第3章4話〜何故そんな事をしたのですか〜
「一体何故そんな事をしたのですか。」
ユカちゃんはぎろりと人でも殺せそうなほど冷たい声と視線で、メズを射竦めながら咎めている。
「...調子こいてました。」
雲一つない青空からは陽光がこの町に降り注ぎ、ウミネコのモンスターのにゃあにゃあと鳴く声と港町らしい陽気なBGMが鳴り響く。しかし、そんな長閑さとは対照的に俺達の間には地獄の様な空気が流れている。石畳で舗装された地面に正座をしているメズは、ビクビクと顔を強張らせながら、仁王立ちで腕を組む鬼のような形相のユカちゃんにそう答えている。
ユカちゃんはギルドマスターとして、ギルドメンバーであるメズが過去にした行為を絶対に見逃せないらしい。メズから一切視線を外す事なく、裏アカ大炎上の件を問い詰め中である。
...やばいな。誰にでも優しく、敬意を払う彼女がここまでブチギレているのは彼女と出会ってから見た事がない。正直、今まで見たどのユニークやネームドよりも迫力がある。
ヒビカスの町はリゾート地としてのエリアだけでなく、隣接するエリアであるラナイト湾が低レベル帯に非常に人気のレベリングスポットとなっている為、ヴォルトシェル王国とまではいかないが、多くのプレイヤーが訪れる地となっている。だから、今も俺達の近くを通りかかるプレイヤーも多いのだが、軒並み俺達を見てなんだなんだとギョッとしている。そして、すぐにその異様な雰囲気に目を背け、そそくさと俺達の横を何事もなかったかのように駆け足で通り抜けていく。
俺は彼女の弟であるレンタロウに視線を向けると、レンタロウはユカちゃんから顔を背け、怯えている。こいつの様子を見ると、このモードのユカちゃんがいかに恐ろしいのかを示しているかのようだ。
こんな風に身内のレンタロウですら、息を呑み、言葉一つ発せられずにいるのだ。傍から見ている俺とササガワに何か出来るはずもなく、ただ二人してごくりと固唾を呑んで、眺めるばかりである。そんな中、ササガワは自分の推しであるメズが窮地に陥っているのを見て、「僕、何か悪い事言っちゃいました?」と小声で申し訳なさそうに尋ねてくるも、俺は大きくかぶりを振って、「気にするな。」と強く否定する。
あのメズの大やらかしは絶対にそのうちバレる事だったんだから。むしろ、早めにバレた方があいつにとっても良かったまであるからな。
当然の事だが、ユカちゃんはメズのその返答には納得せず、それだけじゃないですよねと全て見透かしたかのように、メズをまっすぐ見つめ、プレッシャーかけ続けている。メズがどうしてそんな事をしたかの詳細を話すまで、ユカちゃんは根比べする気満々のようだ。
数分後には、メズはユカちゃんの無言プレッシャーに耐えきれなくなったらしい。声を震わせ俯きながら、訥々と喋り出す。
「あ、アルゴは知ってる事だけど、私って元々は前のギルド...。ナイトアウルのギルマスじゃないのよ。...まずは、そこから話させて。」
メズは一瞬だけ、後ろにいる俺に向かって首を動かす。困った幼子が母親に助け舟を求めるような切実な視線を俺に送ると、必死に口パクで、"たすけて"と言ってるのが見えた。
...仕方ない。助けてやるか。
俺はこめかみに手を当て、メズのあまりの情けなさっぷりに呆れ果てながらも、一先ずはメズの言葉に同意してやる事にした。この件は俺も完全に無関係な話じゃ無いからな。
「...ああ、そうだな。メズはナイトアウルの初代ギルドマスターがアバンダンドを引退して、その座を引き継いだ二代目のギルドマスターだからな。」
前にレンタロウ達とアニメや漫画の主人公みたいなプレイヤーっていねーのかよという話をしたが、その時はホーブがそれに一番近い存在だとメズは答えた。しかし、それはあくまでも現役のプレイヤーに限っての話だ。過去のプレイヤーも含めると、本当にそういうゲームや漫画の主人公みたいな存在がいた。それが初代ナイトアウルのギルドマスターだった。俺とメズがその名をあの時敢えて口にしなかったのは、あいつがこの世界においてあまりにも特別な存在だったからだろう。
初代ナイトアウルのギルマスは皇帝ザラシと並び立てる唯一の存在だった。蒼穹回廊をどちらが早く買えるかで争ったり、領土防衛戦においてもザラシに一歩も引けを取る事のないプレイヤーであり、鮮血兎の足で荒稼ぎをして、アバンダンド中から嫌われていた俺をナイトアウルに勧誘してきたのもナイトアウルの初代ギルマスだった。...今思い返しても、色んな意味でぶっ飛んでた人だったな。天才と狂気は紙一重なんて言葉があるけれど、あいつは本当にそれを体現したような奴だった。
「ギルマスが引退した後、アルゴもナイトアウルの幹部の一人だったんだけど、自分のギルドを作るって言って、ナイトアウルを出て行っちゃったじゃない?そうなったら、私がナイトアウルの中で一番古参だし、幹部だったしで皆から指名されちゃったのよ。」
