エピローグ2 〜ええ、とっても。〜
乗馬クエストを当然ながらクリアしている俺とメズは、ダンデリオンの町でレンタルした馬に乗り、大平原、大森林、海峡を一気に駆け抜けて行く。その為、ダンデリオンの町からヴォルトシェル王国に着くまでにかかった時間は僅か二十分程度で済んだ。ユカちゃん、レンタロウと共に数時間かけて歩いた、あの時の大冒険が嘘だったかのような速さだ。
ヴォルトシェル王国の五層に着いた俺とメズはヒビカスの町行きの巡航船に乗る為にどこにも寄らず真っ先に港に向かうと、波止場には誰かを囲むような十数人程度の人だかりが出来ており、何やら色めきだっているのが目に入った。
船の出航時間まで、まだ大分あるはずだが。何かあったのだろうか。
俺が怪訝な面持ちで、その人だかりを見つめていると、メズが深く息を吐いた。
「あれだけ念押しして、迎えに来なくて良いって言ったのに。」
メズの言葉で全てを察した俺は、目を凝らして見てみると、その人だかりの中心にいたのは、やはりユカちゃんだった。彼女の耳には先日ドロップした頭領のピアスがつけられている。
ラビッツフットを相手にして、一回も盗賊の亡霊やゴーストの占有権争いに負ける事なく頭領のピアスを手に入れた彼女は一躍アバンダンドの有名人となったようだ。大勢のプレイヤーに話しかけられ、困惑の表情を浮かべている。そんなユカちゃんを見守るような形で、少しだけ離れた場所にササガワとレンタロウの姿もあった。
「ほら、アルゴ行くわよ。皆待ってるわ。」
「ああ。」
俺とメズが集団に段々と近づいて行くと、ユカちゃんもメズの姿を確認出来たようで、「メズさーん。ここですよー。」と声をかけている。
ユカちゃんはメズに手でも振ろうと、手を上げたのだろうが、メズの隣にいる俺にも気付いたらしい。中途半端な位置で手を挙げたまま、硬直してしまっている。
「邪魔よ。ユカユカちゃんに用があんだから、道を空けなさい。」
メズはそう言って、人波をかき分けるようにぐいぐいと進んでいくと、「なんだなんだ。」と周りのプレイヤー達はユカちゃんに話しかけるのを邪魔された事で、こちらに苛立った視線を向けてくる。しかし、そこは流石魔女...。いや、聖女だな。今でもそのカリスマ性は大したもので、メズがギロリと睨みつけるように一瞥すると、ギャラリーが俺達の元から一目散に離れていく。
「ユカユカちゃん。アルゴ連れてきたわよ。」
ユカちゃんの元に辿り着いたメズは、「ほら、もっとこっちに来なさい。」と言い、俺の腕をぐいっと引っ張り、ユカちゃんの正面に俺を連れてくる。
「...久しぶりだな。ユカちゃん。」
「...モノーキーさん、で良いんですよね?」
「ああ。この姿で会うのは初めてだな。俺がラビッツフットの元ギルドマスター、アルゴだ。」
「初めまして、ですね。」
既にユカちゃんの周りにいたプレイヤーは、俺とメズが現れた事により、全員蜘蛛の子を散らしたようにユカちゃんから距離をとっている。いつもなら腫れ物扱いされるのは腹立たしい所もあるが、今日に限ってはこの立場に感謝だな。
「ユカちゃん。これからは、このアルゴの姿がメインになる。」
今の俺の姿は怪物のような姿のモノーキーと違って、この金髪の超カッコいいキャラだ。アバンダンドコンティネントオンラインを始める際に、何時間もかけて、自分の理想とも思える姿で作り上げたキャラクターだ。
アルゴは短髪でキャラメイクした為、頭部に巻いているターバンで髪の毛全体が覆っている為、どういう髪型をしているのかも分からないだろう。前髪だけは微かにターバンからはみ出ており、髪色が金だというのが分かる程度だ。服装も丈の長いベスト、ダボダボのワイドパンツを身につけており、全体的に、まさに盗賊と言った風貌となっている。
モノーキーの時も高額な装備をつけていたが、今の俺はその比ではない。この装備一つ一つが、一層以外のヴォルトシェルの土地を買える程の金額だろう。そして、何より腰にはこのアルゴを象徴する装備である鮮血兎の足を身につけている。
俺の姿を見て、ヒソヒソと周りから噂話をされているのが聞こえてくる。モノーキーの時には無かった反応だ。これは全て俺に対するそしりの言葉だろう。だが、見た目、装備、風評。この全てがアルゴとしての俺の姿なのだ。
「あの時、ユカちゃんに誘って貰ったのはオーガのモノーキーだ。このアバンダンドの世界の誰からも嫌われているアルゴじゃなかった。多分、これからはモノーキーの姿になる事は少なくなると思う。」
結局、モノーキーはこの姿に戻るまでの繋ぎだ。少ない時間をあの姿でプレイしたから、愛着がないわけではないが、やはりこのアルゴとしての俺が、この世界で生きてきた俺なのだ。
「もう、モノーキーじゃないが、今度はアルゴの俺をギルドに入れて欲しい。見ての通り、嫌われ者の俺だ。ユカちゃんに迷惑をかける事もあると思う。それでもこのギルドの一員として、これからも一緒にやっていきたい。」
