第3章2話〜陽キャは人の苦しみがわからない〜
「それにしても、アルゴが人を連れてくるなんて珍しいわね。誰かを認めるなんて滅多にないのに。」
メズは交互に俺とササガワの顔を見て、意外そうに呟く。
メズの言わんとする事も分からなくはない。最近はユカちゃんやレンタロウなどアルゴよりもレベルが遥かに下のプレイヤーともこうして関わっているが、彼等は行き場をなくした俺を誘ってくれた恩人達である事から、メズも理解も出来るところなのだろう。だが、ササガワはこのギルドとは完全に無関係の存在だ。そんなプレイヤーをわざわざ俺が連れてくるなんて、メズの様に俺を昔から知ってる奴なら、確かにそういう感想を持ってもおかしくないだろう。
「そりゃあ、ササガワはレベル87の死霊使いだからな。しかも、ここまでソロで上げたとなると、同じゲーマーとしてリスペクトしかねーよ。」
「私とほぼ同じレベルじゃない!」
俺の言葉を聞いてメズは叫び、信じられないといった様子で、目を丸くさせながら、マジマジとササガワの顔を見つめ出す。
メズの反応も当然だろう。レベル80台後半が今のアバンダンドのトップ層だ。レベル80からは一つレベルを上げるだけでも、常軌を逸している程の経験値を必要とする。だから、そのレベルに達している事だけでも凄いのに、アバンダンドはソロでレベリングがほぼ不可能なパーティプレイ必須ゲーだ。それをソロでここまで上げたとなると、その大変さは同じ高レベルのメズには、ひとしお分かるのだろう。
そんな驚きを隠せないメズに対して、ササガワは手のひらを何度も横に振って、いやいやいやと謙遜して言う。
「僕は死霊使いですので、他のジョブに比べれば随分とソロもしやすいだけですよ。」
「しりょうづかいですか?」と、ユカちゃんは俺とササガワの口から出た"死霊使い"という単語が聞き慣れないものらしく、きょとんと首を傾げ、言葉をなぞりながらササガワに尋ねる。
なるほど。ユカちゃんは今まで死霊使いのプレイヤーを見た事がないらしい。まぁ、死霊使いはソロプレイが得意な分、誰かとレベリングパーティ組む事って殆どないからなぁ。
「ササガワ。相棒を見せてやったら、死霊使いがどういうジョブか分かりやすいんじゃないか?」
「...大丈夫ですかね?」
ササガワは眉間に皺を寄せながら、俺に視線を向けてくる。どうやら、ササガワは自分の相棒を呼ぶ事で、ユカちゃんが驚いてしまわないかを心配しているようだ。
「ユカちゃんなら平気だと思うぞ。」
ユカちゃんも大分レベルが高くなり、色んなモンスターを見てきてるからな。もう、その程度の事じゃ動じないはずだろう。
俺の言葉にササガワは、「うーん、」と唸りながらも、「分かりました。」と言って、指をパチンと鳴らす。すると、俺達の立っている石畳がボコボコボコと盛り上がると、そこから首から上のない鎧を着た戦士が文字通り、地面から生えてきた。
「ぎゃああああああああああああああ。」
..ユカちゃんが絶叫している。何て事だ。大平原であれだけゾンビに追い回されたから耐性ついてると思ったが、まだダメらしい。
「悪い、ササガワ。ダメだったようだ。」
「...そりゃそうでしょ。絶対にこうなると思いましたよ。」
ササガワが、もう一度パチンと指を鳴らすと、首の無い戦士は地面にめり込んで消えていき、石畳も何事もなかったかのように整備された状態に戻っている。いつ見てもシュールな光景だ。
「い、今のは、一体なんなんですか!?」
突然の事に、状況を呑み込めず石畳の上に立ち尽くしていたユカちゃんも正気に戻ったらしい。先程までデュラハンがいた場所を指差しながら、俺に尋ねてきたので、解説してやる事にした。
「さっきのはデュラハン。ササガワの使役してるモンスターだ。死霊使いというジョブはこんな風にアンデット族のモンスターをテイムする事が出来るんだ。こう見えて、結構やってるプレイヤーの数も多いジョブなんだぞ。」
