第3章9話〜俺から一つ頼みがある〜
「出なかったな。」と、俺は呟く。
メズの長槍に貫かれた亡霊は光と共に消滅していく。ドロップアイテムがあれば、モンスターが消滅して行く際にアイテムがその場に残されるのだが、今回地面の上には何も存在していない。
俺が周りに目を走らせると、少し距離を置いて大勢のプレイヤーが俺達を囲むように位置取って見つめている。これは俺達が頭領のピアスをドロップしたかどうかの確認をしているのだろう。自分達が倒したモンスターではないといえ、その成果は気になるらしい。頭領のピアスは超がつくほどの低ドロップ品だ。誰かがそれを出してしまったのなら、今日はもう出ないなと諦める為の良い判断材料になるのかもしれない。俺達が頭領のピアスをドロップしていない事を確認したプレイヤー達は、再び自分達の持ち場へと戻って行く。
「へぇ。大分ブランクあったのに、腕は落ちてないようね。」
メズは金色の前髪をかきあげながら、「流石ね。」と感嘆の声を上げるものの、俺はゆっくりかぶりを振って答える。
「いや、これでも相当腕は落ちてはいた。だが、それでもこいつら如きに後れをとるはずがないってだけの話だな。」
モノーキーになってからは、どうしてもユニークなどの緊張感のある占有権争いをする機会が少なくなったせいだろう。反応速度はアルゴの時と比べて大分衰えている。あと数日でアルゴが使えるようになる今の状況では、ある程度感覚を元に戻しておかないといけない。だから、このピアス狩りはユカちゃんの訓練だけでなく、俺にとっても良いリハビリの機会と言えるだろう。
「気づいた時にはモノーキーさんが亡霊に魔法撃ってて、びっくりしました。...これがユニーク狩りなんですね。周りの方々も一斉に亡霊を狙ってきて、凄い緊張感でした。」
ユニーク狩り特有の空気感に圧倒されているユカちゃんに、メズは含み笑いを浮かべた顔を向けて言う。
「ユカユカちゃん、初めてでしょ。こんなにアルゴがまともに活躍するの見るの。どうせ、いつもロクでもない事しかしてないだろうし。」
メズの言葉にユカちゃんは慌てて首を横に振り出す。
「そ、そんな事ないですよ!モノーキーさんには、いつも助けて貰ってますし、尊敬しかないです。まぁ、その、ロクでもないというか、訳分からない事を始めるのはその通りですが...。」
そう言って、ユカちゃんは一瞬だけ俺に視線を向けてくる。
...どいつもこいつも酷い言いようだ。そんなに俺は訳分かんない事してるのだろうか。ただ常に最大効率を求めてるだけなんだが...。
「...まぁ、とりあえず倒した時間が二十時四十一分次は二十一時十一分に抽選開始だ。各自それまで離席してても良い。適当に過ごそう。」
俺はモニターに表示されている現在時刻を確認しながら二人に呼びかける。
「了解です!とりあえず、私は今は離席する必要もないので、ここで待機します!」
「私もここでゆっくりしてるわ。リアルでだらけて下手に集中力切らすの嫌だし。」
「んじゃ、適当に話しながら待つ事にするか。」
俺はアルゴを地面へと座らせると、VRゴーグルのモニターに映し出される視点が低くなる。現実の俺はゲーミングチェアに座りっぱなしなのだが、こうして視点を変えるだけでも何だかリラックス出来たように感じるのは不思議なものだ。
ユカちゃんとメズも俺の動きに呼応するように輪を作るような形で地面へと腰を下ろし出す。石や岩が剥き出しの洞窟の地面にドレス姿のお嬢さんが座り込んでいる姿は本来かなりシュールな光景な筈なのだが、人間の慣れってのは恐ろしいもので、俺やメズだけでなく周りにいるプレイヤーですら、この光景にあまり違和感を感じなくなってきているように思う。そんな中、一人だけ虚ろな目をしながら、口をぽかんと開けてどこか違う世界に旅立っていってしまっているユカちゃんを呼び戻す意味も込めて、俺は一つ質問を投げかける。
