第3章5話〜アルゴちゃんも一緒に〜
「アルゴちゃん知ってる?兎の雄って、一年中発情してるのに、いざ交尾したらたった数十秒で終わっちゃうんだよ。しかも、止めないとペニ⚫︎から血が出るまで何度も交尾する事もあるんだって!」
「...俺にその話をして、何の意味があんだよ。」
反応の薄い俺の呟きに、テレスはキョトンと目を見開きながら、口を開く。
「え、だって。アルゴちゃんって鮮血兎の足持ってるし、兎に共感するかなって。」
「するわけねーだろ...。」
「そっか、共感できないか。あ、じゃあ!この話ならアルゴちゃん共感できるかも!ガラガラヘビの交尾も凄いんだよ。二十四時間近くかけて交尾するんだって。凄い体力だよね。」
「どっちも共感出来ねーよ!」
テレスが俺に秘密を打ち明けたあの日から、俺とテレスは二人きりで会う事が増えた。自身の秘密を話したからだろう。彼女の中で、俺は他のメンバーには出来ないような話も出来る貴重な存在になったらしい。俺と二人でいるテレスはいつものあわあわしている姿とはまるっきり違い、本来は非常に口達者で話題も豊富な奴だった。今まで誰かに話したかった話が沢山あったらしく、こうやってテレスに呼び出されては訳の分からない話を聞かせられている。
これだけ聞いたら、心温まるような凄く良い話のようにも聞こえるかもしれない。しかし、テレスが主に俺に話すのは誹謗中傷に近いレベルの暴言と頭が痛くなりそうな下ネタと不謹慎極まりないブラックジョークである。俺と会っている時は目を輝かせながら、放送禁止用語やリアルタイムフィルター処理がされる単語連発のとても品のある話をよく話してくれる。メズも金と美容の話題しかしねぇロクでもねぇ女とは思ったが、テレスの本性はメズのそれと比較しても段違い、常軌を逸しているとてつもないクソ野郎だった。
俺に秘密を打ち明けた後もテレスは、ギルドメンバーの前では相変わらずしどろもどろといった様子を見せている。これは装った姿だとテレスは話してくれたが、このオドオドした態度の彼女も、それが完全に嘘であるとは俺は思わない。別に人や状況によって態度を変えるなんて、テレスに限った話ではない。俺だってゲームの中では傍若無人に振る舞ってはいるが、会社に行けば真面目極まりない社会人を装っているしな。
ギルドの前で見せる時の姿と俺の前で悪態まみれの姿、そのどちらもがテレスという人間なのだと俺は思う。別にテレスが他の人と比べてどうこうなんて事はないのだ。
―――
ということで、今日もテレスからお声がかかり、二人きりでテレスによるユニーク狩りのレクチャーを受けている。せっかく、鮮血兎の足を持っているのだから、他の人の狩りに付き合うのではなく、自分でも多くユニークを狩れるようになった方が鮮血兎の足の効果を活かす事が出来るだろうとテレスは言う。確かにその言葉には一理あるなと賛同した俺は、早速テレスと共に大平原に移動し、雑魚モンスターで占有権取りの練習を開始したという流れである。
「アルゴちゃん、筋が良いよ!」
真っ赤な甲冑を身につけ、モンスターを居合で一撃で切り伏せた後、テレスは刀を鞘にしまいながら言う。今日の彼女のジョブは侍である。今まで見た事のなかった彼女の侍姿であるが、当然の如くカンストレベルの55である。テレス曰く侍がモンスターの占有権を取るには最速のジョブらしい。
「そうかぁ?自分じゃ分かんねえけどな。」
適当な雑魚モンスターを倒した後、リポップ時間を測り、再び湧いてくるモンスターをテレスよりも早く占有権を取るという、トレーニング真っ最中である。
「まだまだ私には敵わないけど、もう少しトレーニングしたら、ユニーク狩りのスペシャリスト名乗れるんじゃないかな。」
そのテレスの言葉が俺のモチベーションを上げる為にお世辞で言ってるのか、本心から褒めているのかは俺には分からない。何たって、今の所テレスとモンスターの占有権争いの戦績は三十戦して四勝しか出来ていないのだから。これで筋が良いと言われても皮肉にしか思えない。
