番外編⑧〜...おはようございまーす 後編〜
俺とユカちゃんは生い茂る草木をかきわけながら、漸く塔の入り口へと辿り着く事が出来た。密林の中に聳え立っているこの巨大な塔は、生い茂ったシダによって全体が覆われ、気の遠くなるほどの歳月を経ていることを想起させる。
塔の高さは恐らくヴォルトシェルにも匹敵するほどだ。以前電子書籍で購入した設定資料集には、古代の王がこの地を離れた恋人を想って建てた塔。現在は塔全体に魔物が住み着いており、全容は謎に包まれていると記載があった。恋人の為だけにこんなを作るなんて、随分ロマンチックな王様だ。
「...ここからじゃ、果てが見えませんね。こんなに高い塔でユニークの時間に間に合うでしょうか?」
ユカちゃんが塔を見上げながら呟く。
「ああ、そこは心配しなくて良い。俺達が狙ってる奴が湧くのは五階だからな。すぐに着くさ。」
現在時刻は三時四十二分。再抽選が始まるのは四時三分からだ。まだ二十分以上残っている。ユニークが出る塔の五階に着くのは余裕だろう。
「了解です。えっと、すみません。まだ聞いていなかったのですが、五階に湧くユニークモンスターって、どういったモンスターなのでしょうか?」
「ケットシーって名前のモンスターだ。レベルは55だから、まだユカちゃんだと厳しいが。ま、アルゴの俺なら問題なく倒せる敵だ。」
俺のその言葉を聞くと、食い気味にユカちゃんが喋り出す。
「あ、その名前聞いた事あります!ネコちゃんのモンスターですよね!」
「良く知ってるな。その通りだ。まぁ、確かに創作物では有名なモンスターではあるか。」
「何となく帽子被って、二足歩行で、剣や魔法を使うちっちゃいネコちゃんのイメージがあります!何だかテンション上がりますね。」
「...期待してるところ悪いが、アバンダンドのケットシーは結構気持ち悪いぞ。筋肉隆々の巨大な猫が人間のように二足歩行で、凄まじい勢いで大剣を振り回しながら追いかけ回してくるからな」
「何でここの運営の人達は素直に可愛いモンスターを出さないんですかね...。」
呆れたようにユカちゃんはため息を吐く。
はは、何を今更。ここまでプレイしてきたユカちゃんなら実はもう気づいてるはずだ。んなの、ユーザーへの嫌がらせに決まってるだろ?
塔の内部は薄暗く、通路も非常に狭い。俺は何度も訪れているから慣れているけれど、初めて来たユカちゃんは非常に歩きにくそうにしている。この塔はモンスターと出くわしてしまったら、戦闘は避けられない作りとなっている。
「これだと、モンスターの目を掻い潜って進むのは、難しそうですね。」
「まぁ、この塔はエンドコンテンツエリアの一つだしな。出てくる敵を全部倒してから進めって事なんだろう。」
「...エンドコンテンツ、ですか?」
俺の言葉をユカちゃんは復唱して聞き返してくる。
オンラインゲームを良くやってる人からすれば当然の如く使う単語ではあるが、そうでないユカちゃんにとっては聞き馴染みのない言葉のようだ。
「エンドコンテンツってのは、そうだな。ある程度ゲームクリアしてしまったプレイヤー達のやり込み要素って感じかな。」
「なるほど。では、モノーキーさんやメズさんなら、ここをクリアしたのでしょうか?」
「いや、俺もメズも未だクリア出来てないぞ。ラビッツフットの記録が二十九階だ。PvE専門のチームで突入してこれだな。この前のピアス狩りの時にやり合ったハルや蕨餅がこの金策チームだ。」
「ホーブさんは参加しなかったんですか?」
「ああ。あいつは当時はPvP専門だったしな。ちなみにメズがギルドマスターをしていたナイトアウルの記録は二十七階だ。さて、ここで問題だ。皇帝のギルド、グレイトベアは何階までクリアしたか当ててみな。」
ユカちゃんはチッチッチと指を振り、「簡単過ぎますよ。」とドヤ顔を見せる。
