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第4章12話〜...でかいなぁ。〜

 ナイトアウルの拠点地であるライクス島に現れる巨大な真紅色のタカアシガニのネームドモンスター Respectful Jimmy と俺達ナイトアウルのメンバーは対峙していた。


 こいつはプレイヤー間ではジミーと略されて呼ばれているモンスターだ。ジミーに限らず、全てのネームドモンスターは外国人のような名前がつけられているのが特徴となっている。


 ネームドモンスター、つまり【名付けられたモンスター】の名の通り、アバンダンドの世界の住人達にとって、出くわしたら逃れられる事の出来ない死をもたらす恐怖の象徴として、名付けられた特別なモンスターと言う事を表しているらしい。


「...何度見てもでかいなぁ。多分今実装されてるモンスターの中で、一番大きいよね。」


 テレスがジミーを見上げながら、感嘆したような声でポツリと呟く。


 そんな呑気そうな声をあげているテレスを横目に、俺は小型のダガーナイフを腰のホルスターから抜いて、高さ十メートル近くはあるだろうジミーの後脚を試しに切りつけてみる。しかし、俺の攻撃じゃジミーのHPゲージは一ミリも減る様子がない。あり得ない程に硬過ぎる。攻撃を仕掛けたというのに、あまりの甲殻の硬さにヘイト値が上昇した様子も一切見られない。他の武器種と比べたら、短剣は攻撃力が低いし、更にダガーナイフはカトラスのような大型のナイフに比べたら、威力も下がるとはいえ、ここまでHPゲージが減らないとは...。


 あまりのジミーの甲殻の硬さにドン引きして立ち尽くす俺に、後方からメズの声が飛んでくる。


「アルゴ!そこで遊んでないで、早く鋏脚の方に移動しなさい!その位置じゃ、回復届かないわ!」


「悪い!今、正面に回る!」


 俺はメズの忠告に素直に従い、ダガーナイフを腰のホルスターにしまって、急いでジミーの右鋏脚へと位置取る。


 タンクロール達がジミーの攻撃を引き受ける中、先ほど一切通用しなかったダガーナイフの代わりに、俺は空間から弓を取り出して、弓に矢を番えると、ジミーの右鋏脚へ矢を何本も打ち込んでいく。弓には貫通属性がある為、短剣に比べればジミーのHPゲージに減少が僅かばかり見られる。ジミーに有効な短剣のスキルを確実に打ち込めるタイミングまで、こうやってチマチマと弓で攻撃して、HPゲージを減らしていくのが、盗賊である俺の今出来る最善の行動だろう。


 ジミーは本来盗賊が活躍できるタイプのモンスターではない。デバッファー、つまり敵を弱体化させる攻撃をメインに扱う盗賊には、本来天敵のようなモンスターとなっている。ジミーは非常に硬い外殻を持っている為、切断属性しかない短剣では格闘攻撃や杖などの打撃武器と違って、ダメージは通りにくい上に、麻痺や毒などの状態異常に対する耐性も非常に強い。


 それでも、俺がレベル50あった様々な武器を扱える攻撃性能の高い海賊ではなく、盗賊のレベルをメインで上げて、このジミー戦に参加したのには理由がある。盗賊のみが放つ事の出来る短剣スキル【ペトリファイスラッシュ】があるからだ。


 このスキルは相手の耐性など一切関係なく、五パーセントの確率で、敵の一部を石化させる事が出来る。石化した身体の部位は時間による解除まで一切動かせなくなる為、PvE戦最強スキルとも呼ばれている。しかし、その分デメリットも大きい。領土防衛戦等のプレイヤーが入り乱れ大混戦となるような戦いでは、たった一人のプレイヤーの一部位を石化したところでペトリファイスラッシュの効果は体感しづらい。それに、再使用時間が長すぎるのも弱点の一つだ。ペトリファイスラッシュの再使用時間は三分と、他の技は一分程度で再使用可能なのと比べれば極端に長いと言えるだろう。


 そして、石化確率五パーセントという低さがこのスキル最大のデメリットと言えるだろう。運に左右されるスキルを戦略に組み込むのは、あまりにも安定性に欠ける為、かなり使い辛いと言わざるを得ない。しかし、ユニークやネームドなどの一体だけのモンスターを対象としたバトルであれば、成功した時に凄まじいまでの効果を発揮するのも事実だ。


