第2章8話 悠激怒! 乾最後の手段
乾との戦いに敗れた新田に止めを刺されそうになっていたところにギリギリ間に合った悠は、『彼岸』を呼び出して乾と対峙しようとしていた。
「我に対してパワーで来るなど見かけ通り子供のようだな。」
「覚悟しておけよ。俺の部下に手を出して楽にいけると思うなよ。死が恋しくなるほどに苦しめてやる。」
この時の悠の顔は、今まで見たことのない程怒りに満ちた顔をしていた。
「その意気はよし。だが、こちらも陸王様の命を受けてきている。『第1師団を破壊せよ。』とな。よって、この団を破壊する。覚悟し・・・。」
乾が構えた瞬間、悠の『彼岸』による打撃が乾の顔面に直撃し、訓練場の真ん中に立っていた乾が壁に激しく激突した。
悠の一撃を受けた乾は自身が反応できないほどの速度の攻撃を受けたことと今まで感じたことのない痛みを感じて混乱していた。
「どういうことだ。どれだけ強い一撃だろうと我に痛みなど・・・まさかその武器の能力か。」
「へぇ~、意外と賢いね。『鉄棍 彼岸』。まず、この武器の攻撃で相手は死ぬことができない。頭を潰されようが全身の骨が粉々になろうがね。その代わり、対象者は痛覚、つまり痛みが何倍にも膨れ上がる。地獄の花の名にふさわしい能力だよね。」
『鉄棍 彼岸』。悠の武器のひとつで片方50㎏以上ある鉄の棍棒2本が鎖に繋がれている形をしており、有する能力は使用者と戦闘中に一度でも『彼岸』に触れた相手を不死状態にすることと攻撃を受けた者の痛覚を増幅させること。痛覚の増幅は、攻撃を受けた者が今までどれだけの悪事を行ったかで決定し、最低でもデコピンが金属バットでフルスイングされたときの痛みになるほど痛覚が倍増される。
「何倍にもだと。だが、痛みを感じないはずだから何倍になっても感じないはず。」
「いや、お前は痛みを感じているよ。自らが感じないと錯覚するほど0に近いけど0じゃない。どれだけ0に近かろうが完全に0でなければ痛覚の増幅で痛みを感じる。それにお前、今までかなりの悪行をしてきたろ。恐らく今のお前には俺の一撃が電車の衝突と同等くらいの痛みを食らっていいるはずだ。」
「確かに汝の攻撃は重く痛みも感じている。だが、そのような重い武器を持っていてはあまり体力も持たず、我の速度にはついてこれまい。」
乾は立ち上がるが否や目にもとまらぬスピードで訓練場を駆け回った。
「どんな能力も当たらなければ意味をなさず、最後は圧倒的な力が勝つのだ!」
乾は悠の背後に回り、スピードを一切落とさず悠に向かって一直線に突進していった。
『彼岸 黒 黒縄荊≪縛≫』
乾は悠に当たる直前で足を何かに掴まれたのか、その場にピタッと止まってしまった。
「なんだ?」
乾が足元を見ると乾の影から黒い荊が生えて乾の足に絡まっていた。
「お前みたいにパワーとスピード自慢がトップスピードで相手を翻弄しようとするときは必ずと言っていいほど相手の死角を狙って攻撃を仕掛けてくるからな。それがわかれば、後は攻撃のタイミングだけ間違えなければいい。そうすれば、避けるなり捌くなりするのはそう難しいことではない。」
「今お前の足に絡んでいるのは影を媒体として発動できる技『黒縄荊』。『黒縄荊』は影のあるところならどこでも生やすことができて、どれだけ切れ味のいい刃物で切り付けようとも高威力の爆弾で爆発させようとも傷1つつかない程丈夫でな。さらには、ゴムのようによく伸びて竹のようによくしなるから自力でほどくことは不可能だ。」
「何のこれしき。この程度の荊、我の力で簡単に引きちぎってくれる。」
乾が荊を引きちぎろうと試したが荊は傷1つつくことがなかった。
「言ったろ。自力でほどくのは不可能だって。吹き飛びな。」
悠が合図すると、乾の足に絡まっていた『黒縄荊』は乾を壁に激しく叩きつけた。壁に叩きつけられた乾だったが、すぐさま瓦礫を押しのけて立ち上がり、悠の方へゆっくり歩み寄っていった。
「この程度で我が倒れると思うなよ。」
