第3章10話〜まさか、これほどとは俺も思わなかったな〜
「ユカちゃんは、G7に行ってもらえるか。」
俺がユカちゃんに指示を出したのは抽選枠のモンスター、ゴーストが出る三つのブロックのうち、北西に当たる位置の場所だ。ユカちゃんに促すように俺が顔を向けた先には和風の鎧に身を包んだ侍、蕨餅が既に居合の構えをとって、モンスターがポップするのを今か今かと待ちわびている。
あの時の大平原と同じだな。
「わ、私が、あの蕨餅さんと対峙するんですか!?無理です!ムリムリムリムリですよ!!」
ユカちゃんもその蕨餅の姿を見て、必死にかぶりを振って俺の提案を拒否している。以前、ユカちゃんは大平原にある冒険者の墓場で、蕨餅に一撃で首を切り落とされている。あの時の戦闘不能にさせられた苦い記憶が思い返されているのだろう。
「無理じゃねーって。ユカちゃんがあいつ程度に負けるはずがないだろ。」
首をブンブンと横に振るユカちゃんに対して俺は自信を持ってそう言い放つ。勿論、この発言にはユカちゃんをトラウマを克服出来るように鼓舞する意図もあるけれど、俺は本当にユカちゃんが蕨餅に簡単に負けるような実力ではないと思っているからだ。
「でも、あんなにレベル差あるんですよ!?私のレベルにじゅもごご、」
やばい。
俺は慌ててユカちゃんの口を俺の右手で塞ぎ、その続きの言葉を言わないようにさせる。現実世界のユカちゃんの口を塞いだわけじゃないから、現実でのユカちゃんは普通に喋ってるのだろうが、アバンダンドの世界ではキャラクターの口を塞ぐ事で、その音声を不明瞭なものへと変換する事が出来る。
危ねぇ。危ねぇ。それを言っちゃったら、こうやってレベル非表示にしてる意味がなくなっちまうからな。
「大丈夫。ユニーク狩りに必要なのは占有権を取るテクニックだ。レベルや戦闘技術じゃない。それにここはPvP禁止エリアだ。蕨餅がユカちゃんにダメージを与えてくる事は絶対にねーから怯えなくて良い。」
俺が彼女の正面から口を押さえつけながら、そう諭していると、ユカちゃんの顔は見る間に紅潮していき、目を細めながら俺を睨みつけている。
別にゲームだから息が苦しくなるはずとかはないはずなんだけどな。
何か言いたげなので、一先ず俺がユカちゃんの口から手を離すと、ユカちゃんが叫んだ。
「モノーキーさん!一体何するんですか!?」
その声になんだなんだと周りから視線が集まる。俺は人差し指を立てて、しーっと自分の口の前に添えながら言う。
「ユカちゃんが自分のレベル言っちゃいそうだったからな。こいつらにナメられたらまずいだろ?」
「他にやりようがあるでしょ!デリカシーがありません!」
ユカちゃんからお叱りを受ける。ごもっともである。
「ユカユカちゃん。ダメよ。この男にはそういう配慮とか出来ないんだから、期待する方が無駄よ。」
クソ、散々な言われようだ。
俺はとにかく話を軌道に戻しながら、話を再開させる。
「ユカちゃん。とりあえず、その話は一旦置いておこう。今は蕨餅の件だ。あいつ、ユニーク狩りは本当に下手くそなんだよ。」
「そうは言われましても、あんな速度で狙われたら取れる気がしないですよ...。」
自信なさげに訥々と弱音を吐くユカちゃんに俺はニヤリと意地の悪い笑みを見せ、笑い飛ばすように言う。
「負けねーよ。初心者エリアでのユニーク狩りなのに、他のプレイヤーを間違ってぶった斬ってる時点で大した腕じゃない。ユカちゃんが身をもって、あいつを下手くそだって証明してんだよ。な?あん時のお返ししてやる良いチャンスだ。あいつらを悔しがらせてやろうぜ。」
