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第2章7話〜行きましょう〜中編

「一旦休憩取ろう。ここからは、もう一瞬たりとも気を抜けなくなる。」


 21:19 


 大平原のエリア切り替え口に到着した俺達は、大森林へに突入する前に最後の休憩を取る事にしていた。


「私は飲み物さっき用意してきたので大丈夫です。タロちゃんとモノーキーさんはどうします?」


 ユカちゃんの質問にレンタロウは、「俺も何か取ってくるかな。ちょっと行ってくる。」と答え、飲み物を取りに席を立つ。続いてユカちゃんは俺に視線を向けるが、「大丈夫だ。」と俺は軽く頷く。


 レンタロウを待ってる間、俺は星でも見るかと空を見上げる。ダンデリオンを旅立つ時は真夜中だった大平原の空が今は大分白み初めている。


 大森林を抜ける頃には、この世界は朝になっているだろうな。


 俺がそんな事を考えていると、「戻ったぞ。」とレンタロウがアバンダンドへ帰ってきた。「おかえりー。」とユカちゃんが声をかけている。


 何とも仲の良い姉弟だ。


 全員が揃った事で、俺はこれから攻略する大森林について、ユカちゃんに大まかな説明を始める。


「じゃ、皆準備は出来たようだな。大森林に入る前に最終確認だ。大森林で襲いかかってくるモンスターは巨大蜂、大蛇、白毛の猪、毒ピラニアの四種類。後はこっちから手を出さない限り襲ってくる事はない。」


 俺が名前をあげたモンスターをユカちゃんは確認するように、モンスターの種類を小声で復唱し、指で一つ一つ数えて、「了解です。」と答える。


「気をつけるべき最大の点だが、大森林はユニークモンスターが二種類湧く。一体は鮮血兎、もう一体は破顔の黒豹。」


 続けて俺は、ユカちゃんに注意を促していると、俺の口から自分が知っているモンスターの名前が出たからだろう。


「出た!鮮血兎!ここに出るんですね!」


 はしゃいだ口調でユカちゃんはそう言うと、俺の腰につけている鮮血兎の足を軽く見つめてくる。


「あぁ。この大森林に来る高レベルプレイヤーのほとんどが、この鮮血兎狙いだな。」


 俺はユカちゃんの視線の先にあった鮮血兎の足を腰から取り外して、二人の前でプラプラと軽く振って見せる。


 ここではこいつを身につけていたら、流石に目立ちすぎるな。俺がアルゴだとバレてしまっては一緒にいるユカちゃんやレンタロウが俺の仲間だと疑われて、迷惑をかけてしまいかねない。彼らはどんなに暴言を言われても笑い飛ばすようなラビッツフットのメンバーじゃない。その事を肝に銘じないとな。


 俺が鞄の中に鮮血兎の足を仕舞うのをレンタロウが見つめている。俺は首だけレンタロウに向けると、レンタロウは何か言いたそうな目をしているように見えるが、それでも口をつぐんだままだ。


 大丈夫。迷惑かけねーから、安心しろって。


 俺は軽く口の端を上げて、ニヤリと笑いかけるとレンタロウは目を逸らす。鞄に鮮血兎の足を仕舞い終わった俺は大森林の説明を再び二人に話始める。


「ま、問題なのはこの鮮血兎じゃなくて、もう一つのユニークモンスターの破顔の黒豹の方だ。こいつはレベル60超えのモンスターで、攻撃を喰らったら俺とユカちゃんじゃひとたまりもない程強い。」


「怖いですね...。」


「だが、これだけじゃないんだ。こいつのタチの悪さは。」


 俺の言葉を待つユカちゃんの表情が緊張感があるものへと変化する。


「...ドロップアイテムがクソなんだ。売っても千G程度にしかならない。」


「なーんだ。そういう冗談話ですか。」


 一体何を言い出すかと思えばといった様子で、ユカちゃんは唇に手を当て、クスッと小さく笑い出す。


 ...あー、このクイズは、まだユカちゃんには難しかったらしい。


 高レベルプレイヤーであるレンタロウは俺の言いたい事を察したようで、ユカちゃんに顔を向けて、ヒントを出す。


「...姉ちゃん。おっさんの話でピンとこないか?ドロップアイテムがクソって事は、」


 レンタロウがそこまで言うと、ユカちゃんは顔を上げて、顎に指を添えて少し考えると、「売ってもお金にならない?」とレンタロウの言葉の後を繋げる。ユカちゃんの言葉にレンタロウは大きく頷く。


