第2章13話〜あの人が〜
「あの、ユカユカさん?」
「知らない!」
五層の大通りを一人スタスタと先頭を歩くユカちゃんにさっきから何を言っても、何を聞いても、このような素っ気ない返事が返ってくるばかりだ。一刻も早くここを離れたいのだろう。困ったお嬢さんである。勢いよく歩いている為か、ミルクティーカラーのポニーテールが左右に揺れている。まさに馬の尻尾のようだ。
俺達は船の出航まで、まだ大分時間もある為、五層以外にも行く事にした。訪れる層の優先順位は二層が一番高い。二層で発生するメインストーリーは後々の事を考えて進めておいた方が良いだろう。三層と四層は後回しだ。
俺がどうしたら彼女の機嫌が治るかと考えていると、弱みを見つけたと言わんばかりに、メズは嬉しそうな笑みをしながら、俺の隣に並んで話しかけてくる。
「女の子に振り回されるなんて、アルゴらしくないわね。」
「うるせぇな。」
メズはニヤニヤと揶揄うように俺の腕を肘でこづいてくる。小柄なエルフである為だろう、エグい角度でやってきており、ほぼエルボー状態だ。鬱陶しい事極まりない。
「おっさんとメズさんって、仲良いんすね。」
メズの俺に対するウザ絡みを見て、レンタロウが呟くと、メズはかぶりを振って否定する。
「いや。大分仲悪かったわよ。ま、アルゴは私の事大好きみたいだけど。モテる女は辛いわね。」
真っ白な前髪をかきあげて、困っちゃうわとメズは良い女ぶっている。
「ははは。お前の脳みそは腐ってるみたいだな。」
仲が良い、ねぇ...。単純に古くからの知り合いではあるし、昔同じギルドにもいた事はあるから、紆余曲折ありつつも、今は仲は悪くはないのはその通りだと思う。ただ、俺とメズはお互いに人間性は最悪だと思っている事は間違いない。まぁ、その分二人とも言いたい事を我慢せずに言える関係ではあるとは言えるだろうが。
そんな事を考えていると、一つの疑問が頭の中に浮かび上がってきたので、俺はレンタロウに聞いてみる事にした。
「そういや、レンタロウ。俺はおっさん呼びなのに、メズにはおばさんって言わないのな。こいつ、俺と数歳しか年齢変わらんかったと思うぞ。なぁ、メズ。お前、今何歳だっけ?」
俺がそう言った瞬間、メズに左脹ら脛を後ろから思い切り蹴飛ばされた。PvPエリアではないから、HPの減少はゼロであるが、脹ら脛を蹴り飛ばされせいで、VRモニターの視点がグラッと揺れた事に対して、俺は怒りをぶつける。
「てめぇ!何しやがる!」
「それはこっちのセリフよ!私は世間的には可愛い女の子で売ってるんだから。大体の年齢をバラすんじゃないわよ!いい?レンくん。私の事おばさんって言ったら、●すからね。」
メズが怒りの形相でそう言うと、不適切な音声が確認されたのでリアルタイムフィルター処理を行いましたとログが流れる。レンタロウは、「...はい。勿論です。メズさん。」と怯えながら答えている。
ユカちゃん以外の皆で、こんなやりとりをしていたせいだろうか。ユカちゃんはピタと足を止め、首だけ動かして、後ろを振り返って俺達を見てくる。俺はユカちゃんに視線を合わせ、軽く右手を振ると、すぐにまたユカちゃんは正面を向いて、スタスタ歩き始めてしまう。
メズもめんどくさい奴だが、こっちはこっちで気難しいお嬢さんである。
―――
更に大通りを少し歩くと、道の先には壁しかなくなり、行き止まりとなっている。それを見たユカちゃんは足を止め、その場に立ち尽くし、困惑している。どうしたら良いか分からないようだ。
「あの、これはどうしたら良いのでしょうか?」
ユカちゃんは後方にいる俺達の方に体を向けて、尋ねてくる。