「...分かりました。そうですね、私だけじゃなくタロちゃんがやられたお返しもしなきゃいけませんよね。一匹も取られない覚悟でやります。」
俺の説得にユカちゃんは頷き、グッと表情を引き締めながら力強く答えてくれる。
「ああ。頼んだ。」
俺も大きく頷くと、次はメズに、「I9でホーブを抑えてくれ。」と指示を出す。俺からの指示が予想外だったのかメズは少し驚いた口調で言う。
「へぇ、意外ね。私にあの馬⚫︎と戦わせてくれるなんて。てっきり、アンタがホーブとタイマンするっていうのかと思ってたわ。」
「メズはナイトアウルを襲撃した元凶のホーブを相手にするのが一番燃えるだろ?」
「...そりゃあね。って事は、アンタがあのクソ女相手にすんのね。」
「ああ、この中で最強なのは海賊のハルだからな。見ての通り、この三つのブロックの中心であるH8をあいつが担当してる事でも分かるだろ。あの位置なら高難易度だが、G7もI9も担当可能だからな。」
「...ハルさんって、そんなに凄い方なんですか?」
ユカちゃんはI8でつまらなさそうに口に手を当てながら欠伸をしているハルを見つめて言う。
「金策においてはスペシャリストだ。魔法で遠距離、銃で中距離、曲刀で近距離と全ての状況に対応出来るオールラウンダーだ。」
「さっき、モノーキーさん。あの中でハルさんが最強って言ってましたけど、あのホーブさんよりも上なんですか?」
「ああ。ホーブが凄いのはPvP、対人戦だからな。金策や対モンスターじゃあない。少しエイムに難はあるが、反応速度はハルがラビッツフット最強だ。俺よりも早い。ハルのところに盗賊の亡霊が湧いたら、そんじょそこらの奴じゃ、まず勝つ事は出来ないはずだ。そういう風に鍛え上げたからな。」
「なーにが一番弟子じゃないよ。やっぱり、色んな事手取り足取り教え込んでるじゃない。いやらしい男よね。良い?ユカユカちゃん。この男ほんと嘘ばっかりなんだから、心許しちゃダメよ。ハルのように東西南北、日本全国津々浦々。至る所に女作ってるんだから。」
「...モノーキーさん、その話本当ですか?」
「なわけねーだろ!メズ、お前ふざけんなよ。ユカちゃんが信じそうになってんじゃねえか!」
「ふん、割と私は本気で言ってるわよ。この男、女関係は本当に節操ないんだから。」
メズは苛立たしげな声で、プイッとそっぽを向いて言う。
「...お前はお前で頭おかしい女だなほんと。」
―――
俺がH8に着くと、ハルが邪悪な笑みを浮かべながら俺の元へと近づき、話しかけてくる。
「ふーん。オーガさんが私の相手なんだ。やり合うなら、メズちゃんが良かったな。領土防衛戦の時みたいにボッコボコにしたかったのに。ま、これはこれで面白そうだからいっか。」
「その通り。メズじゃ、お前に勝てるはずがないからな。しょうがなく、俺が出てきたんだ。」
俺の言葉がハルの笑いのツボに入ったらしく、「あなた正直ねぇ。」とキャハハハと声を出して笑い出す。
「なぁに。つまり、あなたは私に勝てると思ってるって事?」
そう問いかけてくるハルに、「さぁな。」と俺はぶっきらぼうに答える。
再抽選の時間が開始間際になると、前回の盗賊の亡霊が倒された時間を測っていたようで、ログアウトしていたプレイヤー達が何人もこの宝物庫に戻ってくる。
やはり、盗賊の亡霊は人気のユニークモンスターだ。ライバルはラビッツフットだけではない。こいつらも相手にしなきゃいけない。気合い入れねーとな。
