第4章10話〜もう一回あの最低な世界で〜
「ネームドを倒すぞ。」
緊急会議と称し、ギルドメンバー全員をギルド本部へ来るように呼びかけていた俺は、全員が揃ったのを見計らって、開口一番にこの号令をかけるとメンバーの視線が俺へと一斉に集まる。
「...急に呼び出したと思ったら、何言ってんのよ。勝てるわけないじゃない。くっだらな。」
まず、口火を切ったのはメズからだった。メズは目を半眼にして、呆れたように言う。メズ以外のギルドメンバー達も俺に向かって、「無理に決まってんだろ。」「おい、サブマス。トチ狂ったのか?」などと、ヤジを散々飛ばしている。
まぁ、こいつらの言う事は最もな意見だろう。現時点では、ネームドは絶対に勝つ事の出来ないモンスターだ。だから、何言ってんだこいつと思われてもしゃあないところはあるけれど、あと二週間後に迫ってるんだから、これくらい察してくれても良いとは思うもんだけどな。
「んだよ。レベルキャップ解放されたらに決まってんだろ。」
俺がそう言うと、「ああ、なるほど。」「そういう事か。」とメズ達は納得したらしく、各々頷いている。
そんな散々俺にヤジを飛ばしていたメンバーを俺の横に立って黙って見ていたテレスは、意を決した様に俺の半歩前に出て、「じ、実はこれは、わ、私からの提案というかお願いなんだ。無茶言ってごめんね。」とメンバー全員に向けて話し始める。
テレスからの提案という事で、俺にヤジを飛ばしていた大馬鹿どもは、「やっちまった...。」と至る所から気まずい空気が漏れ出ている。
この姿を見ると、やはりテレスはギルドマスターであり、このナイトアウルというギルドの象徴だという事を再認識させられる。テレスがイエスと言えば、それが明らかに間違っている事だとしても、それが大正義となってしまう。そんなカリスマの塊、それがテレスだ。
えっと、えっと、といった辿々しい喋り方を今日もテレスはしている。この喋り方はテレスは演技だとは言ってはいたが、本人が喋りやすい話し方であるのなら、それはもう演技ではないんじゃないかと思う。何言ってんだこいつと思われそうだし、俺自身もうまく言えねーけど、何ていうかそうだな。
友人と喋る時はタメ口でも、目上の人と接する時は敬語使うだろ?考え方によってはテレスはそれを皆にやってるだけだと言えるんじゃねーかな。誰だって自分を隠して周りに合わせて喋るのなんて、普通にやってる事だ。テレスはそれが少し特殊な形で現れただけに過ぎない。
「...に、二大ギルドなんて呼ばれてるけど、ユニーク武器も、蒼穹回廊も、この前の禁断魔法だって、全部グレイトベアの後追いに、私達、な、なっちゃってるでしょ?」
実際、テレスの通りだ。悔しい事にアバンダンドというゲームの全てのコンテンツにおいて、最初の踏破者はグレイトベア、...ザラシだ。俺達はライバルギルドではあるものの、実態としてはグレイトベアに何一つ勝てていないのだ。
「それがね、わ、私は悔しいなって。...私はね、ナ、ナイトアウルこそが最強のギルドだと思ってるから。グレイトベアに一泡吹かせたいんだ。」
やはり、テレスの演説は効く。俺の時はめちゃくちゃヤジが飛んでいたのに比べて、テレスが喋り出すとゲームのキャラクターなのに、全員の目が真剣なものへとなってると感じる。
テレスがそう言い終わり、再び俺の後ろに下がって行くのを見計らって、俺はニヤニヤと口の端を吊り上げながら、メズに呼びかける。
「おい、メズ。我らがギルドマスター、テレスがネームドを倒したいって言ってんだぞ。これはくだらない事か?ん?」
「...悪かったわよ。あー、もうやりゃいいんでしょやりゃ。」