ようやく、お姫様のご機嫌が戻ったらしい。しかし、よっぽどの恥辱であったのだろう。いつもならしっかりと目を合わせてくるユカちゃんも、今は気持ち目線が下の方に向いている。
「そこに魔法陣があるだろ。この上に乗るんだ。」
俺は指で石畳の上に書いてある魔法陣を指し示す。
「二層から五層の移動は、この魔法陣の上に乗れば選択肢が表示される。行きたい階層をタップすれば良い。これから、俺達が向かうのは二層だな。」
俺がそう言うと、レンタロウがひと足先に魔法陣の上に乗って、姉であるユカちゃんへと呼びかける。
「ほらほら、姉ちゃん。魔法陣に乗ればワープして上の層にいけるよ。すごいよ。面白いよ。楽しいよ。」
「...へぇ。」
その言葉と共にユカちゃんの目の奥が鈍く光る。
レンタロウなりにユカちゃんを宥めているようだが、完全におちょくってるようにしか見えない。ユカちゃんの"へぇ"がどういう意味を持っているのか想像するだけでレンタロウの未来が察せられてしまう。
...あいつ、ログアウトしたら、大丈夫なんだろうか。
それから、俺達は魔法陣の上に乗り、二層へと移動する。二層は行政地区であり、アバンダンドのメインシナリオは主にこの二層に来る事によって、進行する為、何度も訪れる事になるエリアだ。二層の中心にあるクランス・パイラル城は無骨な作りの城であり、見た目的には砦に近い。門番の兵士に話しかけると、俺とユカちゃんのストーリーが始まる。初めてクランス・パイラル城を訪れたプレイヤーには、このイベントが流れる事になっている。
二層に来た目的はこれだ。せっかく、ヴォルトシェルに来たんだ。ユカちゃんのメインストーリー進めとかないとな。これをやっておかないとレベル30になった時のレベルキャップイベントが発生しないし、馬に乗る為のクエストも発生しない。超重要なイベントとも言える。どうやら、メズの倉庫キャラであるミルファは既にこのストーリーを済ませていたらしく、「待ってるから、ゆっくりでいいわよ。」と俺とユカにゃんに言う。
このメインストーリーは、最近ヴォルトシェルの治安が悪くなったにも関わらずお姫様がお転婆で困ってしまうと言う門番が愚痴をこぼすところから始まる。先日、お姫様がお城を抜け出した際に何か落とし物をしてしまったらしく、それを探さないといけないという話だ。
「俺もアルゴで前に見たから、イベントスキップするけど、ユカちゃんは気にせず、ゆっくり見てて良いからな。」
俺の呼びかけに、「はーい。」とユカちゃんから返事が来る。
ユカちゃんは真剣にストーリーを追っている為、一度これを見ている俺とメズとレンタロウは少し後ろに下がって話をする事にする。
雑談の声で邪魔したら悪いからな。
「私、アバンダンドのメインストーリー好きなのよね。MMOのストーリーなんかどうでも良いってスキップするプレイヤーも多いみたいだけど。」
メズの言葉にレンタロウは頷いて答える。
「俺も結構好きですよ。割と伏線とかも貼っててよく出来てるなぁと感じます。」
「ね。面白いのに勿体無いわよね。」
メズやレンタロウの言う通り、アバンダンドはMMOにしては、ストーリーにかなり力を入れているゲームだ。しかし、ネットゲームという性質上、最初はきちんストーリーを見ていたとしても、次にストーリーが進むまでにプレイヤーはレベルを上げたり、必要アイテムを探したり、別のクエストを受けたりと期間が空いてしまい、どうにも感情移入がしにくい。その為、何だかストーリーも良く分からなくなってしまい、スキップしてしまう人もかなり多いのが勿体無いところではある。
「そういや、アルゴ。アンタ、ラビッツフットの本部見て来なくて良いの?久々にヴォルトシェルに来たんでしょ?」