「そのモノーキーさんのクイズの出し方だと三十階って答えて欲しそうだから、きっとそれよりも多い三十五階ですね!」
お、良い線いってくるな。ユカちゃんも大分俺の事を理解してきたらしい。
「惜しいな。正解は三十九階だ。この世界のレコード記録だな。」
「ほぼ、四十階じゃないですか!」
「それだけ差があるって事さ。資金も人も桁違いだな。あの無職のおっさん、人としておかしいのにどこにそんな人を惹きつける魅力があんだろな。」
俺がそう言うと、ユカちゃんが口をにーっと横に引いて笑う。にんまりとした彼女の笑みは何か意味ありげなように見える。
「...何だよ。また、何か言いたげだな。」
「ふふ、きっとそれはハルさん、蕨餅さんがモノーキーさんに対して思ってた気持ちと一緒ですよ。」
そう言って、ニコニコと口元を緩ませるユカちゃんに俺は慌ててかぶりを振る。
「いや、ユカちゃん。そこは違う。俺は昔働いてた事もある。生まれて此の方働いた事のない生粋のニートである皇帝より、俺は人間としてマシだから。一緒にしちゃいけねーよ。それだけはハッキリとさせとかないとだ。」
「そんな自分はマトモみたいな態度したら、皇帝さんが可哀想でしょう!私からしたら、今働いてないのなら、どっちもどっちです!」
俺が余計な事を言ったせいでユカちゃんに説教されながら、迷路のように入り組んだ通路歩み続ける。
クソ、あいつと一緒にされたく無いが故にあんな事を言って失敗だった。
自分よりも遥かに若い娘から働く事の意義を説かれるのは中々にキツイものがある。それでも、ユカちゃんの説教に耐えつつ、古くて今にも崩壊しそうな階段を四度登ると目的地の五階へと辿り着く事が出来た。時間は三時五十五分。だいぶギリギリにはなったが十分近く残してとりあえずは第一目標達成である。
ここの雑魚敵を試す為の推奨レベルは25だ。30あるユカちゃんであれば、ユニークは無理だが抽選対象の通常モンスター程度であれば一人で倒す事も可能なエリアである。
「ケットシーの再抽選エリアは、ブロック単位じゃなく、このフロア全体だからなぁ。正直言って、ユニーク取れるかどうかは完全に運だな。」
「こんな迷路のようなエリアでは、あまりモノーキーさんと離れてもいけないですよね?」
「バラバラの所で待機すると、ユカちゃんがユニーク取ったとして、俺が救援に行くまでの間にやられちゃう可能性あるしなぁ。」
「って事は今日は本当にずっと一緒ですね。どこを見てもモノーキーさんがいます。」
一瞬その言葉に驚いてしまうものの、すぐに彼女の言葉は、あくまでも本当にその言葉の通りの意味だと言う事を思い出す。流石に、こういう無自覚な攻撃を何度も食らっていると俺も慣れてきた。
...いっそのこと、俺も同じように返してみるか。
「ああ。俺の方も同じだ。どこを見てもユカちゃんがいるな。」
「...良くもまぁ、そういう恥ずかしい事が言えますね。」
ユカちゃんは呆れながら冷めた目つきで刺すように俺を見る。...酷すぎる。
「俺はユカちゃんが言った言葉を、同じように返しただけだぞ!」
「冗談ですよ、冗談。あ!あそこにモンスターが湧きましたね!」
ユカちゃんはそう言って、俺よりも先にボウガンから矢を閃光のように放つ。その速度は彼女にユニーク狩りで勝てる存在などいるのだろうかと思えるほどの速さだった。
―――
それから数十分後、俺たちは塔を降り、再び密林の中をトボトボと気落ちしながら歩いていた。
「...取れなかったな。」
「...取れませんでしたね。」
「姿すら見れなかったな。」
「モノーキーさんが気持ち悪いと言ったケットシー見たかったです。」
ユカちゃんは項垂れながら、口惜しげに呟く。
完全にユニーク狩りに敗北である。結局ケットシーが湧いたのは俺達が山を張っていた場所とは真逆の位置だったようだ。いくらユカちゃんの反応速度と射撃の正確性が凄くても、目の前に出てくんなきゃ取れるはずもない。
