17話 夏祭り
予定通り退院してから、わたしはまた元気に学校生活を送っている。
樹くんとは、慎重に距離を詰めていく、ということになった。だから、たまに休み時間にすれ違ったときには、わたしの方から積極的に「おつかれさま!」って声をかけてるし、お昼が同じタイミングになった時も、自分から話しかけるようにしてる。
——これで、ちょっとは「いい感じ」になってる……はず!
そんな生活を送っていたら、あっという間に夏休みに入った。
夏休み初日。わたしは家のベッドの上でゴロゴロ転がりながら、ひたすら考え事をしている。
——香織ちゃんも蒼も部活あるかもだけど、わたしは予定ゼロ。つまり、暇! あ〜〜〜〜〜、暇すぎるよ〜〜〜〜〜!
もちろん、ただ暇なだけじゃない。この「そわそわ」には理由がある。
明後日、毎年恒例の花火大会があるのだ!
——しかも香織ちゃん情報によると……樹くんも来るらしい!つまり、お祭りでプライベートな樹くんに会えるチャンス‼
わたしは思わずベッドの上で顔をクッションにうずめながら、ニヤニヤが止まらない。
——浴衣の準備も完ぺきだし……髪型もちゃんと考えてあるし……下駄も新しいやつ買ってもらったし……!
わたしは天井を見上げながら、いろんな妄想をふくらませる。
——樹くんとばったり会って、「あれ、咲葵じゃん」って言われて、ちょっと照れた笑顔で「似合ってるね」とか言われて……きゃ~~~~~っ‼
もう楽しみすぎて、待ち遠しすぎて、時間の流れがカタツムリみたいにのろのろに感じる。
わたしはまたクッションに顔を埋めて、にやけ顔全開で、ごろごろと妄想タイムを続けた。
浴衣を着せてもらったあと、わたしはお母さんに聞いてみた。
「お母さん……変じゃないかな?」
「変じゃない! 似合ってるよ」
「ほんとに〜?」
わたしが不安げに聞き返すと、お母さんは笑って背中をぽんと押した。
「はいはい、蒼くんが待ってるんでしょ? 女の子は時間かかるんだから、さっさと行ってきなさい」
「わかったよー」
急いで廊下を走って、玄関で下駄を履く。
「いってきまーす!」
玄関から大きな声で叫ぶと、奥からお父さんとお母さんの声が返ってくる。
「行ってらっしゃーい!」
「気をつけてなー!」
最後にひとつ深呼吸して、気合を入れる。
「よし!」
そのまま玄関のドアを開けると——。
「よ!」
浴衣姿の蒼が、ちょっと照れくさそうに笑って、そこに立っていた。
「おまたせー」
わたしが駆け寄ると、蒼は少し目を細めて言った。
「似合ってるじゃん。すげーかわいいよ」
——ちょ、なんでそういうことをそんな普通に言えるの……!
顔がカーッと熱くなって、慌ててわたしは言い返す。
「蒼もね」
「もう見慣れただろ」
「わたしも?」
「どうだろうな」
意地悪な笑みを浮かべながら、こっちを見てくる蒼に、反射的に肘打ちする。
「いたっ……くない、だと」
「もー!」
わたしは笑いながら、蒼の肩や背中をぺしぺし叩く。蒼も笑って、わたしもつられて、自然と笑顔になった。
——やっぱり、蒼のこういうとこ……わたし、ほんとに大好きなんだ。
屋台に着いた私たちは、ひとまず香織ちゃんの連絡を確認する。香織ちゃんたちも、今日この花火大会に部活のみんなと来るみたい。
スマホを開くとメッセージが届いていた。
『あと一時間ぐらいかかる』
『了解!』
わたしは香織ちゃんに返信してから、蒼に伝えた。
「あと一時間ぐらいかかりそうだってー」
「なら回るかー」
「何ちんたらしてるの。さっさと行くよー!」
そう言って、わたしは蒼の手をぐいぐいと引っ張った。浴衣の袖がひらりと揺れて、鈴のついたブレスレットがちりんと小さく鳴る。
しばらく歩いてから改めて人の量に感心する。
「それにしても毎年人すごいね」
「本当、どっから湧いて出てんだろうな」
たわいのない会話をしながら屋台を見て歩いていると、わたしの好きな屋台が見えてきた。
「カステラ!」
「咲葵、毎年来て最初に食べるもの同じじゃねーか」
「いいじゃん」
わたしは列に並ぶと、すぐに自分の番がまわってきた。屋台のおじいさんがわたしを見るなり笑顔になる。
「お!今年も来てくれたのかい、お嬢ちゃん。連れも一緒とは、ほんと毎年変わんねーな」
「いえいえ、このカステラのおいしさと一緒ですね!」
「うまいこと言うようになったなぁ~。じゃ、いつものカスタードでいいか?」
「うん!お願い!」
お金を渡して、わたしはカステラを受け取る。ふわっと甘い香りが立ち上って、思わず顔がほころぶ。そのうちの一つを口に頬張ってから、残りの袋を蒼に差し出した。
