第1章4話〜レンタロー〜
「おーい、ユカユカー。」
俺とユカちゃんのそんなやりとりがあってから5分程経った頃、ドワーフ族の男キャラがこちらに向かいながら、大声でユカちゃんに呼びかけてくる。ユカちゃんはその姿に見覚えがあるようで、ドワーフを人差し指で指し示す。
「あ、来たみたいです。あれが、私の弟です。」
やはり、そうか。このタイミングで初心者プレイヤーであるユカちゃんに、わざわざ呼びかけてくるなんて弟しか考えられないしな。
「町からかなり遠くまで来てたんだな。めちゃくちゃ探したぞ。大平原の奥にいるよじゃなくて、ちゃんと座標送ってくれ。前にMAPから座標見るやり方教えたろ。」
「あ、ごめーん。確かにそうすれば良かったね。」
俺たちの元に辿り着いた弟君は、だいぶユカちゃんの事を探し周ったらしく、ふぅ、と大きく息を吐いている。ユカちゃんは「ごめんごめん。」と両手を合わせて、弟君に謝っている。
それにしても、ドワーフ族とは珍しいな。
ドワーフは中々プレイヤーが選ぶ事が少ない種族だ。人間族より背が低い反面、その肉体は筋骨隆々であり、顔の下半分は全て髭で覆われている。
ドワーフのステータスは、
HP S
MP C
攻撃力 A
防御力 B
魔力 C
神聖力 D
素早さ S
オーガと同様に、魔法関係の能力よりも肉体系の強さが際立っている。特に素早さの高さも考えると盗賊や暗殺者をやるのであれば、全種族でNo. 1だろう。それでも、プレイヤーから人気がないのは、やはりドワーフのキャラメイクをするにあたり"ヒゲ"を外す事が出来ないからだろう。どうしても見た目的に色物感が強くなりがちだ。とりわけ、ドワーフの女性は本当に数が少ない。俺がアバンダンドを始めてから、ドワーフの女性をメインアカウントで使っている人を10人以上見た事がない。そのくらい本当に希少な種族である。
やはり、人と人とが関わるゲームであるMMORPGでは、当然ながら見た目の良いキャラクターを使いたくなるのが普通だろう。最強を目指すような人達でなければ、ドワーフは中々選ぶ事はないのが現状だ。それ故にドワーフを使っている人は、プレイヤーとしてのスキルが高いというのが、このアバンダンド内での共通認識となっている。
「よくここまで姉ちゃん来れたな。もっとダンデリオンの方にいるのかと思ったよ。」
「レベルも12になって、もう町の近くだと経験値美味しくなくなったからねー。」
ふふん、とユカちゃんはドヤ顔で鼻を鳴らし、「凄いでしょ!」と胸を張って弟君へ言う。弟君もユカちゃんの言葉に目を丸くさせ、素直に驚いた様子を見せている。
「お、マジだ。昨日9だったよな。やるじゃん。」
そりゃ驚くだろうな。昨日までは、1週間かけてレベル9だった姉が、たった数時間で、レベル12にまで上がっていりゃあね。
「モノーキーさんが、効率の良いやり方教えてくれたからね。」
横で突っ立って姉弟の様子を見ていた俺に、ユカちゃんは微笑えみを向けてくる。すると、弟君は自分が姉とだけやり取りし、俺を放置していた事に気づき、慌てて頭を下げてくる。
「あ、すみません!俺レンタローって言います。聞いてると思いますが、ユカユカの弟です。よろしくお願いします!」
ドワーフである弟君の頭上には、Rentaroと彼のプレイヤーネームが表示されている。
なるほど。姉がYukayukaで本名がユカ。んで、弟の名前がRentaro。...どう考えても、弟の本名もレンタロウだろうな。基本的に実名系プレイヤーは痛い奴が多いと言われ、忌避されがちだ。自分の名前をプレイヤーネームにする位だ。オンラインゲームだと言うのに、自分をこのゲームの主人公と思っているような痛いプレイヤーが多いせいだろう。
ユカちゃんの言動の端々にも見られたが、この2人の年齢は相当若いのかもしれない。まぁ、俺も彼らに比べたら、いい歳だ。この若い2人の前では、実名系は痛いとかそういう事を言わないくらいの常識さはある。ただ、もしこれがラビッツフットの奴らだったとしたら、めっちゃ弄ってただろうな。お前、本名でネトゲやるとか正気かよ!実名系プレイヤークソ痛すぎんだろ!死ね!みたいなやりとりをしていた筈だ。