 俺達はこの確率を高める為に魔剣士や海賊等の高火力アタッカーよりも、火力の低い盗賊を今回のパーティでは三人採用している。五パーセントが三人になったところで低確率なのは変わらないけれど、これはネームド戦だ。レベルは75以上のメンバーで揃えたとはいえ、普通に戦ったのではネームドに手も足も出ないのは変わらないだろう。だから、俺達は勝てる可能性のあるペトリファイスラッシュという一縷の希望に全て託す一か八のギャンブル的に戦略を取る事にした。その為、このジミー戦は盗賊部隊が何回ペトリファイスラッシュを叩き込めるかが、最大の肝となってくる。


 ジミーが十本脚のうちの正面二本の鋏脚で、範囲攻撃である薙ぎ払いの攻撃を放つと、王国騎士や戦士などのタンクロールが行っているヘイトコントロールなんて無意味と言わんばかりに、一撃で前衛全員のHPを三分の一以上削ってくる。この日の為に、ナイトアウルメンバーは全員レベル75以上にしてきたというのにこれだ。


 ...チッ、流石ネームド戦だ。いつも強敵と感じていたユニークモンスターが雑魚モンスターに思えるほどだ。


 たった一撃でレベルを上げた事で自信に満ちていたナイトアウルのメンバー達の空気を一気に緊張感のあるものに変えてしまった。とはいえ、このジミーの攻撃によって、微かにだが希望も生まれてきている。レベル55キャップの時はタンクロールですら、一撃でHPのほぼ全てが持っていかれた。その時と比べると、俺達も相当強くなっているのを実感出来ている。


 ここで負けてしまうと、次のジミーのリポップは一ヶ月近くかかる。次のジミーを待っていたら、グレイトベアが何かしらのネームドを倒してしまいかねない。あいつらもかなりのメンバーがレベル75に達して来ている。


 俺達には他のネームドを狙う事はもはや選択肢にない。この数ヶ月間、一番倒しやすいネームドは何だろうかと俺たちは考えた。その結果、このジミーが最適だということになり、ずっとこいつに対応する動きを磨いてきている。これほどまでに準備してジミーに勝てないとなると、急に他のネームドを倒そうといったって、そう上手くいくはずはない。


 現在、ナイトアウルは全メンバーがLv75には到達し、更にテレス含めた五人がレベルキャップであるLv80に到達出来ている。俺自身もレベルは78になっている。Lv75から80までの経験値は例の如く馬鹿みたいに必要となり、普通にプレイしていたらレベルを一つあげるだけでも下手したら数週間、一ヶ月かかってもおかしくない。


「まず私から行くよ。私が入らなかったら、次はアルゴちゃんお願い。アルゴちゃんがダメなら、その次はカペラちゃんお願いね!」


 テレスは自身と同じくナイトアウルの盗賊部隊である俺とドワーフ族の男キャラクターを操作しているカペラに言う。


「「了解」」


 俺とカペラの声がほぼ同時にテレスに向かって発せられる。現在タンクパーティ、魔法パーティ、盗賊パーティと三パーティある中、俺が所属している盗賊パーティは、盗賊である俺とカペラとテレスの三人、ヒーラーである僧侶が一人、サポート役の音楽家が一人のバフ、デバフをメインとした構成となっている


 レベル55時代は全ジョブ55だったテレスも現在は、俺と同じく盗賊をメインジョブにしている。Lv55時代のテレスの相棒であった漆黒の和弓は、既にテレスは使っておらず、Lv80で装備出来るようになったクロスボウとククリナイフをメイン武器として使用している。


「俺が次に鋏受け止めたらテレス!その隙にスキル打ちに行ってくれ!」


 レグルがテレスに向かって叫ぶと、「分かった!ペトリ打ちに行くね!」と即座にテレスが答える。


 俺達盗賊がペトリファイスラッシュを打ち込む部位は決まっている。ジミーがメイン攻撃として使用する前鋏脚だ。ここを石化できれば、ジミーの二本ある前鋏脚のうち一本使えなくなり、単純にジミーの攻撃回数が半分になる。戦局も相当有利になる事だろう。ただし、鋏に打ち込むにはジミーの正面に回らなくてはならない為、非常に難易度の高い動きが盗賊には求められる事になる。鎧などの重装備が出来ない防御力の低い盗賊では、一撃でもジミーの攻撃を受けたら事故になりかねない。確実にタンクがヘイトを稼いでるタイミングじゃなければ、むやみやたらに動く事は憚られている。


