プロローグ3〜引退理由〜
「良いですか!みなさん!別に私はこの世界の王座なんて狙っていませんからね!?」
あまりにも話を聞かず好き勝手言いまくる俺達に対してブチギレたユカちゃんは腰に両手を当てながら怒鳴りつける。
「謙遜するな。俺が引退した後、ユカユカちゃんはこの世界の王になれる素質がある。何せこの馬⚫︎二人をまとめ上げる事が出来た奴なんて、俺と同じくこの世界の王だったあいつ以来だからな。ユカユカちゃんもいずれは必ずこの座に辿り着く筈だ。」
そう言って、皇帝はユカちゃんの左肩にポンと真っ赤な手を乗せ、ニヤリとした笑みを浮かべる。
「ザラシがユカユカちゃんを認めた...。」
メズは目を大きく見開きながら思わずそう呟いている。ザラシの言葉に驚きを隠せないようだ。
...いや、驚いてるのはメズだけじゃないな。ザラシが唯一ライバルと認めたあいつとユカちゃんを同等の評価をした事に俺も内心動揺している。あいつはまさに、このアバンダンドという世界の申し子みたいな存在だったからな。
「ユカちゃん。これはもう学校辞めて、アバンダンドに専念するしかないな。」
俺もザラシと同様にユカちゃんの空いてる右肩をポンと手を乗せると、
「辞めません!どうしてあなた方は、すぐに仕事を辞めるとか、学校を辞めるとか、そんな発想になるんですか!」
我慢の限界を迎えたユカちゃんはたちどころに両肩に置かれている俺とザラシの手を振り払うように両肘を上げる。ユカちゃんはそのまま上げた両手で自分の頭を掴むと、ギルド本部の天井を仰ぎ見ながら、嘆くように叫ぶ。
「自慢じゃないが辞める、辞めない以前に、俺は一度も働いた事がないぞ。」
ザラシが真顔でユカちゃんに言い放ったこのロクでもない発言が決定打だったらしい。ツッコミ疲れたユカちゃんは疲れ顔でぼやく。
「ここにいると私がおかしいのかと錯覚してしまいそうです...。」
少し悪ノリが過ぎたようだ。俺とメズは笑いながらユカちゃんに冗談だと伝えると、「まったく冗談には聞こえませんでしたが。」と、ユカちゃんは俺とメズを睨みつけ、ツンとすました口調で返事を返してくる。
「ぶはははは。ユカユカちゃんの感覚は間違ってない。このアバンダンドいるプレイヤーは皆頭のおかしな奴らしかいねーからなぁ。俺の作ったグレイトベアだって、そうさ。俺も含めて、現実じゃあ全員生きにくい奴らだからな!」
ザラシが面白がるように豪快に大笑いしながら、そう言うと、レンタロウが怪訝な顔で、「皇帝のおっさん、いきなり何の話をしてんだよ。」と言う。
その言葉を聞いたザラシは再びニタリとした笑みを浮かべ、レンタロウの元にまで近寄っていく。ザラシはオーガ特有の馬鹿でかい体躯をドワーフであるレンタロウの目線と同じ位置になるまで身を屈めると、馴れ馴れしそうに肩に手を回して、ぐいっと顔を近づける。
「初めて会った俺にも全く物怖じしないところを見ると君はモテそうだな。友達も沢山いるんだろ?」
「...まぁ、モテるかどうかは分かんねーけど、友人は人並みにはいると思う。それが何かあんのか?」
レンタロウは突然の質問に戸惑った様子を見せながらも、ザラシにそう返答する。
「いやなに。単純に羨ましいと思ってな。俺が学生の時は君と違って友人なんてゼロだったからな。」
そう言うと、ザラシはレンタロウの肩から手を離し、ぶははははと愉快そうに大笑いしている。
「いやいやいや、皇帝さん。僕と違って明るいですし、友達いなかったなんて信じられません!」とササガワが言う。
「明るすぎるのもどうも現実じゃ問題らしくてな。俺は言っちゃいけない事まで言ってしまうみたいなんだ。最初は良いんだが、人との距離感がよく分からんでどんどん周りが離れていっちまうんだよ。だから、当然恋人もいた事もない!おっかしいだろぉ?」
照れを隠すようにザラシは半笑いでそう言うも、俺は、「笑えねーよ。」と強く眉を顰めながら言う。
冷たい言い方になってしまったが、これは一度近づいてきてくれた人が離れていく事は何よりも辛い事を俺は知っているからこそだ。まぁ、ラビッツフットの件は自業自得ではあるのだが。
するとザラシは、「そうか。笑えないか。」と苦笑いを浮かべ、話を続ける。
「よくアバンダンドは他のMMOに比べて頭のおかしい奴らが多いって言われてるだろ?あれはな、実際正しいんだ。このゲームはとにかく時間をかけなきゃ強くなれない。社会不適合者であればあるほどこのゲームの適性があって強くなれるんだ。ある意味受け皿なんだよ、このゲームは。現実で生きにくい奴らのな。」
ああ、知っているさ。この世界は現実と違って、どんなやつでも受け入れてくれる優しい場所だ。自分のなりたい姿、なりたい職業、やってみたい事、全てが気楽にする事が出来るからな。現実の擬似体験とでも言うのだろうか。
「特にグレイトベアは不登校の奴。勉強が苦手な奴。体が不自由な奴。人とコミュニケーションを取るのが苦手な奴。殆どがそういう奴らで構成されてんだ。なのに、トップギルドまで上り詰めたんだからすげぇもんだろ?」
「良いのかよ。俺達にそんな話をして。あんたらのギルドの弱みだろそれ。」と、レンタロウが戸惑いの口調で言う。
「別に隠す事じゃない。最初はそうだな、確かに弱みだったかもしれないが、今は何の弱みにはならない。強くなったからな。だから、今度はあいつらにそろそろ地に足をつけて率先して頑張る姿を見せる時だと思ってな。」
その言葉で俺はこれからザラシが何をしようとするか察する。そのあまりの恐ろしい想像に俺は手と声を震わせながらザラシに向かって言う。
「ザラシ、お前...。まさか、働く気か!?」
「その通りだ。俺は来年から人生で初めてアルバイトを始める。それが俺の引退理由だ。」
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