しかし、ユカちゃんは俺の説明に納得いかないらしく、何度も首と手のひらを横に振る。
「いやいやいや!私結構プレイしてますけど、今までこんなアンデットモンスターを引き連れたプレイヤーなんて見た事無かったですよ!」
「あー、それはだな。死霊使いは召喚してる間はMPを常に消費する特殊なジョブなんだ。死霊使いがもし町にいたとしても四六時中ゾンビを連れて歩いてるわけじゃねーしな。パーティプレイで見かねーのもMP消費が激しいから嫌がられてるせいだな。その代わりソロプレイが可能だから、死霊使いは常にアンデット族がいる墓場やダンジョン内にいる事が殆どだな。」
俺がユカちゃんにそう言うと、ササガワは苦笑いを浮かべながら、補足する。
「だから、死霊使いがアンデットを連れて町に入ったりすると、見た目のインパクトもあってか、町にいるプレイヤー達から墓場に帰れとか結構言われちゃうんですよね。」
「...酷すぎますね。」
「でも、良いんです。自分はマルチプレイ恐怖症なので。誰かとパーティプレイするよりも、ゾンビ達とモンスター狩ってる方が気が楽なんですよ。」
「マルチプレイ恐怖症ですか?」と、再びユカちゃんが復唱するように尋ねてくる。
あー、こっちはなんて説明したらいいかな。結構説明が難しいかもしれない。こういう時は現実の出来事に例えるのが一番分かりやすいだろうか。
「...そうだな。別にゲームに限らないけれど。ユカちゃんも友達とゲームとかスポーツしてて、失敗した事くらいあるだろ?」
俺は事例を挙げながら、ユカちゃんに質問すると彼女はこくりと頷く。
「そうですね。体育の授業とかでミスってしまって、やっちゃった。ごめんなさーいって言う事は、たまにありますね。」
「ま、普通は経験あるよな。そういう失敗した時に、周りから責められるんじゃないかと、怖くてプレイ出来なくなる奴って結構いんだよ。珍しい事じゃない。」
俺の言葉に今まで自信なさげにしていたササガワは、「そうなんです!」と力強い声で同意してきた。
「ほんとそれが原因で、僕パーティプレイや体育の授業とか好きじゃないんです!アルゴさん良く分かってますね!」
「ま、アルゴもどう考えても、運動嫌いそうだものね。体育会系とは真逆のヒョロヒョロっつーかガリガリだったし。そういうところ良く分かってそうよね。」
メズは俺を弄れるという事もあってか実に嬉しそうに、肘をぐいぐいと俺の腕に押し付けながら言う。バカ言え、いつ俺が運動嫌いなんて言ったよ。
「別に俺は運動は嫌いじゃねぇ。運動神経が悪いだけだ。」
俺がそう言うと、メズは表情を一変させ、呆れたような顔を浮かべる。
「...また妙な自信があるわね。んじゃ、アルゴは何のスポーツが苦手なのよ。」と、ため息を吐いて俺に言う。
運動神経が悪い奴が嫌いになるスポーツなんて、そんなの一つしかない決まってんだろ。俺は拳に力を入れて答える。
「バレーボール。」
俺の返答にササガワが、あああああああと声にならない叫び声を上げた。
「さ、流石アルゴさんです。運動音痴の気持ちを良く分かっています。」
ササガワは自分の気持ちを分かってくれたと言わんばかりに、柏手を打って、俺を褒め称えてくる。
「まぁ、運動音痴が学校の体育で嫌いなスポーツって言ったら、これしかないからな。バレーボール以外のスポーツあげる奴はファッション運動神経音痴だ。本物はバレーボール一択だ。」
「...ロクでもない本物ね。私も運動神経は良い方じゃないから、分からない事もないけど。」
メズは再び両腕を組み、苦笑い混じりでそう言うも、俺は少しだけ疑問が残り、メズに問う。
「あれ?お前、運動苦手なんか?前に毎日一時間以上は運動してるつってなかったっけ?だから、運動苦手なイメージなかったぞ。」
「あ、そのこと?ええ、どっちも本当よ。毎日運動してるわ。ウォーキングだけどね。アバンダンドのBGMかけながら一時間以上ひたすら歩いてるわ。アバンダンドから離れた時に聞くアバンダンドのBGMってのも中々乙なのよね。」
