番外編⑨〜朝は嫌い〜
朝は嫌い。現実と向き合わなきゃいけなくなるから。私はこうして現実から目を逸らし、一人自分の部屋に引き篭もっているというのに、カーテン、窓の向こう側からは、このクソみたいな社会に適応した大人達が運転する車の音や、子供達が楽しげに友達とおしゃべりする声が聞こえてくるのが苦痛で仕方ない。外にいる人は大人も子供も皆目的を持って行動しているのだろう。外の世界の音が私をこの薄暗く小さな部屋から、現実へと無理矢理引き寄せようとしているかのように感じてしまう。
この音を掻き消そうと、私はベッドに腰掛け、リモコンの電源ボタンを押す。電源の付いたテレビが薄暗い私の部屋を青くぼんやりと照らし出す。リモコンでどのチャンネルに変えても、殆んどのテレビ番組は朝のニュースを取り扱っている。パソコンも携帯端末も持っていない私は、ここでしか社会の流れが分からない。
ぼーっとテレビを眺めていると、これから学校や会社に向かう人の為に、本日の運勢占いのコーナーが流れてくる。でも、私にはこの順位が一位でも十二位でも関係ない。この家から外に出る事などないのだから。それでも、私は一応自分の順位を確認して、運勢占いのコーナーが終わるのを見届けると、この部屋の外から話し声が聞こえてきた。
聞きたくない。
テレビの音量を更に上げ、私は急いでベッドに行き、毛布の中に包まって、自分の耳を押さえる。私は口からあー、あー、と言葉にもなってない唸り声を微かに出して、部屋の外から聞こえてくる声をかき消す。そのうち、何も聞こえなくなると、私は毛布から抜け出し、再びベッドに腰掛ける。ジッとテレビを見ていると玄関から、ドサっとした音と一人の足音が聞こえる。
ああ。そう言えば、今日は木曜日か。
父が会社に行くついでに燃えるゴミを捨てに行くようだ。仕事も勉強もせずに、何もしていないで引き篭もっているのだから、せめてこれくらいは手伝えたら良いのに、私はそれすら出来ないゴミクズだ。下手に親と顔を合わせて、会話する事になるのが怖い。叱られるのも、励まされるのも、どっちも怖い。
数十分後。もう一人の足音が部屋の外から聞こえてくる。今度は母だ。優しい口調で、「朝ごはんリビングに置いてあるから。」と扉越しに語りかけてくる。しかし、私はその言葉に何も返せないでいると、母が靴を履き、玄関の扉が閉まる音がした。これでようやく、私はこの日初めてまともに呼吸が出来た。
私が一番好きなのは昼間。両親が仕事に行き、私以外誰も家からいなくなるから。この朝の十時から夕方の十七時までだけが、私が心安らげる唯一の時間となる。
家に誰にもいないにも関わらず、私は物音を立てないように恐る恐る部屋から出て、リビングへと向かう。誰もいない事を確認できた私は、ふぅと息を吐き、テーブルに置いてある朝食を一人で食べる。お茶碗によそってあるご飯を一口食べると、少し冷めてしまっていた。私はこの母が用意してくれた朝ごはんを温める為に、ご飯茶碗とおかずをキッチンにある電子レンジへと持っていく。私はクズだ。カスだ。ゴミだ。何にもしていないのにお腹だけは減ってしまう。冷めてしまっているご飯を、おいしくないと電子レンジへ持っていくこんな自分が大嫌いだ。こんな私を見たら、百人中百人がお前は何様なんだと思う事だろう。
朝ご飯を食べ終わると、私はまた自室に行き、VRゴーグルをつけ、アバンダンドの世界にログインする。この世界にいる時だけが、私は自分が自分でいられる気がする。この世界には私と似たような社会に適応出来ず溢れた人達がいる。誰も私を馬鹿にしたりする事のないひたすら優しい世界。
私は夜も嫌いだ。この夜特有の静寂さが、自分と向き合わなければいけない気がしてしまう。私だって、今のままで良いなんて思っちゃいないし、周りに置いていかれたくはない。それでも、外に出る勇気は出てこない。自分の無能さに傷つくのが怖い。
寝たら明日が来てしまう。寝るのが怖い。寝るのが怖い。寝るのが怖い。VRゴーグルを外して、この部屋に一人きりになると、夜の間はそれだけしか考える事が出来なくなってしまう。
―――
「...。...ルマス。おーいギルマス。ユニーク狙いに行くんじゃねぇの?」
小汚いターバンを巻いた金髪のキャラクターが私に話しかけていた事に気づき、私は慌てて彼に返答する。
「あ、ごめんね。アルゴちゃん。もうログインしてたんだね。ボケーっとしてた。」
そう言って、何度もペコペコと頭を下げる私に彼は、「そこまで謝る事じゃないだろ...。」と呆れた表情を浮かべ出す。
「何とかユニーク湧く時間までには帰って来れて良かったよ。悪いんだけど、まだ夕飯食ってねーから、飯食いながらプレイするわ。」
アルゴちゃんは私にそう言うと、すぐにズゾゾゾゾと啜る音が聞こえてきた。恐らくカップ麺を食べているのだろう。VRゴーグルをつけながらカップ麺を食べている彼の姿を想像して、思わず笑ってしまう。
「アルゴちゃん。美味しい?」
私とアルゴちゃんしかいないギルド本部に麺を啜る音を響かせながら、私の目の前に立ち尽くして、腹ごしらえをするアルゴちゃんを見て、私は目を細めて微笑む。
「まあまあだな。昼飯、グミサプリしか食ってねーから、流石に腹減った。もう少しで食い終わるから、ちと待っててくれ。」
「ユニーク湧くまで全然時間あるし、ゆっくりで良いよ。私グミサプリって食べた事ないなぁ。まるでメズちゃんみたいだね。グミサプリ主食にしてる時もあるみたいだよ。夜なんか納豆とサプリしか口にしないみたい。水分も冷水か白湯だけなんだって。アルゴちゃんとメズちゃんって結構似てるよね。」
「...あいつは一体何の修行をしているんだ。即身仏にでもなるつもりかよ..。せめて、サラダチキンでも食っとけよ。そもそも、あいつはカロリー摂りたくないのと美容目的だろうが、俺は昼食い過ぎると眠くなるから仕事の能率落としたくねーのと、単純に忙しくてこれくらいしか口に出来ねーだけだ。」
「今日もお仕事お疲れ様だねぇ。凄いなぁ。」
私は心から彼の事を凄いと思う。この部屋の外に出て働くなんて、私には絶対に出来ない事だ。
「...毎日何の為に生きてっか分かんなくなる。マジで自分で言うのもなんだけど、優秀な社畜だと思うわ。五日六日働いて休みが一日二日しかないのって、マジでこの世界のバグだろ...。」
「私は一日中家にいるからね!そんな事言いながらも毎日きちんと仕事に行くアルゴちゃんの事本当に凄いと思ってるよ!...私はゴミク⚫︎だからね。」
私は自分を指差し、自嘲気味な笑みを彼に見せた。
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