「そういや、ユカちゃん。結局レンタロウは来るのは無理そうか?」
突然の俺の質問にどこか遠くに旅立っていたユカちゃんは慌てて目に光を点灯させ、軽く頷いて答える。
「あ、はい。今日はタロちゃんはバイトなので、参加は厳しいそうです。」
「あいつ。学校終わってから、働いてるとか狂気の沙汰だな。どうせ、歳取れば働く事になるんだから、遊べる時は遊んどきゃいいのに。そんなに金に困ってんのか?」
「んー。どちらかと言うと、タロちゃんはお金よりも社会経験積みたいんだと思います。それにバイト先で様々な年齢層の方と交流出来るのも楽しいみたいですよ。」
「...頭おかしいんじゃねえのあいつ。ダメだマジで理解出来ねえ。」
俺が陽キャという生き物に対して、心底理解に苦しみながら、そう呟くと、隣に座るメズが嫌悪に塗れた顔を向けてくる。
「頭おかしいのはアンタでしょ!良い歳になっても一向に働かないアンタが言う事じゃないでしょうが。レン君見習って、さっさと働きなさいよ。」
メズはそう言って、横に座る俺を強く叱り飛ばす。まぁ、俺も良い歳をした大人だ。当然ながら自分の今置かれている状況というものはちゃんと把握している。だから、少しはメズの言う通り、少しは自分の人生について考えるかと、顎に人差し指の第二関節を押し当て、考え込む。
数十秒後、結論を出した俺はゆっくりと自分の考えを二人に述べ始める。
「いや。ダメだ。まだその時期じゃない。」
俺のその言葉に二人は眉根を寄せ、心底軽蔑した視線を向けてくる。
「モノーキーさんにその時は来るのでしょうか...。」
「あれだけ考え込んでたから、何を言い出すのかと思ったら...。ユカユカちゃん。こういう働かないクズ男は絶対にやめときなさい。アルゴやホーブ、ザラシと本当にロクでもない奴しかいないからね。」
クソ。勝手な事ばっか言いやがって。俺は敢えて働いていないだけなのに。俺が本気になればいくらでも働けるのを分かっちゃいねえな。
それから、メズとユカちゃんの俺がどうして働かないのだの、どうしたら働くのだの、クソ死ぬほどどうでもいい不毛な議論が始まり、俺が二人から針の筵にされている中、ピコンとタイミング良く俺のVRゴーグルに通知が鳴った。
「お、ササガワ。今からログインするから、三十分後にここに来るってさ。」
俺は携帯端末からVRゴーグルにササガワからメッセージが転送されてきたメッセージを確認すると、このクソみてえな話題を終わらせる為に、これ幸いと二人の会話を遮って、その内容をユカちゃんとメズに伝える。
「了解。本当にアンタら仲良いのね。リアルの連絡先まで交換してるなんて。」
「まあな。普通に良い奴だからな。こうして手伝いにも来てくれるわけだし。」
「何だか、申し訳ないです。皆さん巻き込んでしまって。」
「良いんだよ。あいつ、久々のパーティプレイで、ウキウキしてるみたいだから。めっちゃテンション上がってるぞ。」
「そら、毎日墓場でゾンビとしか会ってなかったらそうなるわね...。ま、彼が来てくれたら、特にライバルになりそうな人達ももういないし、楽勝ね。」
メズは宝物庫にいる周りのプレイヤーを見渡し、少なくとも俺達の相手になり得る存在がいない状況に笑みをこぼす。
「本当に数が少なくなりましたね。私達含めて、十人くらいでしょうか。」