彼女からどんな返事が返ってこようとも、俺はそれを受け入れようと思う。そう言って俺はユカちゃんに頭を下げると、
「今更何を言っているんですか!オーガのモノーキーさんも、人間のモノーキーさんも同じじゃないですか!違う人間なわけないでしょう!」
ユカちゃんは、顔を真っ赤にして叫んだ。
「それに迷惑かけるかもって...。」
ユカちゃんは、きつく目を吊り上げ、じろりと俺を睨みつけ、怒鳴る。
「良いですか!?既に大迷惑どころの話じゃないんですよ!私のギルド崩壊寸前です!何で入ってくる皆、全員クセ強すぎなんですか!それにリンドウさんやアサギリさん、ホーブさんみたいなこのギルドに関わってくる人も全員おかしい人ばっかなんですか!しかも、私いつの間にか、有名人にさせられてるんですよ!もう十分とんでもない事になってるんです!」
今までの鬱憤がたまってたのだろう。捲し立てるように言葉が次から次に噴き出ている。もう止まらない。全員に対する不満を次から次にぶちまけていく。このギルドを作ってから起きた出来事への愚痴が止まらないようだ。あの誰にでも優しいユカちゃんが大発狂している。笑ってはいけないのだが、両手で頭を抱え、悶えながら絶叫しているユカちゃんの姿を見て、俺は思わず笑ってしまう。
「笑い事じゃないですよ!一体どうすればいいんですか私は!」
「ゆ、ユカユカちゃん、せっかく、有名になったんだし、いっそのこと、私と一緒にユニット組んで、歌でも歌う?多分もっと有名になれると思うわ。」
「歌うわけがないでしょう!」
「そ、そうよね。ご、ごめんなさいね。ユカユカちゃん。」
愚痴をある程度言い切ったユカちゃんは、はぁはぁと息を切らしながら、俺に再び話しかけてくる。
「良いですか?モノーキーさん。だから、もう既に迷惑はかけられてるんです!こんな事になった責任とってください。...一緒にやりましょう。」
「良いのか。」
「ええ、とっても。」
さっきと打って変わって、俺を誘ってくれた時と何一つ変わらない笑顔で、彼女は言う。
―――
「アルゴさん、このギルドに僕を誘っておいていきなり消えるなんて酷過ぎませんか。気まずいにも程がありますよ!」
ふと気づくと俺の元に二つ人影が増えていた。俺はそのうちの一人に返事を返す。
「そういやそうだったな。悪かった、ササガワ。」
俺は一人にしてしまったササガワに頭を下げるも、先ほどまでレンタロウと楽しげに何やら話をしている姿を見て、うまくやっているようで、安心していた。
「おっさん、久しぶりだな。」
もう一つの影の主であるレンタロウは、どこか気まずそうな顔で、俺に声をかけてくる。
「いつか、俺おっさんに除名しろって言ったことあったよな。もしかしたらそれを気にしてたかなって思うところあって。ごめん。」
「んなことあったか?忘れたわ、そんなん。それより、お前の姉ちゃん凄い事になってるな。」
「俺が蕨餅に復讐したかったのに、姉ちゃんがやっちまうんだもんなあ。俺もあんとき参加しとけばよかったよ。」
「大丈夫。次は領土防衛戦があるから、そこで蕨餅ぶっ倒せば良い。」
「はい?」
俺の言葉を聞いていたユカちゃんが、当惑した声をあげる。
え?だって、そりゃそうだろ。
「ユカちゃんは一躍スターになったからな。これから、このギルドは大手ギルドから大分目をつけられたはずだ。至るところから、対ギルド戦、いわゆる領土防衛戦の話が出てくるはずだ。」
「なりたくないです!良いです!そんなの。」
心底やめてくれといったように、再びユカちゃんは両手で頭を抱えて悶え出している。
「それにホーブから、蒼穹回廊を奪い取らねーといけねーからな。ラビッツフットと領土防衛戦は必ずやる。」
「...アルゴ。この前、あんたホーブにラビッツフットあげるってカッコ良く宣言してなかった?」
宝物庫での出来事を思い出したらしく、メズが俺に言葉を投げかける。
確かに俺はホーブにそう言った。
「ああ。その通り。男に二言はない。確かにラビッツフットはあいつにやったよ。でもな?俺は一言も蒼穹回廊をやるなんて、言ってねえ!」
俺は声を荒げながら言う。
「良いか?よく聞けよ。俺が蒼穹回廊買うのに出した金、三億Gだぞ。三億G!三億あったら俺もユニーク武器を作れたんだ!あの場所だけは絶対に返してもらう!」
「何てみみっちい男なの...。」
メズが呆れ果てた目で、俺を見つめながら言う。
「うるせぇ!!お前はユニーク武器持ってんじゃねえか。俺はユニーク武器も蒼穹回廊もエキスパートスキルも禁断魔法も持ってねーんだぞ。持ってる奴が持ってねー奴に上から説教すんじゃねえ!」
「俺もおっさん達に付き合ってたら、頭狂ってきたのか、おっさんがきちんとカス野郎だと安心するまであるんだが。」
レンタロウがしみじみと呟いた。
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