番外編⑦〜...おはようございまーす 中編〜
最初はぎこちなかったユカちゃんの乗馬も海峡を走っているうちに、大分慣れてきたようだ。俺の後をかなりの速度を出して追いかけている。前から何度も思っていたけれど、このアバンダンドの世界においてユカちゃんは相当上達の早いプレイヤーだ。
まぁ、現実の乗馬じゃ、こう上手くは行かねーんだろうなとは思うけれど、この世界においては彼女より才能のあるプレイヤーはいないような気すらしてくる。
突如、そんな事を考えていた俺の前に砂丘の砂がブワッと巻き上がった。馬に乗ったユカちゃんがポニーテールを靡かせながら、俺の乗る馬を追い抜いていく。ユカちゃんは油断大敵とばかりに軽く後ろを振り向いて、後方にいる俺をチラ見すると、ふふん、と鼻を鳴らしながら、これ見よがしに勝ち誇ったドヤ顔でほくそ笑んできた。
普段彼女が見せないような年齢相応のクソガキ感があって大変可愛らしい。しかし、少々腹立たしくなったので、俺は本気を出して一瞬でユカちゃんを追い抜くと、圧倒的な差をつけて大森林入り口で彼女を待ち構える。
俺から相当遅れて、ユカちゃんも大森林への入り口に到着する。ユカちゃんは怒気を含ませた鋭い目つきと口調で、「おとなげない!」と口を尖らせて言う。
ま、こういう小生意気な小娘には、大人の本気をたまには見せつけておかないとな。
大森林に入って少し馬を走らせていると、遠くに初心者らしきオーガとエルフのプレイヤーが破顔の黒豹に追われながら、必死に逃げているのが見えた。黒豹に手も足も出なかったモノーキーの時と違って、今の俺はアルゴを操作している為、黒豹など相手にならないほど余裕で倒す事が出来る。だから、黒豹を倒して彼等を助けてやるのも一つの選択肢ではある。しかし、俺は悩んだ末に、彼等を助けない事に決めた。単純にめんどくさい。
とはいえ、このまま目の前で死なれても目覚めが悪い。声くらいはかけてやるか。
「そのまま、こっちにまっすぐ行け!次のエリアの切り替え口はもうすぐだ!」
俺がそう叫ぶと、「「はい!」」とエルフとオーガの二人組から二重で返事が返ってくる。
良い返事だ。
俺に続いて、ユカちゃんも嬉しそうな顔をしながら、大声で二人に声をかける。
「ヴォルトシェル王国は大森林を抜けたら、もうすぐですよー!頑張ってくださーい!」
「「ありがとうございます!」」
再び二重の声で返事が返ってくると、二人は馬に乗る俺達の目の前を駆け抜け、大森林を突破して行くのが見えた。彼等を追いかけていた破顔の黒豹も俺達の目の前を駆け抜けていくが、二人が大森林を突破した事で獲物を見失うと、木の上に登って再び獲物を探しに消え去っていった。
「...何か言いたげだな。」
ふと、気づくとユカちゃんが俺を見て、何か含みのあるようなニヤニヤとした笑みを見せていた。
「いえ。モノーキーさんって優しいなぁって。」
「どこがだよ。余裕で黒豹倒せるのに、あいつらの助けず見捨てたんだぞ。優しいどころか、ひでぇ奴だろ。」
「敢えて助けないのが、優しいんですよ。勿論、私は勝てませんから、選択の余地はありませんでしたが、今になると皆が破顔の黒豹が倒さない理由が分かる気がします。」
「買い被りすぎだ。俺はめんどくさかっただけ。それだけだ。」
「ま、そういう事にしておきます。」
ユカちゃんは何を勘違いしているのか、ニコニコとしたご機嫌な表情のまま、ふんふんと鼻歌混じりに馬を走らせて行く。
この娘は人が良すぎるな。俺の取った行動に対して、勝手にその意図を自分の都合の良い方に読み取っている。別にそんな事考えちゃいねーってのに。ま、クズだ、カスだ、といつも言われてるから、褒められるのも悪い気分じゃないけどな。
―――
それから、何分もしないうちにかなりの人だかりが俺達の視界に入り込んできた。その光景を見たユカちゃんは、「凄い人数ですね。」と呆気に取られている。
ユカちゃんがそう思うのも無理はない。早朝だというのに、鮮血兎の再抽選場所である竹林には、三十人近くのプレイヤーが虎視眈々とその姿を狙っている。
「全ユニークの中でも屈指の人気だからな、鮮血兎。靴やめてこっち狙うか?」
俺が冗談めかして竹林を指差すと、ユカちゃんはブンブンと首を横に振って、その提案を断ってくる。
