第3章6話〜そんな事やってるから、嫌われるんですよ!〜
レベリングをする為にヒビカスの町を出ると、俺のVRゴーグルに映し出されるエリアはラナイト湾へと切り替わると、俺は小さくため息を吐く。
毎回来る度に思うが、ラナイト湾汚ねえなぁ。ヒビカスの町はあんだけ綺麗なのによ。いくら、モンスターが出るからと言ってもひでえもんだ。
ヒビカスの町は元々はとても閑静な小さい漁村だったが、ヴォルトシェル王国の発展に伴い、ヴォルトシェルから船一本でいける便利な立地を生かし、漁業を捨てリゾート地へと方針を変えたという妙に生々しい設定がある。だから、隣接するラナイト湾には、昔使われていただろう小さな木製の漁船が浜に打ち上げられ、網漁で使われていた巨大な網がゴミのように至る所に落ちている有様だ。
ゲーム内でもこの成金の町としての設定はちゃんと適用されており、ヒビカスはヴォルトシェルに次いで物価が高い。ギルドとして使う為に借りたレンタルハウスの値段もヴォルトシェルよりは安いが、他の地域と比べるとべらぼうに高く、ヒビカスに着いたばかりの頃、ユカちゃんが嘆いていたのを思い出す。
アバンダンドはかなりグラフィックに力を入れたVRゲームだ。NPCなんか一見本当に現実の世界の人と喋ってるんじゃないかと錯覚するほどの作り込みをされている。そんなリアル過ぎるNPC達が、「俺達も昔は真面目に漁師やってたけど、やっぱ世の中、金!金!金!金だああ!」なんて言葉を目をぎらつかせて言ってるのを見せつけられたら、若年層のプレイヤーの人格形成に非常に悪影響を与えそうだ。このゲームを愛してる俺が言う事じゃあないが、アバンダンドをプレイして、現実生活に良い影響を与える事は何一つ無いと断言出来る。
俺達はラナイト湾北西にある山岳地帯へと移動していくと、巨大な山羊がのっしのっしと地響きを立てながら移動しているのが見える。
ユカちゃんはラナイト湾で何度も狩りをしているはずだが、普段レベリングをする際にはここまで来る事はないようで、初めて見る大山羊を見て、目を丸くさせている。
「...山羊ですね。」
「ああ、山羊だ。」
大山羊はレベリングではあまり狩られる事はない為、警戒心を持つ事なく悠々とこの山岳地帯を我が物顔で闊歩している。
まぁ、大山羊がプレイヤーに狩られない理由もちゃんとあるのだが、今日は敢えてこいつを狙ってのレベリングを俺は提案した。
「大山羊をレベリングで狩ろうなんて人、初めて見たわ。本当に狩りの相手は大山羊で良いの?」
メズは狩りの対象が大山羊である事に対して、少し不満があるのか、怪訝な顔を浮かべながら尋ねてきたので、俺は大山羊狩りのメリットを話す事にした。
「ああ、こいつで良いんだ。大山羊が低確率で落とすツノは取引販売所で売れば、一本三千Gはするからな。レベリングしながら金が稼げるぞ?」
「いや、そういう事じゃなくて。」
メズはササガワの方をちらっと見て、どこか同情したような表情になる。まぁ、メズが俺に何を言いたいのかは、ちゃんと分かっている。だから、俺はユカちゃんに向き直ると真剣な声で伝える。
「ユカちゃん。パラリシススティング打つタイミング間違えたら、十秒でササガワのHPゲージゼロになるぞ。」
「また、そういう系じゃないですか!」
「ははは。当然だろ。誰もやらないからこそ旨みがあるからな。」
大山羊を狙った狩りという事に対して、あまり納得のしていないこいつらに言い聞かせるように、今回の狩りのポイントを俺は話し始める。
「良いか。大山羊はHPが半分切ると、威嚇の声を上げる。すると、攻撃速度が三十パーセント上昇する。だから、ユカちゃんはそれまでパラリシススティングを取っておいて欲しい。大山羊は麻痺耐性が著しく低いから確実に麻痺が入る。んで、効果切れを起こしたら、また即打って欲しい。」
「...結局、私の腕にササガワさんの命がかかってるって事ですよね。」
ユカちゃんは右手に握りしめているヒビカスの町で新調したククリと呼ばれる湾曲したナイフを見つめながら、ため息を吐く。
「そういう事。まぁ、あとは俺の腕にもだな。」
