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第4章9話〜嫌じゃないけどさぁ。〜

「だからね、これから本当に少し。週に一回程度だけど、ログイン時間減らしていこうと思うんだ。」


「どっか通うのか?」


「流石。察しが良いね。何でもお見通しだ。」


 テレスは俺にパチパチと何回か拍手をする。


「おと、父に相談したら、資格取れる所に行ったらどうかって。何かね、週一回くらい程度でも、そこに行けば私みたいに学歴のない人でも数ヶ月で取れるみたい。その資格が、私に向いてるかどうかは分からないけど。」


「資格のスクールみたいな所か。テレス、人が集まるところ行けるのか?」


 俺は以前テレスから人間関係が上手くいかず高校を中退としたと聞かされている。だから、彼女はそういう学校のような多くの人が集まるところに行くのは得意じゃない筈だ。


「そうだね。苦手だなぁ。」と、彼女はポツリと呟く。


「だから、大分...。ううん、めちゃくちゃ怖い。行きたくない。本当に行きたくない。知らず知らずのうちに変な行動したくない。また変な目で見られるのが怖い。嫌われたくない。馬鹿にされたくない。本当は、凄く行きたくない。」


 まるで、錯乱して泣き喚く寸前の子供のようテレスの言葉を紡ぐ速度がどんどんと早くなっていく。彼女の口から胸が痛むほどの悲痛な声と荒い息が何度も何度も強く吐き出されている。


「...大丈夫か?悪かった、変な事聞いて。」


 ...不味かった。失敗した。こんな簡単なノリで聞くべき事じゃなかった。今の彼女はそのスクールに通うまで、いや、資格取得して卒業出来るまで一秒たりとて、その事が頭から離れず、気を抜ける日が来ないだろう事は簡単に想像ついた筈だ。週に一回資格取得の為に講義を聞きに行く。たかか、それだけの事であっても、テレスにとっては身の毛のよだつような恐怖を心の底から感じている事を俺は分かっていたはずなのに、口を滑らせてしまった。


 きっと、これを聞いた殆どの人はテレスの事を情けない、そのくらいのことで喚き散らすなよ、と思うのだろう。でも、それはテレスがそこまで思い詰めてしまうほど、今までそういった目で見つめられ続けてきたのだろうという事に他ならない。


 今まで溜め込んでいた苦しみを捲し立てるように吐露するテレスに俺はかける言葉を見つけられず、ただ黙って落ち着くのを見守る事しか出来ないでいる。それでも、少しずつテレスの呼吸が穏やかになってくると彼女は、「ごめんね。もう大丈夫。」と俺に頭を下げた。


「... アルゴちゃんは、私のどこが良いんだか。メンヘラ過ぎて、ドン引きでしょ?」


 俺は黙って首を横に振ると、「アルゴちゃんは優しいね。」とテレスは言う。


「...私には学歴もない、職歴もないから。正社員目指すのは凄く大変だと思う。でも、資格の一つでも身につけたら、少しは自信になるかなって。ちょっとはリアルでも誇れる自分になりたい。」


 そう口にした決意の言葉とは裏腹にテレスの声色は、不安に満ちたようにか細く辿々しい。今度は間違えないように、俺は彼女にかける言葉を慎重に選びながら、口を開く。


「そうか。テレスがそう決めたのなら、それで良いのかもしれないな。」


 そうテレスには言ったものの、俺の本心からしたら、そんな所に行かない方が良い。無理する必要なんてないと言いたかった。親の脛かじって生きてけるなら、別にそれも悪くはないはずだ。今彼女は現実世界からアバンダンドという架空の世界に逃げ込んだ事により、ギリギリ精神を保っている綱渡りのような状態なはずだ。下手に無理してしまえば、このコンプレックス塗れのお姫様は潰れてしまうかもしれない。それは、彼女自身だって分かっている筈だ。それでも、テレスは精一杯の強がりで、敢然と現実に立ち向かおうとしている。彼女にも譲れないプライドはあるのだろう。


 前に聞いた話では、かなり頭の良い学校に通っていたみたいだ。同級生だった奴らが今はどうなっているのか知らないが、きっと、その多くが高学歴と言われる大学に進学したか、はたまた、大手の企業に就職したりしているのだろう。そんな中、自分は部屋の一室に引きこもり続けている事に物凄くコンプレックスを持ってしまっているのだろう。


 ここで、自分は無職だ。ニートだ。引きこもりだぞー。わははは。それでも人生クッソ楽しい。例え親が死んでも、親の遺産が尽きるまで絶対働かねぇとか、そんなゴミクズのような思考が出来る方がきっと、楽に生きていけるはずだ。しかし、テレスは彼女が言った変な真面目さで、それを許せないのかもしれない。


