第3章3話〜私のファンなの?〜
「お、落ち着きました。すみません。ご心配おかけしました。」
ユカちゃんはササガワがうずくまってから、ずっと心配そうに声をかけ続けていた事もあって、ササガワの大丈夫という言葉に心の底から安心したと言わんばかりのホッとした顔を見せる。
「良かったです。心配しましたよ。」
ユカちゃんはそう言って、上目遣いでササガワを見つめている。俺はそのユカちゃんの姿に一抹の不安を覚えてしまう。
...この娘。ある意味メズよりも、よっぽどタチが悪いかもしれない。あんな事されたら、男なら大体の奴らが落ちるんじゃねーか?
俺だって、学生時代に同年代の女の子からあんな風に親切にされてたら、間違いなく惚れていただろう。現役の学生であるササガワなら、かなり危ないだろうな。...っていうか、もうすでにササガワは完全に落ちてんなこれ。ユカちゃんに向ける目が、まるで女神を見つめるようなそれである。
メズも同じ女としてあまりにもアレなユカちゃんの素振りに、これはマズイと思ったらしい。メズはユカちゃんの腕を引いて、少し強引に自分の元へユカちゃんを引き寄せる。
「ササガワくん。あなたユカユカちゃん好きになっちゃダメよ。」
メズはそっとユカちゃんの頭を撫でながら、ササガワにそう忠告すると、更に続けて、
「どうもユカユカちゃんはアルゴの恋人らしいからね。そして、私もこの男の愛人らしいから、私にも惚れちゃダメよ。私はミストレス。アマントよ。」
メズはユカちゃんの頭から手を離すと、拗ねたように訳の分からない事を口から吐いている。
...ミストレスが英語なのは分かるが、アマントはフランス語かこれ。よっぽど先日のアサギリの言葉がメズに刺さったらしい。こいつ、酒でも飲みながらプレイしてんのか?と勘繰ってしまうほどやさぐれでいる。
腕を組んで不貞腐れているメズのそんなロクでもない言葉を何故か信じたササガワは、「そ、そうなんですか?」と俺に尋ねてくる。俺はそんなササガワの目をまっすぐ見つめながら、「ああ。実を言うとそうなんだ。」と返答する。我ながら見事な悪ノリだと思う。
「ち、違います!!!嘘です!!嘘です!!この人達の言う事は全て嘘ですよ!!!」と、ユカちゃんは慌てて首をブンブンと振りながら、俺とメズの発言を否定している。
「もうっ!変な冗談はやめてくださいモノーキーさん!メズさん!」
ユカちゃんが俺とメズに怒りながら、そう言うと、ササガワは顔を上げ、メズの倉庫キャラであるミルファの方に視線を向ける。
「えっ、...メズさんって、あのメズさんですか!?頭上に出ているプレイヤーネームはミルファさんってなってますけど。」
ササガワの言葉に、「...この質問何度目よ。」とメズが大きくため息をつきながら、答え始める。
「はいはい。まーたこの流れ。このミルファは倉庫キャラ。そうよ、私のメインアカウントはアバンダンドナンバーワンのゴミクソ女。アバンダンドの魔女メズさんよ。」
ヤケクソ気味にメズはそう言い放つと、フンと鼻を鳴らして、そっぽ向いてしまう。しかし、そんな投げやりなメズの反応とは対照的にササガワは歓喜の声を上げる。
「嘘でしょ!マジですか!?僕、ファンです!ACOの聖女メズさんの。投稿動画だけじゃなく、いつも生配信も見てました!」
ササガワの言葉に、明後日の方を見ていたメズは勢い良くササガワへと体全体で向き直る。
「え!?あなた?私のファンなの?」
「はい!」
その返事を聞いた途端、今までやさぐれていたメズの表情がパァッと明るくなり、目は死んだ魚のような濁りが一切消えて、爛々と輝きを増している。声も配信用の甘ったるい媚びたような声を出している。
