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第1章1話〜前から疑問に思っていたのですが〜

 メズが俺に向ける表情は憎悪に満ちていた。メズとの諍いなんて珍しい事じゃない。けれど、今回はいつものじゃれあいとは違う。メズの瞳には俺に対する敵意が明確に映し出されている。俺がナイトアウルを出て行く事に心底軽蔑しているようだ。


 メズがそう思うのも仕方ない。当然の事だ。あいつからナイトアウルのギルドマスターを託されたのは俺なのに、その全てをメズに押し付けて、一人逃げ出すんだからな。ただ、それを分かっていても、俺はナイトアウルに残る事は出来ない。俺がナイトアウルを引き継ぐ事など出来ない。あいつが残したものを引き継ぐのは俺ではなく、メズでなければならないのだ。その代わり、俺は一つだけメズに押し付けずにここを去る。


 結局、俺は彼女の本名も知らない。顔も知らない。年齢も知らない。どこに住んでいたのかも知らない。もしかしたら、彼女はボイチェンを使っていた男だったのかもしれない。年齢なんか俺より遥かに上かもしれない。それとも下だったのかもしれない。顔も決してメズのように整っていなかったかもしれない。俺は彼女の事を何一つとして知らなかった。


 ...それでも俺は彼女の事を愛していた。顔も年齢も性別すらも分からない奴に恋をしていたとかイカれてるよな。きっと、彼女もゲームで恋愛とか気持ち悪いと言う筈だ。


「アルゴちゃん。」と、俺を呼ぶ彼女の声が俺の耳から消え去る事は未来永劫ないのだろう。


―――


「何で、この世にある美味しい食べ物は高カロリーで糖質まみれなのかしら。」


 メズは自分のキャラクターを椅子に座らせ、目の前にある苺パフェを柄の長いパフェスプーンで掬いながら、真剣な声で言う。スイーツ系の食べ物はMPや魔力が上がる為、魔法職からよく好まれて食べられる。しかし、今はここはヴォルトシェル王国のレンタルハウスに間借りした五つ歯のクローバーのギルド本部であり、これから狩りやバトルをする予定などもない。


「あーあ、この世界のスイーツも味がすれば良いのに。」


 メズはぼやきながら、スプーンで味のないパフェをパクパクと口の中に放り込んでいる。普段からスタイルキープの為に節制した食事をしているメズの事だ。パフェをこれでもかと頬張っている姿を見るからによっぽど鬱憤が溜まっているようだ。


「味覚をVRで再現する技術が出来たら、嬉しいですよね。そうしたらいくらでも、お菓子とか食べても太らないですし。」


 メズの左隣の椅子に座っているユカちゃんは、そんなメズに心から共感するように、何度も首肯している。


 やはり、ユカちゃんも年頃の娘と言う事もあり、体重の増加に関しては気をつけているのだろう。


「姉ちゃんも、よくお菓子買う時真剣な目でカロリーや糖質脂質確認してるもんな。」


「タロちゃん、良いのそんな事バラさなくて!」


 立ったまま呆れたように自身の姉を見つめるレンタロウに対してユカちゃんは余計な事を言うなと叫んでいる。


 そんな姉と弟、二人の掛け合いを見て、メズはプッと吹き出す。


「ユカユカちゃんはまだ若いんだから、好きに何を食べても大丈夫よ。あーあ、この前アルゴにラーメン奢ってもらったけど、太っちゃうわ。」


 そう言って、メズは自分の腹部を軽く指でつまんで愚痴り出す。


「お前、人に二杯も奢らせといて何言ってんだ。トッピングまで遠慮なく大量につけやがって。ラーメン屋のハシゴなんて、俺今までした事なんかなかったぞ。」


「そりゃ、ラーメンなんて普段食べないんだし。せっかく奢って貰えるなら、二杯食べておいた方がお得じゃない。私誰かと外食する時は遠慮なく食べるって決めてるのよ。その為に普段から節制してるんだから。一杯だけとかトッピングはなしとか条件つけておかなかったあんたのミスよ。」


 ニヤニヤと口の端を釣り上げながら、メズは正面で立っている俺に向かって言う。


 ほんとロクでもねぇ女だなこいつ。


「それよりも、あんたさぁ。昔はそれなりにみてくれ良かったのに。久々に会ったら髭も伸びてるし、頭もボサボサじゃない。勿体無いわよ。私の行ってる美容室紹介したげよっか?」


「いらねーよ。働いてねーのに、美容に命かけてるお前の行ってるとこなんか行ったら破産すんだろ。髪切るのに金かけるとか正気じゃない。千円カットですら勿体無い。」


「...ほんと、昔のあんたはどこにいっちゃったのよ。」


 メズが軽くため息を吐くと、「...メ、メズさん!一つ聞いても良いですか!?」と、それまでぼーっとした様子で、黙って俺とメズの話を聞いていたササガワが口を開いた。緊張しているのか声を震わせながら、メズの右隣から前のめりで詰め寄っている。いつになく真剣な表情だ。


「な、何かしら。」


 ササガワの気迫に押されたメズは何を言い出すのかと、体をこわばらせている。


「前から疑問に思っていたのですが...。」


 おう、なんだなんだ。


「アルゴさんとメズさんは昔恋人だったんですか?」


 瞬間。メズが食べていたパフェを吹き出し、ゲホゲホと噎せ返っている。五つ葉のクローバーのギルド本部中にメズの口から吹き出したパフェが飛び散っている。まぁ、主にこいつの正面に突っ立っていた俺の顔面に飛び散っているのだが。


 きったねえな、おい。


 ちゃんと食べかけの状態のパフェが壁や床に散乱しているのを見ると、ほんとこのゲームは無駄な描写にえらく力を入れているなと思う。


 あまりのメズの動揺ぶりにササガワだけでなく、ユカちゃんやレンタロウも呆気に取られている。


「や、やっぱり、その反応だとアルゴさんと、」


 続くササガワの言葉を遮るように、「なわけないでしょ!」と間髪入れずにメズが叫ぶ。飛び散ったパフェの残骸が俺の顔から光り輝いて消えていく中、ササガワにため息を吐きながら言う。


「昔、何度も言われた言葉だなそれ。安心しろササガワ。こいつと交際した期間など一日足りとて存在しないから。」





お読みいただきありがとうございます。

面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。


よろしくお願い致します。

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