プロローグ2〜何の用だ〜
ザラシが引退する前に会う事もあるだろうとは思っていたが、いくらなんでも早すぎるだろ。
「恭介?沙耶ちゃん?」
聞き慣れない名前を聞いたからだろう。ユカちゃんがコソッと俺に囁き、尋ねてくる。
...もう隠し通せる話でもないし。しゃーない。答えるとするか。
「俺とメズの本名だ。」
そう俺が答えると同時に、白い巨大なマントに身を包んだ四本ツノの赤い肌のオーガはズカズカとギルドの中に入り込んで来る。ササガワはザラシの腕を引っ張って必死に止めようとするが、ザラシはガハハと笑いながら、そんなササガワをひょいと脇に抱きかかえ、何事もなかったかのように、悠々と俺達の元に近寄ってくる。ササガワは予想外の出来事に、「アルゴさーん、助けてくださーい」と叫んでいる。
最強の死霊使いの一人であるササガワが、ここまで軽くあしらわれてしまうというのは、相当な力の差があるという事だろう。
なんてめちゃくちゃな奴だ。こんな奴に本名教えたのは失敗だった。
「何の用だ。」
俺はザラシの前に腕を組んで立ち、少し遅れてメズも俺の隣にやってくる。ザラシは脇に抱えられ続けていたササガワを静かに床に置くと、ササガワはザラシの元から逃げるようにレンタロウの元へ走って行く。
「おう、恭介と沙耶ちゃん。悪い悪い!引退する前にアバンダンドで世話になった奴らに挨拶すっかと、朝から色んなギルド回ってんだ。特に恭介と沙耶ちゃんの二人は俺と現実で会った事のある数少ないプレイヤーだからな!」
「...気が早くねーか。年内はザラシまだアバンダンドにいるんだろ?」
「まぁそうだがよ。今挨拶しとかねーと、挨拶どころの話じゃなくなるからなぁ!まぁ、そのうち分かるから楽しみにしとけ!」
そのザラシの言葉に俺とメズは顔見合わせ、お気の毒にと、お互いに哀れみの顔を浮かべる。
...やはり、予想的中のようだ。今挨拶しとかないとそれどころじゃなくなるなんて、これから具合が悪くなるから以外考えられない。しかし、そんな大変な状況にも関わらず、楽しみにしておけなんて大した男だ。
「...そんなに悪いのか?いつ入院するんだ?入院したら見舞いに行ってやるから、どこの病院なのか連絡寄越せな。見舞いの礼はザラシの持ってるユニーク武器でいいぞ。引退するんならいらないだろ?俺に寄越せ。」
「自分の病気もエンターテイメントにするなんて、まさにネトゲ廃人と配信者の鏡ね!同じ配信者として尊敬するわ!その命の輝き最後まで見届けてあげるから、その代わりに私にもその溜め込んだゴールドちょーだい!引退するんなら良いでしょ?」
「ハッハッハ。てめえら二人は相変わらず頭の病気だな!」
全員がお互いを見下し、全員が上から目線で喧々諤々に自分の言いたい事を一方的に言いまくる、俺達の実に和やかで独特なこの談笑を見て、何故かユカちゃんは唖然としている。しかし、すぐに正気に戻ったらしく、慌てて俺とメズを押しのけ、俺とメズに口を開くなと言わんばかりに、ギロリと睨みつけて、ザラシに平謝りで頭を下げ始めた。
「大っっっ変失礼致しました。私がこのギルドの代表のユカユカです。この大馬⚫︎共は、私が後でキツく叱っておきますので、代わりに私が謝ります。本当に申し訳ございませんでした。モノーキーさん!メズさん!引退予定の方にアイテムねだるなんてそんなハイエナみたいな事して、人として恥ずかしくないんですか!あなた方は!」
「まるで死体に群がるハイエナだなんて...。ユカちゃんそんな酷い事を言ってやるな。まだザラシはこうして懸命に生きてるんだぞ。」
「誰もそんな事言ってません!頭おかしいんですかあなたは!もう黙っていて下さい!本当に本当にザラシさん申し訳ございません!」
語気を強め、ガミガミと俺とメズを叱り、ザラシに必死に頭を下げるユカちゃんに対して、ザラシは、「気にすんな。」と掌を前に出しながら言う。
「おう!アンタが噂のユカユカちゃんかぁ!こいつら昔からこんなんだし。気にしてねーから、大丈夫だ。しっかし、アンタまだレベルは低いようだが、あのラビッツフット相手にあれだけやれるなんて、大したプレイヤースキルだ。」
「いえ、運が良かっただけです。」
この世界で最強のプレイヤーであるザラシから褒められた事で、ユカちゃんは頬をポリポリと掻いて気恥ずかしそうにしている。
