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気づいて欲しかった  作者: 咲葵
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12話 香織ちゃんの恋は、まだ知らない

 体育館に着くと、すでに樹くんはウォーミングアップを始めていた。ユニフォーム姿で軽やかに動くその姿は、まるで別世界の人みたいに見える。

 わたしは香織ちゃんの後を追い、マネージャーの仕事を覚えるのに必死だった。飲み物の準備、タオルの用意、スコアの管理……やることは思っていたよりもたくさんある。

 ——香織ちゃん、一人でこれ全部やってたの⁉ すごすぎる……!

 気づけば休憩の時間になっていた。部員たちが次々と水を飲みに来る中、樹くんがこちらへ向かって歩いてくる。香織ちゃんがわたしにタオルを手渡し、「はい」とだけ短く言う。

 わたしは少し緊張しながらタオルを持ち、「お疲れ様です」と言いながら差し出した。

 汗で濡れた髪をかき上げながら、樹くんは「ありがとう」と笑ってタオルを受け取る。その笑顔は、どこか懐かしい気がした。


「今日は来てくれたんだね。香織一人だと大変だったと思うから、助かるよ。それに、香織が連れてきてくれた子だから信頼できるし」


 ——し、信頼⁉

 なんだか妙にその言葉が引っかかった。他の子だったら信頼できないってこと? だとしたら、どうして……?

 わたしが何かを言いかけた時、遠くから部長が「そろそろ練習再開するぞー!」と声を張り上げる。


「じゃあ、またあとでね」


 樹くんはそう言って、タオルを肩にかけながらコートへ戻っていった。

 ——……考えても仕方ないよね。今はマネージャーの仕事を覚えることに集中しなきゃ!

 そう気を取り直して、わたしは片づけに取りかかった。

 部活の後、香織ちゃんと並んで帰る準備をする。


「慣れるまで大変でしょ」

「うん、でもわたし頑張るよ!」


 こぶしをギュッと握ってアピールすると、香織ちゃんは軽く頷くだけでさっさと歩き出してしまった。


「あっ、ちょっと待ってよー!」


 慌ててバッグを背負い、急いで香織ちゃんの後を追いかける。体育館の扉をくぐると、外の空気は少しひんやりとしていた——。


 それから一か月がたった。部活にもすっかり慣れて、できることも増えた。とはいえ、元々体力があるほうじゃないから、たまに疲れすぎて倒れちゃうこともあったけど……。でも、マネージャーの仕事をこなせるようになったおかげで、樹くんとも自然と距離が縮まった気がする。


「咲葵、カラオケ行こうと思ってるんだけど、どうかな」


 部活終わり、樹くんが軽い調子で誘ってくれる。


「ごめん」

「いや、大丈夫。疲れてるもんね」


 申し訳なさそうに言う樹くんに、わたしは小さく笑った。

 最近、こうして部活後の遊びにも誘われるようになった。でも、なかなか行けてない。別にヒット&アウェイ戦略ってわけじゃない。ただ、わたし自身の体力の問題。無理してまた倒れたら大変だし……。だから、余裕があるときだけ参加するようにしている。

 香織ちゃんはというと、基本的にアウトドア派じゃないし、「本を読みたい」と断ることが多い。

 だからなのか、樹くんが香織ちゃんを誘っているところはあまり見かけない。


「お待たせ」


 後ろから香織ちゃんの声がして、振り返ると、わたしのほうへ歩いてくる。


「どこ行ってたの?」

「職員室」


 香織ちゃんはわたしの質問に答えながら、ふと視線をわたしの後ろへ向ける。樹くんがいると気づいた瞬間、言葉を変えた。


「先生が呼んでる」

「わかった」


 樹くんが軽く頷くと、香織ちゃんは持っていた体育館の鍵を渡した。


「鍵。私たちもう帰るから」


 そう言うと、香織ちゃんはわたしに「行こう」と目で合図して、さっさと歩き出す。

 樹くんは鍵を受け取りながら、他の部員たちに「気をつけて帰れよ」と声をかけていた。

 わたしは香織ちゃんと並んで、いつものように学校を出る。


「最近、暗くなるの遅くなったよねー」

「もうすぐ夏休みだしね」

「え、もう夏休み? あっという間だね」


 香織ちゃんは静かにうなずく。


「そういえば、職員室で何話してたの?」

「咲葵は知らないんだね。明後日から強化合宿があるの、二泊三日」

「強化合宿⁉」

「県外の山の中だけど」

「そうだったんだ……。大変だと思うけど、頑張ってきてね」

「やっぱり咲葵は来れないのね」


 香織ちゃんが言葉の端に少し寂しそうな色を滲ませる。


「うん、事情があるから……」

「そう」

「うん」


 それから、しばらく無言で歩いた。

 分かれ道に差し掛かり、「じゃあね」とわたしが手を振ると、香織ちゃんがふと立ち止まり、ぽつりと聞いてきた。


「私も……恋……できる日、くるかな」


 ——香織ちゃん……?

 いつもの無表情とは少し違う、不安そうな顔をしていた。だから、わたしは精一杯の笑顔をつくって、香織ちゃんに言った。


「うん、きっとできるよ!」


 その言葉に、香織ちゃんはほんの少しだけ、まつげを伏せた——。


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