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第1章2話 〜ユカユカ〜

「な、何にしても勝てて良かったですね。デスペナだけは、絶対に貰いたくないですもんね。」


 彼女が言うデスペナとは、デスナペナルティの略で、プレイヤーが戦闘不能時に受ける罰の事だ。アバンダンドでは、プレイヤーが戦闘不能となった際に少なくない量の経験値を失う。レベル上げが大変なこのゲームでは、絶対に避けたい事の一つとなっている。


 彼女は、「良かった。良かった。」と俺に微笑みながら言う。ゴブリンと戦闘している時には、見る暇も無かったから、ここでようやく俺はまともに彼女の顔を見た。


 へぇ、よく作り込んでるな。


 俺は彼女のアバターを見て、好感を抱く。彼女は、ミルクティーカラーの茶髪を低めの位置で一本にまとめたローポニーテールの髪型をしている。顔は、少し太めのふんわりとした平行眉に、どの女性プレイヤーにも言える事だが、目鼻立ちのハッキリとした美少女顔をしている。


 まぁ、ゲームであえてブスにする奴はいねーしな。


 多くのプレイヤー、特に彼女のような初心者であれば、キャラメイクで目を作り込む際に目はとにかくデカく、白目が全くないほど光彩や黒目を大きくしたり、はたまたオッドアイなんかにしちゃったりと、極端なキャラメイクになりがちだ。しかし、それに比べて、彼女の目の虹彩部分はあまり大きくなく、三白眼気味で自然な形のキリッとした印象強い顔を作り上げている。


「あ、あの。何か?」


 じろじろと彼女の顔を見つめる俺に、彼女は少し戸惑いながら言う。


 ...あー、しまった。ただ、彼女の姿に感心していただけとはいえ、見過ぎたな。


 俺は慌てて彼女に頭を下げて、礼の言葉を述べる。


  「ああ、悪い。襲われてるところ、助けてくれてありがとう。」


 結果論だが、おそらく俺1人でもゴブリンに勝てただろう。俺の持っている棍棒はそれ程までに強かった。ただ、あの状況からしたら、逃げるのも一つの選択肢であったのは間違いない。それに、可愛い見た目の女から親切にして貰えば、俺だってそりゃあ嬉しいから、こうやって素直にお礼は言うさ。当然だろ?


「んじゃ、助けてもらったお礼に。」


 俺は彼女にヒール魔法と、先ほどレベル6で覚えた防御力への強化魔法をかけていく。能力強化、いわゆるバフをかけられたのは、彼女は初めてらしい。強化の光に包まれていく自分自身を見て、「おおー。」と目を丸くしている。


 その初々しい姿に昔の自分を思い出し、どこか懐かしくなる。今の俺の自分の姿を確認すると彼女の姿とあまりに対照的だ。彼女はレベル5からつけれる初心者用の緑色の布地の服を身につけている。盗賊という職業柄、動きやすさを重視して、鎧を装備するより軽装の服にしているのだろう。それに比べて俺は、低レベル帯で金もかける必要はないのに、無駄に一つ一つが10万Gを超える成金装備をしている。


 このゲームを始めた時は俺だって、少ないゴールドでやりくりして、1000Gの短剣買って贅沢しちゃったけど、これで超強くなったなんて、喜んでいた事を思い出す。あまりに純真さを失った今の自分との落差に思わず苦笑いを浮かべてしまう。たまには初心者と関わるのも悪くないかもな。懐かしい気持ちを思い出させてくれるもんだ。俺は彼女に心の中で、もう一度礼の言葉を思い浮かべる。


 さて、そろそろ抜けるとすっかね。


「また、どこかで会ったらよろしく。」


 メニューを操作して【パーティから離脱をする】を選択しようとしていると、「あ、あの!!」と先ほどより大きな声で、彼女が俺に話しかけてくる。その声で俺は彼女の方へと向き直ると、彼女はどこか緊張気味に強張った顔している。


「も、もし良かったら、私の作ったギルドに入りませんか!?」


 突然の彼女からの提案に俺は困惑し、もう一度彼女へ聞き直す。


「...ギルド?」


 俺の返答に彼女は、「は、はい!」と声を裏返しながら頷いている。


「えっと、弟と一緒にギルド作ったんです。まだ2人だけのギルドなんですけど、初心者同士で助け合えたら良いなと思ってまして。」


 あー、そういう事か。


 俺は自分の右手首の青い光を見る。どうやら俺を初心者と勘違いしているらしい。倉庫アカウントの存在を知らなければ、確かに俺も初心者に見えるだろう。俺は少し悩んだ後、初心者からの提案を断るのは気が引けるが、キッパリとお断りをする事にした。


