番外編18〜ノックは三回で...〜
レベリングに向かう前にナイトアウル本部に立ち寄ったら、メズが一人ため息を吐きながら、佇んでいた。どうやら、メズは荷物整理をしているようだが、その表情は暗く陰を落としている。
俺が、「うす。」と声をかけるも、いつもなら鼻をフン、と鳴らして、強気なメズが今日は俺と視線を合わせる事もなく、右手を力なく挙げるだけだ。声を出す元気もないらしい。まぁ、考えられる理由など一つしかない。就活がまた上手くいかなかったんだろうな。
リアルであった事をアバンダンドにあまり持ち込まないメズが、魂が抜き出ていくんじゃないかと思うほど、深いため息を何度もついている事から、相当鬱憤が溜まっているのが分かる。グループディスカッションがうまくいかないのは、この前話して分かった事だが、それ以外にも何か原因がありそうだな。
...少し時間もあるしそうだな。たまにはこいつの為に俺が一肌脱いでやるとするか。美貌と元気だけがこの女の取り柄だってのに、その片割れが失われているんじゃ、いつもやり合ってる俺の調子も出てこない。それに、ギルドメンバーの悩みを解決してやるのもサブマスの役目だからな。
「...あー、メズさえ良ければ企業面接の練習してやろうか?こう見えてもまがいなりにも社会人だ。何が問題なのか見てやるよ。」
俺のその問いかけにメズは目を丸くし、「え、」と意表を突かれたような素っ頓狂な声を出す。
最近ギルドメンバーはレベリングに精を出している為、今ギルドにいるのは俺もメズのみで閑古鳥が鳴いている。これなら別に他の誰に見られるわけでもないから恥ずかしくもないだろう。
メズは一瞬だけ目を輝かせるも、すぐにいつもの警戒した目つきになり、「...嬉しい申し出だけど、あんた、私の事バ⚫︎にしてきそうだからヤダ。」とかぶりを振って、断ってきた。
こいつの中の俺のイメージ悪過ぎだろ...。
「んな事しねーよ。真面目に見てやるよ。」
「...ほんと?」
しおらしげにメズは俺をまっすぐ見つめてくる。
いつもは憎まれ口ばっか叩いてるメズも、こうしてりゃ、多少可愛げがあるように思えるな。
「ああ。ガチで悩んでる奴を揶揄うなんて事しねーから安心しとけ。」
「ね、それじゃあさ。面接練習の場所、レンタルハウスでも良い?ここでアンタと面接練習してんの誰かに見られたら、...何か恥ずかしいし。」
「別に就活の面接練習なんて恥ずかしい事でもねーだろ。基本的には働く時には誰だって面接するんだし。...中にはザラシみたいな一回も働いた事のない例外もいるけどよ。」
「そりゃ、そうだけどさぁ。」
「まぁ、そこまで言うなら、メズの要望通りレンタルハウス借りとくけどよ。面接官役として、他にも声かけても良いか?多少緊張感あった方が本番に近い形で良いだろ。」
「...一人くらいなら良いけど、人によるわ。誰に声かけるの?ミラ?」
「教えたら、緊張薄れるだろ。内緒だ。」
「...んなこと言われたら、もう既に緊張してきたんですけど。今回はあんたの事信頼したげるけど、変な人連れて来ないでよ?あ、ていうかレンタルハウス代は私が払うわよ。」
「いらねーよ。ワンデイならヴォルトシェルでも大した額じゃねぇからな。」
「ほんと?ありがと。ちょっと、マジで嬉しいかも。あんた良いとこあるじゃない。見直したわ。」
そう言って、メズが珍しく俺に頭を下げてくる。
こいつが、俺に頭を下げるなんてガチで就活で悩んでたんだな。まぁ、人生の一大イベントだもんなぁ。
俺がメズを一瞥すると、既にメズは就活モードに入っているようで、「えっとノックは三回で...。二回だとトイレのノック。」「失礼しますよりは失礼致しますの方がいいかな?」「お辞儀の角度は、」とか一人でブツブツ呟いている。