ユカちゃんは先程までプレイヤーでごった返していた宝物庫が一変して、がらんどうになった事に困惑気味に呟く。
「まぁ、中には時間だけ確認してログアウトした奴もいるだろうが、こうやって勝てないって思わせるのは重要だな。いきなり現れた廃人装備の奴らが目の前でユニーク掻っ攫っていったら、こうなるのは当然とも言えるな。」
宝物庫内にいるプレイヤーの数が減った事で大分緊張感も薄れ、次の抽選時間までまったり談笑しながら過ごしていると、三人組みのパーティがこの宝物庫に姿を現した。そいつらが誰か認識した瞬間、メズと俺は地面から勢いよく立ち上がり、一気に表情を緊張感あるものへと変化させる。急な俺とメズの動きに、何かあったのかとユカちゃんも慌てて立ち上がろうとしていると、その三人組の中の一人。全身に黒装束を纏った人間族の男が俺達の元へと歩み寄ると、頭部に被っていたフードを外し、顔を晒しながら、うやうやしく話しかけてきた。
「やぁ、メズ。領土防衛戦以来かな。オレ達も頭領のピアスを狙いにきたんだ。今回もお手合わせいただくよ。」
「...気分悪い。話しかけないでよ。」
メズはホーブに刺々しい口調で返答する。先ほどまで上機嫌だったその表情は一変し、「チッ。」とホーブに聞こえるように大きく舌打ちをする。それからメズは、あっち行けとばかりにシッシッと手首を前に何度も動かし、苛立たしげにホーブを追っ払っている。
「これは参ったな。嫌われたもんだ。けど、やった事を考えればオレは恨まれてもしょうがないか。とはいえ、今回もメズには悪いけど、オレ達ラビッツフットが勝たせてもらうよ。」
ホーブは俺とユカちゃんにも視線を向け、ニコリと屈託のない笑みで微笑んでくる。あれだけメズから敵意をぶつけられたというのに、ホーブは悠然とした柔らかい雰囲気を保ったままだ。
「彼等は見た事ないけど、ナイトアウルのメンバーかい?」
「どうでも良いでしょ、そんなの。」
「詮索して悪かった。別に他意はないんだ。メズも大変だろうからね。仲間達とうまくやってるようで良かったよ。」
ホーブはいけしゃあしゃあとメズを労う言葉をかけ、踵を返そうとしていると、いかにも今時の少女いった小柄な黒髪ショートボブの人間族の女がホーブの背後からぴょこんと顔を出す。彼女は俺がラビッツフットの金策チームでよく面倒を見ていたプレイヤー、ハルだ。彼女は俺の隣にいる三白眼気味で強い意志を感じさせる見た目のユカちゃんや大人びた雰囲気のメズと比べると、あざとく幼さを感じさせる見た目をしている。しかし、ハルはそのキャラデザには似つかわしくない口元を歪ませた邪悪そうな笑みを浮かべている。
ハルは海賊をメインジョブとしているプレイヤーという事もあり、頭には煌びやかな装飾が施されたトリコーンハットを被っている。服装も白いブラウスシャツの上に黒のベストを羽織り、タイトな黒色の半ズボンには真っ赤なスカーフが巻きつけられている。
ハル、相変わらずメズに負けず劣らずオシャレな格好をしているな。
ハルはラビッツフットの中で、一番俺に懐いてくれていたメンバーと言う事もあり、思わず話しかけたくなるものの、俺はグッとその言葉を呑み込む。しかし、ハルは当然の事ながら、そんな俺に一瞥もくれる事なく、俺の前を素通りし、邪悪な笑みを浮かべたままトコトコとメズに話しかけに行く。
「メズちゃん。怖い顔しちゃってやぁねぇ。防衛戦で私達にボコボコにされたからって、ギルマスや私の事恨まないでよね。悔しいなら、私達に当たり散らすんじゃなくて、よわっちぃナイトアウルに帰って慰めてもらえば?」