「ありがとー!!いつも応援してくれて!嬉しいわ!私、応援してくれてる皆の事本当に大好きだから。これからも応援してね!あ、さっきの私の変な発言も全部嘘だから忘れてね。」
以前からメズのこの姿を見慣れていた俺には割と普通の光景だったが、レンタロウとユカちゃんにはメズの豹変ぶりは衝撃的だったらしい。
「全然声が違う...。」「凄く嬉しそうですね。」と驚いている。
「お前、自分のファンだと分かると、一気に態度変えるとか、ロクでもねぇ女だなほんと。」
俺は顔を歪めて、メズに苦言を呈するとメズは口元に手を添えて、能面の様な張り付いた笑顔でうふふと鷹揚に微笑む。
「アルゴさん。ちょっと黙って貰えるかしら。」
メズの声色は実に優しげな猫撫で声で顔もまるで可憐なエルフそのものみたい顔をしてるのに、いつもよりも迫力が何倍もある。やっぱり、ファンの前では違うらしい。
「メズさんってそんな活動されてたんですか?」
メズはユカちゃんのその質問に答えずに、ニンマリとした含み笑顔を浮かべていると、代弁するようにササガワが語り出す。
「あ、ユカユカさんはご存知なかったんですね!そうなんですよ!メズさんってACOの生配信がメインですけど歌も歌ったり、動画も投稿したりと手広くやって、このアバンダンドの人気を支えた功労者の一人なんですよ!」
ササガワがユカちゃんに捲し立てるようにメズの事を熱心に説明していると、「やぁだ。そんな事ないわよ。」と口では謙遜しつつも、メズの表情は実に嬉しそうにしている。
「凄いです。メズさん、今度そのお話聞かせてくださいよ。」
「ふ、フフ。照れるじゃないの。何か久々に凄くいい気分だわ。」
メズはユカちゃんから尊敬の目で見つめられた事で、したり顔を浮かべている。
「SNSの裏アカがバレて、大炎上もしましたけど、僕はずっとファンを続けてますよ。皆誰だって心の中ではあのくらい思ってますよ。バレるかバレないかだけの話です。皆活動再開されるのを待ってますよ。」
瞬間、ササガワの言葉で俺達の周りだけ世界が凍った気がした。
...あーあ。遂にメズが何をしたのかがユカちゃんにバレる時が来たらしい。今までユカちゃん以外全員がメズの大やらかしの事を分かってたけど、敢えて触れないようにしといてやっていたが、これで年貢の納め時のようだ。
ユカちゃんは後ろからメズの肩をガッシリと掴むと、メズは「ヒッ!」と小さく叫び、後ろにいるユカちゃんへぎこちなく首だけ振り向かせる。
「...メズさん、一体どんな事を裏アカに書いてたんですか?少しお話ししましょう。」
ユカちゃんは首をひねり、微笑みながらメズに尋ね出す。
「こ、怖いわよ。ユカユカちゃん?お、怒らないの。そ、その可愛い顔が台無しよ?ね。ま、まずは落ち着きましょ?」
メズは顔を引き攣らせながら、そう言ってユカちゃんを宥めているものの、
「メズさん?」
ユカちゃんはおろおろと動揺しきりのメズに対して、はにかんだ笑顔を一切崩す事なく問いただし続けている。
いつも俺にするような怒鳴り散らしている時の方がよっぽどマシに思えるほど恐ろしい。それは俺だけじゃなくメズも同じなようで、ユカちゃんの圧力にいたたまれなくなったメズは小さな声で、もごもごと口を濁しながら、説明もとい言い訳をし始める。
「...そ、そのね。ギルドの奴らとか、ファンの人達とか、私が欲しがってないのに勝手にアイテムや金貢いできて草。いらねーアイテムは売り飛ばしちゃお!とか、だからこいつらモテねーんだよ!とか、そんな感じの事とかね...。何か色々と...。」
「ほんとおっさんの女版だな...。」
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