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第1章3話〜いくらなんだって早すぎませんか〜

 大平原で狩りを始めて一時間。ユカちゃんは今日三回目の白い光に包まれていた。この光は別に俺がヒール魔法をかけたわけでも、強化魔法をかけたわけでもない。これはレベルアップをしたプレイヤーに発生する光だ。つまり、ユカちゃんはこの一時間で三つレベルを上げた事になる。


「おめっとさん。」


 俺はパチパチと拍手をし、彼女のレベルアップを祝う。しかし、ユカちゃんはレベルをアップをして、喜ばしいはずなのに、何故か引き攣った顔をしている。


「は、早すぎませんかこれ。」


 まぁ、そう思って当然だろうな。アバンダンドをやり込んでいる俺からしても、この大平原でのレベル上げはかなり効率良く経験値を稼げていると感じている。初心者の彼女からしたら尚更だろう。


 レベル10は初心者にとって最初の大きな節目となるレベルだ。理由として新装備の解禁がある。レベル9までの装備は、基本的に糸素材や皮素材を利用した布製品や革製品が主流となる。だが、レベル10からは鉄や鋼を素材とした装備、つまり鎧をつける事が出来るようになる。やはり、鉄製の装備は見た目からしても華やかさが違う。初心者の最初の憧れの装備だ。


 ユカちゃんは元々のレベルが9だった事もあり、レベル10に上がった時の事を考えて、装備を事前に用意していたようだ。レベルが10に上がったと同時に、彼女は胴装備を布製の服から鎖帷子へ新調している。こうしてユカちゃんが順調にレベル12まで上げた傍で、俺のレベルも上がり10となっている。狩りを始めた時、四つあったレベル差が少しだけ詰まっている。これは俺がユカちゃんより低レベルだった分、必要経験値の量も少なかった為だ。


 俺は僧侶である為、レベル10になっても重い装備を身に付ける事は出来ない。魔法使いが着るような裾の丈まである長さのローブが僧侶のメイン装備となってくる。基本的にローブ系装備は布製品の為、防御力は前衛が着るような鎧よりは劣る。しかし、俺のつけているこのローブは、一般的に買える同レベル帯の鉄製品の装備を遥かに超える防御力がある。嫌らしい話、これが金の力である。


 棍棒も今までは木製だったが、今は鉄製のトゲトゲのついた金棒。いわゆる金砕棒へと俺は武器を持ち変えている。これもまた、ユニークモンスターが落とす品であり、市場価格と攻撃力のどちらもが、先ほど装備していた棍棒より、遥かに増している。


 ...ただ、どう考えてもこれを杖扱いするのはいくらなんだって無理がある。見た目は完全に鈍器だ。トゲトゲまでついて、完全に命を削り取る為の凶悪な形状をしている。しかし、このゲームが金砕棒の事を杖と言ったのなら、これもう杖なのだ。


「ご、ごめんなさい!!私、この狩り方...。絶対に嘘だと思ってました!!!」


 この狩りに最初は否定派だった彼女も、あまりの効率の良さに認めざるを得ないらしい。俺に深々と頭を下げてくる。


「な、最高効率だろ?頑張り次第だが、今日14まで上げるのも不可能じゃないぞ。」


「いくらなんだって早すぎませんか...。あの、私ログインしなかった日もあったり、町を探索したりして過ごしたりもしましたけど、このゲーム始めたの一週間前ですよ!?一週間かけてレベル9だったのに...。」


 ユカちゃんはガックリと肩を落としながら言う。


 まぁ、気持ちはわからなくもない。勿論、ユカちゃんの今までのプレイの仕方が間違っていたわけではない。ただ、こういう超効率の良いやり方知っちゃうと、何となく時間を今まで無駄に過ごしていたような気にもなってしまうだろう。


「まあ、レベル上げ以外にもやる事あるだろうし、それはそれで良いだろ。」


 これは本心だ。別にレベル上げが全てではない。このゲームはひたすら釣りをして過ごす人がいる。現実では、中々手に入れる事の出来ない食材などを使って料理を楽しんでいる人もいる。ゆっくり町並みを見て過ごす事をメインにしてるプレイヤーだっている。このゲームはその人が過ごしたいように過ごせば良いのだ。まぁ、俺はレベル上げてんのとユニークモンスター狩ってる時が一番好きだけどな。