俺の煽るような言い草にメズがヤケクソ気味に叫び出す。こいつの弱点がテレスなのはこの短い付き合いの中でも、もう丸わかりだ。俺は更に半歩前に出てギルドメンバー達に呼びかける。
「んじゃ、分かったな?今が最後の休憩期間だ。二週間後から俺達は死ぬ気でレベリングするぞ!」
テレスは人に気を使いすぎるところがあるからな。こういう嫌われかねない発言を代わりにしてやるのはサブマスターである俺の役目だ。
「とりあえず、目標はレベル75だ。目指せる奴はカンストである80まで目指せ!寝ても覚めても、仕事中も勉強中も就活中も。全ての時間でレベル上げの事を考えろ。サボれるなら学校をサボれ!有給が使えるなら使え!くだらねえ現実の世界の事なんて全て忘れろ!良いな!」
それから俺は皆の士気を高める為に拳を上に突き出し、「やるぞ!!!」と叫ぶが、こいつら先ほどまでテレスの言葉を真剣に聞いていたというのに、俺の演説になった途端、誰も歓声をあげないどころか、ギルド全体が呆れ返って、沈黙してしまっている。
幹部達も他メンバー同様呆れ果てており、ミラリサは、「バ⚫︎じゃないの。」と苦笑いを浮かべ、メズは、「この男、頭がおかしい。」と言って、頭を抱えている。レグルは、「...軍隊かよ。」と呟き、うんざりとした顔している。
ちっ、モチベーションの上がらない奴らだ。事情を話せば、こいつらもやる気出すんだろうけど、まだそれを話す訳にはいかない。俺とテレスの二人だけの約束だからな。
このネームドを倒そうといったテレスの発案は、この前の大平原でのユニーク狩りの時のあの日に決まった事だった。引退すると話してくれたテレスに俺は一つ質問をしていた。
「テレスは何か引退するまでにやりてー事とかねーのか?テレスの為だったら、あいつら多少の無茶や我儘でも、やってくれると思うぞ?」
テレスは俺の質問に対して、「そうだなぁ。私のやりたいことかぁ。」と考え込む。
アダマンタイト鉱石を手に入れたい。
ヒヒイロカネを手に入れてみたい。
リンドヴルムを釣り上げてみたい。
テレスは現時点では、ほぼ不可能とも思える沢山の案を口にしてみたものの、テレス自身ハッキリとこれだって言えるものではないようで、「やっぱり、違うなぁ。」と何度も訂正している。
「あー、でも何だかんだで、これが良いかな。難しくても良い?」
「別に良いだろ。むしろ、無理難題押し付けた方があいつらもモチベが上がんじゃねえの?」
俺のその言葉に、テレスは苦笑いで、「だと良いけどなぁ。」と呟く。
「...ネームドを倒してみたいかな。グレイトベアより先に倒したい。ユニーク武器も、禁断魔法も、蒼穹回廊も、全てグレイトベアが最初だし。何か一つでもナイトアウルが初の記録をアバンダンドに残して引退したい。」
「そうか、なら決まりだな。数日後にでも、ナイトアウルに緊急会議の指令を出そう。」
俺の言葉にテレスはこくりと頷く。
「あ、それと。出来れば、私が引退する事を皆に知らせるのはギリギリになってからにしたいんだけど良いかな?」
「...それはメズにもか?」
「...うん。メズちゃんにも、誰にも言っちゃダメ。消える時はサッと消えたいんだよね。そういうの恥ずいし。」
「分かった。約束する。」
「ねぇ、アルゴちゃん。前に一緒に宇宙人に攫われてねって言った事あったよね。あれ撤回させて。」
「んだよ。俺は結構一緒に攫われる気満々になってきたんだが。」
「ありがと。でも、やっぱりアルゴちゃんの事を巻き添えには出来ないなって。大丈夫。もう一回あの最低な世界で頑張るよ。」
そう言うと、テレスは照れくさそうに笑みを浮かべた。
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