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番外編10〜いるのに見えない。〜

 私は星を見るのが好き。両親が寝静まると、私は音を立てないように、昼間はずっと閉めていたカーテンを開いて、そっと自室の窓をガラッと開ける。開いた窓からは夜気のひんやりとした冷たく澄んだ風が部屋の中に入ってくる。部屋にずっと篭っていた淀んだ空気が新鮮なものに入れ替わっていくのを肌と呼吸で感じる。


 気持ちが良い。


 ずっと、窓掃除なんてしていないせいだろう。窓枠の溝に溜まった埃が風と共にふわっと巻き上がるけれど、私はそんな事は全く気にせず、顔を窓の外に出して星を見上げる。


 当然、街の中の空だ。星なんて良く見えない日も多い。いるのに見えない。この街の星達は私みたいだと思う。そこにずっとあるというのに、誰にも見えず気づいて貰えない。ずっとこの部屋にいて外にいる誰からも気づかれる事のない私と一緒だ。


 いつから、私は一人だったのだろう。中学受験に合格し、小学校の友達と離れた時だろうか。それとも、学校の授業についていけず、周りから落ちこぼれた時からだろうか。...虐めにあって、高校を退学した時だろうか。


 いや、違う。私は本当は分かっている。物心ついた時には、私は子供ながらに"あぁ、自分は皆と何か違うんだ"と漠然に感じるものがあった。


 幼稚園の時、私はひたすら泥団子を作るのが好きだった。他の子が鬼ごっこやかくれんぼ、ごっこ遊びなどをしていても、一切興味を示さなかった。先生が砂場に呼びに来るまで、我を忘れるくらいずっと没頭して作っていた記憶がある。


 小学校に上がり、人気のあるらしいアイドルが昨日テレビに出ていたとかで、クラスメイトが盛り上がっていても、何故そこまで画面の向こう側の世界の人に熱中して、ハシャぐ事が出来るのか私には分からなかった。そして、皆も私が好きな事に対して興味を示さなかった。


 皆が当たり前のように出来るスキップが、私には出来なかった。体育の授業でクラスメイト達が簡単そうに跳んでいる大縄跳びは、自分だけ引っかかって、変だと思われたくなかったから、一番に引っかからないように必死だった。他にも運動会の時の行進の練習も嫌いだった。いくらやっても左右の手と足が揃って出てしまう。同じクラスの子達の前で何度も先生に晒し者のように指摘されて、とても恥ずかしかった。だから、体育の授業がある曜日は、まるで戦争にでも行くような張り詰めた気分だった。


 私は何かがおかしい。そして、これは絶対誰かに話してはいけないものだと直感的に理解した。私が変だという事は誰にもバレないように隠しておかなきゃいけない。溢れんばかりの愛情を私に注いでくれるあの優しい両親の子供がそんな変な子だなんてあってはならない。幸か不幸か、私にはそれを隠せる頭脳があった。


 自分が変だと自覚してからは、出来るだけ皆と同じ時に笑うように務めた。興味は無くても、皆が好きなものを私も好きだと言ってみた。とにかく、必死で普通の子を装った。スキップも行進も一人隠れて練習して、ギリギリ指摘されない程度に持っていくのは大変だった。


 それでもどうあがいても、皆と同じ事が出来ず、多少変と思われることもあったけれど、勉強の成績だけはずば抜けていたので、皆から尊敬の眼差しで見られていた。頭の良い、少し変わり者。それが私だった。


 だから、私は周りを見下していた。自分が何か違うのは皆より私は優れた存在だから。優秀な私は低レベルなクラスメイト達とは感性が違う。悪いのは私じゃなく、この馬鹿達の方。そう思う事にした。多分当時の私にとっては、それが自分を守る為に必要な理由づけだったんだと思う。


 あの頃を思い出すと、本来なら何も気にする事なく皆と無邪気に過ごしたかったはずなのに、子供だった私にそんな気遣いをさせてしまったあの時の私は自分に対してあまりにも残酷だった。妙に大人ぶらず、もっと親に素直に子供らしく泣き喚いて、自分の苦しみを伝えていれば今はこうなっておらず、違った未来に行けたのかもしれない。


 中学校はこの県で一番の中高一貫校に進学した。きっと、私は彼らとは比べ物にならないエリートになる。この学校に行けば私と同じ優秀な奴しかいない。やっと、私はクラスメイトと共感出来るはず。そんな気持ちからだった。


 小学校の時、確かに私は優秀だった。それは間違い無いと思う。けれど、秀才軍団の中に放り込まれた私はそこまで優秀でも無かったらしい。一年、二年と経つうちに、私の成績はどんどん落ちていき、落ちこぼれと言われる類の生徒となった。


 唯一のアイデンティティが勉強の成績だった私にとって、この事実は耐え難いものだった。加えて、この生来の気の弱さだ。私の事を誰も知らないこの中学校では、周りにも溶け込めず友達もいない。そんなどうしようもない劣等生になっていた。


 エスカレーター式に高校に上がると、外部から優秀な生徒が入学し、更にそれは加速し、私は完全にもうついていけなくなっていた。そして、私は高校を退学した。私は見下していた彼等よりも下の存在になった。私にはもう何もなくなった。私には何にもなれなかった。


 この部屋から私の声は誰にも届かない。


お読みいただきありがとうございます。

面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。


よろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
テレス、まさに最初のクエストの王国騎士を目指した息子と同じような人生だったんだな……。あちらがおそらく自ら命を絶ったことを思うと…… どうかテレスがなんかすごく幸せな理由でゲーム引退したでありますよう…
[良い点] 過去編面白すぎる [一言] テレスどうか救われてから引退してますように
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