「...そう、ですよね。お気遣いありがとうございます。じゃあ、今日はガッチリと経験値を稼ぐ日っていうだけですね!」


「あぁ、それじゃ、続きやろうか。」


 再び俺達は狩りに戻り、ゴブリンを大量虐殺していると、その中の一体が武器をドロップした。


 小鬼の小刀 


 戦士や盗賊、暗殺者などがLV12から装備できる短剣だ。性能もかなり良い。ユカちゃんが現在つけている短剣が攻撃力+3なのに対して小鬼の小刀は+5となっており、破格の性能だ。


「お、良いのがドロップしたな。ユカちゃん装備すると良いぞ。」


 俺はゴブリンが落とした小刀を拾い上げると、ユカちゃんへと手渡す。


「良いんですか?これって、結構のお値段の張る武器なんじゃないですか?」


 俺から小刀を受け取ったユカちゃんは、モンスターが落とした武器を持つのは初めてなようで、小刀をマジマジと見つめている。


「ダンデリオンの取引販売所に売りに出せば、四千Gくらいすっかもなぁ。」


「よ、四千Gですか!?そんな高価な武器受け取れません!」


 取引販売所というプレイヤー間でアイテムを売買するフリーマーケット施設での相場を聞いたユカちゃんは、慌てて俺に小鬼の小刀を突き返そうとしてくるが、俺は小刀を受け取らず、かぶりを振る。


「良いんだよ。僧侶じゃ装備出来ねーし、遠慮なく使いな。」


「え、ええー。本当に良いんですか?いや、でも、私には、」


 ユカちゃんは色々言いながらも、手に持つ小刀を見つめるその目は爛々と光輝いている。本心は使いたくてしょうがないのだろう。小刀を握る手をソワソワとさせている。


「じゃ、じゃあ。ありがとうございます。本当に貰っちゃいますよ?あとで返してくれって言ってもダメですからね?」


 ユカちゃんは、小刀をギュッと大事にそうに握りながら、俺に再度確認している。


「返せなんて言わねーって。どうせもう一本狙うことになるんだしな。ユカちゃん"王国騎士を目指して"まだクリアしてないだろ?」


「あ!そのクエスト受けてます。良く見たらこれ、その達成アイテムじゃないですか!」


 自分の知ってる単語が俺の口から発せられた為だろうか。ユカちゃんはテンション高く、早口気味に答える。


「ああ、そのアイテムだ。まぁ、この狩り中にもう一本は出るだろう。次出たら、今度はクエスト用に使うと良い。俺はサブアカだし、別にクリアする必要ないから気にしなくて良いぞ。」


「二本目狙うんですか!?...二本で八千G...。 私のこの鎖帷子が八個買えちゃいますね...。」


 ユカちゃんはそう言うと、先ほど新調した鎖帷子をじーっと見つめている。初心者だと千G貯めるのも簡単ではない。その八倍の額のアイテムが今日だけで手に入るかもしれないのだ。どんどん彼女の中の金銭感覚がぶっ壊れてきているようだ。


「な?だから、金策も含めてゴブリン狩りが一番良いんだよ」


「私、ゴブリンがお金に見えてきました。次行きましょう!次!」


 ユカちゃんは早く早くと、俺を急かすように小刀をブンブン振り回していたが、すぐにその動きをやめ、急にその場に立ち尽くす。


 何かあったようだ。


 再び動き出した彼女は申し訳なさそうな表情で両手を合わせながら、謝罪の言葉を述べ出す。


「すみません、モノーキーさん。ちょっとリアルの方で弟が帰って来たみたいです。少しゴーグル外して良いですか?」


 あー、そういう事ね。家族でプレイしていると、こういう事も確かにあるだろうな。


「あいよ。モンスターに絡まれたら倒しとくわ。」


「ありがとうございます。すぐ戻りますね。」


 彼女は俺に一礼すると、ユカちゃんの肉体は突如魂を失った事で微動だにせず、この大平原の中に佇んでいる。


 周りを見渡すと、遠くで風が吹いたようで、青々とした草原が揺れるのが見える。その様子を見て俺はふと、深呼吸をする。勿論、これは現実ではなく仮想空間なので、吸う空気は俺の部屋の空気だ。しかし、何故か吸った空気は本物の平原の匂いのように感じられる。