...クソ。こういう時に気兼ねなく暴言を吐き合える仲間を失った事のデカさを実感するとは思わなかった。
「えっと、こっちこそよろしく頼むよ。俺はモノーキーだ。腕は光ってるが、初心者じゃあない。サブアカウントで遊んでるところを、君のお姉さんに誘われたってところだな。」
軽く会釈し、自己紹介する俺を見て、弟君の顔は明らかに狼狽したように青ざめている。
「あの...。モノーキーさん、あなた何者なんですか?持ってる装備が桁違いすぎる。初めて見た。こんな装備...。」
「確かにモノーキーさん、凄く強いなと思っていたけれど、そんなに凄いの?」
弟君は、俺のつけている装備の1部位1部位を見ながら、驚嘆の声をあげている。しかし、ユカちゃんはあまりピンときておらず、目を細めて俺の装備をじーっと見ても、良く分からないと言った様子である。
「凄いなんてもんじゃない。っていうか、おかしいよ。普通低レベル帯装備に、ここまで金かける奴なんていない!」
「んなことぁねーぞ。レベル制限エリア用に普通に必要だろ。レベルが強制的に下げられる状況なら、そのレベル帯のいかに良い装備を持っているかが、クリアの鍵になるからな。全てのレベル帯で最高の装備を持っておくに越したことない。」
「いやいや!だからといって、そこまでの装備を揃えられる事自体が普通じゃないですって!普通は低レベル帯にかけるお金あったら、まずメインジョブの方に回しますよ!」
「そりゃそうだ。当然だろ。メインアカウントは更に金かけてるに決まってんだろ。つか、この装備が分かるって事は、君は初心者じゃないんだな。魔法使いはサブジョブか?」
「ええ。メインは魔剣士72なので、そこそこ知識あります。」
70超えの魔剣士か。かなり若いであろう彼らの年齢を考えたら、中々凄い。普通に感心する。
魔剣士などのアタッカーのロールは、やはりジョブの数が他のロールと比べて、非常に多い。だから、積極的に自分から声をかけていかない限り、中々パーティプレイは出来ないだろう。ユカちゃん曰く、アルバイトもしているみたいだし、このアバンダンドでは、珍しいコミュ力つよつよの陽キャなのかもしれない。
昔、ラビッツフットで、今までどんなバイトやった事があるかと雑談で振った事がある。その時にメンバーから返ってきた返事は、
「バイトなんか生まれて一回もした事ないぜ。未だに母ちゃんから、お小遣い貰って過ごしてる。」
「バイト初日に寝過ごしたから、行く事すらせずにバックれた。何回か自宅に電話かかってきてたけど出るの怖かったから電話線抜いた。それ以来働く気一切ない。」
などと、驚愕のエピソードを話す猛者ばっかりで、2度と労働の話をするのをやめた記憶が思い出される。
ラビッツフットは、ほんとダメ人間が集まった非常に居心地の良いギルドだったなぁ。
「んじゃ、これも分かるか?」
俺は、腰につけていたラビッツフットの名前の由来となった装備【鮮血兎の足】を取り外し、弟君に放り投げると、弟君は落とす事なくキャッチする。それを見ていたユカちゃんが、私にも見せてと弟君の方に興味津々に近寄っていく。
「えー、一体何を投げたんですか?タロちゃん、私にも見せ...ひ、ひぃいいいいい!!!ち、血まみれのウサギのあ...あ...足...。」
...そういや、これ見た目そう言うアイテムか。すっかり忘れてた。何も知らない人が見たら、確かにグロテスクってレベルじゃないな...。
「姉ちゃん。...これ、ヤバいなんてレベルのもんじゃないよ。」
「そりゃそうでしょ。だって、...あ、足よ。う、ウサギさんの...。」
「いや、姉ちゃん。そういうヤバさじゃなくて、これ鮮血兎の足...。世界で数本しかまだドロップされてないアイテムだ。」
興奮気味に語る弟君にユカちゃんは、「へ?」と気の抜けた声を漏らす。
「ドロップ率+1%...。やっぱり本物だ。」
流石、高レベルプレイヤーだ。こいつの価値を分かっている。俺はニヤリと口の端を釣り上げながら、2人に話し始める。
「まぁ、2000万Gで出品しても、一瞬で買い手がつくだろうな。1億G出してでも安いなんて言うやう物好きも中にはいたが、流石にそれは過大評価もいいところだ。」