んなもん、気にしてる面接官なんていねーと思うけどな。別にそこまで気にしなくて良いだろうに。妙にクソ真面目だな。こいつ。
やる気満々のメズを尻目に、俺は四層へレンタルハウスを借りに行く為にギルドを出ていく。
さて、面接官役やってくれっかわかんねーけど、あいつにも声かけてみるか。
―――
レンタルハウスを借り、メズに個人チャットで時間と番地を知らせると、《了解。》と返信が来た。
レンタルハウスでメズを待っていると、ゴンゴンゴンと三回ノックをする音が聞こえる。丁度メズに伝えた通りの時間だ。俺はその音に対して、部屋の中から、「どうぞ。」とメズに声をかける。
「失礼します。」と、緊張した声と共にレンタルハウスのドアが開かれ、メズが入室してくる。その表情は目を丸くさせ、驚きを隠せないようだ。
ま、それもそうだろうな。俺の隣には我らがギルドマスターであるテレスが座っているんだからな。
結局、俺がメズの面接官役に選んだのはテレスだった。これには、まぁ、理由がある。メズが頭が上がらない人物はこのアバンダンドにおいて、テレス以外いないのもあるが、
《テレスも資格とって就活するんだろ?一度面接ってどういうもんだか見てみたら参考になるぞ。》と俺はテレスに個人チャットを送っていた。
やはり、これからテレスも資格を取って就活をしないといけない立場からか、《行く!興味ある!》と速攻で返信が返ってきた。だから、これはメズにとっても、テレスにとっても良い事だろう。
メズは自分の憧れの人物であるテレスに自分の面談が見られているという事で、顔が緊張でガチガチに強張っている。これなら、本番に近い形でのメズの姿見られそうだな。
メズは一旦ドアの方に向き、ゆっくりドアを閉める。それから、再び俺とテレスに向き直ると、軽く頭を下げ、俺達の元へとやってくる。
「どうぞ、お座りください。」
俺の声に促され、メズは俺が用意した椅子に着席する。ここまでの流れは別に悪かないな。どこに問題があるのやら。
俺はメズに自己紹介を促すと、メズは何かを少し考えた後、椅子から立ち上がって背筋を伸ばし、
「ACO大学、ナイトアウル学部のメズマライズです。本日は宜しくお願い致します。」と、ハキハキ答え、メズのキャラクターを最敬礼させている。
...多分、これはテレスがいなかったら本名の沙耶と自分の大学名でやってたんだろうな。だけど、それを言わないのはテレスにはあまりリアルの事を持ち込まないようにしているメズの配慮なんだろう。
咄嗟の事だろうから、適当に思いついであろうメズの大学名と学部名笑ってしまいそうになるが、メズの顔は真剣そのものである。...これは俺も真剣にやってやらないとな。...ただ、あまりにも緊張してるのか、かっぴらいた目がキマリ過ぎていて、多少怖さを感じる。さてさて、んじゃ次は志望動機とかガクチカとか聞いてみるとすっか。
―――
「どうだった...?」
面接練習が終わり、ぐったりとした顔でメズが俺とテレスに尋ねてくる。
「わ、私は全体的に良かったように思えるよ。そんな変なところもないと思った。アルゴちゃんは?」
テレスの言う通り、基本的な流れでは多少緊張気味ではあるけれど、メズに落ち度は何もないように感じる。至って真面目な学生といった様子だ。だけど、なんていうか、...そうだなぁ。
「何か腹立つ面接だった。」
俺がそう言うと、俺の顔のど真ん中に長槍が貫通した。メズがぶん投げたらしい。ヴォルトシェル王国はPK禁止エリアである為、俺のHPゲージは減らないが、今の俺は顔の中央に槍が突き刺さり、完全にホラーな姿と化している。
クソ、なんて短気な女だ。
「相談した私がバカだった!!!」