両手を後ろで組んで、下から覗き込むような形で煽ってくるハルにメズは唇をぎゅっと強く結ぶ。そんなメズの様子を見たハルは忘れてたと言わんばかりに、大袈裟なほど目を丸くさせ、口も大きく開けると、後ろで組んでいた両手をほどき、左手を口元に添えながら、謝罪の言葉を述べてくる。
「あ、ごめぇん。忘れてた!メズちゃんってぇ、ナイトアウルから除名されたんだっけぇ?帰る場所もないのに、慰めて貰えばなんて酷い事言っちゃってごめんねぇ。」
キャハハハハと嘲弄するハルの甲高い笑い声が宝物庫に響き渡る。ごめんと口では謝罪の言葉を言うものの、ハルの顔には一切反省の色は見えず、愉悦混じりの笑みを浮かべている。心底メズをバカにしているようだ。
...ラビッツフットで仲間だった時は全く気にならなかったが、こいつ性格悪過ぎだろ。口から煽りの言葉がとめどなく出まくっている。一体誰に似たんだ、こいつ。
流石にホーブもそんなハルの態度に見かねて、「こら!やめるんだ。ハル。」と言い、ハルの頭上に拳骨を落として諌めている。
「まったく血の気が多すぎるよ。この性格の悪さアルゴ譲りだね。メズ、悪かったね。ハル、蕨、行くよ。」
「はーい。ギルマス。」「了解です。ギルマス。」
それから、ホーブはI9 蕨はG7 ハルはH8の位置に着いたのを見て、それまでずっと黙っていたメズが苦々しい顔で口を開く。
「...ユカユカちゃん、覚えておきなさい。あの子がユカユカちゃんの前にアルゴが鍛え上げた一番弟子だから。あなたはあーなっちゃダメよ。」
メズの言葉にユカちゃんは俺とハルを何度も交互に見ている。
「あの人が私の先輩...。」
「アルゴ。ユカユカちゃんは、あんなクソみたいな女に育て上げないでよね。」
メズは顔を歪めたまま、俺を一瞥し、苦言を呈してくる。
「別にあいつに教えたのはユニーク狩りのイロハだけで、一番弟子でも何でもないんだが。」
「そう思ってるのはアンタだけよ。性格もプレイヤースキルも何もかもがアンタそっくりじゃない。それに、あのクソ女と蕨餅。ラビッツフットの金策チームだから、アルゴの直属だったわけでしょ。どっからどう見てもあんたの弟子よ。」
まぁ、確かにそうとは言えるが。うーん。
そんな会話をしていると、『こんばんわー。今から皆のところ向かいますね。」とログインしたササガワからの書き込みがギルドチャットのログに流れてきた。
俺は即座にササガワに向けて、ギルドチャットに書き込む。
『出来る限り急げるか?ラビッツフットの奴らが来てる。』
『誰が来てるの?』
『ホーブとハルが来てる。あとお前は知らない奴だが、蕨餅っていう侍が来てる。』
『ホーブとハル...。また、めんどくさいのが来てますね。分かりました。全速で向かいます。』
『助かる。なぁ、ユカちゃん、メズ、ササガワ。お前達に俺から一つ頼みがある。聞いてくれるか?』
ユカちゃんやメズはここにいるから口で言っても良いのだが、ここにいないササガワにも見えるように、敢えてギルドチャットに書き込みをする。
『珍しいですね。モノーキーさんから、私達にそんな頼み事するなんて。勿論OKですよ。』と、ユカちゃん。
『良いわよ。ま、私はアンタが何言い出すのか大体予想つくけど。』と、メズ。
『僕の力で良ければ大丈夫ですよ。』と、ササガワが書き込んでくる。
全員からの了承の書き込みを確認した俺は、一呼吸置いてから、この言葉をギルドチャットへと書き込む。
『ラビッツフットに、盗賊の亡霊を一体足りとて渡すな。』
お読みいただきありがとうございます。
面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。
よろしくお願い致します。