確か2年前にヴォルトシェル王国のオークションで、1回だけ鮮血兎の足が出品に出された事があるが、その時は1200万で売れていた。それ以来、鮮血兎の足は、出品された事がないから、もはやいくらで売れるのかすら、想像もつかない。
「2000万G!?何でそんなにするんですか?1%って、そんなに凄いように思えませんが。」
まぁ、数値だけで見たらそうだろうな。このアイテムを所持している俺ですら、そこまで価値のあるアイテムだとは思えない。だが、人間ってのは面白いもので、数値を数値以上に作り上げてしまうところがある。
「弟くんは分かるか?」
俺が弟君へと問いを投げかけると、弟君は少し目を瞑って考えた後、「この世界にアイテムドロップ率上昇アイテムが他に無いからですね。」と答える。
「その通りだ。」
俺は弟君の答えに大きく頷く。
「現状では、他にドロップ率を上げるアイテムが存在しないからな。当時、中堅プレイヤーだった俺でも、多くのギルドから、狩りに頼むから参加してくれと依頼が絶えなかったからな。」
まぁ、その分こいつのおかげで、大分トラブルに巻き込まれる事も少なくなかったがな。
「えっと、すみません。私には少し分からないのですが、1%ですよね?正直、あってもなくてもあまり変わらないように思うのですが。」
ユカちゃんは納得いかないらしく、首を傾げながら俺に尋ねてくる。
確かに1%だ。確率上昇とは言うものの、ユカちゃんの言葉通り、その効果はほとんど意味がないだろう。でも、面白い事にこいつの真価はそこじゃないんだこれが。
俺が正解を言う為に口を開こうとすると、弟君が俺より早くその答えをユカちゃんに話し始める。
「姉ちゃんは普段ゲームとかやらないから分からないだろうけど、ゲームを極めていけばいくほど皆その1%が欲しくなるんだよ。アイテムが出なかった時に、もしかしたら、あの人を雇っていたらドロップしたかもしれないっていう後悔は絶対に発生するんだ。」
へぇ、よく分かってんじゃん。弟君はユカちゃんと違ってゲーム慣れしてるらしい。
「その通りだ。」と、俺は柏手を打ちながら言う。
「だから、アイテムが出たら鮮血兎のおかげ。出なかったとしても、参加してくれてありがとう。やるだけやって出なかったら、諦めがつくって事になるわけだ。ドロップアイテムへの参加権は無かったが、ユニークモンスター狩りに付き合うだけで、一回数十万Gが手に入る事あったな。超金稼ぎしやすかった。」
「い、一回数十万G...。どんな世界ですかそれ...」
ユカちゃんがポカンと口を開け、唖然としている。そりゃそうだよな。さっきから出てくる単位の金額が桁違いすぎる。
「それでも、払ってくれる奴は更に払ってくれたからなぁ。こんだけしか払わねーなら、俺は別のギルドでバイトするぞ?と言ったらよ。ギルドの手をつけちゃいけない金に手を出してまで、俺に金支払って崩壊したギルドもあったな。」
当時の事を思い出して、ケラケラと笑い飛ばす。人の足元を見て、する商売ほど面白い事は無いからな。
「おいおい...。アンタ性格最悪すぎだろ。」
大笑いしている俺を見て、弟君は完全にドン引きしている。でも俺から言わせてみりゃあよ。
「払えねーのに無理する方が悪ぃだろ。俺は、ただ交渉しただけだからな。」
「...姉ちゃん。この人、うちのギルドに誘って大丈夫なのか?」
身長の低いドワーフ族の弟君は、怪訝そうな顔で、ユカちゃんの腰あたりを肘で何度か突き、彼女に視線を送っている。
失礼な。このゲームにおいて、俺ほど役に立つ漢は他にはいないと思うがな。
「う、うーん。まぁ、私が凄くお願いして入って貰った人だし、そんなに悪く言ったら失礼よ。それに、何だかんだで凄く良い人よ?」
ユカちゃんは、一瞬戸惑った表情も見せたが、すぐに、「大丈夫。大丈夫」と言って、優しく弟君へ微笑んでいる。
「俺が言うのも何だけどよ。お前の姉ちゃん、目ん玉腐ってるよな。」
「せめてお人よしといえ!」
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