホをちらっと確認 すると、急ぎ足で食堂を出ていった。
——なんだろ、急ぎの予定でも入ったのかな?
食堂の出口へ消えていく樹くんを目で追いながら、ふと考える。
そういえば、連絡先交換してない……。
まあ、香織ちゃんが樹くんの部活のマネージャーだから、連絡先は持ってるし、予定の詳細は香織ちゃんからわたしに伝えて、わたしが蒼に伝えればいいかな。……めんどくさいけど。
でも、連絡先を聞くなら、ちゃんと本人から直接聞いたほうがいいよね! ということで——
「明日、遊園地で遊ぶときに交換しよ!」
わたしの提案でそういうことになった。
「じゃ、教室に戻ろっか」
そう言って、わたしたち三人は食堂を後にした。