「...この殺気立った空気の中に入って行くのは、ちょっと怖過ぎますよ。」
「怖い?こいつらが?マジで?...ふむ。そういうものか。」
ユカちゃんの言葉を聞いた俺は、唐突に腰につけている鮮血兎の足を取り外して首にかけると、彼等の前を見せびらかすように竹林の中を牛歩で通り始める。
「●ねアルゴ!」「ゴミカス!」「てめぇぶち●すぞ!」
ははは、全くもって酷い奴らだ。俺はただ道を通っているだけなのにな。
リアルタイムフィルター処理をされまくりの暴言や怒声が、鮮血兎の再抽選場所である竹林に響き渡っている。
なんて煽り甲斐のある奴らだ。ここまで思った通りに反応してくれると超気分が良い。クソ笑える。やっぱよ、人を煽る事でしか得られない活力ってあるよな。
全身にゾクゾクとした心地良い感覚を得た俺は高笑いをしながら、愚民に手を振る賢王の如く彼等に大きく右手を振る。俺が歓声もとい罵声を浴びて馬を闊歩させている間、ユカちゃんは申し訳なさそうに顔を俯かせたまま俺の前で馬を走らせていたのだが、鮮血兎が出現する竹林を通り過ぎると、今度はユカちゃんの怒鳴り声が大深林に鳴り響く事となった。
「何で!あなたは!そういう事をするんですか!私は恥ずかしさと申し訳無さで、いたたまれなくなりましたよ!せっかく、黒豹の時は優しい人だと思っていたのに!」
ユカちゃんが烈火の如く憤慨している。凄まじい剣幕でユカちゃんは血走った目を吊り上げ、顔を真っ赤にして、めちゃくちゃブチギレている。物凄い形相だ。今までも俺の行為について嗜めたりする事はあったが、それとはレベルが違う。本気でキレている。軽い冗談のつもりでやった事で、まさかここまでユカちゃんが感情剥き出しで怒るなんて思っていなかった。俺は内心狼狽えまくりながらも、何とか彼女を宥め始める。
「ほ、ほら、ユカちゃん。叫んじゃダメだって。家族が起きちゃうぞ。冷静に、冷静にだ。」
俺の言葉で、ユカちゃんは今が深夜だと言う事を思い出したのか、グッと怒鳴り声を抑え込む。
よしよし、上手くいったと俺はホッと胸を撫で下ろすも、逆に状況は怒っていた時よりも悪化した。何故なら、ユカちゃんが泣き始めたからだ。
「...そんな事やってるから、モノーキーさん、嫌われちゃうんですよ...。私は悲しいですよ。私モノーキーさんが、嫌われて欲しくないんですよ。」
ユカちゃんは悔しげとも、悲しげともとれる声でそう言うと、眉を下げ、ぽたぽたと目からこぼれ落ちる涙を手の甲で涙を拭っている。俺達が今つけているVRゴーグルは、リアルタイムでその人の表情を読み取り、それをキャラクターに反映させるという技術が使われている。つまり、今の現実のユカちゃんも本当に泣いているという事になる。
...やばい。
現実世界の俺の額に、薄っすら冷や汗が滲み出すのを感じる。勤めていた会社を辞めてから、このアバンダンドという社会不適合者の集まりの世界の中でも、更に蠱毒のように煮詰まったプレイヤーの集まりであるラビッツフットのメンバーとしか接していなかった弊害が出ている。アバンダンド内では少しタチの悪い冗談程度の事としか思えない行為であっても、いわゆる本当に普通の人であるユカちゃんの目には、あまりにも常識はずれの行為として映ってしまったらしい。
「わ、悪かったって。冗談だって。ほ、ほら。これは俺とあいつらの挨拶みてーなもんなんだよ。恒例行事みたいなもんだ。言うほど俺とあいつらは険悪なわけじゃあない。」
俺は慌てながら、ユカちゃんにあの煽り行為についてしどろもどろに弁明する。
「...本当ですか?」
ユカちゃんは半信半疑なのか涙を滲ませた目を細めて、俺に問うてくる。
「ああ。俺も煽るし、あいつらも俺に罵声をぶつける。お互い分かったうえでの遊びみたいなもんだ。それに、俺のつけた鮮血兎の足を見て、必ず鮮血兎手に入れてやると、あいつらもモチベーション上がったはずさ。」
鮮血兎はユニークの中でも珍しい再抽選時間が完全ランダム設定されているモンスターだ。その為、いつ湧くかすら分かんねーモンスターを狙うとなると、その疲労感は半端じゃない。だから、先程の俺の煽りは彼等にとって良い刺激になったのは、間違いないはずだ。
