第2章9話〜これはダメです〜
ヴォルトシェル王国の門をくぐり、最下層である商業地区に入った俺たちは感動する間もなく、
「とりあえず、今日はここまでにしておこう」と、2人にログアウトを促す。
俺の言葉に2人は頷き、「今日は、ありがとうございました!また明日お願いします!」と、ユカちゃんは深く頭を下げる。
「んな、礼を言われるような大した事じゃないさ。また明日な。」
俺は彼らを見送る為に手を振りながら、答えていると1人の女性プレイヤーが、「こんにちわー。」と俺達に声をかけてきた。
「あの、初ヴォルトシェルですよね?もし良かったら、写真撮りましょうか?」
女性プレイヤーからの思いがけない提案にユカちゃんは、「良いんですか!?」と驚喜の声をあげる。
「ええ、勿論です。みなさん、並んでください。」
女性プレイヤーは微笑むと、俺たちの前に出て、スクショを撮る準備を始めている。
スクショか。確かに良いかもしれないな。
「五つ葉のクローバーの初イベント達成記念ですね!」
歓喜してるユカちゃんを中心に挟むように、俺は彼女の右に、レンタロウは左にと並び始める。大冒険を経て、初めてヴォルトシェルへとたどり着いたんだ。今日の主役はユカちゃんだからな。しかし、その主役のユカちゃんは、まるで入学しました、と言わんばかりに、直立不動のポーズをとっている。
これが今時の若い娘の姿か...。俺だってもっとマトモなポーズくらい取れるぞ。いくらなんでも酷すぎる。
よっぽど俺が愕然とした顔をしていたのだろう。ユカちゃんは顔を真っ赤にして、「ポーズ取るの苦手なんですよ!」と叫んだ。
「姉ちゃん。恥ずかしがってポーズとか取れない人なんすよ。家族写真とか全部直立ポーズだし。」
「タロちゃんいいの。そんな事モノーキーさんに言わなくて!」
憮然とした声で、ユカちゃんは不満そうに口を尖らせている。
ただ、いくらなんでもこれじゃあな。
俺はユカちゃんの手首を掴んで、上に大きく持ち上げる。拳を上に突き上げるような形になり、これで少しはマシなポーズになったと俺は満足する。しかし、ユカちゃんは咄嗟のことで何が起きたのか理解できていないようで目を大きくして、こっちを見ている。
俺は女性プレイヤーに目で合図を送ると、女性プレイヤーはニヤリとした笑みを浮かべ、その瞬間カシャっと音が鳴る。ユカちゃんから、「あっ」と声が漏れた。
写真を撮った女性プレイヤーは、微笑みを浮かべながら俺たち3人に写真データを配り始める。
「ちょっと!私横向いちゃってるじゃないですか!これはダメです!無しです!」
「いや、これで良いよ。直立不動よりよっぽど良い」
「ダメです!もう一回撮りましょう!これはダメ!」
そう言って、ユカちゃんは怒鳴った。
昨日は久しぶりによく寝た気もする。流石に昨日は神経を集中させたた為、気づかないうちに相当疲れていたようだ。携帯端末を見ると、メズからメッセージが何件か入っている。まぁどうせロクでもない内容だろう。メッセージを見ずに俺は再び、アバンダンドの世界に戻る。
結局ヴォルトシェルまで来てしまえば、船に乗って、次の拠点まで行かない限り、海峡のモンスターのレベルが高すぎる為、狩りも出来ない。だから、久しぶりにヴォルトシェルを探索して、時間を潰す事にした。
この国をユカちゃんに案内する前に、俺1人で寄っておきたい場所もあったし、丁度いい機会だ。
俺は第五層に何ヶ所もあるうちの1つの魔法陣の上に乗ると、第四層居住区へと移動する。第四層にはアイテム管理とジョブチェンジをする為の冒険者の家がある。
冒険者の家は、どの町でも基本的に無料なのだが、ここヴォルトシェルだけは使用料金は1ヶ月払いで1万Gとなっている。至る所でプレイヤーから金をむしり取ってやるという運営の意思を感じる。
だが、俺はここを契約しない。いや、契約をしないと言うのは違うな。すでに契約してあると言ったほうが正しいだろう。俺は"アルゴ"として契約していた家へと移動する。アルゴの時に既に1年間分の料金払っているから、パスコードを入力さえ出来れば、いつでも中に入る事が出来る。
逆に言えば、パスコードを漏らしてしまったプレイヤーがアイテムを奪われたという恐ろしい事件も何回も起きている。だから、俺は面倒だがワンタイムパスワードでの登録にしている。いちいち入るたびに確認するのはめんどくさいが、これなら確実なセキュリティだからな。
ドアに触れると、【パスワードを送る】という選択肢をタップする。これで登録してあるメールアドレスにワンタイムパスワードが送られてくる。俺はVRゴーグル外し、携帯端末に送られてきたパスワードを確認する。
よし、これを打ち込めば良いな。
再びVRゴーグルを装着し、ドアにパスワードを打ち込むとドアが開いた。
...当たり前だがここは変わってないな。
中に入った俺は、部屋の中を一瞥した後、少しアイテム整理でもするかと、アイテムボックスの中から、モノーキーとして使えそうなアイテムを物色する。
ま、こんなところだろうか。
ある程度必要なアイテムを取り出し、部屋を出ようとした時、デスクにおいてあった写真立てに目がいった。
普段ならそこに目がいく事はなかったが、多分昨日ギルドで写真を撮ったからだろうか。この写真は公式で呼ばれた際の期待のルーキーがうんたらかんたらって時の物だ。その時のイベントは、5人呼ばれていた。悪目立ちしていた事もあってか、俺を中心に5人並んでいる。
当時所属していたギルドのマスターが撮ってくれた記念写真には、俺の左隣にいるメズが満面の笑顔でピースしている。俺の右隣いるホーブは、俺の肩に手を回し、俺も笑顔で拳を空に突き上げていた。
俺は踵を返し、もう一度アイテムボックスへと向かう。その中から予備の写真立てを取り出し、昨日撮った写真データをその中に移すと、写真立ての中に画像が浮かび上がった。
俺は、デスクの上に写真立てを2つ並べるように置き、冒険者の家から出て行った。
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