プロローグ2 〜普通に人としては最低だよね〜
その日、俺は購入した土地を訪れはしなかった。別に落札さえしてしまえば、特段焦ってその土地を訪れなければいけない訳じゃない。いずれはそこにギルド本部建てるにしても、まだ構想すら出来ていない今、訪れたところで、蒼穹回廊の一区画に更地があるだけだ。そんなのを見に行って、これが我がギルドの血と汗の涙の結晶かぁなんて、感動出来るほど俺はセンチメンタルな人間じゃあないしな。
それに、一層を訪れなかったのには他にも理由がある。その日は丁度ユニークモンスターという固有のレアモンスターが、フィールドに出現する時間が差し迫っており、俺は金策チームのギルドメンバーを引き連れて行かなければならなかった。
基本的にモンスターは倒すと、再びその場に登場するまでに5分間の間隔がある。この再登場の事をリポップと言う。ユニークモンスターは、通常モンスターがリポップする際に低確率で代わりに現れる事がある。逆にユニークモンスターは一度倒されると、通常モンスターをいくら倒しても絶対に現れない空白の時間がある。この空白時間は、ユニークモンスター毎に数時間、1日、数日、数週間、はたまた1ヶ月と、非常に幅広く個別に設定されている。
今回ラビッツフットが狙っていたユニークモンスターの空白時間の終了が、その日の20:42で、蒼穹回廊を落札した後からでも、充分狙える時間となっていた。普通であれば、そんな大きなイベントをこなした後だ、ゆっくりもしたいところなのだが、わざわざこんなめんどくさい敵であるユニークモンスターを狙う理由も当然ちゃんとある。
それは、ユニークモンスターが落とすアイテムは非常に高額なものが多いと言う事だ。初心者エリアに発生するユニークモンスターですら、数百万Gの値をつけるアイテムを落とす奴もいる。まさに一攫千金だ。だが、上述の通りユニークモンスターは、フィールドに滅多に現れない。だからこそ、例え疲れていても、大金を手に入れられる大きなチャンスであるユニークモンスターは、狩れる時に狩っておかなければならないのだ。
そんな一攫千金のモンスターであるユニークモンスターには当然、デメリットもある。それは、ユニークが発生するエリアでレベル上げをしているプレイヤーでは、まず勝つ事は不可能なほど強く設定されている上に、出会ったら一目散に襲いかかって来る厄介な習性も持っている事だ。ただレベル上げしたいプレイヤーにとっては、突如現れて襲いかかってくる絶対勝つ事の出来ない恐怖の象徴ともいえる存在だろう。そんな危険モンスターだからこそ、プレイヤー達は、ユニークモンスターがポップしたら、大声で叫んで
◯◯がいまーーーーす。注意してくださーーーーい
または、
今、◯◯が倒されたので△△時まではリポップされないので安心してください!
こんな風に注意喚起をし合う、MMORPG特有の独自の文化まで生まれた。実に心温まる話だ。
...ただ、これはあくまでも初期の初期の話だ。
このゲームのサービスが開始されて3年経った今となっては、その恐怖の象徴も高額アイテムを落とすだけの幸運のシンボルと化してしまった。ユニークモンスターのリポップ時間が近づくと、リポップ場所周辺には、数十人を超えるプレイヤー達が目をぎらつかせている事も珍しくない。これはモンスターの占有権を奪い取ることに神経を集中させているためだ。
モンスターの占有権、つまりモンスターと戦う為の資格は、一番初めにモンスターに攻撃やスキルを当てた個人やパーティのものとなる。これを手にした者や仲間以外は、一切そのモンスターに攻撃やスキルを仕掛ける事は出来なくなる。だから、リポップ時間になると、どこに出現するか分からないユニークの占有権を取る為に、狙っているプレイヤー達は、範囲攻撃スキルや範囲攻撃魔法を打ちまくる。
範囲攻撃により、そのエリアは火柱が噴き出て、竜巻は吹き荒れ、落雷は落ち、ユニークモンスターが生まれ、倒されるまで、フィールドにいるモンスター達は一匹残らず消滅し続ける。まるでこの世の終わりみたいな光景となる。その為、初心者向けエリアでのユニーク狩りは、尚更酷い事になる。初心者からしたら、超高レベルプレイヤー達が目の前で暴れ回ってる様子は、トラウマになってもおかしくない。もはや、マナーもへったくれもない。モンスターからしてみたら、生まれた瞬間に殺しにかかってくるプレイヤーの方が、よほど悪魔のような存在だろう。
と、まぁ俺もこんな批判的な感じで言ってはいるが、金策は前も言った通り普通にやったんじゃ1時間で数千Gしか稼げない。だから、チマチマ素材を集めて売ったりするより、こうやってユニークモンスター狙いで一攫千金狙いをする方があっている。
蒼穹回廊購入により、いくらラビッツフットが最大手ギルドとはいえ、財政的にも少し苦しくなってきている。土地代に比べれば、さして大変ではないが、ギルド本部の建設費だって必要になってくる。金はいくらでもあるにこした事はない。それにネトゲ廃人向け超高難易度モンスターであるネームドモンスターというユニークモンスターの上位の存在もいる。こいつを狩るには、ポーションやサポートアイテム等の消耗品も尋常じゃないほど必要となり、ギルドの経費も相当なものとなる。