「勘違いさせちゃって悪ぃんけど、俺初心者じゃねぇんだよな。いわゆるサブアカウントってやつ。」


 俺の言葉に、彼女は一瞬驚いたような表情になるが、得心がいったようで、「あー、そういう事だったんですね。納得しました!」と言って、柏手を打っている。


「だから、あんなに簡単にゴブリンを倒せる事が出来たんですね。」


「そゆこと。だから、気持ちは嬉しいが断わ「それなら、私のギルドにピッタリですね!!私初心者なので色々教えて欲しいです!」


 彼女は、そんな事は関係ないと言わんばかりに、俺の言葉に割り込んでグイグイとくる。


「...話聞いてた?」


「ええ、とっても。」


 彼女は笑顔を崩さずニコニコしている。


 こりゃ、簡単には折れねーな。どうしたもんかねぇ。...でも、考えてみりゃあ、別にメインアカウントじゃないんだから、このアカウントでギルドに入ったとしても、誰に迷惑かけるわけでもないし、良いっちゃ良いんだよな。


「まぁ、そこまで言うなら、入っても良いけどよ。当分の間はこっちで遊んでるが、そのうちメインアカウントに戻る予定ではいるんだ。そしたら俺は来なくなる。それでも良いのか?」


「あ、そこは大丈夫です!私のギルドはゆるさがモットーなので!来たくなったら来てください。それに、いつでも抜けて貰って構いませんので。」


 俺は、彼女の説得に観念して軽く息を吐く。


 ここまで勧誘してくれんなら、悪い気は全くしないしな。丁度ラビッツフットから追い出された事もあって、人から求められて嬉しくないわけがない。


「分かった。その条件で良いなら、あんたのギルドに加入すんよ。」


 俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに表情を綻ばせながら、ガッツポーズをして喜んでいる。


「えーっと...。」


 俺は彼女の名前を読もうと、彼女の頭上に浮かんであるプレイヤーネームに視線を送ると、彼女は慌てて頭を下げ、自己紹介を始める。


「あ、そうだ!すみません!自己紹介がまだでしたよね。私ユカユカって言います。初心者ですが、一応ギルドマスターをしています。よろしくお願いします!」


「モノーキーだ。よろしく。」


 俺も自分の名前を彼女に言い、軽く会釈をする。


「何だか不思議な名前ですね。素敵な響きですね。何か由来とかあるんでしょうか?」


 素敵かぁ?つけた俺が言うのもなんだが、俺は相当変な名前だと思うけどな。


「元々、このキャラは倉庫目的で作ったからな。物置が名前の由来だ。」


「物置?ですか?」


 彼女は首を傾げながら、俺に尋ねる。どうも、ピンと来ていないようだ。そうか、まだ彼女のレベル帯だと、アイテムボックスも無限に入るように感じるよなぁ。


 レベルが上がるにつれて、何を捨てるか、何を残すか、考えるようになるなんて、まだ想像だにしていないだろうな。


「メインアカウントが、アイテム大量にあって持ちきれなくなったんだ。だから、当分使わないけど、捨てたくないアイテムや装備をこいつに送りつけて、メインアカウントのアイテムボックスを余裕ある状態にしているんだ。」


「なるほど!そういう事だったんですね!面白い由来ですね。私は本名がユカなんで、そこからつけちゃいました。モノーキーさんの由来聞いてたら、もう少し凝った名前にしても良かったと思っちゃいますね。」


 ...ん?なんか今聞いてはいけない個人情報を聞いた気がする。


「現実世界とは違う。もう一つの世界のユカってことでユカユカって名付けたんですよ。」


 そう言って彼女は、ドヤ顔を浮かべながら、フフンと鼻を鳴らしている。


「...あー、ユカユカさん?」


「ふふ、ユカでいいですよ。何でしょう?」


 んじゃ、ユカちゃんだな。敢えて、ちゃん付けにしたのは、絶対にこんな名前つける子は、相当若い子な気がするからだ。


「ユカちゃんさぁ。...それ他の人に由来言わない方が良いぞ。アバンダンドは、頭のおかしいプレイヤーしかいないから、本名って言ったら変に目をつけられるぞ。マジでこのゲームやってる奴らは、頭のおかしな奴しかいないからな?」


 俺がこのアバンダンドで出会ったプレイヤーに、まともな人間なんて、ほとんどいなかった。だから、俺は念押しして彼女へと注意喚起する。


「頭のおかしなって...。そんな事ないと思いますが...。今まで、そんな変な人に会った事ないですよ?」


「いや、それは運が良かっただけ。マジでアバンダンドは頭のおかしな奴らしかいない。」


 俺は真顔で彼女の言葉を速攻で否定する。あまりにも真剣に語る俺に、彼女はさすがに少し怖くなったらしい。


「わ、分かりました。ありがとうございます。これから名乗る時は、気をつけます。」


 インターネット界隈も、実名でやるのが大分主流になってきたとはいえ、やはり俺は匿名性が大事だと思う。知らない人と出会うネット界隈は、危険性はいつの時代もあるからな。


