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第3章1話〜ササガワ〜

 携帯端末からアバンダンドの公式SNSを覗くと、一つの動画とインタビュー記事が更新されていた。その動画を開くと、何週間か前にあった四大ギルドの一つであるNight owlとホーブ率いるRabitt's footの領土を巡る防衛戦の一場面を切り取った映像が流れ始めた。


 最近のアバンダンドでは四大ギルドはお互いに手を出さない事を暗黙の了解としていた。規模の大きいギルド同士のぶつかり合いになると、ポーションや毒消しなどの回復アイテムの他に、弾丸や矢などの武器の消耗も激しく、非常に金がかかるからだ。だから、ここ一年以上四大ギルドの領土は固定化され、変わる事のない情勢が続いていた。しかし、俺からホーブへとラビッツフットのギルドマスターが変わった事。ナイトアウルのギルドマスターだったメズの大やらかしが起きた事。この二つの出来事がほぼ同時期に起きた事を好機だと見て、ホーブはラビッツフットのフルメンバーを率いて、ナイトアウルへと攻め込んだようだ。


 この動画ではナイトアウル側の動きは完全に精彩を欠いており、一方的にラビッツフットが攻め込んでいる様子が映し出されている。映像は終盤の数分程度の短いものだったが、最後はラビッツフットのプレイヤーによって、メズの首が切り落とされ、ナイトアウルを完全制圧し、勝鬨を上げたところで終わっていた。


 俺は動画を見終えると、次はこの動画と共に貼り付けられていたインタビュー記事を読んでみた。


―――


 "蒼穹回廊も手にしただけでなく、今回遂に領土防衛戦で、プレイヤー間で四大ギルドと呼ばれているNight owl に勝ちましたね。ライクス島奪取おめでとうございます。"


 "ありがとうございます。みなさん知っての通り、ナイトアウルさんが少し色々あったので(笑)申し訳ないけど丁度良い機会だと思って攻めさせて頂きました。まぁ、ウチも色々あったのでおあいこですよね。"


 "(汗)あの...これ記事にして大丈夫ですか!?"


 " 大丈夫です。"


 "最後に何かありますか?"


 "先日、うちもギルドマスターが交代になり、自分が今ギルドの代表になってます。新生ラビッツフットをよろしくお願いします。"


―――


 ...ロクでもねぇ記事だ。メズが見たら、また甲高い叫び声をあげて発狂しそうだな。


 俺は携帯端末を操作し、SNSのアプリをタスクキルしていると、携帯端末の画面上部にメッセージが入った事を知らせる通知が表示された。殆ど無意識的にタスクキルしていた為、その勢いで通知まで消し飛ばしてしまい、誰から送られてきたのかは確認出来なかった。


 言ってる傍からメズだろうか。あいつの愚痴に付き合うとなげーんだよな。


 俺はメッセージアプリを起動して、メッセージの差出人を確認する。 


―――


ねぇ、アルゴさん。僕達が作ったラビッツフットなのに、どうしてギルドマスターが外様のホーブなんかに交代しているの?


―――


 ...違ったか。ササガワからの連絡なんて久しぶりだな。


 俺の予想は外れ、携帯端末にメッセージを送ってきたのは、最近あまり連絡を取っていなかった友人ササガワからのものであった。


 ササガワは既にラビッツフットを脱退しているが、俺と共にラビッツフット創設に関わった最古参のメンバーの一人だ。本来はホーブではなく、こいつがラビッツフットのサブマスターになるはずだったのだが、本人がサブマスターなんて柄じゃないと断った事もあり、ホーブが加入するまでラビッツフットのサブマスターの枠は長い事空白であった。もし、ササガワがサブマスターを受け入れてくれていれば、ラビッツフットに残っていれば、今の俺の状況とは違った形もあったのかもしれない。


 ササガワも公式のSNSの動画を見て、俺にメッセージを送ってきたのだろうが、俺が除名されたのなんて一ヶ月近く前の出来事だぞ...。今更、ホーブがギルマスになったのを知ったのか。...まぁ、ササガワなら、十分あり得る話か。


 ササガワは死霊使いをメインジョブとしているプレイヤーで主にアンデット族のモンスターが湧く墓場エリアでソロで狩りを行っている。だから、一度墓場に篭ると中々町にも戻って来る事はない。だから、最近のアバンダンドの情勢など一向に入ってこなくてもおかしい話ではない。