 テレスは王国騎士であるレグルと戦士のメンバーが盾でジミーの鋏による攻撃を正面から受け止めるのを確認すると、即座にジミーの鋏に向かって走り出す。


 タンクパーティは右前脚に戦士と王国騎士の二人、左前鋏脚に王国騎士と戦士の二人の計四人が担当する形をとっている。タンクパーティにも音楽家を一人入れた事で、音楽家は防御力へのバフを上昇させる曲をタンク達へとかけている。


 テレスはレグル達が受け止めたジミーの右前鋏脚へ掻い潜り、ククリナイフの湾曲した刀身が光り輝くとペトリファイスラッシュを放つ。しかし、その効果はジミーに発揮される事なかった。


「ダメ!石化入らなかった!次はアルゴちゃんお願い!」


 テレスは悲鳴を上げるように俺に向かって言う。


「了解だ。」


 テレスに返事をしながら、思わず俺は一人笑みを浮かべてしまう。いつもはオドオドとした喋り方をするテレスも今回のジミー戦に限っては、一度も言葉を詰まらせる事なく、普通に喋っている。


 あくまでテレスが言葉を詰まらせているのは演技だ。だから、普通に喋っている今はそんなフリをする余裕もないということなんだろうな。それだけテレスにとっても本気のバトルという事なんだろう。


 さて、んじゃテレスにカッコ良いところ、見せてやるか。


 俺は軽く息を吐いて気合を入れると、テレスと入れ替わる形で、今度は俺がダガーでジミーの右前鋏脚にペトリファイスラッシュを放つも、俺の攻撃もテレスと同様に何の効果をもたらさない。こればかりは仕方ない。五パーセントという低確率だ。そう簡単に入ってはくれない。


「俺も駄目だ。入んねぇ!カペラ頼む。」


「了解です!」


 ジミーによる左右の鋏の連続攻撃は、いくら防御力の高いタンクロールといえど、受けるダメージの量は半端じゃない。その為、僧侶達からのヒール魔法は集中して、タンク達に降り注がれる。


 先ほどの薙ぎ払いで、俺、カペラ、テレスの盗賊三人もダメージは受けているが、盗賊は出来る限り自前のポーションで自己回復をしていかないと、ヒーラーによるタンク達への回復が間に合わなくなってしまう。


 強力な回復の魔法の連発ともなると、ヘイトの溜まり方も激しい。ジミーの標的がタンク達から、後方にいる僧侶たちへと向かっていく。


 ...ヤバいな。防御力の低い僧侶がまともに正面から攻撃を受けてしまったら、ひとたまりもない。


 レグルもこの事態に対応するために、ヘイトを最高値まで高める王国騎士専用のスキルをジミーへと放つ。このスキルは確実に自分の元にヘイトを移すことの出来る王国騎士の必殺技とも言えるスキルだが一時間に一回しか放つ事が出来ない欠点を持つ。


 このスキルにより、他の誰もがジミーからヘイトを奪う事が出来なくなり、レグルはジミーから集中攻撃を浴びている。その隙にカペラもジミーの前鋏脚にペトリファイを放つも、やはり依然効果は無い。


 クソ、一周目は全員失敗か。


 確率的には全然あり得る事だが、中々きつい展開となってきた。こうなると、ギルド全体にも厳しい空気が漂い始めてくる。その上、複数の盾役で今まで受けていたジミーの攻撃を単身で受け続けたレグルのHPは僧侶全員が集中してヒールをかけるも、その削りの速度に間に合わず、完全に削り切られ、砂浜へとレグルは倒れ込む。


 ヘイトが集中していたレグルが戦闘不能となった事により、ジミーのヘイト向く先は回復魔法を打ちまくっていた僧侶達へと切り替わる。


 左前鋏脚を担当していた王国騎士は、僧侶達に攻撃が行かないように、一時間スキルを放ち、自身のヘイトを最高値まで上昇させ、ジミーからの攻撃を一手に受け止めている。僧侶達も再び王国騎士に回復をさせているが、長くは持たないだろう。


 半壊していくタンクロール達を見て、テレスが悲痛な顔で謝罪の言葉をメンバー全員に向けて言う。


「...皆、ごめん。私の戦略ミスだ。ペトリファイスラッシュなんていう低確率の博打スキル頼りにしちゃったせいだ。もっと、別の戦略だったら勝てたかもしれないのに、私のせいでまたグレイトベアに先越されちゃうかも。」