「まぁそうだよな。荒太の一撃を受けてピンピンしているお前だ。こんな攻撃を続けても長引くだけで大したダメージも与えられなさそうだし。」
「それは汝の同様であろう。圧倒的な戦闘スキルにそれを支える経験則。少々の小細工では通用しない。」
「だったらどうする?」
「決まっているであろう。真正面から叩き潰す。」
乾はすぐさま悠の懐に入り込み拳による連撃を繰り出した。
「まっ、そうなるよな。」
『彼岸 紫 蓮華躑躅・狂い咲き』
悠は一呼吸置き、乾の攻撃に合わせて『彼岸』をヌンチャクのように振り回し乾の攻撃と打ち合った。その時、黒かった『彼岸』は紫色に染まっていた。攻撃は両者、当たらず相打ちに終わったが、乾が自身の体に違和感を覚えた。
「どういうことだ?最後のほう、思ったより打撃に力が入らなかった。我の体に何をした?」
「『彼岸』は一部の技で様々な状態異常を相手に付与することができる。『紫』は攻撃対象者に応じた毒を打ち込む技だ。お前に打ち込んだのは一滴でも体内に入ると指一本も動かせなくなるほどの強力な麻痺毒のはずだったんだが、耐性でそこまで弱められたか。」
「小癪な真似を。」
「純粋な殴り合いで俺はお前ら魔物には歯が立たないだろう。そんなお前らに勝つためには一工夫も二工夫も必要だ。変なプライドを持って大事なものを失うくらいなら使えるものは使う。人間の知恵と言ってもらおうか。」
「それは失礼。では、我は魔物らしく力でねじ伏せよう。」
そう言うや否や両者は再び激しく打ち合った。
打ち合いの最中、突然乾が膝から崩れ落ちた。悠はこのチャンスを逃すまいと崩れ落ちた乾の頭部に向かって力いっぱい彼岸を振り下ろした。まともに攻撃を受けた乾は動けなくなった。
「どういうことだ?毒は効かないはず。」
「お前にばれないように毒をもう一つ仕込んでたんだよ。最初の毒より効きは遅いがあらゆる耐性をもつお前でも一瞬動きを止める程強い毒をな。」
「最初に即効性の毒を使い、本命の毒を隠したということか。あの一瞬でこのような策を思いつくとは艮殿が注目するのも頷ける。」
「選べ。この場でやられるか持っている情報を全てはいた後にやられるか。」
「このまま負けるくらいなら。坤殿使わせてもらうぞ。」
乾はそう言って最後の力を振り絞り注射器を取り出し、自身の首に刺した。注射器の中の液体が全て乾の体内に入ると、乾の体が暴走を始め、蛹のようなものにこもった。
「何がどうなっている?回復しているのか?」
少しすると、蛹のようなものから先ほどの乾から一回り小さい魔物だ出てきた。体のサイズ以外に大きな変化はなかったが、先程の乾と比べ物にならない程の威圧感を放たれており、悠はすでに臨戦態勢に入っていた。
「乾か?でも、何かおかしい。」
「成功したか。あぁ、我は乾だ。だが、先程までの乾とは次元が違う。今の我は『魔獣ベヒモス』の力を得た。」
ベヒモスは魔界に存在する『破壊の象徴』、『存在する災害』と呼ばれている魔獣である。ベヒモスが通った場所は荒れ地と化し生命はおろか草木一つ残らないとされている。
「坤殿のくれた薬はその『ベヒモス』の遺伝子を打ち込み、破壊力を得るための薬。使用者の器が弱いと力に負け、自身が破壊されてしまう。だが、我は手に入れた。その破壊力は先程までの5倍だ。」
乾は一瞬で悠の懐に入り込み、悠のみぞおちに手痛い一撃を与えた。乾の攻撃をまともに受けた悠は後ろに吹き飛ばされた。さらに乾は吹き飛ばされた悠に追いつき、悠を蹴り上げ、床に殴りつけ最後に壁に叩きつけた。
「あぁ素晴らしい。このパワー、このスピードまるで生まれ変わったようだ。最強の師団長など我の敵ではないな。」
「さて、次は誰を壊そうか。今なら何でも壊せそうだ。」
そう言って乾が背を向けた瞬間、瓦礫の中から血まみれの悠が出てきた。
「ほう今の攻撃をもろに受けて生きてたか。大したものだ。」
「まぁな、おかげで骨が何本かいったけどな。確かに破壊力もスピードもさっきより格段に上がっているな。」
悠はふらふらな状態で立っているのがやっとだった。
「ちょっとやばいかな。」