とにかく金、金、金。こいつがなければこのアバンダンドいうゲームを遊び尽くす事は出来ない。金はいくらあっても困る事はない。
その日も俺達は、当然の如くユニークモンスターの占有権を手に入れ、ユニークと戦う事が出来た。アイテムこそドロップしなかったが、蒼穹回廊を手にしたという事もあり、最高の日としてログアウトをした。
次の日が俺にとって地獄になるとも知らずに。
翌日。俺は目を覚ますと、そのまま飯も食わずにVRゴーグルを装着し、電源を入れる。真っ暗だった目の前のモニターに、ネットワークに接続しています。との文字が現れる。インターネット接続が完了すると、様々なゲームタイトルが目の前に現れる。俺は、その中からアバンダンド・コンティネント・オンラインを選択し、ログインIDとパスワードを入力すると、モニターに俺のアバターが現れる。
レベル87、メインジョブは盗賊。種族は人間族である。現実の俺に比べりゃあ、男前度は下がるが、キャラメイキングを死ぬほど作り込んだ傑作だ。
こいつをタップするとアバンダンドの世界へレッツゴーと本来はなるのだが、この日は違った。何度キャラクターをタップしても、仮想空間に入ることが出来ない。
んだよ、こりゃ!課金忘れか?あー、いや、でもちげーか。
アバンダンドは、基本プレイするのに月額料金がかかるMMORPGだ。だから、一瞬課金忘れか?と頭に浮かんだが、毎回専用カードを買ってコードを入力するのがめんどくさくなった為、引き落としへと切り替えたばっかだ。
これでもないとするといったいなんだ。緊急メンテか?
俺はキャラクター選択画面からお知らせのメニューへと切り替えようとすると、キャラクターの頭上の方に何やらテキストが出ているのに気づき、そのテキストを読み始める。
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このキャラクターのアカウントは60日間停止されました。異議申し立てがある場合は、こちらの投稿フォームからお問い合わせください。
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...はあ!?いやいや、アカウント停止される事なんか、何もしてねーし。意味が分からん。
とりあえず、投稿フォームから異議申し立てを送ってみたが、すぐには返信は来ないだろう。俺には何の非もなく、冤罪であることは明白だ。だから、そのうち解除されるはずだが、この現状に少しだけ困っているも事実だ。何故なら、今日はリポップ間隔が月に一回しかない、ユニークのさらに上位、ネームド狩りがある。
別に俺がいようがいまいが、ネームド狩りは行われるだろうが、盗賊である俺が1人いなくなれば、また戦略は変わってくる。サブマスターであるホーブには、その件だけは何としてでも伝えなければならない。この時間帯であれば、ログインしているはずだ。
俺はこのアカウントに登録してあるフレンドの項目に行き、フレンド達のログイン状態を確認する。
Name:Haub 状態:ONLINE
よし!ホーブはログインしているな。
アカウントが停止された事により、アバンダンド内に入る事は出来ないが、フレンドへの通話機能は使用可能だ。俺は安堵から大きく息を吐く。
...とりあえず、これで今日の狩りは、何とかなるな。
俺は急いでホーブへコールすると、ホーブは俺からの連絡を待ち侘びていたかのように、すぐ着信に応えてくれた。
《もしもし、リーダー。全然ログインしてこないからどうしたかと思ったよ。》
《悪い。ちょっと訳分かんねえ事が起きててよ。アカウントが停止されて、ログインが出来ねーんだ。》
《...アカウントの停止ぃ!?...マジか。》
ホーブは、俺の言葉に驚いた声を上げている。
そりゃそうだ。驚くのも無理はない。俺だってアカウント停止になっていた事は、完全に予想外だったのだ。ホーブからしたら尚更だろう。
《...ねぇ、リーダー。心当たりはあるのかい?基本的にアカウントが停止されるってのは、相当な規約違反をしたって事なはずだけど。》
ホーブはそう言って、俺に問いかけてくるが、ガチで俺には心当たりなんかない。俺は品行方正に生きている自信があるからな。
《俺は規約違反なんかしてねーぞ。RMTだって、マジで一回もやったことないし。》
MMORPGでアカウント停止、剥奪される原因として1番多いのはRMT 。つまりリアルマネートレードと言われる行為だ。
現実世界のお金で、業者と言われるプレイヤーからゴールドを買う行為は、アバンダンドコンティネントオンラインに限らず、ほとんどのネットゲームで違反とされ、アカウント停止どころか剥奪もあり得る最も罪の重い違反行為だ。
でも、俺はそんな事する気は全くない。RMTはやったら普通に運営にバレる。ここまで鍛え上げたキャラクターを消し去るリスクのある行動なんて、俺がする訳がない。
それに、今無職の俺がそんな変な無駄遣いするはずがないのはホーブだって知っている事だろう。