メズの言うラビッツフットの本部とは、このモノーキーじゃ行く事の出来ない蒼穹回廊の事を示すのではなく、二層の今までずっとラビッツフットの本部として使っていた所を示しているのだろう。
「あぁ。ユカちゃん達がログインする前に二層に寄って見てきたが、既に別のギルドがあの場所を購入していたよ。もう別物だった。」
恐らく、この一週間ちょいの間にラビッツフットの本部は蒼穹回廊へと移転したのだろう。二層の土地も蒼穹回廊ほどとは言えないが、出品される事は滅多に無い為、即売却出来たはずだ。ラビッツフットを追放された事やラビッツフットのメンバーと会えなくなった事よりも、二層からギルド本部が無くなった事の方が心に来た。かなり内装とかもこだわって作って、ハウジングしていたし、ギルドでの全ての思い出がここから始まっていたようなもんだったからな。
「終わりました!お待たせしました!」
そう言って、ユカちゃんが俺達の元へ駆け寄ってくる。声の調子もいつも通りとなっているし、完全復活と言ったところだ。
これでユカちゃんがヴォルトシェルで最低限やるべき事は終わったな。
「後は三層と四層を軽く見て回れば、丁度船に乗る時間になるだろう。」
俺のその言葉に、ユカちゃんは怪訝そうに首を傾げながら、遥か上空に浮かんでいる一層を指差す。
「一層は行けないんですか?」
「ああ。最低でも、レベル50にならない限り無理だな。それに、ストーリーも進めないと行く事は出来ない。ちなみに一層への魔法陣は城の横にあるそこのゲートの中にあるぞ。」
俺は城と同レベルで厳重な警備がされている門へと目線を移すと、ユカちゃんも俺の目線を追って、門をじーっと目を凝らして見つめている。すると、門の中から二人のプレイヤーが歩いてきた。彼らはこちらを一瞥すると、すぐ再びただ前を歩いて行く。ユカちゃんもその人物が誰か分かったようで息を呑んでいる。二人の頭上にはHaub Warabimochiと名前が表示されていたからだ。
ホーブ...。
俺に気づく事なく、二人は二層から五層へと行き来できる魔法陣の元へと向かっていく。横を見るとレンタロウが歯を食いしばって、ホーブの隣にいる男。蕨餅をずっと見つめていた。
「おっさん、俺は必ず蕨餅を倒すぞ。おっさんの昔の仲間だろうがな。」
「そうしたきゃ、そうしろ。俺は口を出さん。」
「...あの人が、モノーキーさんとメズさんが言っていた英雄、ホーブさん。話に聞くほど悪い人には見えないどころか、優しげな人に見えますけど。」
ユカちゃんが繁々とホーブを遠くから見つめ、そう言葉を漏らすと、メズが激しく首を横に振り、ユカちゃんの言葉を否定する。
「あの優男みたいな風貌に騙されちゃいけないわ。私に言わせれば、ホーブもアルゴと同じ狂人よ。」
メズは所属していたギルド、ナイトアウルをホーブによって壊滅させられたのが、よほど腹立たしいらしい。苦虫を噛み潰したような険しい顔で、メズは吐き捨てる。
正直、ギルド壊滅の半分くらいは、お前が悪いんだけどな。ま、メズの事だからそこも分かってるとは思うけど。それでも、ホーブやラビッツフットに対して、やりきれない気持ちはあるのだろう。
俺は上を見上げる。今は入る事の出来ない第一層が遥か上空に存在している。今の俺はホーブに見向きもされない。それは仕方のない事だ。しかし、次に会った時は無視なんかさせない。
「あそこは全て俺のものだ。必ず取り返す。」
お読みいただきありがとうございます。
面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。
よろしくお願い致します。