「俺は対人戦のが向いてると、ずっと思っていたんだが。」
「まぁ、そっちも筋は悪くないけど絶対アルゴちゃんはPvE向きだね。あ、そうだ。それからウェディングイベントの日程決まったよ。二週間後の土曜日の十四時からね。」
テレスはこのように今まで話していた話題を突如打ち切って、新しい話へと変わっていく事がある。こういうのを嫌がる人は嫌がるんだろうが、俺からすると目まぐるしいほど話題が尽きないテレスとの会話は中々に面白い。クソつまらない話を延々とする奴やまったく喋らない奴よりは、どんどん新しい話題を出してくれるテレスの方が俺からすりゃ相性が良い。
「ウェディングイベントか。あれ、どうなんだろうな。テレスは楽しみか?」
テレスは俺の"楽しみ"という言葉に引っかかってるようで何度も、「楽しみ...。楽しみか...。」とぶつぶつ復唱するように呟いている。真っ赤な兜を目深に被っているせいかその表情は読めない。
「そうだなぁ。楽しみって言うか、結婚式ってのがどういうものなのかが興味あるって感じかな?おままごとの結婚式ごっこでも、結婚式に参加するなんて私には貴重な機会だから。」
そう言うと、テレスは結婚式イベントを小馬鹿にしたようにクスクスと笑う。
おままごとときたか...。これまたかなりキツイ言葉を使ってくるな。
「ほんと大分性格悪いよな。」
「だから、そう言ってるじゃん。私別に良い人じゃないし。ただ気弱にしてるだけで、勝手にいい人認定されちゃうんだよね。バ⚫︎みたいだよね。」
テレスは兜が視界を塞ぐのが嫌になったのか、空間へとしまうと、真っ直ぐに切り揃えられた白髪が姿を表れる。
「ね!アルゴちゃんは、こういうのおままごとだと思う人でしょ?っていうか、そうであってほしいなぁ。」
「まぁ、おままごとだよな。ゲーム内で結婚とか正直意味わからん。こんなんに申し込む奴は正気とは思えない。絶対後々黒歴史になるだろ。」
「でしょ!アルゴちゃんならそう言ってくれると思ってたよ!賛同者がいてくれて嬉しいなぁ。他の皆はいい子ちゃんだからね。」
こういう悪態をついている時のテレスは目をキラキラとさせて本当に嬉しそうだ。口元に手を当てると、アハハと声に出しておかしそうに笑っている。
「ナイトアウルの中だと、メズも俺と同じくらい性格悪そうだけどな。メズじゃダメなんか?」
俺がテレスに尋ねるとテレスは指に顎を乗せうーん、と唸っている。
「メズちゃんかぁ。アルゴちゃんの言うそれも分かるけど。あの子、私に凄く憧れているようなところあるからね。こういう姿は見せられないかな。」
なるほどな。ま、仲が良いから自分の酷い姿を見せたくないってのはあるよな。
「それに比べてアルゴちゃんは、私の頭がおかしいって告白されても、ブラックジョークくらい言えそうだからね。お、今日は元気ないな。薬の飲み忘れか?くらいは言えるでしょ?」
「言わねえよ!」
テレスの中の俺のイメージ悪過ぎんだろ。流石にそこまでは言えねえよ。...多分な。
「えー。ブラックジョーク言えないの?つまらないなぁ。」
「何だ。テレスはそういうきっつい冗談言って欲しいのか?」
「...さっきからずーっと思ってたんだけど、テレスちゃんって呼んでよ。そういう約束したじゃん。」
「テレスが、ちゃんづけするような女じゃないの分かったからな。」
俺がそう言うとテレスは、ちぇーと不満そうに唇を尖らせる。
「まぁ、中にはキツイ冗談で傷つく人もいるんだろうけど、私だったら変に気を遣われるよりネタにして笑ってくれた方がマシ。」
「んじゃ、そのうち不謹慎な笑いの一つでも言えるようにしといてやるよ」
「ありがとっ!いやぁ、アルゴちゃんと話してると楽しいなぁ。アルゴちゃんの事ナイトアウルに勧誘して大正解だ。」
「そうかい。それは良かった。テレスみたいな凄い奴のお眼鏡にかかって俺も光栄だ。」