メズはマジギレして叫んでいる。どうやら、俺に揶揄われたと思っているようだ。
「待て待て。使った言葉が悪かった。別にお前の事を揶揄ってるわけじゃない。最後まで話を聞け!真面目な話だ!」
そそくさと、レンタルハウスを出ていこうとしているメズを俺は大声で引き止める。槍が顔に突き刺さったまま喋っている光景は傍から見たらシュールすぎるだろうな。俺の隣にいるテレスは絶句してるし。
「つまり、何だ、俺が言いたい事はメズ、お前俺と会話する気ないだろ。」
「は?めちゃくちゃ喋ってたじゃん。」
じとーとした目つきで、メズは怪訝そうに俺を見つめながら言う。何言ってんだコイツと言わんばかりだ。
...やっぱ、こいつ気づいてないんか。
「そうじゃなくて、志望動機の時も、ガクチカの時も、お前ずっと頭の中の文章引っ張るのに必死過ぎて、俺と会話する気ないように思えたって事だ。」
俺がそう指摘すると、「あ。」とメズは声を漏らす。俺の横で絶句していたテレスも俺の指摘に思うところがあったらしく、メズに声をかける。
「そ、それ。ちょっと私も感じた。一生懸命なんだなぁと私は思えたけど。そう言われると、確かに会話にはなってなかったよね。」
まさかのテレスからもダメ出しをくらった事により、メズはしょんぼりと項垂れる。
「...それってダメなの?頓珍漢な事を言わないように、一生懸命覚えてきた文章を頭の中から引っ張ってきてたんだけど。」
「別に悪かないけど、そこまでかっちりいう必要ないだろ。どんな人となりかを面接官は見に来てるのに、会話せずに丸暗記見せつけられたら、何だこいつって思われても不思議じゃあない。ま、俺の感覚だから、それが原因で落ちてたとは言い切れないけどな。あとお前、もうちょっと笑ったほうが良いぞ。睨みつけられてるようで怖えーよ。」
「...だって、笑ったら失礼そうに見えない?」
「そりゃ、爆笑してたら失礼だろうけど、微笑むくらいは何の失礼でもねーよ。」
美人なんだから笑わねーと勿体無いだろと続けようと思ったが、隣にテレスがいる為その言葉を呑み込む。下手な事言うと、テレスが変な邪推してくるからな。
「...そっか。ごめん、アルゴ。私のはやとちりだったわ。馬⚫︎にされてると思っちゃった。あ!その槍もほんとごめんなさい!」
メズは俺に深く頭を下げ、俺の顔から慌てて長槍を引き抜いた。引き抜かれた俺の顔を見て、テレスは再びドン引きしている。そこまでドン引きしているとなると俺はどんな姿になってるのか興味が出てきた俺は、VRゴーグルの設定を一人称から三人称視点へと切り替える。すると、そこには槍が抜けた事で顔面にデカい穴が空いており、言うなれば怪人ドーナツ人間といった風貌になっていた俺がいた。
...ますますホラーな姿になってんなこりゃ。
自分の姿を確認出来た俺は再び一人称視点へとVRゴーグルを設定し直していると、
「面接うまくいかなくて、最近めちゃくちゃイライラしてて、笑顔もなかったわね。次は最高のスマイルで面接してくるわ!」
メズは満面の笑みで、「さんきゅー!」と言って、穴の空いた俺の顔に向かって治癒魔法をかけている。
HPゲージ自体はマックスだから、別にそんな慌ててヒール魔法なんてかけなくても良いんだけどな。そのうち治るだろうし。
メズのヒールにより、少しずつ顔の穴が塞がっていく中、俺はテレスへと個人チャットを送った。
《どうだ。面接の参考になったか?》
《この世界で生きてくってコンテンツ、難易度高すぎって事はわかった。早く修正されて欲しい。》と、テレスから俺の個人チャットに返信が届いた。
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