大山羊は攻撃力が非常に高い。恐らく一撃で盾役のササガワのHPの三分の一程度は削ってくる。だから、今日の俺は遂に棍棒を捨て、僧侶らしいオーブが装着された背丈ほどの大きさの両手杖を持ってきている。身に付けている防具も全て回復量アップの仕様である。
ユカちゃんのパラリシススティングが万が一入らなかった場合は、詠唱時間の事を考えると回復が間に合わなくなるだろう。その為、敵のモーションを完全把握し、先回りで回復しないといけない。中々にハードな事になるだろう。
俺は大山羊を指差すと、うんざり顔のユカちゃんに満面の笑顔で話しかける。
「さて、ユカちゃん。あいつ引っ張ってきてくれるか。」
―――
大山羊狩りが始まり、何体か倒していると、コツも掴めた為か大分会話する余裕も出てきた。今のところユカちゃんは一回もミスっていない。それどころか、余裕があれば毒まで入れている。このレベル帯で、ここまで出来る盗賊は、ほとんどいないだろう。その成長ぶりに俺の頬も緩む。
「マルチプレイ苦手って言ってたのに、超うまいじゃん。一回も俺とおっさんのいる後方に向かってこないし。」
レンタロウがササガワを称賛しているが、俺から言わせたら当然のことだ。お前ら、ササガワの事を心配しまくってるが、こいつは俺がラビッツフットのサブマスターに据えようとしてた奴だぞ。下手くそなはずがないだろ。
「ええ。僕は、人から殴られるのと嫌われる事に関してはプロといってもいいですからね。」
...ただ、こいつのこういう発言には、いつもどう返してやったらいいのかわからない。
俺がササガワに何て返してやるべきかと、考えていると、ユカちゃんが何か思い当たる事があるようで口を開く。
「でも、ササガワさんの言う事って、分かる気がします。私もモノーキーさんに言われて、この間初めて知らない人達と野良パーティしたんです。その際に複数処理でマラソンしたんですが、やっぱりモノーキーさんと一緒にやる時より緊張しました。マルチプレイが苦手になる人がいてもおかしくないと思います。」
「えっ、姉ちゃん。初めての野良パーティで複数処理でマラソンやったの?」
「うん。やったよ。モノーキーさんと組んでる時に比べたら、数も少なかったから思ったより大丈夫だった。」
さも当然といった様子で答えるユカちゃんを見て、レンタロウとメズはユカちゃんに哀れみの目を向けている。
「...いや、普通にすげぇな。そのレベル帯でそんな事出来る盗賊なんて滅多にいないぞ。」
「アルゴに相当鍛えられたのね...。地獄の日々が目に見えるようだわ。」
「あ、あはは。そんな事もないですよ。いや、うん。ま、まぁ。その話は一先ず置いといて。」
ユカちゃんは苦笑いを浮かべながら、一度話を切り上げると、先ほどの初めて野良パーティをした時の話を再開する。
「リーダーさんは良い人だったのですが、私と同じく初めての野良パーティだった魔法使いさんが自分のミスじゃないのに、何度もすみません、すみませんって謝ってて可哀想でした。あれだとゲームしてて、嫌になっちゃってもおかしくないと思います。」
「その魔法使いさんが目に浮かぶようです。僕も何もなくても謝ってしまうタイプなので、人と関わっていくのが苦手なんで、どうしても一人でいるのが好きになっちゃうんですよね。」
一人が好きね。...本当にそうなんだろうか。俺はそうは思わない。あくまでも俺の考えだけどよ。
「俺は対人恐怖症ってのは一人が好きってよりは、逆に他人が好きな奴だと思う。人が好きだからこそ人から嫌われるのが怖いんだよ。きっと、本来はササガワも人とたくさん関わりてーんだと思うよ。」
「...そうなんでしょうか。僕にはそうは思えませんが。」
「なら、何でササガワはMMORPGなんてやってるんだ?MMORPGってのは、人と交流するのがメインのゲームだろ?今の世の中、人と交流せずにプレイできるネットゲームなんていくらでもあるはずだろ?」
「...そんなの今まで考えた事もなかったです。」
「それはな。悪い事でもなんでもねぇから安心しろ。嫌われたくないってのは、自分に対しても他人に対しても優しい。ササガワはそういう才能の持ち主だと思うぞ。俺は。」
「アルゴ。あんたどうしちゃったの。頭おかしくなっちゃった?」