「そう。だから、ユニークモンスターなのに誰も黒豹を狩らないって事が問題なんだ。」


 レンタロウがクイズの正解を言う。


 ご名答だ。


「正解だ。その上、こいつの活動エリアはこの大森林全域に渡る。唯一行かない場所は鮮血兎のリポップする竹林周辺だけだ。つまり、高レベルプレイヤーが集まるところにのみ、黒豹は行く事がない。自警団でもいない限り、黒豹は常に放置されて、大森林中を徘徊している事になる。」


「活動範囲がそれって、いくら何でも露骨過ぎませんか。一体何の為にそんな事...。」


「簡単にヴォルトシェルには行かせねーよっていう運営の嫌がらせで実装したモンスターだろうな。それ以外の理由は思いつかん。」


「...毎回思いますが、運営はプレイヤーに対して大分意地悪ですよね。」


「ま、良い風に言えば、大森林をモンスターや黒豹に絡まれずに通り抜ける最低限のプレイヤースキルを身につけろって事なんだろうな。ここを通り抜けられないようじゃ、まだ大平原にいろって事だ。」


「...頑張ります!」


 少し煽るような俺の言葉に、気合いが入ったようだ。ユカちゃんの顔が真剣なものへと変わる。


「その意気だ。んじゃ、そろそろ行こう。せっかくだからユカちゃんから入りな。ただ、いきなりモンスターがいるかもしれないから、そこは気をつけてな。」


「はい!」


 ユカちゃんは力強く返事をすると、張り切って大森林へと続くエリア切り替え口へと一足先に入って行く。俺とレンタロウもすぐに彼女のその背中を追いかけ、大森林へと入っていく。


―――


 大森林に入った瞬間、鳥達の囀りと共に神秘的な音楽がVRゴーグルに鳴り響いてくる。BGMと相まって、この大森林というエリアは、人が立ち入ってはいけないような神聖さを感じる。大森林は大平原の中央にある川の上流部に位置しており、この豊富な水資源により、成長した無数の木々で目の前すら殆ど見えないほど覆い尽くされ、足元も大量の苔や草が生い茂り、薄暗く鬱蒼としている。どこまでも見渡せるような広々としたエリアであった大平原とは非常に対照的な作りのエリアと言えるだろう。


 この未知の世界を見て、ユカちゃんは息を呑んでいる。それから、ゆっくりとユカちゃんはぼうっと月明かりで照らされる森をぐるりと見渡すと、「綺麗。」と声を漏らす。しかし、この森の神秘さに心動かされている彼女とは対照的に俺は深く安堵の息を吐く。


 ...とりあえず、エリア入り口周辺にモンスターや黒豹の姿が見えなくて良かった。事前にユカちゃんには伝えてはあるが、エリアの切り替え口でいきなりモンスターが目の前にいて絡まれる事がある。これはプレイヤーがモンスターに追われてエリア切り替え口まで連れてきてしまう事によるものだ。ここで出会ってしまったら、何の対処も仕様もなく、やられてしまう可能性もあったからな。


「じゃあ、行くか。」


 レンタロウも周囲の確認が終わったらしい。俺とユカちゃんの前に出て、一行の先頭を歩き始める。ここからは高レベルプレイヤーのレンタロウが俺達を先導する事になる。


 真っ暗闇の中、先導するレンタロウの姿を見失わないようにユカちゃんは真剣にその背中を追っている。一応全員鞄の中には松明は用意してある。火を灯せばこの暗闇の中でも相当見やすくなるのだろうが、モンスターからも俺達の姿が見つけやすくなってしまう。今回の旅は基本的にはモンスターとの戦闘は回避していく為、出来る限り松明は使わない方針だ。


 高レベルのレンタロウが先導しているんだし、全部のモンスターをレンタロウに狩ってもらえば良いのでは?と思うかもしれないが、そういうわけにも行かない。何故なら、この姉弟のログアウト時間である二十三時までにヴォルトシェルに辿り着かなきゃいけないからだ。だから、一々モンスターと戦っていたら、時間がかかり過ぎてしまう上に、大森林は大平原よりもモンスターの密集度も高い。レンタロウがモンスターを相手にしている間に俺やユカちゃんが別のモンスターに絡まれてしまう事故が普通にあり得てしまう。


 レンタロウ一人で平均レベル40超えの大森林のモンスター複数同時に相手にするのは、いくらレベル70超えとはいえど、簡単な話ではない。俺とユカちゃんに敵からの攻撃を受けさせないように常に全モンスターのヘイトコントロールを自分に向けさせるのは相当な難易度だ。だから、どうしても回避出来なさそうなモンスターのみ、レンタロウに狩ってもらい、それ以外は無用な戦闘は出来る限り避けて、迅速にここを抜ける事が最善となる。


