第3章7話〜忘れがちだろうが〜
ある日の事。ヒビカスで借りている五つ葉のクローバーのギルド本部にて、ユカちゃんが暗い顔で俺とメズに話を切り出してきた。
「...今日パーティを組んだ方に、盗賊さん、頭領のピアス持ってないんですか!?って言われてしまいました。」
ユカちゃんの言葉に俺とメズは声を合わせて、「あ〜...。」と呟く。確かに頭領のピアスは、その破格の性能から盗賊をメインジョブとするプレイヤーなら持っておきたいアイテムの一つではある。
―――
頭領のピアス 耳装備
防+1 状態異常属性強化+15
Lv1〜
盗賊 海賊
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性能は防御力がわずかに一しか上がらず、つけれるジョブも盗賊と海賊だけに限られた装備ではあるものの、特筆すべきは状態異常属性強化プラス十五である。一般的なレベル80帯でつけれる状態異常属性強化の耳装備ですら、状態異常属性プラス十しかないところを考えると、いかにこの装備の性能がバグってるか分かるだろう。この数値を超える盗賊の耳装備は現状存在しない為、取引販売所での相場も凄まじい値をつけている。
「まぁ、あるに越したことはない装備ではあるな。やっぱり、性能は群を抜いてるし。俺もメインアカウントではつけてるしな。」
「やっぱりそうなんですね...。」
ユカちゃんは俺の言葉を聞いて、落ち込んだように俯く。
別にそこまで落ち込む事じゃないんだけどな。そんな最終装備に匹敵するものを、初心者に求める奴の方がおかしいんだから。
頭領のピアスはレベル1から身につけられる装備ではあるが、基本的には誰かれ構わず求められる装備ではない。高レベルかつ資金に余裕のあるプレイヤー達が、エンドコンテンツの一つとして集める装備という位置付けなはずだ。
「んなもん、組んだ相手が悪かっただけだ。そのレベルなら持ってねー奴がほとんどだから、気にしなくて良いぞ。」
俺はそう言って、ユカちゃんをフォローすると、「ありがとうございます!では、気にしない事にします!」と言ってユカちゃんは笑顔を見せる。しかし、それでも彼女の顔はいつもより元気がなさそうに感じる。
まぁ、装備批判はMMO系のゲームやってたら、つきものとはいえ、知らない奴から自分の装備に関しての批判を言われるって、実際かなりショックを受けるからな。ササガワがパーティを組みたくないっていうマルチプレイ恐怖症な理由も、こういうところにあるんだろうな。
「ごめんね、ユカユカちゃん。差し支えなければ、今いくらくらい持ってるか聞いてもいいかしら?」
「あ、はい。二十万Gくらいです。まだ全然足りないです。」
メズはユカちゃんの返答を聞いて、「んー。」と少し考えた後、一つ提案をしてきた。
「じゃあ、頭領のピアスって、今五百万Gくらいだっけ?無期限でゴールド貸してあげよっか?」
流石四大ギルドの元ギルマスである。この女資金に余裕がありすぎる。俺もアルゴに戻れば、そのくらいなら余裕で貸す事は出来るが、現在のモノーキーの状態では、いくらアルゴの冒険者の家から金を引っ張ってきたとはいえ、五百万はそう簡単にポンとは貸せない額だ。
「メズさん、ダメですよ!そんな大金借りれません!すみません、変な事言って気を使わせてしまって。」
「気にしなくて良いのに。」
「気にしますよ!やっぱりコツコツと貯める事にします!それが大事ですよね!」
さっき、ユカちゃんは自分の手持ちが少ない事に対して、悲しげにしていたが、むしろ俺は感心していた。
普通の初心者であれば五万Gでも持ってたら、大したものである。本来、ユカちゃんは初心者にしてはかなり上澄みのプレイヤーと言える。だから、自信満々になってても良いはずなのだが、いかんせんこのギルドに入ってるメンツは上級者が多く、価値観が狂ってしまったのかもしれない。
「多分ユカちゃんが相当うまかったから、てっきり持ってるものだと思い込んで。びっくりしただけなんじゃないか?」
「どうなんでしょう。分からないです。」
ここまで落ち込んでいるユカちゃんを見るのは初めてである。まぁ、装備の苦言はアバンダンドプレイヤーであれば、一度は皆言われる事だろうからな。しょうがないっちゃしょうがないんだけど。
「んじゃ、明日あたり一緒にユニーク狙いに行くか?超低確率だから、多分出ねーとは思うけど、ワンチャンやってみる価値あるしな。」
「え、良いんですか?」
「ああ」
「あ、私も手伝うわよ!最近、緊張感が足りてなかったから、腕がなるわぁ。」
メズも挙手して、俺の提案に賛同している。ユニーク狩りは独特の緊張感があるから、ハマる奴はめちゃくちゃハマる。俺もそうだしな。
「ありがとうございます!」
ユカちゃんは深々と俺とメズに頭を下げる。
まぁ、二人もいれば十分だとは思うが、あいつらはどうだろうか。