俺の言葉を聞いたメズは、山羊に大鎌を振り下ろして絶命させると、俺の元へと近寄ってきて言う。
「うるせぇな。つか、メズ。お前が大鎌持ってると本当に魔女だな。似合い過ぎだろ。」
「...マジで首ぶったぎるわよ。」
メズはそう言い、俺の首に鎌をかける。ほんと自分の事になると冗談が通じねえ女だな。
「ここPVPエリアなんだから、マジで俺の首落ちるからやめろ。」
「だからやってんのよ。」
なるほど。それなら理にかなっているな。
それからユカちゃんが、再び大山羊を引っ張ってきたので、魔剣士であるメズは再び前線に向かいながら言う。
「逆にアンタはササガワくんと違って、絶対人を好きじゃないのに、よくアバンダンド続けてられるわね...。」
「あー、だからよ。俺、野良でパーティする時はリーダーやってんだよ。流石にリーダーに文句言ってくる奴はいねぇし、逆らう奴はキック。つまり、除名機能使えばいいからな。」
「...おっさん、除名機能使ってんのかよ。あんなの俺一回も使ったことないぞ。」
「俺は知らねえやつから嫌われようと、どうとも思わんからな。使えるものは使っていくさ。」
俺はHPがガンガン減っていくササガワにヒールをかけながら持論を話していく。
「ミスをしつこくつついたり、空気悪くする奴がいたら、大体効率落ちるからな。あくまでも俺が除名機能使うのは、そういう奴を見かけたらの話に限るぞ。」
「でも、それだとフルメンバーから四人になって、効率悪くなっておっさんのプレイスタイルじゃねぇと思うけどな。」
ああ、それのパターンな。どう言えばいいか。
「つまりだ。事前にプレイヤー検索機能使って、同レベル帯のロールが同じ奴を探して、そいつに個人チャットで、もうすぐ抜けるらしいので、ここのエリアでパーティしませんかって声かけるんだよ。」
「...エグい事するな。おっさん。」
俺の発言の意図をレンタロウは察したようで、口を半開きにさせ、唖然としている。そんなレンタロウを見て、ユカちゃんは不思議そうな顔をして俺に尋ねてくる。
「ん?えーと、それはどういう事でしょうか。」
「それはだな。新しい人がベースキャンプに着いたら、お疲れ様でしたー!!って言って、いきなりクソ野郎を除名して新しく来た奴をパーティに加えんだよ。これなら無駄なく効率的に稼げるからな。」
俺はケラケラ笑い飛ばしながら、ユカちゃんにそう説明すると、ユカちゃんだけでなく、パーティメンバー全員が凍りついた表情見せている。しかし、そんな事は一切気にせず、俺はあっけらかんと話を続ける。
「五人で狩るのが適正な狩場なわけだ。そんな狩場で放置されてんだ。当然、周りのモンスターに絡まれて死んいくところを見てるとクソ笑えるぞ。個人チャットやボイスチャットもブロックすりゃあ、何も見えないし、聞こえなくなっから、罪悪感も一切感じなくなるしオススメだ。」
その時の事を思い返すだけで、思わず笑みが溢れ出てきてしまう。傑作だったなあの時は。しかし、悪びれる事なく大笑いしている俺とは対照的に、ユカちゃんの顔色は血の気の失せた蒼白へと変化し、バグったかのように、「そ、そそそ。」と声を震わせている。
「そそそ?」
俺は小首を傾げながら、ユカちゃんに尋ねる。
「そ、そんな事やってるから、嫌われるんですよ!モノーキーさん!!!!」
ユカちゃんが俺を叱りつけるように叫び出す。
「安心しろ。俺はそんな奴らから嫌われようと、どうとも思わんからな。」
俺は胸をドンと叩いて、満面の笑顔を振りまく。
「おお、おっさん。最近好感度上げようとでもしててるんじゃねえかと俺が思う位にはまともぶってたけど、きちんとゴミ野郎で安心した。」
「つまり、求められてるものを提供出来ているって事だな。それなら良かった。」
「どうして、そういう発想を出来るんですか。あなたは...。」
俺達のそんなやりとりを見て、ササガワは大笑いしている。
ま、だからよ。そんなにマルチプレイに怯える事なんてないんだ。これから、よろしくな。ササガワ。
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