突然、五階から降りていくプレイヤー達が続々と増えた事から、まさかと思いその中の一人に尋ねてみたところ、既にケットシーが狩られた事を有難い事に教えてくれた。ユニークが狩られる前まではお互いピリピリとした関係であっても、狩られてしまえば敗北者同士という事もあり、妙な仲間意識も生まれやすいのがこのユニーク狩りだ。
...取れるかどうか以前に、姿すら見れないとは思わなかった。
現在の時刻は四時五十二分。まぁ、割と早い段階でケットシーが湧いてくれた事だけは幸いだったと言える。そのおかげで塔の中でログアウトも辞さない覚悟だったが密林を抜け、大森林まで帰る時間くらいはなんとか取れそうだ。
「完全に運ゲーになってしまうと、俺とユカちゃんでも勝てねーもんだな。」
「...勝負すらさせてもらえませんでした。」
密林と大森林のエリアの境目に二人しょげかえりながら辿り着くと、俺はユカちゃんに言う。
「しゃーない。次早朝に湧く時あったら、また声かけるよ。」
「またやるんですか!?」
俺がそう言うと、ユカちゃんは目を丸くして聞き返してくる。
「え、俺はそのつもりだったけど。一回でドロップするなんて思ってなかったしな。ユカちゃん、もうユニーク狩るの嫌になったか?」
俺の疑問に対して、ユカちゃんは慌てて、首と両手を同時に振って、「いえ、やりましょう!何ヶ月かかっても絶対に取りましょう!」と朗らかに笑った。
流石に何ヶ月もやるくらいなら買った方がマシな気もするけどな...。
―――
大森林へとエリアを切り替え、ひと段落した事もあり、バンザイをするように両手を空に伸ばしながら、ユカちゃんに尋ねる。
「さて、そろそろ落ちるとするか。ユカちゃんも、もう一回くらい寝る時間あんだろ?」
俺の問いにユカちゃんは苦笑いを浮かべると、かぶりを振って、否定する。
「いえ。いつも五時から勉強していますので、今日はこのまま二度寝せずに勉強しようかと思います。」
「マジで?」
「はい。」
「ユカちゃんってさ。毎夜アバンダンドにログインしてんじゃん。一切勉強してる様子見せないから、真面目風を装ったクズなのかと思ってた。」
「...ほんとモノーキーさん。デリカシー終わってますよね。私の事なんだと思ってるんですか!ちゃんと毎日朝勉強してます!私モノーキーさんが想像してるより、成績良いと思いますよ!」
心外だったようでユカちゃんは怒って、プイッと俺に背を向ける。悪かったと平謝りをする俺に彼女は背を向けたまま、顔だけ俺の方に向ける。
「...ちなみにモノーキーさんは、この後どうするんですか?」
「俺か?これから飯食って、その勢いで寝る。この寝方が一番気持ち良いからな。」
「全くもって優雅な生活ですねぇ...。健康に悪過ぎますよ。」
ユカちゃんはゴミを見るような冷たい視線を俺に向けて皮肉めいた言い回しをしてくるが、俺はそんな事を一切気にせず、屈託のない笑顔でユカちゃんに答える。
「憧れんだろ?大人になったら、きっとユカちゃんも出来るぞ。こればっかしは大人になってからのお楽しみだな。」
「やりません!」
ユカちゃんは、今度は顔だけでなく、身体全身で俺に向き直り力強くそう言い放つ。
真面目だねぇ。
俺は笑いながらユカちゃんに、「頑張れ、学生。」と言って手を振ると、「はい!」とユカちゃんから元気良く返事が返ってくる。それから、ユカちゃんは、「おやすみなさい、モノーキーさん。」と大きく手を振って、この世界から消えていった。
ふと、モニターの右下に表示されている現在時刻を見ると、月曜日の朝五時七分になっていた。ユカちゃんがこの世界から消えていった事で急にどっと瞼に強烈な眠気が押し寄せてきた。俺は瞼の上を軽く指で擦った後、大きく欠伸をする。
カップラーメンでも食って、寝るかぁ。
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