「謙遜しなくていい。蕨餅はともかく、ホーブやハルちゃんに運で勝てるわけないからな。あの二人はそういう次元のプレイヤーじゃない。」
ラビッツフットの面々の名前が出た事で、俺は少し気になってザラシへと尋ねる。
「色んなところつったけど。ザラシ、ラビッツフットにも行ってきたのか?」
俺がザラシに向かってそう問うと、間髪入れずにユカちゃんから、目を細めたじとっとした目つきを向けられる。どうやら、俺が口を開くとロクな事を言わないと思っているらしい。物凄く警戒されている。
信用ねぇなぁ...。
「ラビッツフットだけでなく、ナイトアウルやシューホースにも既に行ってきたぞ。まぁ、ナイトアウルは何かゴタゴタしてて、それどころじゃなさそうだったがな。」
ザラシの言葉にメズは静かに唇を噛んでいるのが見えた。しかし、ザラシはそんなメズをよそに、その調子のまま話を続け出す。
「ナイトアウルは、グレイトベアとランキング一位を争ってきたから、この凋落は寂しいところあるなぁ。沙耶ちゃんにナイトアウルは、ちょっと荷が重過ぎたか?」
「ナイトアウルの話はどうでもいいんだよ。ラビッツフットはどうだったんだ?」
俺がザラシの話に割り込んで話を振ると、ザラシは顎に親指の第一関節を押し当てながら、あー、と考え込む。
「ラビッツフットはそうだな。行ったが、門前払いを食らった。ギルド本部にすら入れて貰えなかったぞ。あいつら、本当排他的だな。」
「...そらそうだろ。排他的以前に、アンタが来たら襲撃しに来たと思うだろ。」
「ラビッツフットは良いギルドだ。ネトゲなんだから、あのくらいギラギラと好戦的なくらいが丁度いい。俺が敵意をあれだけぶつけられたのは、ナイトアウルの先代以来だな。」
「そら、どーも。」
「シューホースにも行ってみたんだが、あいつらは穏やかな良い奴らだな。居心地が良過ぎて、二時間くらい居座っちまったわ。」
...なんて迷惑な男だ。
俺はシューホースの代表を心の中で哀れむ。シューホースの代表はこのアバンダンドという頭のおかしな奴しかいない世界において、稀に見るまともなプレイヤーだ。だからこそ、はずれくじを引いてしまうんだろうけど...。
「んで、次はここに来たわけだ。」
「ああ。経緯はどうあれ、形としてはナイトアウルのギルドマスターとラビッツフットのギルドマスターの二人が手を組み、この五つ葉のクローバーに加入した。これは事実だからな。」
自分の姉が作ったギルドの名前が上がった事により、今まで黙って話を聞いていたレンタロウが、「皇帝のおっさん、五つ葉のクローバーを潰しに来たのか?」とザラシに尋ねる。
これは俺やリンドウの件もあっての事だろう。また、ギルドに厄介ごとを持ち込まれないか心配しているんだろうな。
ザラシは面識のないレンタロウから話を振られた事により、一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに、にたぁと口の両端を吊り上げた笑みに変えて答えてくる。
「ああ、そうだ。今、俺が警戒する五つ目のギルドになり得る存在か、若い芽を摘んでおくべきかを見定めにきたのも理由の一つだ。」
そのザラシの煽るような言葉を聞いた瞬間、メズが叫んだ。
「ユカユカちゃんは、アンタ如きに絶対に屈さないわよ!」
「メズさん?あなた何を言っているんですか?」
ユカちゃんはとんとんと小刻みにメズの肩をつつきながら、尋ねている。
「ああ、確かにユカちゃんはまだ弱い。だが、お前が引退する前に絶対にグレイトベアの前に現れる。それまで首を洗って待ってろ。」
「あの、モノーキーさん?現れませんよ?」
そう言って、今度はユカちゃんは腰を屈めて、俺を下から覗き込んでくる。
「ふ、ならば俺が引退する前に立ちはだかってくる事を期待しよう。いつでもかかってくるが良い。」
ザラシは俺達の言葉に一つ鼻で笑うと、この世界の王者は自分であると示すかのように自信に満ち溢れた威厳のある声で俺達に向かって言い放つと、堪忍袋の尾が切れたようにユカちゃんが叫び出す。
「何で!!あなた方は!!人の意見を無視して勝手に話を続けるんですか!!!!」
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