「でね、何ヶ月、もしかしたら、一年、いや、もっとかかるかもしれないけど、正社員として勤められて仕事に慣れる事が出来たら、いつか絶対アバンダンドに戻ってこようって思ってるんだ。」


「...別に、そんな引退して一切断ち切って、頑張りきらなくてもよ。気分転換にたまに来ればいいんじゃないか?」


 俺が尋ねるとテレスは、「ここは優しいから。一度でも戻って来ちゃったら、多分決意が揺らいじゃう。」と少し困ったような表示を浮かべている。


「もし、うまくやれたら、皆と会ってみたいな。勿論、リアルで。ちょっと、夢すぎるかな?恥ずかしいね。」


 自分が放った言葉が照れくさくなったのか、テレスは恥ずかしそうに頬を赤らめて、俺から顔を背ける。


「んじゃ、そんときゃ当然俺とも会ってくれるんだろ?デートしようぜ、デート。ほら、指切り。約束な。」


 俺は笑みを浮かべて、顔を背けたままのテレスの前に小指を一本立たせる。俺がテレスと出会ってから初めて、彼女から自分の未来への希望の言葉を聞いた気がする。未来の言葉を語るのであれば、その未来へ辿り着く為の約束事が不可欠だろう。俺は彼女の未来を応援する意味も込めて、デートの約束を取り付ける。俺とデート出来るなんて、これ以上のモチベーションの上がる褒美はこの世界には存在しないだろうからな。


「...えー、アルゴちゃんとデートすんの。」


 速攻で断られた上に、俺に向き直ったテレスは俺のピンと立てた小指を見て、露骨に顔を顰めて、嫌そうにしている。余程俺には会いたくないらしい。


 ...おかしい、何故だ。自分で言うのもなんだが、前にテレスに振られはしたものの、未だにこうやって俺と二人きりで会ってくれている時点で嫌われてるどころか、結構好意を持たれていると思っていたのだが。


「んだよ、嫌なんかよ。俺はテレスにめちゃくちゃ会いてーんだが。」


「...嫌じゃないけどさぁ。」


 テレスは目を伏せて言い淀む。つま先をグリグリと回すように地面に擦り付けながら、もじもじとしている。


「前も言ったけど、私が未成年だったら、どうすんの。普通に誘拐になるからねそれ。アルゴちゃんの大好きなアバンダンドも、そういう危険な出会い系サイト扱いされるよ?」


「...それは普通に困るな。」


 性犯罪者扱いされて、俺の顔写真がテレビで全国放送されたり、インターネット上に半永久的に晒されるのは流石に困る。それに、もし俺のせいでアバンダンドが万が一、サービス終了になんかなったりしたら、洒落にならん。


「んじゃ、テレスがもし未成年なら、両親に許可貰いに家まで行くぞ。それなら大丈夫だろ。きちんと許可を貰って結婚前提なら会うくらい良いだろ。」


「結婚って...。そんなんやったら、それこそおか、母に絶対アルゴちゃん通報されて警察行きだよ。」


「ま、それならテレスが未成年じゃねー事を祈っとくよ。そしたら大人同士だ。大人のデートすんべ。酒とか飲んでよ。」


「本気で気持ち悪っ。マジで●んでくれない?」


 リアルタイムフィルター処理されたノイズ混じりの言葉が警戒したような顔つきのテレスから飛んでくる。


 そんなに気持ち悪いこと言ったか俺?


 テレスは完璧にドン引きしている。凄まじいまでの嫌悪にまみれた顔をしている。...もしかして、あれか?大人のデートって言葉を変な意味で捉えてるだろこいつ。何を想像してるんだか。スケベな事想像してんだろこいつ。


「...変な事想像すんなよ。そう言う意味も、ほんの少しくらいあるかもしれねーけど、いつか会えるといいなと本気で思ってるからな。」


「でもなぁ。アルゴちゃん、絶対に面食いだからなぁ。失望させたくないなぁ。それに、きっと会えるその時には、誰か彼女出来てると思うよ。」


「俺の事勝手に決めつけるなよ。待ってるに決まってんだろ。まぁ会えねー間は、浮気の一つくらいするかもしれねーけど。」


「さいっあく...。絶対に会いたくなくなった。二度と私に話しかけて来ないで。」


「やめろ。冗談に決まってんだろ。」


「どうかな。割と本気で言ってたと思う。次会う時には、アルゴちゃん愛人いっぱい作ってそう。」


「ははは、な訳ないだろ。愛してんぞ、テレス。」


 俺は破顔の笑みでテレスに笑いかけるも、テレスは眉を顰め、目を細めた怪訝そうな顔を崩さない。


「胡散臭いなぁ。」


お読みいただきありがとうございます。

面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。


よろしくお願い致します。

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