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気づいて欲しかった  作者: 咲葵
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15話 いつもの部屋

 夕日と同じように、地面に倒れていく咲葵の姿を見た瞬間、全身から血の気が引いた。何度見ても慣れることのない光景。足が勝手に動き、気づいたら咲葵の元へ駆け寄っていた。

 地面に横たわる咲葵を抱きかかえ、何度も名前を呼ぶ。だけど、返事はなかった。意識がない。呼吸は……ある。けど、浅い。弱い。

 ——なんで、あのとき無理にでも休ませなかったんだ。

 後悔が頭の中でグルグルと暴れ回る。だけど、今はそんなことを考えてる場合じゃない。

 ここは家からも遠い。しかも、咲葵の服はさっきの水遊びでびしょ濡れだ。このままじゃ体温も下がる。

 ポケットからスマホを取り出し、119番を押す。すぐにオペレーターに状況を伝えながら、咲葵のおでこに手を当てて熱を確認し、手首に指を当てて脈を測った。

 素人の俺には正確にはわからないけど、熱はなさそうだった。ただ、脈が……少し弱い。そんな気がした。そのままの状態を電話越しに伝える。

 でも、俺にはまだ、やるべきことがあった。


「咲葵、ごめん」


 そう言って、濡れた服を脱がせる。

 水色の可愛いリボンのついた下着が姿を現す。水でぬれていたために、脱がせる前から下着はだいぶ見えていた。

 しかし、濡れている下着を外すべきか、外さないべきか……。咲葵の気持ちを考えたら脱がすべきではないと思った。でも……それなが最善の選択なのか?

 急いで咲葵から離れ自分の荷物を取りに行く。乱暴に部活用の斜めがけリュックを開き、中から体操着を取り出した。咲葵の頭の方へ行き、肩を持ち上げ体を起こす。

 ごめん、ともう一度誤りなるべく体を見ないようブラを外し上着を着せた。俺の長袖の上着を使ってできるだけ体を冷やさないようにしながら、そっと抱き上げる。できるだけ揺れないように気をつけながら、堤防を越えて待ち合わせ場所へ走った。

 ——絶対に大丈夫。今回も、きっとすぐに目を覚まして、何事もなかったみたいに笑う。いつもみたいに……。

 腕に感じる咲葵の体の軽さが、信じたくない現実を突きつけてくる。あんなに、よく食べてたじゃないか。あんなに、笑ってたじゃないか……。どうして、こんなに細いんだよ。

 やがて待ち合わせ場所に着いた。少しして、サイレンの音が聞こえる。真っ赤な光が近づき、止まる。後部のドアが開いて、ストレッチャーが降ろされる。


「この子です!」


 咲葵を乗せると、すぐに救急車へと運ばれていった。短く事情を説明すると、隊員たちは手際よく処置を進めていく。

 見慣れた隊員の顔を見て、少しだけ安心した。小さい頃から、咲葵は何度も救急車に乗っていて、俺も何度か付き添っていた。そのせいで、隊員には俺の顔も覚えられてる。

 救急車が出ていくのを見送ったあと、俺は浜辺に戻って、咲葵のカバンと自分のカバンを両肩に担ぎ、残された服を両手に抱えた。

 そして、静かに歩き出した。咲葵の家へ向かった。




 目を覚ますと、見慣れた病室の天井が視界に広がる。ぼんやりとした頭で状況を整理するまでもなく、自分がどうなったのかを察した。

 ——また、蒼に迷惑かけちゃった。

 体を起こして、病室の時計を見る。


「十一時二十四分」


 ——香織ちゃんは今ちょうど帰ってるころかな……蒼はお昼食べてるころかな。

 そんなことを考えていると、横開きのドアがノックされた。返事をするより早く、扉が開く。入ってきたのは、担当医の宮野先生だった。


「ああ、起きていたんですね。今、ご気分のほうは?」

「あ、いつも通りです」

「それはよかったです。では、もう少し状態を確認しつつ、なるべく早く——明日には退院できるように手続きを進めておきますね」


 宮野先生はそう言いながら、わたしに背を向けて歩き始める。


「ありがとうございます」


 わたしがそう声をかけると、先生は扉の前で振り返り、「いえいえ」と軽く笑ってから、病室を出ていった。

 ——今回も大げさだったんじゃないかな。点滴もしてないし、今すぐにでもぴょんぴょん飛び跳ねられそう。

 そんなことを考えていると、再びノックの音が響く。


「はい」


 扉が開くと、両手にお盆を持ったナースの石井美幸いしいみゆきちゃんが入ってきた。


「美幸ちゃん!」

「咲葵ちゃん、お昼持ってきたよ」


 美幸ちゃんはベッドの上にあるテーブルにお盆を置いてくれる。


「あんまり病院食好きじゃない」

「はいはい、そんなこと言ってるとなかなか退院できませんよー」

「明日できるって先生言ってたよ」

「え、私のところまで連絡来てないんだけど……。とりあえず頑張って食べなさい」

「はーい」


 嫌そうに返事をすると、美幸ちゃんは楽しそうに笑いながらわたしを覗き込む。


「それにしても元気そうでよかった。最近なにかあった?高校生って響きがもうキラキラしてるよねぇ~」


 夢見る乙女みたいな目をしてる。


「え~美幸ちゃんの高校生時代ってギャルっぽい」

「それ、よく言われるけどね。実はメガネかけてて、いつも本読んでる地味子だったんだよね」

「え⁉ いがい‼」

「でしょ?いろいろあったのよ、高校生お決まりのアレ」

「アレ?」

「こ・い」


 美幸ちゃんは意味深にわたしを見つめながら、ゆっくりと口にする。その一言で、わたしの心臓がドキンと跳ねる。

 ——な、なんで美幸ちゃんってば、そんなに核心を突いてくるの⁉

 恥ずかしすぎて、うまく声が出せない。

 そんなわたしの様子を見て、小悪魔みたいに笑いながら美幸ちゃんは言った。


「咲葵ちゃんってホントわかりやすいね。応援してるよ!」

「いただきます!」


 わたしは大げさに手を合わせて、ご飯を食べ始める。とにかく美幸ちゃんの追及をかわさないと!

 でも、美幸ちゃんはニヤニヤしながら、しつこく言葉を続ける。


「ああ~いいね~恋か~。咲葵ちゃんがね~こ~い~」

「もう、わたしも悩んでるんだから!」

「そうね、恋に正解はないからね」


 美幸ちゃんは急に優しい顔をして言った。


「自分の信じた道を歩けばいいの。もし、別の道を見つけて、その道を行きたくなったら行けばいいじゃない。年寄りの勝手な考え方だけど、若いんだからたくさん経験すればいいと思う。恋は自由なんだからさ」


 その言葉に、わたしは一瞬、息をのむ。

 ——自由……か。

 咲葵という名前なのに、わたしの人生はいつも制限されてばかりだ。だけど、美幸ちゃんの言葉を聞いて、少しだけ前向きになれた気がする。


「美幸ちゃん……」


 小さな声で名前を呼ぶと、美幸ちゃんはふっと時計を見た。


「あ、やば。そろそろ戻らなきゃ」


 そう言いながら立ち上がり、扉へ向かう。ドアノブに手をかけたところで、ふと振り返ると、いつもの明るい笑顔で言った。


「食べ終わったら、いつものようにナースコール押してね。じゃあ、またね」


 小さく手を振りながら出ていく美幸ちゃん。

 わたしも手を振り返しながら、その背中を見送った。 

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