 事前にダンデリオンの町で購入した羊皮紙で出来た大森林のMAPを広げると、何も書かれていなかった羊皮紙に大森林の全体の絵図が浮かび出す。この羊皮紙には魔法がかけられており、常に自分達の位置も表示される大変便利な仕組みだ。俺達は逐一現在地を確認しながら、足を進めて行く。大森林はその入り組んだ作りからMAPがなければ初心者では海峡に辿り着くのは至難の業だ。MAPの使い方も含めて、脱初心者という意味ではこれほどうってつけのエリアはないだろう。


 大森林も半分ほど歩みを進めたところで、馬に乗った四人の集団が俺達の前に現れた。恐らく、鮮血兎を狩りに来たどこかのギルドだろう。彼等は先導していたレンタロウに視線を向けた後、次に俺とユカちゃんを見て察したらしい。高レベルの鎧を身につけたギルドマスターらしき女性キャラクターが馬に乗ったまま俺達に声をかけてきた。


「こんばんわ。これから初ヴォルトシェルですか?頑張ってください!さっき、破顔の黒豹見ましたよ。気をつけてね。」


「あ、ありがとうございます!そうなんです!初めてなんです!気をつけます!」


 ユカちゃんは嬉しそうな声で彼等に感謝の言葉を述べると、何度もペコペコと恐縮しきりに頭下げている。恐らく、彼らの言葉は俺にも向けたものだろう。サブアカウントだなんだと、一々説明するのもめんどくせーし、俺も彼等に礼を言う事にする。


「ありがとうございます。頑張ります。」


 俺が彼等に会釈して、お礼の言葉を言うのを見て、レンタロウとユカちゃんが信じられないものを見たといった様子で驚いている。


 ...何だよ。何が言いたいんだよ。


 彼等は俺達に、「じゃ、頑張ってねー!」とエールを送ると、馬で勢い良く走り去って行く。これから彼等は鮮血兎に一攫千金の夢を求めに行くのだろう。彼等の姿が見えなくなるのを確認すると、ユカちゃんがポツリと呟く。


「モノーキーさん、お礼とか言えるんですね。そういうのくだらねぇとか言うのかと思ってました。」


「俺も。」


 ユカちゃんの言葉にレンタロウも共感して呟く。


 ...こいつら、人の事を何だと思ってるんだ。


「善意をぶつけられたら、俺だって善意で返すくらいするぞ。そこのラインを間違うような真似はしねーよ。な?失礼だよなぁ?」


 俺は同意を求めるように近くをノソノソと歩いている巨大カブトムシのモンスターに視線を合わせるが、カブトムシは落ち葉の上をただただ、ゆっくりゆっくりと歩いている。


―――


 ギルド一行と別れ、再び俺達はひたすら北に向かうと、出口までの八割程度は到達した。その上、未だに一度もモンスターに絡まれていない。これはレンタロウが回避出来なそうな敵は事前に処理してくれている事もあるが、ユカちゃんもかなり周りに気を使って歩いている事がうまくいっているのだろう。このまま順調にいけば何の問題もなく大森林を抜けれるだろうが、やはり気がかりなのは破顔の黒豹だ。ヴォルトシェル側から来たギルド一行が黒豹を見かけたと言う事は、奴は海峡側のエリア切り替え口方面にいたという事だ。黒豹の移動速度はプレイヤーの二倍はある。もたついていたら一回は出くわすのが普通だろう。


 そんな懸念を抱えつつも、予定以上に早く大森林を九割程度進行していると、突如ユカちゃんが「あっ!」と声をあげた。黒豹かと思い緊張感が走るが、ユカちゃんが指を指し示すその先には、巨大な三本角の鹿がのそりのそりと歩いていた。


「昔流行ったアニメ思い出します。」


 あー、こういうのいたよな。俺もテレビで流されるアニメ映画の再放送でこういうの見た事ある。


 その雄大で神秘的な姿にユカちゃんが見惚れていると、突然目の前の鹿が倒れた。黒豹が鹿を木の上から襲いかかり、その鋭い爪で鹿を組み伏せ、貪っている。


 獲物を捕らえた事なのか、それとも俺達を驚かせた事なのか、もしくは両方か。破顔の黒豹の名の通り、ニタリとした笑みを見せると、大森林中に耳を劈く笑い声にも聞こえる不気味な大咆哮をあげる。

俺の身に付けているVRゴーグルのモニターの映像も、その黒豹が放つ振動により細かに揺れる。すると、俺達の周りを取り囲むよう無数の白毛猪が木暗の中から大咆哮に釣られて集まり出す。


 ユカちