エピローグ1〜 ...気持ち悪ぅ。〜
ダンデリオンの町の池で夜釣りをしている俺の元に人影が現れた。
「あ、ちゃんとアルゴになってる。よしよし、やっぱりその方がカッコいいわね。見慣れた姿だわ。」
月に照らされ、水面に俺とメズの姿が映し出され、二つのブロンドの髪が、満月と共に三つ水面に輝く。ホーブ達との邂逅から数日経った今、俺の姿はオーガ族のモノーキーから人間族のアルゴへと戻っていた。
「...何で、お前いつも俺の居場所分かんだよ。」
「そりゃあ、アルゴの居場所くらい分かるわよ。どーせ、釣りしてるんだろうなって。」
俺がアルゴを操作している時は居場所を検索されないように位置情報を切っている事が多い。そうでもしないと、嫌がらせをしてくる奴があまりにも多いからな。それなのに、この女はめざとく俺の居場所をいつも見つけてくる。
「...お前、俺のストーカーかよ。」
「ま、そういう事にしといてあげる。こんなに可愛いストーカーで嬉しいでしょ?」
予想外の返事に俺は一瞬たじろんでしまう。
やっぱり、こいつ俺の事好きなんだろうか。色々そうとしか思えない事もあるしな。
「何よ、その目は。あ、もしかして、私があんたに惚れてるとか考えてる?んなわけないから、私に惚れちゃダメよ。私は皆のメズさんなんだから。」
「...ほんと、自信過剰な女だな。」
「だって、私が美しいのは事実だもの。ね、どう?釣れてんの?」
「見りゃ分かんだろ。」
俺は憮然としながら、メズに答える。
「どれどれ。って...。」
魚籃を覗き込んだメズは呆れた顔になる。魚籃の中には魚の姿は一匹も入っていない。
「相変わらず酷いわね。アンタ、モンスター引っ張る才能は凄いのに。こっちの釣りの才能はほんと皆無ね。」
「うるせえよ。んなこと言いに来たのかよ。」
「違うわよ。ね、アルゴ。ユカユカちゃんなら、いつまで待っても来ないわよ。」
「お前が何を言いたいのか、意味が分からない。」
「アンタ、ユカユカちゃんが勧誘しにくるの待ってるんでしょ?」
メズのその言葉に俺は答えられず、黙り込んでしまう。
こいつ、人の心でも読めんのかよ。
「ほら、図星。ほんっと気持ち悪い男ねぇ。あんた自分が察しが良いからって、他人にまでそういうの求めてくるところ私嫌いだわ。さっさと自分からギルドに顔出しに行きなさいよ。」
「...アルゴは五つ葉のクローバーのメンバーじゃないからな。」
「...気持ち悪ぅ。」
眉をひそめ、心底嫌悪した顔と声で、メズは吐き捨てるように言う。
「モノーキーじゃなくて、アルゴの自分は誘われてないから、ギルドに顔出せないって事?ダサっ。」
「お前今日は言いたい放題だな。」
俺がそう言うと、メズはフンと鼻を鳴らす。
「レン君に聞いたわよ。アンタ、アルゴに戻ったらギルド抜けるって宣言してたらしいじゃない?」
「お前...。そんな事まで聞いたのか。」
「ええ。そーよ。ほんっとプライドの高い男よね。そんな事誰も気にしてないんだから、普通にログインしてユカユカちゃんに個人チャットしてアルゴの方もギルドに加入させて貰えば良いだけなのに。」
「それが出来ねーから苦労してんだよ、俺は。」
「アンタ、あれでしょ。髪切ったら、学校に行くのが嫌だったタイプでしょ?あんたみたいな自信過剰なタイプが一番人からどう思われてるか気にするのよね。誰もそんな事気にもしてないのに。」
「お前人の心、的確に抉ってくるのな。今のは結構効いたぞ。」
まさに、その通りである。前にササガワに偉そうな事を言ったが、本当は俺が他の誰よりも人の目を気にして、人から嫌われる事を恐れている。勿論、ササガワに言った言葉も本当だ。俺の事を嫌ってる奴らから嫌われても、俺はどうとも思わない。だけど、俺に対して一度でも好意的な目で見てくれた人から、拒否されるほど怖い事はない。
「ユカユカちゃん。アンタが来なくなった初日に既に迎えに行こうとしてたから、私ユカユカちゃんに釘刺しておいたのよ。アルゴが来るまで絶対にユカユカちゃん、あいつをギルドに誘うなと。」
「お前ひでぇ事するよな。迎えにきてたら、俺こんなに長い間釣りしなくて済んだのに。」
「あんた絶対子供時代、いーれーてーが言えなかったタイプの子供でしょ。」
「メズ、お前凄いな。ササガワじゃねーけど、マジで胸が締め付けられて、苦しくなってきたぞ。」
「アンタの事なんて、いくらでも分かるのよ。これ以上苦しくなりたくなかったら。さっさとユカユカちゃんに、いーれーてーって言ってきなさいよ。」
「...なんつーかよ。居心地が良くなっちまって、こえーんだよな。」
「何それ。」
「ユカちゃんだけ、俺をモノーキーと言い続けてたろ?彼女にとっての俺はモノーキーで、アルゴの俺を受け入れてくれる気がしねーんだ。」
「何言ってんの。逆でしょ。いくら私たちがアンタをアルゴと呼ぼうとも。モノーキーさんと言い続けてたのよ?あの子だけが今のアンタを見ててくれてたって事じゃない。」
俺はメズの言葉を、ただ黙って聞いている。
確かにそうは考えた事もあった。だけど、もしそれが違った場合、俺は立ち直れそうにない。今だから言うけど、ラビッツフットから抜けさせられた事は俺にとって本当にダメージが大きかった。自分自身を騙して効いていないフリをしていたが、居場所がなくなる事ほど辛いものはない。だから、あれだけ必死になってラビッツフットを取り戻そうとしていたんだ。
「あんたが最強の一角と言われるようなギルドのマスターだったと分かった後でも、あの子それで対応変えた?」
「...いや、むしろ、当たりが強くなった気がする。そんな立場だったのに一体何をやってるんですかと。」
「それが答えよ。」
馬鹿馬鹿しいとだけ言って、メズは嘆息をつくと薄桃色に染めた毛先が揺れる。
「ったく、この私がこんなところまでわざわざ来てあげたんだから、礼の一つくらいえないの?」
「ああ、ありがとうメズ。」
「ふん、分かれば良いのよ。」
それから、数分間俺達は一言も喋らずにいた。逆にメズの方がこういう湿っぽい空気に耐えきれなくなったらしく、話題を変えて切り出してきた。
「そういや、ユカユカちゃんがラビッツフットを完封した際の動画が今話題なのよ。知ってる?」
俺は首を横に振って言う。
「いや、まだ見てない。メズが撮ったのか?」
「違うわよ。ユカちゃんのあの凄技を宝物庫にいたプレイヤーが撮ってたみたいね。」
なるほどな。ユカちゃんのプレイングにざわついていたのは五つ葉のクローバーとラビッツフットのメンバーだけじゃなかったしな。あの場にいたプレイヤー全員があの絶技に驚いていた。それに、あんな馬鹿みたいに目立つ格好して、最初から蕨餅を完封してたんだ。そら、動画くらい撮られるわな。
「あーあ。私が動画撮ってれば、私の収益になったのに。勿体無い事したわ。」
「相変わらずがめつい女だなぁ。」
「るっさいわね。私は金稼ぐ必要があんのよ。」
「まぁ、メズが貯めた金を何に使うかは知らねーけど、ロクでもない使い方すんなよな。」
「癪に触る言い方ね。悪いけど、アルゴのご期待には添えないわ。超ロクでもない事に使う予定よ。」
まぁ、メズの事だ。どうせ、信じられないような値段のするハイブランドの服や鞄、アクセサリーを買い漁ってる未来が容易く想像出来る。んなもんに金を使うなんて男の俺からしたら理解が出来ん。もっと有意義な金の使い方なんていくらでもあるというのに。
「なぁ、メズ。」
「何よ。」
「今度ラーメン食いに行くか。奢ってやるよ。」
「何それ。デートに誘ってんの?」
「この前の奢れっつった件だよ。」
「あぁ、あれね。でも、ムリ。ラーメンなんて高カロリーだし、糖質取りたくないし。私、行くなら温野菜が食べたい。それなら行ってあげるわ。」
「んな金ねーよ。それにラーメンも温野菜も似たようなもんだろ。もやしもキャベツもほうれん草も温野菜と言えなくもないだろ?俺はラーメンが食いたいんだよ。」
「しょうがないわね。付き合ってあげるわ。あ、そうだ。アルゴ。ACOは満月の夜は釣れないのよ。そんな事も知らないの?」
メズは俺の手を引き、二人でダンデリオンの夜道を歩いて行く。ガキの頃、周りで遊んでいる子たちに言いたくても、言えなかった言葉をユカちゃんに言いに行く為に。
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