 ゲームのやりすぎで、頭がバグってんのかもな。


 我ながら、ネトゲ中毒過ぎる事に対して、苦笑いを浮かべていると、少し遠くでゴブリンが通り過ぎていくのが見える。そのゴブリンと一瞬目が合ったような気がしたが、すぐにゴブリンは俺から目を逸らしている。レベルの高くなった俺達は、ゴブリンからしても脅威の存在らしい。先ほどまでの有無を言わさず襲いかかられてきたのが嘘みたいだ。


 ゴブリンが通り過ぎて行った後も、大平原の様子を、ただぼーっと眺めていると、隣にいる抜け殻だった体の魂が戻ってきたらしい。微動だにせず佇んでいたユカちゃんが再び動き出した。


「すいません!戻りました!」


「ああ、おかえり。」


 慌てた声で謝罪の言葉を言うユカちゃんに、俺は軽く手をあげて応える。


「あの。弟がバイトから帰ってきて、今ご飯食べてるんですが、食べ終わったらログインしてくるみたいです。」


 俺はVRゴーグルのモニターの右下に常時表示されている時計を確認する。今の時間は二十一時を丁度回った頃だ。バイト帰りって事は弟君はちゃんと社会に適応できてる子らしい。無職や引きこもりが滅茶苦茶多いアバンダンドにおいて、これは素直に凄いと思う。


「...それでなんですけど、弟ここに来るそうです。レベル11の魔法使いなんですが、一緒に一時間くらいパーティプレイして貰っても良いですか?」


「ああ。別に良いぞ。俺、別に人見知りとかしないし。...ただ、魔法使いかぁ。んじゃ、まだここのエリアで良いか。」


「どういう事ですか?」


「そろそろ、別の場所に行くのもありだとは思ってたんだが、魔法使いが入るんなら、ここで14まで上げんのがベストだな。ゴブリンは魔法耐性もそんなに高くないし。」


「なるほど。パーティーに入った方のジョブを見て、狩場も変えたりするんですね。勉強になります。でも、どんなところ考えてたんですか?少し気になります。」


「夜の墓場で、ゾンビ狩りだ。」


「...はい?」


「アバンダンドは現実の五時間毎に昼と夜が入れ替わるだろ?今夕方だから、大平原内にある集合墓地へ移動すれば、丁度夜の開始と共にゾンビ狩りが出来ると思ったんだ。ここよりは数が少なくなるけど、あっちにもゴブリンはいるし、小刀もそこで狙えるからな。」


「絶対に嫌ですよ!怖いですよ!それに何でゾンビなんですか!?」


 ユカちゃんは、キッと俺を睨みつけながら言う。


 何でって言われても、そりゃあなぁ。


「アンデット族は魔法耐性が強力な分、打撃耐性には弱いからな。俺棍棒持ちだろ?相手にするならアンデットがベストなんだよ。それに、ゾンビは攻撃力は高いが素早さは遅いからな。盗賊であるユカちゃんにタンクをやらせるのは、ぴったしだ。」


「...もしかしてですが、ゾンビも範囲狩りする予定でした?」


 どうやら、ユカちゃんは大量のゾンビを引き連れながら走る自分の姿を想像したらしく、青ざめた顔で俺に言う。


「そりゃそうだろ。」


 俺はユカちゃんの目をまっすぐ見て、当然と言わんばかりに真顔でさらりと言うと、ユカちゃんは心底安堵したように呟いた。


「弟が来てくれる事になって本当に良かった...。」


お読みいただきありがとうございます。

面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。

よろしくお願い致します。


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