「凄い奴か。アルゴちゃんはさ。私の事を凄いと思うんだね。」
「そりゃな。この世界において、テレスと同格の奴なんてザラシくらいしかいねーしな。」
「...別に凄くなんて無いんだけどね。アバンダンドで凄いって事は。現実世界が破綻してる人って同義だからね。偽物の世界でいくら凄くたって何の意味もないんだ。」
「偽物だぁ?」
「そ、偽物。アバンダンドは、あくまでも全てが偽物の世界でしょ?ずっといると、ここが現実だと一瞬錯覚しちゃいそうになるけどね。」
そう言って、彼女はくるりと俺に背を向けると、何かを掴もうとするように左手を伸ばし、どこまでも広がる大平原を寂しげな眼で遠く見つめながら、言う。
「あまりにもリアルな世界。ここにある草も木も川も生き物も何もかもまるで本物のようで、私はここで生きてるんだって、そう勘違いしちゃいそうになるよ。」
テレスは空に向かって伸ばしていた左手を下ろすと、俺の正面へと身を翻す。その顔は笑みを浮かべているものの、どこか自嘲的な印象を受ける。
「でも、ここでいくら強くなろうが、頑張ろうが、私は現実世界で最底辺のまま。何か影響を及ぼす事なんてない。虚構の世界。」
俺はその彼女の言葉に何も返す事は出来ず、少し黙っているとテレスはさらに言葉を続けた。
「ね!アルゴちゃんは私を悲劇だと思う?」
「...まぁ話聞いてっと、それなりにはな。」
「だよね。でも、それを悲劇と捉えてくれるのってそれって私の内面をアルゴちゃんが知ってくれたからに過ぎないんだよね。私の事を知らない人が聞いたらそうは取ってくれないんだ。」
自嘲的な笑みを浮かべていた彼女の表情は、次第に自分で自分の事を苦しめるような辛そうなものへと変わっていく。
「もし、今ここで私が宇宙人に攫われて、行方不明になったとしても、世間的には高校を退学して、引きこもりで、家で暴れて、入院歴のある頭のおかしいメンヘラ女が失踪したとしか見られないんだ。自業自得で終わる話だよ。誰も悲劇とは取ってくれない。」
「そうか?宇宙人にさらわれたらニュースになりそうだがな。」
彼女が言いたい事はこういうことではないのは分かりつつも少し茶化してみる。そうでもしないと俺は彼女の言葉を真っ向から受け止められる気がしなかったから。
「まったく、宇宙人ってのはただの例えだよぉ。分かって言ってるでしょ。んじゃ、宇宙人抜きでただ失踪したって事でもいいよ。」
「...まぁ、世間はそうとるだろうな。」
「でしょ。ほんと嫌い。この世界。大嫌い。せめてなぁ...。あ、そうだ。」
テレスは何かを思いついたようで、唐突にウィンドウを開き、忙しげに手を動かしている。
「えいっ。」
「...一体何してんだ。」
俺がテレスに尋ねたと同時に、ギルドチャットにログが流れる。
【TelesはAlgoをサブマスターに設定しました。】
「はぁ!?何してんだ!!アホか!?」
俺が大声でテレスに突っ込むと、テレスはえへへと意地悪そうに笑う。
「私の秘密を知ったアルゴちゃんには、地獄を分けてあげようかなって。隣で私を支えてね。」
「俺がサブマスになんかなったら、反感買うだろ!古参いっぱいいんだろうが。」
「大丈夫だよ。アルゴちゃん。鮮血兎の足持ってるから、最近幹部パーティーによく組み込まれてるしね。皆アルゴちゃんの事を幹部として認識してると思うよ。」
「なわけねーだろ!」
「ね、アルゴちゃん。私が宇宙人に攫われる時は、一緒に攫われてね。」
彼女が俺にそう言って、今までに見た事のないほどの嬉しそうな笑みを見せると、すぐにギルドチャットにレグルからの書き込みがあった。
『お、空いてたサブマスターの枠ようやく決まったな。』
お読みいただきありがとうございます。
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よろしくお願い致します。