「ほい!」
「いいのか?」
もぐもぐと口を動かしながら、わたしは首を大きく振って「うん」と伝えた。
「ありがとう」
蒼は袋の中からひとつ取り出し、わたしと同じように口に放り込む。ふと横目で見ると、蒼の目がちょっとだけ細くなってた。たぶん、ほんとにおいしいって思ってる顔。
わたしが歩き始めると、蒼もそれに合わせて歩き出した。
「あのおじいさん、変わらず元気そうでよかったな」
「カステラの?」
「ああ。相変わらずうめえ」
「でしょ~!」
「なんで、咲葵が得意げなんだ?」
「わたしが買ってきたから!」
どや顔で胸を張ると、蒼は何も言わずにニヤリと笑った。
——やったあああああああ!言い負かしちゃった‼ どやどやどやぁ~~~‼
遠くで太鼓の音が鳴っていて、夜空に提灯の赤い光がぽつぽつ浮かぶ。カステラの甘さと、蒼と歩くこの道が、いつもより少し特別に感じた——。
「結構進んだな、半分くらいか?」
「うん、それぐらいだと思う」
蒼の言葉にうなずきながら、わたしはちょっとだけ自分のお腹を押さえてみる。
「屋台でそんなに食べてもな」
「うん、樹くんと合流したときに何も食べられなくなってたら困るし……」
「だからって、屋台で遊びつくしてどうすんだよ」
「うん、樹くんと合流したときに全部遊び終わってたら困るし……」
「……」
「……」
「「はぁ……」」
二人で同時に肩を落としながら、ため息が重なる。なんだか、ばかみたいだ。でも、それがなんだか可笑しくて、笑えてくる。
「そこのお二人さん!やってかないかい?」
ぱっと顔を上げると、射的の屋台のおじさんが満面の笑みで声をかけてきた。
「射的じゃ、射的!お似合いのカップルじゃし〜」
「カップルじゃない!」
わたしが思わずそう否定すると、おじさんはにやにや笑いながら言ってきた。
「二人で半額にしてあげるぞ!」
「うん!私たちカップル‼︎」
そう言って、わたしは蒼の腕にピタッと抱きついた。
「耳遠くてよかったな……」
蒼が小さくつぶやくのを聞き逃さず、わたしは蒼の耳元に顔を寄せて、こっそり怒った。
「蒼、なにやってるの、チャンスじゃん」
「お前、悪い奴だな」
「何言ってるの?同犯でしょ」
コソコソ話を終えて、わたしは手をあげながらおじさんのところへ向かう。
「はーい!わたしからやりまーす!」
七つの弾が目の前に並べられる。わたしは一発目の弾を詰めながら、狙いを定める。
——青い猫のぬいぐるみホルダー。三つあるから、全部落として、わたしと香織ちゃんと蒼でおそろいにしたい!
気合を入れて撃った一発目。見事に真ん中をとらえたけど……ぬいぐるみはちょっとしか動かない。
——ああ〜三つは無理かも……一つしか落とせそうにないよ……。
なんとか、あと少し……あとちょっと……!と祈るように撃ち続けたけど、七発目まであっという間に使いきってしまった。
——もう少しで落ちそうだったのになあ……。
しょんぼりしてると、おじさんが優しい声をかけてくれた。
「お嬢ちゃん、これ欲しいのかね?」
「はい……」
「特別じゃ。あげるから持ってきな」
「えっ⁉ 本当にですか⁉」
「ああ、いいんじゃ。持ってき、持ってき」
わたしは嬉しさが一気にこみ上げて、ぴょんとその場で跳ねそうになりながらお礼を言った。
「ありがとう!」
そして、大切そうにぬいぐるみを抱えて、蒼に手渡す。
「はい!これ、蒼にあげる。青色だから!」
「ありがとう。本当にいいのか?」
蒼は少しだけ驚いたような声で確認してくる。わたしは笑って頷いた。
「いいって、元々蒼にあげるつもりだったから!」
そう言いながら、わたしは蒼の背中を押して、射的の前へと連れていく。
「はい!次は蒼の番だよ〜がんばって!」
蒼は少し苦笑いしながら、弾を詰めながらおじさんに聞いた。
「ルールは、この台から乗り出さないだけだよな?」
おじさんはこくんと頷く。
「わかった」
その目は、ちょっと本気モード。
——わ、蒼ってば……かっこいいかも。
わたしは手を胸の前でぎゅっと組んで、次の瞬間に落ちる何かを静かに期待した。
「わかった」
蒼は弾を詰めると、そのまま屋台の端っこまで移動していった。
——え、そんな端っこで撃つの?なに狙ってるの……。なんか変な人みたいで、わたしがちょっと恥ずかしいよ〜……。
でも、蒼は一切気にせず、真剣な表情のまま一発目を撃った。弾は水色の猫のぬいぐるみに命中し、ぬいぐるみが少しだけ斜めに傾く。
その下には、うっすらと見えるストッパー。
——うそ、そこにあったんだ……!だから全然落ちなかったんだ!