 テレスは、今のこの現状が全て自身が提案した戦略が招いた責任を感じているようだ。


 ...クソ。またこういうめんどくさいモードのテレスに入りやがったな。このナイトアウルというギルドは、テレスの信奉者しかいねーんだから、その象徴たるテレスが弱気になればなるほど、その雰囲気が全員に伝播する悪循環にしかならねーってのに。


 俺は軽く溜息を吐くと、息を深く吸う。


 こういうのは俺のキャラじゃねーんだが、仕方ない。テレスにサブマス任せられちまったからな。サブマスってのは、ギルマスがやらかした時に喝を入れる為の存在じゃなきゃいけねーみてーだからな。


「おい!テレス!んな、ちょっとうまいくらいのプレイヤーが言うような常識的な言動なんかしてんじゃねーぞ!俺達に謝ってる暇あるんなら、イカれ女らしく頭のトチ狂った電波発言の一つでも垂れ流してろ!そっちのがよっぽどマシだ!」


「い、イカれ女...。わ、私!いつも大真面目な発言しかしてないよ!なのに、アルゴちゃんそんな風に私の事見てたの!?ちょっと酷くない!?」


「うるせぇ!俺はテレスの事褒めてんだよ。何でも良いから、いつものように頭のネジ吹っ飛ばして、暴れ回れってろ!良いかテレス。お前自身が誰なのかもう一度よく思い出せ!」


 俺がそう叫ぶと、テレスは「...私は、」とブツブツ呟き始めている。


「...そうだよね。私はテレス。このアバンダンドの世界の超カリスマ的存在。二大ギルドのマスターで、世界最強のプレイヤー。 ...それがテレス。」


 ...聞こえてきた声を察するに、あのブツブツとした呟きは、どうやらテレスは自己肯定感を高めようと、自己暗示をかける為のものらしい。俺がテレスにけしかけておいて言うのもなんだが、ちょっと変な方向性に持っていってしまったかもしれない。...大丈夫か、あいつ。


「ここにいるのは現実世界の弱い私じゃない。私はこの世界の頂点。カリスマの塊。私こそが、この世界の主人公。」


 ...自分で言うのかよそれ。この世界の主人公とはえらく自己肯定感高く持ってきたな...。


 そう呟く彼女の口からはクスクスと笑い声が漏れ出している。


「アルゴちゃん、カペラちゃん。今まで失敗してくれて、私の為にお膳立てありがとう。ピンチを切り抜けるのは、やっぱ私が決めないとだよね。んじゃ、ご期待に応えて一番美味しいところは私が貰うよ。...大丈夫。見てて。次で必ず決めるから。」


「ああ。そうしてくれ。」


 こういう時の自信に満ちた時のテレスは必ず決める。俺がナイトアウルに入って何度も一緒に戦闘を経験してきたから分かる。五パーセントとか数字上の低確率なんてテレスには関係ない。どんな確率だろうと、テレスは必ずそれに応えてくれる。人付き合いが苦手で、人と喋るのが苦手で、およそリーダーには向いていないが、その圧倒的カリスマ性はナイトアウルの誰もが認めている。そんな俺たちの絶対的なリーダー、それがテレスだ。


 誰よりも真剣にアバンダンドで生きてきたプレイヤーだ。そんな彼女がグレイトベアより早くネームドを倒せないわけがない。ナイトアウルの誰もが彼女を信じている。


 ペトリファイスラッシュの再使用時間が来たテレスはスキルを放つ為に構えると、彼女のククリナイフは再び光り輝き出す。テレスはジミーの攻撃を一手に引き受ける王国騎士の横からスキルを発動し、ジミーの鋏へとククリナイフを突き立てる。彼女のククリナイフが突き刺さったジミーの右前脚の鋏は石化し、炎のような真紅色から灰色へと変色し始めるジミーの姿を見て、砂浜に仰向けで倒れているレグルが俺に言う。


「やっぱりよ!アルゴ。お前がサブマスで良かったよ。アルゴだけだからな。ナイトアウルでテレスに喝を入れられるのは。」


 何言ってんだ。俺から言わせりゃテレスは、ただの頭のイカれたクソ女だぞ。お前らがあいつに気を使いすぎなんだよ。


お読みいただきありがとうございます。

面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。


よろしくお願い致します。

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