 ササガワは性格的にとても穏やかであり、プレイヤースキルも極めて高かったし、一緒にいて居心地の良い奴だった。よく二人で冒険もしたものだ。


 最近は蒼穹回廊購入の事など重なって、連絡は取れていなかったが、ササガワは俺がこのアバンダンドにおいて、最も信頼出来るプレイヤーの一人だ。携帯端末にこいつの連絡先を入れている事からも、その親密性の高さが分かるだろう。しかし、ササガワは俺よりも早くラビッツフットを抜けている。これは俺が最強のギルドを目指すという目標を掲げていた以上、ラビッツフットは必然的に人数が増えていった。そのせいでササガワは自分は人付き合いが得意ではないからと離脱してしまった。今でも申し訳ない事をしてしまったと後悔している。


 ただ、ササガワが離脱した事でギルドという枠組みを外れて、ただの友人として接する事が出来るようになったのは、お互いにとってある意味良かったとも言える。最強目指すという目的を持ったギルドのマスターをしていると、どうしてもそこありきの付き合い方をせざるを得なくなるからな。


 俺はササガワにラビッツフットを抜けた経緯をなど書いたメッセージを送ると、またササガワから返信がすぐ返ってきた。


【大変な事になったね。大丈夫なの?】


【まあ、それなりに今でも楽しくやってんよ。ササガワは変わりないか?】


【僕もダメだね。元々休みがちなのはアルゴさんも知ってただろうけど。恥ずかしい話、今完全に学校に行ってないんだ。ずっとACOに篭りっぱなし。】


【なるほど。だから、月曜日の昼間っからアバンダンドしてるんだな。いい感じにお前も終わってるな。俺もまだ無職だから安心しろ。ずっとゲーム三昧でも案外なんとかなるもんだ。】


【アルゴさんと話してると、同じ現実から取り残された人がいるって事で安心出来るよ。ほんと。】


【だろ。】


―――


 二十時を過ぎた頃、ヒビカスの町に五つ葉のクローバーのメンバー全員を呼び寄せる。ここはヴォルトシェルから船一本で行ける保養地という事で、至る所に陽光を浴び、にょきにょきと育ったヤシのような南国風の木や観光客向けのログハウスが立っているおしゃれな町だ。そんな町の雰囲気に合わせて、バカンス気分で水着などのおしゃれ装備を身につけているプレイヤーも少なくない。しかし、そんな陽気な町の雰囲気とは真逆なボロボロの真っ黒な薄手のローブに身を包んだ猫背気味に俯いてるプレイヤーの肩を俺はポンと叩く。


「というわけで、Sikkokunoyamiyonokenseiことササガワだ。」


 俺は左隣で緊張気味に立っているササガワの顔を一瞥すると、真正面にいるギルドメンバー達へと紹介する


 ササガワは黒髪で少しうねったパーマがかった髪型の人間族の男性キャラクターを使用している。本来なら、目元まで伸びた前髪がミステリアスな印象を与えるはずなんだろうが、不思議なものでササガワが操作すると、その口調も相まって、気弱で穏やかそうなイメージになっている。


 突然の俺からの新メンバー加入の要請に、俺とササガワの真正面に立つメンバー達はざわざわと色めき立っている。そんな中でまず口を開いたのは、レンタロウからだった。


「...どっから突っ込めば良いんだよ。おっさんのその呼び方この人の本名だろ?俺達の前でその呼び方で良いのか?」


 レンタロウは呆れたようにこめかみに手を当てると、ため息をつきながら、俺に言う。


「ああ。安心しろ。本人から本名呼んでも良いって許可は貰ってっからな。それに、毎回漆黒の闇夜の剣聖なんて長ったらしい名前言ってられるか!」


 俺の言葉に苦笑いを浮かべている隣のササガワをよそに、俺はギルドに新たに加入するこの人間族のプレイヤーがどういった人物なのかを皆に紹介をし始める。


「ササガワはな。現実だと今、いじめられて不登校らしい。放っておいたら、そのうち死んじゃいそうだったから、このギルドに引っ張ってきた。俺が認めるほどプレイヤースキルは一流だから、相当使える奴だ。仲良くしてやってくれ。」


「...アルゴさん。最悪な自己紹介をありがとう!」


 俺の説明が終わると、ササガワは笑顔で俺に言う。とても喜んでいるようだ。


「おう!気にすんな!」と、俺も真っ白な歯を見せる笑顔で答える。


 やっぱよ、笑顔には笑顔で返さないとな。それが人間としてのマナーだからな。


 まぁ、流石に俺もこの紹介の仕方に問題がないとは思っていない。それでも、俺がこういう多少デリカシーに欠けたような紹介をしたのには、ちゃんと理由がある。ササガワみたいなあまり対人関係に自信がないタイプは最初からこういう自己紹介をしてあげた方が楽なはずだからだ。普通を装えば装うほど、無理が出てうまく行かない事の方が多い。最初明るく頑張ってた奴が、途中からコミュニティで上手く行かなくなり、いじられ役、いじめられ役に回るなんてのはザラにある。それなら、最初からどうしようもない奴って分からせておいた方が、本人も素で動けて楽だろう。