二発目でぬいぐるみをさらに回して、後ろを向かせた蒼は、何も言わず中央に戻ってきた。そして、三発目を淡々と詰めて、背中のど真ん中に狙いを定める。
弾がヒットすると、ぬいぐるみはぐるんと回転して、コロン、と台の外へ転がり落ちた。
「すごいじゃん!やったね‼︎」
思わず声をかけたけど、蒼は何も言わず黙ったまま棚を見つめていた。
——どうしたんだろ……もしかして、まだ狙ってる……?
その間にも、蒼は迷いなく次の弾を詰める。そして、今度は薄紫の猫のぬいぐるみをターゲットにする。
四発目。勢いよく当たったけど、回転は思ったよりも小さかった。
——うぅ……ドキドキする……なんか、こっちまで緊張しちゃう……。
五発目を撃つと、ぬいぐるみはやっと横を向く。でも、まだ背中を狙うには微妙な角度。
——残り二発……ミスしたらもう取れない……。
蒼の真剣な横顔が視界に入って、わたしは思わず両手を握ってしまう。
六発目。今度はしっかり背中に当たり、ぬいぐるみは斜め後ろを向いた。
そして、ラスト一発。
蒼は最後の弾を詰め、ゆっくりと構える。
打つ——音が響く。ぬいぐるみの背中にきれいに当たった弾は、それをくるっと回しながら台の外へと押し出した。
「おおお、お見事だわ!」
おじさんが感嘆の声を上げながら、落ちた二つのぬいぐるみホルダーを渡す。蒼は受け取って、ふうっと深く息を吐いた。わたしは嬉しくなって、背中をポンポン叩きながら笑顔で声をかける。
「やったね、やったね!本当にすごかったよ、最後のやつもう無理かと思った〜!」
「取れなかったら、球買えばいいだけだろ」
蒼はあっさりとそう言って、笑ってくれた。その笑顔が少しだけ誇らしそうに見えて、なんだか胸があったかくなる。
「はい、これお返し」
そう言って、蒼が水色の猫のぬいぐるみホルダーをわたしに差し出してきた。
「え、え! 本当にいいの⁉︎」
驚いて身を乗り出すわたしに、蒼は笑顔のまま答えてくれる。
「当たり前だろ? 最初からそのつもりだったし」
「ありがとう!」
思わずぎゅっとホルダーを抱きしめた。
——やっぱり蒼って、かっこいいな。すごく優しいし……ずるいよ、こんなの。
そのとき、スマホがぶるっと震える。香織ちゃんからだった。
「蒼、着いたみたいだよ」
「ああ」
カステラをまだ頬張ってる蒼が、口を動かしながら答える。
わたしたちは来た道をゆっくりと戻り始めた。
——ああ、緊張してきた……浴衣ちゃんと着れてるかな……変じゃないよね? っていうか、変じゃないといいな……。
そんな不安をこっそり抱えていたとき、蒼がわたしの顔を見て、ぽそっと言った。
「かわいいから大丈夫だよ。いつも通りでいいんだ。そしたら、勝手に咲葵の魅力が伝わるよ」
「蒼……」
胸がきゅってなる。言葉がうまく出てこない。顔をあげると、蒼がわたしの目をしっかり見て言った。
「どんだけお前を見てきたと思ってんだ」
——もう、そんなこと言わないでよ……。
顔が熱くなるのがわかる。鼓動もどんどん早くなって……。
でも、それでも。
——なんだろう、この気持ち。すごく、あったかい。