「...あんまり、人から嫌われるような事や誤解されるようなしないでください。約束出来ますか?」
ユカちゃんの涙声での問いかけに、俺は必死に何度もこくこくと頷く。
彼女の前では、マジで変な事をするのはやめておこう...。うん。
幸いな事に、あれだけの騒ぎだったにも関わらず、ユカちゃんの家族は起きなくて済んだようだ。事なきを得た俺達は再び馬を走らせると、遂に大森林の最東部に着いた。俺は馬を降りてユカちゃんへと話しかける。
「降りよう。ここから先は馬は連れていけない。」
俺の言葉にユカちゃんは頷くと、少し辿々しく馬から降りる。ユカちゃんよりひと足先に馬から降りていた俺の胸の下辺りには、残り時間が2分40秒と表示されているウインドウと共に【エンチャント呪文を発動する。】という選択肢も浮かび上がる。馬は一度降りてから三分経っても再騎乗しないとレンタルした厩舎に帰ってしまう。
ユカちゃんはお別れの挨拶として、「ありがとう。」と言って名残惜しそうに馬を抱きしめている。俺も軽く馬の体を撫で、【エンチャント呪文を発動する。】という選択肢をタップする。すると、手綱から放たれた光が馬を飲み込み、その場から姿を消した。
手綱には移動魔法がエンチャントしており、安全に馬も町へ帰る事が出来る仕組みとなっている。
これであいつらもヴォルトシェルに帰れた事だろう。
ユカちゃんの方も呪文を発動させたらしく、親指と人差し指で輪を作り、okだとサインを出す。
さて、これで準備は整ったな。さぁ、行こう。
大森林のエリア切り替え口を抜けた先には、先ほどとは比べ物にならないほど木が密集し、まさに密林の名に相応しいエリアとなった。ゲーム設定的にもここは誰からも近寄らない見捨てられた土地という事になっている。木だけではなく、地面から生えた草もプレイヤーの背丈を超えるほど高く、完全に視界が塞がれた状態で移動する事となる。
「...何も見えません。」
そう呟くユカちゃんの姿すら、俺も分からない。きっと、ユカちゃんは近くにはいるんだろうが...。マジで草と木しか画面に映らない。
「とにかく、あの塔を目指すしかないな...。」
ほとんど何も見えないエリアではあるが、ほんの微か木々の隙間から見る事が出来る遥か遠くの巨大な建造物を俺は指さす。
えっと、今は俺はここにいるから...。
MAPを開き、自分の位置を確認していると、突然俺の右手に身に付けているグローブ型コントローラーに、誰かに握られているような感覚が走った。
「あ!遂に見つけましたよ!」
その声のする方向に俺は振り向くと、ユカちゃんが草の中から少し照れくさそうに微笑んで俺の手を握っていた。俺が驚いてユカちゃんを見つめると、彼女は恥ずかしそうに視線を落とす。
...これは駄目だ。俺はまがいなりにも、それなりに年齢のいっている大人だから、勘違いしないで済んではいる。それでも、これは危険だ。無自覚でこんな警戒心のない事をしているとしたら、絶対に勘違いする奴が大勢現れる。非常に危険だ。ユカちゃんが、誰かれ構わずこんな事をしていない事を望むばかりである。
ユカちゃんの手を離さないとマズいの分かっているものの、ここで手を振り払ってしまえば本当にデリカシーのない人間のクズとなってしまう。流石にそれはできない。
一体どうするべきか分からず、俺はユカちゃんの左手を握ったまま歩いていると、前方の草むらから大蛇が飛び出し、ユカちゃんに襲いかかってきた。即座に俺は彼女の手を握っていた右手を離し、代わりに俺はその手にダガーナイフを握る。
...良かった。マジで助かった。
大蛇が噛み付いてくるよりも早く、俺はパラリシススティングを放つと、大蛇は麻痺が入ったようで、体が痺れ出し、その場から動けないでいる。
俺は、「今だ!逃げるぞ。」とユカちゃんに声をかけると同時に、俺は麻痺で動けないでいる大蛇へと視線を送る。
礼として、お前を倒さないでいてやるから、お前も死なずに済んだ事を俺に感謝しろよな。
そんな事を心の中で思いながら、俺とユカちゃんは草をかき分け、塔に向かって走り出した。
お読みいただきありがとうございます。
面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。
よろしくお願い致します。