これからG7、H8、I9には五分間隔で一体ずつゴーストがリポップする。ここにいるプレイヤーは皆時間を計測しながら待機しているのだろう。一秒毎にダンジョンの宝物庫が、しんとした空気に包まれていく。そんな中で、バシュンとボウガンから矢が発射された音がした。音の鳴った方を見ると、どうやらユカちゃんが放った一撃のようだ。ユカちゃんが攻撃を仕掛けたモンスターは、見た目はユニークとほぼ同じだが通常モンスターのゴーストだ。蕨餅だけでなく他のプレイヤー達よりも早く占有権を取れている。
思ってた通りだな。相手が蕨餅でもユカちゃんは十分やり合えている。
アンデット族はゾンビタイプだろうが、幽霊タイプだろうが共通して光魔法が弱点であり、僧侶である俺は光魔法を得意とするジョブの為、ある程度簡単にゴーストを倒す事が出来る。しかし、ユカちゃんは物理攻撃がメインの盗賊だ。アンデット族の中でもゴーストのような幽霊タイプは魔法耐性が低く、物理耐性が高い。ユカちゃん一人でも勝てない事もないだろうが、どうしても時間がかかる。だから、一撃で倒す事の出来るメズの元へと、空中をふわふわ飛ぶゴーストを引き連れながら走って行ってる。
...ただ、こうなるならレベル隠した意味はあんまりなかったと今更ながら思う。
それからH8にはゴーストは二回湧いた。一回目は俺が取ったが、二回目はハルに取られる形になっている。
クソ、全盛期ならハルにゴーストも一回も取らせずに勝てたのだろうが、流石にラビッツフット金策チームのエースだ。中々一筋縄では行かない。
ハルが倒したゴーストの時間を横で計測して、次のゴーストのリポップを待っていると、ハルが嬉しそうに下瞼を三日月状に細めて、パチパチと拍手をしながら話しかけてくる。
「オーガさん中々やるねー。私と互角の勝負出来る人なんて滅多にいないんだけどな。ちょっとだけ面白いよ。」
そりゃあ、ハルは俺が直々に鍛えてやったんだからな。当然相手になる奴なんて俺くらいしかいないだろう。
「そら、どうも。」
ハルはどんどんと俺の元へと距離を詰めると、ハルは少し腰を屈め、下から俺を上目遣いで覗き込んでくる。
「ねぇ、あなた。見どころあるね。ナイトアウルなんかやめて、うちに来ない?もう、ナイトアウルはメズちゃんの大炎上で落ち目だよ。」
どうやら、ハルは俺の事をナイトアウルのメンバーだと思っているらしい。まぁ、目下大炎上中のメズと交流してるプレイヤーなんて限られるだろうからな。
「この俺が?お前達に従うの?」
俺は目の前にいるハルと遠くにいるホーブに対して交互に視線を送ると、わざとらしく自分の顔を指差し、小馬鹿にしたような声でハルに言う。
馬鹿馬鹿しくて笑っちまうな。その姿を想像しただけで苦笑いが止まらない。
「あり得ねーな。」
「えー、残念だなぁ。」
ハルは露骨に肩をがくりと垂らし、俺に誘いを断られて傷ついたとアピールしてくる。
「つーか、お前な。俺をラビッツフットに誘うなんて見る目がねぇよ。誘うならあっちにしとけ。初心者であれだぞ。」
俺がハルに促すように顔を向けた先には、「メズさーん!取りましたー!助けてくださーい!」
豪華絢爛なドレス姿で必死に走りながら叫んでいる少女の姿があった。彼女の後ろをユニークモンスターである盗賊の亡霊がその背中を追っている。
どうやら、ユカちゃんは再抽選が始まってからG 7に出現した盗賊の亡霊を含めたゴーストの占有権を全て勝ち取っているらしい。
「何者なのあの子...。」
ユカちゃんを見て、そう呟くハルの顔がピクピクとひくついている。
まさか、これほどとは俺も思わなかったな。
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