《確かにRMTは一回もやってはいないだろうね。それは分かる。でも、それじゃなくてさ。他には何か思い浮かぶ?》
《全くない!!》
俺が力強く断言すると、ホーブは数秒間何か思考を巡らせていたようで、一旦言葉を止めてから、ゆっくりと話し出す。
《そっかぁ、リーダー。ちょっとオレの方も朝から大変なことが起きてて、これを見てくれ。メッセージを送るから。》
その言葉通り、十数秒後、俺のアカウントにホーブからメッセージが届く。
...ったく。なんだってんだ。
ホーブから送られてきたメッセージにはURLが記載されている。どうやらここに何かあるらしい。
《ウイルスじゃねーよな?》
《そんなの送るわけないだろ。ほら、ちゃん文字列確認して。ただの匿名掲示板だよ。》
確かにアドレス名は巨大匿名掲示板のものなのだ。何故、それを知ってるかと言えば、まぁそのなんだ。俺も見たり書き込んだりする事あるからな。
《俺のアカウント停止と関係あんのか?》
《まあ、そうとも言える》
しゃーない。それなら開くしかねーか。俺はそのURLのサイトをタップすると、VRゴーグルに内蔵してるインターネットブラウザが開き、その匿名掲示板のスレッドが一覧がモニターに映し出された。
その中で1番上にあったスレッドに俺は目が行く。
【Rabbit's Foot】大手ギルドのギルマスのパワハラがやばすぎるwwwwww3スレ目wwwww【蒼穹回廊】
...Rabbit's foot
...蒼穹回廊。
ふむ。
《俺達のギルドだな、これは。》
《そうだね。んじゃ、次は5レス目に貼っついてる音声ファイル聞いてみて。》
《...おう。これがなんだってんだ。》
俺は5レス目に貼られていた音声をファイルをおそるおそる開く。
「テメェ!仕事辞めてから来いや!!!!!んなノルマも果たせねぇならよぉ!!おm」
途中で聞くのをやめた。聞こえてきた声は、実に渋みのある声優にもなれそうな男性の声だったが、罵声って言うのは、いくら良い声でも聞いてて気持ちの良いもんじゃねえからな。だから、こんなん聞いてたってしょうがない。なるほど。なるほど。
《...もしかしたら、俺の声かもしれないな。》
《そうだね。毎日話してるから、オレもリーダーの声を聞き間違える事はないな。じゃあ、次は少しスレッド読んでみてくれ。》
《おう。》
俺はホーブの言う通りに、このクソみたいな誹謗中傷の温床である匿名掲示板を一気に流し見する。
82:匿名さん:20##/05/14 22:10 ID $¥€2
吹いた
85:匿名さん:20##/05/14 22:12 ID %°3#
キレすぎだろwここまでキレる事が出来るのもある意味才能だな
89:匿名さん:20##/05/14 22:15 ID <=6>
でもノルマ払わない方が悪くね?
91:匿名さん:20##/05/14 22:16 ID ☆♪→✳︎
告発者も悪いところはあるけど暴言は論外
92:匿名さん:20##/05/14 22:16 ID ○*・△
内部告発GJ このギルマス頭おかしい
95:匿名さん:20##/05/14 22:18 ID ×5+÷
隠す気一切ないところがやばい
99:匿名さん:20##/05/14 22:20 ID 〒々〆8
あー、これマジマジ 俺ラビッツフットにいたけど金出さねー奴除名するって言われて実際除名された。マジでギルマスざまぁ
100:匿名さん:20##/05/14 22:20 ID ¥$€$
↑雑魚乙
104:匿名さん:20##/05/14 22:23 ID ^|\\9
あーあwwwww
105:匿名さん:20##/05/14 22:23 ID 5¥☆°3
これ晒したのギルメンやろ 売られてて草
匿名掲示板のスレッドには、俺に対する罵倒の言葉が山のように並んでいる。よくもまぁ、こんな人を傷つける言葉が書き込めるものだ。ったく、こんな事を書き込む奴は人間性がおかしいな。こいつら小学校から道徳の授業を受け直すべきだな。
《さて、リーダー。何か言い訳とかあったら、聞くけどどう?》
《俺は悪くねえ。》
《...凄いね。こんな状況になっても、それを言えるとは...。》
《確かにこれは俺の声だ。そこは認めよう。そして多分これも言ってる。》
《そこまで分かってて、悪くないって言えるのは大したものだね。》
《実際俺悪くないからな。そういう条件で入ってんだしよ。雑魚がいくら喚こうが俺には関係ないじゃん。甘い汁だけ吸おうとしてる奴を放置してる方が悪ぃだろ、んなもん。》
《良いね。リーダーのその性格。オレ個人としては好きだよ。》
《おう、あんがと。素直に喜ばしく受け取っておこう。》
《あのさ...。リーダーは友達として付き合うと最高に面白いけど、普通に人としては最低だよね。》
《おう、半分は最高なんだろ。褒めてくれてありがとよ。》
《...マジで良い性格してるよね。》
お読みいただきありがとうございます。
面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。
よろしくお願い致します。