現在レンタロウとササガワはヒビカスを離れ、お互い魔剣士と死霊使いのレベリングを上げている。こいつらはメインのレベリングもあるから、来るかどうかは分からんが、一応後で誘ってみるか。
「んじゃ、その前にユカちゃんお化粧直しのお時間ね。」
「はい?」
突然のメズの言葉にユカちゃんは素っ頓狂な声を上げる。
「アルゴ。コーディネートは私が好き勝手にやって良いかしら?」
「ああ、良いぞ。俺が持ってるもので何か必要なものあるか?」
「あー、それじゃあ、公爵のマント貸して貰えるかしら。 」
「あいよ。んじゃ、今から冒険者の家に行って取ってくるよ。」
「二人とも、一体何の話をしているのでしょうか...。」
不安そうに俺とメズを見つめてくるユカちゃんにメズは、「うふふ、内緒。」と含み笑いをすると、
「ほらほら、アルゴ。これからユカユカちゃん着替えるんだから出ていきなさい。」
メズはそう言うと、笑顔で俺の背中をぐいぐいと押して、俺を厄介払いするようにギルドの玄関からおっぽり出す。
ったく、なんて強引な女だ。仕方ねえなあ。公爵のマント取りに行くとすっかあ。
―――
俺がメズから、《入って良し!》と個人チャットで連絡を受け、ギルド本部に入ると、メズが待ってましたとばかりに、俺から速攻で公爵のマントを受け取り、ユカちゃんに羽織らせ始めている。
「良し!これでアルゴが持ってきた公爵のマントを羽織らせて、キャー!ユカユカちゃん可愛い!」
プラチナティアラ 200万G
令嬢のドレス 300万G
公爵のマント 150万G
クリスタルヒール 70万G
ゴールドリング、ルビーリング、オパールネックレス等...。
そんなテンション爆上がりのメズとは対照的に、豪華絢爛な衣装を見に纏ったユカちゃんは、唖然とした表情で立ち尽くしている。
「...私はこれからパーティ会場にでも行くのでしょうか...。」
まぁ、パーティ会場ではないが、その回答は大体あっていると言えなくもない。
「ほらほら、ユカユカちゃん。レベル非表示にしないとでしょ!設定で、レベル非表示にしてね。」
そんなユカちゃんの呟きをよそに、メズはレベルを非表示にするようユカちゃんに促している。
...まったく説明不足すぎるだろ。
「この装備の意味はだな。ユニーク狩りは相手をビビらせた方が勝ちなんだ。こんな装備してたら、誰もユカちゃんが初心者だとは思わないだろ?レベルも隠してたら、尚更だ。」
「その為だけに、私こんなお姫様みたいな格好させられてるんですか!?こんなんで本当に効果あるんですか、これで。」
「ある!」
俺は淀みなくユカちゃんに力強く答える。あまりにも自信満々に返事が返ってきたので、ユカちゃんは、「うぐっ、」とたじろんでいる。
「思い出してみ?ユカちゃん自身だって、蕨餅の時めちゃくちゃびびったろ?あーなったら、ユニーク狩りは勝ちなんだ、基本的に。」
「...あの時は、確かに凄い緊張してました。」
「そりゃあ、モンスターの占有権取る技術も当然必要だが、ネトゲ廃人来た、今回は占有権取れそうにないな。諦めて帰ろって思わせるのも、ユニーク狩りの一つのテクニックだ。」
「...奥が深いんですね。」
「ちなみに、私も今回はメインアカウントのメズ動かして行くわよ。元とはいえ、四大ギルドのマスターが行けば、皆ビビり散らかすだろうからね。」
メズは久々に自分自身の本体で行動出来る為か、ウキウキとしている。
「アルゴもメインアカウントが使えたら良かったんだけどね。あと何日?」
「あと三日だ。」
「あら、予定より大分早く済んだじゃない。結局一ヶ月程度ね。それならユニーク狙うなら、アルゴが解除してからの方が良かったかしら?」
「いや、大丈夫だ。ユニーク狩りなら、別にレベルの有無は関係ないし。モノーキーでもつけれる廃人装備はいくらでもある。俺もレベル非表示にすれば効果あるだろう。あ、それとユカちゃん。」
俺の声にユカちゃんが反応して向き直ると同時に、俺はユカちゃんに一つのアイテムを放り投げる。
「こいつも持ってけ!」
ユカちゃんが俺が放り投げたアイテムを両手でキャッチする。ユカちゃんは何を渡されたのかと、自身の手の中にあるアイテムを確認した途端、目を見張りながら、驚きの声をあげる。
「鮮血兎の足じゃないですかこれ!」
「腰につけとけ。ドロップ率一パーセントアップと微々たるものだが、ないよりマシだろ。」
「こんなの渡してくるなんて、本当に二人とも本気じゃないですか!」
「腕がなるわねえ。アルゴ。」
メズはうふふふと不適な笑みを見せる中、俺も首を大きく回し、ゴキゴキと音を鳴らす。
「ああ。久々に俺の本領発揮だな。」
「...二人とも怖いですよ!」
「まぁ、ユカちゃん見とけ。忘れがちだろうが、俺とメズはアバンダンドの世界において、最強クラスのプレイヤーだって事を見せてやるからよ!」
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