第2章7話〜消し去りましょう〜②
「ミラ。なによぉ...。寝てたんだけど。」
ふぁあ、とあくびまじりに寝ぼけた声を出しながら、メズがナイトアウル本部にやってきた。メズは寝起きという事もあり、重そうな瞼を何度も閉じたり開けたりを繰り返している。
「ごめーん、メズちゃん。」
ミラリサが申し訳なさそうに両手を合わせ、軽く頭を下げながら言う。
「睡眠不足は美容に悪いのよぉ...。まったく。」
メズに連絡を取ったのは、メズと同じくナイトアウルの幹部の一人であるミラリサだ。ミラリサはナイトアウルの数少ない女性同士という事もあり、メズの連絡先を知っているだけでなく、現実での付き合いもあるようだ。
本来であればギルマスであるテレスがメズに声をかけるのが筋なのだろうが、テレスはパソコンを持っていない。それどころか、この現代社会において携帯端末すら持っていない。テレスが持っている通信端末はVRゴーグルだけであり、ネットサーフィンも動画視聴も、全てVRゴーグルでしているようだ。本人曰く、「使わないからこれで十分。」との事だ。
「で、何でわざわざ朝っぱらから、鳥狩りなんかしなきゃなんないのよ。」
メズはミラリサからまだ詳細を聞いていないらしい。眉を顰めた怪訝顔でぶつくさと俺に聞いてくるので、俺はメズに端的に説明する。
「グリルチキンがバグで力+200だ。修正される前にぼったくり価格で売りまくるぞ。」
俺の言葉にメズは口角を少しだけ緩め、「...ちょっとだけ面白そうなのが腹立つわね。」と悔しそうに呟く。
メズが、「ハァ、」とため息をつくのとほぼ同時に、バン、とギルド本部の扉が開き、テレスが慌てた様子で中に入ってきた。そのままテレスは興奮気味に俺達に言う。
「し、調べてきたけど、ヴォルトシェルの取引販売所では、ま、まだ香菜や鳥肉買い漁ってるプレイヤーは誰もいなかった。多分、このバグに気づいたの、ナイトアウルが最初だと思う。」
今回のこのバグは俺への契約金と蒼穹回廊購入によって財政難気味であるナイトアウルを救うかもしれない為、テレスは実に嬉しそうな顔をしている。
「た、ただ、ナイトアウルのメンバーが一斉に買い漁ってたら、購入履歴から、ぐ、グレイトベアをはじめ、他のギルドにも勘付かれちゃうかも。やるんであれば絶対に独占したいよね...。」
どうしようと考え込むテレスに、「んじゃ、こういうのはどうだ。」とレグルが右手を挙げて提案する。
「これから、ヴォルトシェルの取引販売所に出てる分は、俺が倉庫キャラで買い占めるよ。これなら平気だろ?」
なるほど、良い案だと思う。倉庫キャラで買えば取引販売所に購入記録にはメインのキャラクター名前は残らないし、確かに足が付きにくい。他のギルドの奴らがレグルの倉庫キャラの名前なんて知るわけないしな。
「あ、それ良い考え。レグルちゃんありがとう。んじゃあ、それ頼めるかな。えっと、め、メズちゃんは料理人あったよね?レグルちゃんが食材買ってきたら、ここでどんどん焼いてって。」
「...了解。」
普段は小生意気であるメズも、テレスの指示には文句の一つも垂れないで素直に従っている。テレスはどのメンバーの倉庫キャラが、どこの町にいるかなどを聞き取ると、すぐに的確な指示をキビキビとメンバー達に出していく。
「えっと、アゼイリの町はミラでしょ。カペラにはツリパの町で買い出しに行って貰うから。残るはダンデリオンか。」
ビシバシ指示を飛ばしていくその姿は、普段はオドオドとしているテレスとは真逆の印象を受ける。恐らく、これが彼女がこのナイトアウルという最大手のギルドでもマスターとしてメンバー達から深く支持されている理由の一つなのだろう。
「だ、誰か。ダンデリオンに倉庫キャラ作ってる人いる?」
しかし、誰もテレスのその言葉に反応する者はいない。
そりゃそうだろうな。倉庫キャラもアイテムの受け取りがやりやすいヴォルトシェルに置くのが一番使い勝手が良いからな。ナイトアウルのように、最大手ギルドなら効率を求めるプレイヤーが殆どであり、尚更だろう。
「あー、俺ダンデリオンに作ってきてやろうか?」
遠慮気味に俺が手を挙げながら言うと、テレスは面を食らったような表情になる。というか、テレスだけじゃなく、ギルドメンバー全員が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
んだよ、その顔は。
「良いの!?アルゴちゃん。」
「まぁ、倉庫キャラ一人も作ってなかったし。いつかは作らなきゃって思ってたからな。」
「リアルマネーかかっちゃうんだよ?」
「新規アカウント開設にかかる金なんて、別に数百円だろ。働いてんだから、気にもしねーよ。」
「あ、アルゴちゃーーーーん」
「おわっ。」
テレスが叫びながら、俺に抱きついてきた。突然の事に変な声が思わず出てしまった。
「わたし、嬉しい!ただゴールドで契約した傭兵じゃなくて、ナイトアウルの為にそこまでしてくれるなんて!ありがとうっ!!」
目を潤ませながら、テレスは俺に抱きつきながら、異様なほど感謝の言葉を述べている。
「...いくらなんだって大袈裟だろ。」
俺は呆れ半分、恥ずかしさ半分といったところで、強引にテレスを自分の体から引き剥がして言う。
「大袈裟じゃなく、本当に嬉しいんだよぉ。アバンダンドでは泣くつもりなかったんだけど、何か泣きそうになっちゃった!」
テレスの薄桃色の顔に少しだけ朱が強く染めている。
やはり、大袈裟すぎるだろ。
「んでアンタ、倉庫キャラ作るにしても、名前何にするのよ。アイテムの宅配するにしても、テレスに事前に教えとかないとじゃない。」
メズが俺に言う。
そういや、そんなの全然決めてもなかったな。
「別に適当に物置きとかで良いだろ。」
「...ひっどいセンスね。アンタらしいっちゃアンタらしいけど。」
メズは俺の出した案に、完全に呆れ果てている。
「う、うーん。モノオキちゃんはちょっと可哀想だよ...。モノーキーとかもっと名前らしくしたら、可愛いかも...。」
先程まで俺に感激していたテレスまでもが、今度は俺のつけようとしている名前に苦笑している。
...そんなに酷いか?物置って名前合理的で良いと思うが、そこまで言うならそうしてやるよ。
「んじゃ、そのモノーキーって名前で良いよ。MONOKEYの綴りで作っておくわ。作ったら、そこに材料費送ってくれ。」
お読みいただきありがとうございます。
面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。
よろしくお願い致します。