「MMORPGなのに人と関わるのが怖くてソロでやってる異常者だが、良い奴だ。俺が保証する。安心してくれ。」


「...いきなり重すぎでしょ。」


 小柄で白髪のミルファ姿のメズが眉間に皺を寄せ、悩ましげに答える


「あ、あはは。よろしくね。」


 ユカちゃんが苦笑い混じりに答える。


「...このギルドの面子も色々煮詰まってきたな。」


 ギルドの未来を憂いながら、レンタロウが答えている。皆、一人一人違って、良い反応だ。


「アルゴさんの紹介で全員ドン引いてるじゃん!」


 ササガワはユカちゃん達ギルドメンバーを指差し、叫びながら俺に訴えてくる。親切心からした他己紹介なのだが、ササガワからすると、あまり納得いくものではなかったらしい。


「慌てるな。その程度の事でドン引かれるわけないだろ。」


 俺はササガワを宥めつつ、彼の目を真っ直ぐに見つめ、力強く言い放つ。


「良いか。お前らも大事な事だから、俺の話をしっかりと聞いとけ。」


 俺はピッと背筋を伸ばし、ギルドメンバー全員に真剣な目を向けると、メズはまだ俺が何も喋っていないにも関わらず、「へぇ。」「そうなんだ。」「すごーい。」とあからさまに興味なさげな態度で、ふわぁと欠伸混じりに適当に相槌を打っている。


 本当クソ女だなこいつ。


 それでも、メズ以外のメンバーは真面目に耳を傾けてくれている為、俺は毅然とした態度で口を開く。


「このアバンダンドの世界にいる学生のうち三分の一くらいが不登校だ。皆敢えて言ってないだけで、実際は終わってる奴らがほとんどだ。むしろ、この世界においては、ユカちゃんやレンタロウのようなマトモに学生やってる方が異常者なんだよ。だから、何も気にする必要はない。」


 俺の渾身の演説を聞いたレンタロウは、「...ロクでもないものを聞いた。」と疲れた様子で目頭を押さえたあと、哀れむような目でササガワに話しかける。


「ササガワくん。このおっさんの言う事なんて、ほんっっとうにロクでもないから、あまり信用しない方がいいぞ。」


「まぁ、きっとモノーキーさんなりに、ササガワさんを思っての発言だと思います。...ですよね?」


 ユカちゃんも俺の言葉を聞いて、理解に苦しんでるようだが、何とか必死にフォローしながら、俺に問うてくる。


 おう、当たり前だろ。


「ササガワくんさ。よくこの頭のおかしいおっさんと仲良く出来てるな。嫌な事とかされてないか?」


「いや、アルゴさんはちょっと、というか、かなり人間性に問題はありますけど、優しい人ですよ。」


「優しい...?嘘だろ?おっさんどっちかってと、イジメとかしそうなタイプじゃね?大丈夫か?」


「ぶちのめすぞ、クソガキ。いじめなんかした事ねーよ、俺は。俺は自分にしか興味ねーよ。んな事して、俺にメリットなんか何もないだろ。」


「本当にアルゴさんは人に興味がないんです。現実で会った時も、僕百キロあって太ってるんですけど、その事とか一切茶化さないですし、一人の人間として向き合ってくれたので。」


 レンタロウとユカちゃんはササガワの言葉に、へぇ〜っ、と少し俺を見直したような視線で見つめてくる。


 悪くない気分だ。っていうか、


「一つ聞きたい。百キロってデブなのか?」


 百キロくらいなら高身長の奴とかなら、割と普通に行きそうな気もするけど。


 俺は率直に隣にいるササガワに顔を向けて尋ねると、「僕はそう思ってるけど。」と返答が返ってくる。


 ふーむ。なるほど。一般的にはそうなのか。


「クソ。ザラシに前に会った時、確かあいつ、百三十キロって言ってたから、感覚狂うな。」


「そうね。ザラシを初めて見た時衝撃的だったわ。あそこまでいって、漸くデブと言えるわよね。」


 先程まで興味なさそうにしていたメズが俺の発言に分かる分かると、両腕を組んで目を瞑りながら、何度も頷いている。


「お前らの基準いったいどうなってんだよ...。」


 呆れたようにレンタロウが呟いていた。


お読みいただきありがとうございます。

面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。


よろしくお願い致します。

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