俺がナイトアウル出ていってから、すぐにメズがギルドマスターを名乗っていたな。俺が出て行く時に必然的にメズがギルドマスターを引き継ぐ事になるだろうなと予測はしていたから、この炎上をメズが引き起こす事となった一因は俺にもある。
「まぁ、メズに全て押し付けた形になったのは悪いと思ってる。本来は俺がギルマスになるべきだったんだろうが、あの時はナイトアウルを俺が引き継ぐわけにはいかなかったからな。」
「別に良いわよ。時間が経った今なら、あの時のアルゴには何か理由があったんだと思えるようになったし。まぁ、そこに関しては一先ず置いといて。それで、その、なんていうかね。」
メズはユカちゃんの反応を窺いながら、恐る恐る口を開いていく。
「ほら、私って声可愛いじゃない?」
一瞬の沈黙後に、「...そうですね。」と、ユカちゃんから賛同の言葉を得たメズは胸を撫で下ろし、ホッとしている。
まぁ、声は俺も同意するよ。メズはストリーマーじゃなくても、声優にだってなれそうな声はしている。本人が調子に乗るからぜってえ言わねーけど。
「それに明るくて社交的じゃない?」
「はい。」と、ユカちゃんはメズを見つめたまま、再び相槌を打つ。
...これも同意。まぁ、ロクでもない女ではあるものの、基本的には社交的な奴で暗くはない。
「それに私ってアバンダンドだけじゃなくて、現実でも超絶可愛いのよ。だから、こんな風に自信に満ち溢れてるし。」
「...とりあえず、続けてください。」
ユカちゃんが眉間に皺を寄せる。自語りをしていくうちに、また調子に乗りかけていたメズはそんなユカちゃんを見て、まずいと慌て始める。
「も、元々期待のルーキー座談会ってイベントで公式にも呼ばれてた実績もあったし、アバンダンドの公式ストリーマーに採用されて、配信始めたら、一気に人気出ちゃったのよ。」
「で、調子こいてしまったと。」
ユカちゃんは冷ややかな声で、淡々とメズに言い放つ。
「だ、だって。皆チヤホヤしてくれるのよ?歌を歌う仕事も公式から貰えたし、更にどんどん人気が出てきちゃって、周りからいつも見られる立場にいたから疲れちゃって、こう、ちょっとガス抜きじゃないけど、毒を吐きたかっただけなの。」
まぁ、メズを擁護するわけではないが、あの頃のメズは確かに毎日何かしらのイベントにも呼ばれていたような気もする。アバンダンドからしても、明るくて話の上手いメズのような存在はかなり重宝しただろうしな。疲れが溜まっていたいうのも、本当にそうなのだろう。
「勿論、裏アカバレなんかするはずなかったのよ。そういうところの危機管理はしっかりしてたはずだし。だけど、何故かバレちゃったのよ。バレてからSNSにあげてた内容と、私がやってた事が符合するような事がどんどん掘られちゃって、」
「今に至ると。」と、ユカちゃんが確認を取るようにメズに尋ねると、「...はい。」とメズは力なくがくりと項垂れて答える。
「も、勿論。すぐに謝罪してちゃんと認めたわ。だから、ACO自体はプレイしてるけど、今は動画投稿もしてないし、ストリーマーとしては無期限の活動停止中。」
「反省はしてるんですね?」と、ユカちゃんはメズに詰問する。
「勿論よ。私のせいで傷つけちゃった人いっぱいいるし、ギルドも半壊しちゃったわけだし、自分がいかに増長してたかを思い知らされたわ。それに見知らぬ人から、いきなり●害予告なんかされて怖かったけど、そこまで言わせてしまうような事をさせてしまった私が、とにかく悪かったと思ってるわ。」
メズは下を向き、いつもの快活な声は鳴りを顰め、真逆の弱々しい声で答えている。俺が見る分にはメズはメズなりに本気で反省しているようだ。とはいえ、女が落ち込んでる姿は見ていてあまり気分の良いものではないし、少しだけ慰めてやるか
「メズ、お前も案外と繊細なんだな。●害予告なんか普通だろ。俺、アルゴの時とか絶え間なく送りつけられてたぞ。そのうち慣れる慣れる。」
「僕なんか、現実でも⚫︎すぞって言われてましたよ。大した事ないですよ。所詮言葉でしかないんで、本当に⚫︎してくるとは思えないですし。実際に手を出されて殴られるより全然マシですよね。」
俺とササガワが顔を見合わせながら言うのを見て、レンタロウは自分の額に手を当て、悩ましげに呟く。
「...お前ら二人はちょっと特殊すぎる。」
追記:2024/8/24/21:38 すみません、自分で読み直してたらエピソードが一個抜けていました。
2章の終わりに、番外編⑤を割り込みで投稿しました。そちらの方もよろしくお願いします。
お読みいただきありがとうございます。
面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。
よろしくお願い致します。