「んじゃ、せっかくだしこのままパーティやるか?」


 ユカちゃんはレベル9の盗賊、俺はレベル6の僧侶。まぁ、前衛と後衛でバランスは悪くないしな。


 俺の提案にユカちゃんは嬉しそうするが、一瞬曇ったような表情も見せる。


 どしたんだ。


「是非!お願いします!と、言いたいところなのですが、...私まだ弟としか一緒にレベリングパーティした事ないんですよね。...もしかしたら下手くそで迷惑かけてしまうかもしれないです。」


 あーなるほどね。


「今まで弟がVRゴーグルでプレイしてるのを、モニターにうつしてもらってたまに見てたんです。これ実際自分の目で見たら凄そうだなぁって思って始めたばっかなんです。」


「んじゃ盗賊がどういう立ち回りをしたら良いかもなんとなくわからない感じかな?」


 俺がそういうとユカちゃんはこくりと頷く。


 そうだなぁ。盗賊は...。


「まぁ、攻略目的によって大分変わるけど、盗賊は敵がどこにいるか索敵出来るから、ダンジョン攻略では、一番先頭を歩くことが多いな。敵に見つからないように目的地まで皆を案内するとか。」


「結構大事な役目ですね。」


「正直盗賊はリーダー的役割すること多いのは否めないな。でもまぁ、なれりゃ難しいことでもないから安心して良いよ。その為の練習をこれからするわけだしな。」


「分かりました。頑張ります!」


「あとはそうだな。探索目的なら罠解除もあるし。宝箱がどこにあるかも分かる。解錠も出来るけど、一番基本となるのはレベリングの立ち回りだな。」


「どういう事をするんでしょうか?」


「遠くにいる敵をおびき寄せて自分のパーティの陣地まで引っ張ってくるのが一番の役割だな。盗賊は素早さと回避が高いから適任なんだ。」


「うーん、何となく分かったような分からないような。」


「簡単に言えば囮役だ。」


「何だか難しそうですね。」


「実際レベリングにおいて、これが下手だと一瞬で壊滅するな。」


「...私、別のジョブにしようかなぁ。」


 どうやら、ユカちゃんは少し怖気付いてしまったらしい。


 まぁ、初めてオンラインゲームやると自分のミスのせいで味方全滅するとかこえーよな。俺クラスになると俺のミスで仲間全滅しても何とも思わなくなってくるけどな。てめぇらが、俺をサポートしねえから、全滅すんだクソが!くらいの気持ちを持つ事が大事だ。


「んな、難しく考えなくても大丈夫。とりあえず、ものは試しだ。やってみよう。向いてる向いてないは、そっから考えりゃいい。」


 俺の言葉に彼女は意を決したようで、「ハイ!」と大きな声で返事をする。


 良い返事だ。



 5分後。ユカちゃんの大絶叫が、この大平原に響いていた。


「死ぬ死ぬ死ぬぅうううつううううう!!」


 ユカちゃんの後ろを、ゴブリンが10体追いかけている。


 流石盗賊だ。ゴブリン程度の足の速さでは簡単に追いつく事は出来ない。ゴブリンの攻撃がギリギリ届かない速さで、ユカちゃんは何とか耐えている。


 大量のゴブリンに襲われている美少女の図か。こういうのはなんだか、...ちょっと絵面的に危ないかもしれない。まぁ、ゲームだから最悪普通にボコられるだけでなんも起きるわけがないが。


「大丈夫だ。死なない死なない。ヤバくなったら、さっき30本あげたポーション飲めば良い。あ、食らってる...。ヤバい死にそうだな。早く飲んで!ほら、そうそう。な!全快したろ?そのまま飲みながら走って。ほら、右斜前にゴブリンがいる。また石ぶん投げて!」


 ゴブリンに襲われているユカちゃんをお互いに決めた陣地から、俺は声をあげてアドバイスする。


「ムリムリムリムリ怖いいいいいいいあと何匹ですか!!!!???」


 ドドドドドドドドドドドと凄い足音が聞こえる。まるで地鳴りのようだ。


「あー、そうだなあ!あと5匹集めてきてくれ!それくらいなら、俺のこの棍棒の範囲攻撃スキルで一網打尽に出来っからよ!HPと違ってMPは中々回復手段がねーから、MP温存の最大効率でやろう!」


 俺はそうユカちゃんに叫ぶ。本来であれば、こんな大音を出したら、ゴブリンは俺に向かって来るのだろうが、今この近辺にいるゴブリンのヘイトは全てユカちゃんに向いている為、ゴブリンは俺に一瞥すらしない。


「鬼!!!!!!!!」


「オーガだからな。その通りだ」


 俺はそう言って、ケタケタと大声で笑い出す。


「あの!!!これ絶対一般的な狩り方じゃないですよね!!!???私、弟のプレイ見ててこんなパーティプレイしてるとこみたことないですよ!!!」


「じゃあ、そいつらが下手くそなだけだ。これが低レベル帯の正しい狩り方だ。」


「絶対嘘でしょ!!!あああああああああ。」


 その様子に俺は久々に呼吸が出来ないくらい腹を抱えて大笑いした。何か久々に素直に笑った気がするな。

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