「...お前、四六時中アバンダンドにいるくせに、外でまでアバンダンドの世界に浸ってんのかよ。ほんとつま先から脳みそまでアバンダンド漬けじゃねえか。ドン引きだぞ。」
「るっさいわね。アンタも引きこもってないで少しは外に出て散歩の一つくらいしなさいよ。」
「まぁ、俺も走るのと歩くのは嫌いじゃねーし、散歩なら金もかかんねえから、それならまだやっても良いけどよ。」
実際、俺は球技が苦手なだけで、体力はあるから走るのは言うほど嫌いではない。体育の授業でもこれだけは結構良い順位にいたからな。
「あ、分かります。僕も走るのと歩くのはそんなに嫌いじゃないんですよ。運動は嫌いですがやるとするならそれが一番マシですね。」
ササガワも俺の言葉に同意らしく、うんうんと頷いている。
こんな風に俺とメズとササガワの三人でスポーツ談義に花を咲かせていると、レンタロウは怪訝な面持ちで俺達に尋ねてくる。
「体育の授業のバレーボールって、一番楽じゃね?俺は好きだけどな。おっさん達は好きっていうけど、マラソンとかの方がよっぽどつまらないし、嫌いだわ。走ってるだけとかダルいだけだし、こっちのが何も面白くねースポーツ筆頭じゃん?」
レンタロウの大暴言に、俺とササガワから失望の視線がレンタロウへと向けられる。
「...人間のク⚫︎め。クソガキ、お前マジで良い加減にしろよ。体育がマラソンだった時の嬉しさが理解出来ねーとか人として終わってるぞ。マラソンはただ走ってるだけで、授業が終わる最高のスポーツだぞ。」
「バレーボールという、あの、地獄のスポーツを楽しめるとは...。この方はアバンダンドにあるまじき陽キャ...。」とササガワである。
「陽キャは人の苦しみが分からない。反省しろ!」と俺が軽蔑したように吐き捨てると、「俺、何か悪い事言った!?」とレンタロウは困惑の声を上げる。
「何故タロちゃんが責められているのか、私にも分かりません...。」
まともに育ってきた人間であるこの姉と弟の二人は、完全に理解出来ないと言った様子を見せる中、
「こいつらの話が理解出来る私も嫌だわ...。私もこっち組な事実が辛い...。」と、メズがこめかみに手を当て、悲しげに溢している。
俺はそんなギルドメンバー達の一人一様のリアクションなど無視をして、苛ついた声で捲し立てるように言う。
クソ、学生時代の事を思い出したら、ムカムカしてきた。
「サーブが入らなくてよ。周りから入るまで、入るまで!入るまで!って言われてやり続けさせられてマジ殺意湧いたわ。しかもバレーってよ。どこ守ったらいいか曖昧じゃん。だから、俺が仲間の守備範囲だと思って何もしなかったら、動けよって責められるし、あれで俺のとこだけ穴があいてるぞって言わるしで、ありゃあ辛かったな。あーいう戦犯はっきりするスポーツは嫌いだな。」
はぁはぁと俺が絶叫しながら、持論を述べていると、いつの間にかササガワがその場にうずくまっていた。
だ、大丈夫か。ササガワ。何があった。
「む、胸がく、く、苦しい。つ、辛い!」
「さ、ササガワさーん!だ、大丈夫ですか!?」
苦しみの声をあげているササガワを心配したユカちゃんは背中をさすっている。勿論、そのササガワのキャラクターは、ただのデータな訳で現実の体ではないのだから、何の意味はない。そんな事はユカちゃんも当然承知なのだろうが、それでも何かしてあげたいという気持ちから来るものなんだろうな。優しい子だ。
「...アルゴの生々し過ぎる体験談で、ササガワくん、トラウマを呼び起こしかけてるじゃない。」
「二人とも可哀想に...。そんな事されてきたから、モノーキーさんの性格、こんなに捻じ曲がってしまったんですね。」
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