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さいごの夜

作者: とーふ

「日の光が喰われた」


私は村長の家でその言葉を聞いて、心の中で溜息を吐いた。


誰も何も言わないが、分かっているのだろう。


この後に村長が何を言うのかを、そして、その対象が誰になるのかを。


「りん。山の神を鎮める役をお前に任せたい」


「……」


村長の家にいる十余人の視線が私に突き刺さった。


その視線を受けながら、私は姿勢を正して、静かに息を吐いた。


「条件がございます」


「りん! 誰が今日までお前たちを育ててやったと!」


「大吾。止めろ」


私の言葉に大吾さんが叫びながら立ち上がろうとしたが、それを村長が制した。


そして私をジッと見ながら、顎髭を撫でて何かを考えている。


「弟の事か?」


「はい。このままでは今年の冬を越えられても、次の冬は越えられないでしょうから」


「……」


村長は静かに目を閉じて、また考え込む。


それから重苦しい時間が流れて、村長は再び目を開いた。


「良いだろう。小太郎はワシの家で引き取る。それで良いか?」


「はい」


私はジッと村長を見据えながら頷いた。




そして話し合いも終わり、私は家に帰るべく村はずれの小さな小屋に向かっていた。


頭の中では先ほど聞いた話がずっと渦巻いている。


村長が言っていた、この村に伝わる言い伝えについてだ。


そう。


数十年に一度、空に浮かぶ光の神様が消える事があり、その年は様々な災害が起こる。


しかし、生贄を山に捧げればその災害は起こらないという……言い伝えだ。


「くだらない」


そう。実にくだらない話だ。


神様の祟りなんてない。


それはみんな分かっているのだ。


だって。


ずっとずっと前の話だが、生贄に選ばれた人が逃げ出した事があったのだ。


しかし、その時にも何も起こらなかった。


でも、それが原因かは分からないけど、何年か後に流行り病があって多くの人が亡くなったそうだ。


だから結局、その後からまた生贄は継続される事になった。


けれど、私は……いや、みんなも心の中では無駄だと分かってるんだ。


しかし、何かが起きてしまうかもしれないから生贄を出す。


ただ、それだけだ。




「あ! 姉ちゃん!」


「あら。小太郎。今日は川の方に行ってくるって言ってたけれど」


「へへ! 見てよ! 姉ちゃん!」


私は家の前で大きく手を振りながら笑う小太郎を抱きしめて、その手に持った魚を見て笑う。


二人分の食事としては足りないが、構わないだろう。


小太郎が食べる分としては十分だ。


「うん。小太郎は凄いね」


「そうかな!」


「勿論」


それから私は二人分の食事を作って、手伝ってくれると言う小太郎にお願いしながら準備を終えた。


そして小太郎と向かい合い、今日の冒険譚を聞きながら、食事をする。


山の恵みを一つ、一つ口に入れながら、私は小太郎の冒険譚を聞き、その姿を想像して笑みを零した。


「それでさ! それでさ!」


「うんうん」


楽しそうな小太郎を見ていると、こちらまで楽しくなってくる。


しかし、奇妙なものだ。


もしかしたら人生最後の食事になるかもしれないというのに、私の心は酷く落ち着いていた。


まだ現実の事と受け止められていないのだろうか。


いや、それはない。


私はちゃんと理解している。


理解した上で、静かに自分の運命を受け入れているだけなのだ。




食事と後片付けも終わり、私は二つの布団を並べて床に敷いた。


「あれ?」


「どうしたの? 小太郎」


「いや、ほら。姉ちゃん、普段はちゃんと一人で寝る様にって布団を離して置いてたじゃん」


「うーん。まぁ、今日くらいは良いかなって」


「えー!? そうなのか!? やった!」


小太郎は嬉しそうに布団の上に飛び込むと、早く寝る様にと私を急かした。


私は急かされるままに横になって小太郎を見つめた。


「へへ。今日は嬉しい事ばっかりだな」


「そうね」


「毎日がこんな日ばっかりだったら良いのに」


楽しそうに、嬉しそうに笑いながら小太郎はゆっくりと瞼を落とし、眠りの世界へ向かってゆく。


楽しい夢を見ているのだろう。


その頬は眠る前と同じく緩んでいた。




小太郎の寝顔を見ながら、想う。


この子はこれからどんな風に成長してゆくだろうか、と。


優しい子だ。


強い子だ。


きっと将来はこんな小さな村は出て、大きく世界に向かってゆくだろう。


もしかしたらお侍さんになるかもしれない。


もしくは商人や、職人になるかもしれないな。


「でも、どんな風に生きても、長く生きてくれればそれが一番ね」


小太郎の頬を撫でながら、私は歪んでゆく視界に目元を拭った。


苦しい。


胸の奥が、酷く苦しい。


小太郎が目の前で寝ていなければ、声を出してしまいそうな。


押し込めた思いが……出てしまいそうだった。


「……ない」


あぁ。


駄目だ。


私は……。


「しに、たくない」


「ずっと、あなたの事を、見ていたいよ。小太郎」


溢れてしまった想いは止まらず、流れ落ちてしまう。


抑えなくてはと手を強く握りしめるが、流れた物は止まらない。


しかし、その想いを止める声が外から聞こえてきていた。




「りん! りん!」


扉を叩きながら私の名を呼ぶ来客に、私は小太郎を起こさない様に急いで扉の方へ向かった。


「っ、申し訳ございません。小太郎が寝ていますから」


扉越しに私はその声の主に告げ、声の人はその言葉に叫ぶのを止めてくれる。


しかし、代わりに扉を開けようとしてくるのだった。


「いけません……!」


「りん。頼む。ここを開けてくれ。下心ではない」


「……出来ません」


「りん! 頼む!」


その声の人。征一郎さんは、祈る様に声を掛けるが、私は決して頷く事は出来ないのだった。


当然だろう。


征一郎さんは、正義感の強い人だから。


「お帰り下さい。征一郎さん」


「りん。共に逃げよう」


「出来ません」


「りん! 聡明なお前には分かっているだろう。この様な儀式に意味がない事くらいは!」


「えぇ。分かっております」


「なら……!」


「征一郎さん。聡明な征一郎さんなら分かっているでしょう? 私が逃げ出した場合、どうなるか」


「他の村へ逃げた時の事を考えているのか? 大丈夫だ。行く場所ならばいくらでもある。君と小太郎を養うくらいの事、私には容易い事だ」


「違います」


「え?」


「無論、生きていく為の問題もありますが……それ以上に、私が逃げ出した場合の問題があります」


私は扉に体を預けながら、言葉を吐き出した。


「私が消えれば次の生贄が選ばれるでしょう。はなちゃんかもしれない。ゆきちゃんかもしれない……!」


「だから君が代わりになると言うのか」


「だって、二人はまだ九年しか生きていないんですよ? まだまだ、これから多くの未来があるんです」


「それは、君だって同じじゃないか……! 君だって、未来がある」


「それでも、二人よりは長く生きました。この人生に、悔いなどありませんよ」


「……りん」


「お帰り下さい。征一郎さん。貴方と過ごした時間は決して忘れません」


「私は諦めぬぞ」


「……しょうがない人ですね。貴方は」


「今は帰る。君をこれ以上苦しめたくはない。だが、私は決して諦めぬ」


そして、征一郎さんはそれだけ言い残すと、いつもよりもゆっくりとした足取りで去ってゆくのだった。


それを確認して、私はその場に崩れ落ちる。


両手で顔を覆いながら、溢れてしまいそうな想いを必死に飲み込んだ。


抑え込んだ。


決して漏れ出さない様に。


でも。


「征くん。ごめんなさい……貴方の想いを踏みにじって、ごめんなさい」


一度気づいてしまった気持ちは、消えてくれなくて。


私は扉に背を預けながら泣いて、泣いて……そして、近くの窓から見える空を見上げた。


そこには大きく、綺麗な月が浮かんでいる。


「……きれい」


その月を見て、私は涙を拭い、立ち上がった。


「月は、いつも……空に」


私は、何度か呼吸を繰り返して、早い胸の鼓動を落ち着かせていった。


そして、征一郎さんが来る前と変わらず眠っている小太郎を見据える。


もう、涙は止まっていた。




翌日。


朝ごはんを小太郎に作ってから、外で遊んでくる様にと見送って、私は一人家で待っていた。


姿勢を正して、村長たちが来るのを待つ。


そして扉が叩かれた後、ゆっくりと扉が開かれ外の光が家の中に差し込んだ。


「りん」


「はい」


「……一晩与えたつもりだがな」


「えぇ。お陰で気持ちが整理出来ました」


「そうか」


村長は少しだけ寂しそうな顔をして、家の中を見る。


「小太郎は居ないのか?」


「外に遊びに出ております」


「分かった。では行こうか。お山へ」


「はい」


私は立ち上がり、村長たちの所へ足を踏み出すのだった。

格好良い女の子を書こうの企画で書いたものになります。

短編なので、本作はこちらで終わりなのですが、後にどこかのタイミングで、ハッピーエンドバージョンも投稿する予定です。

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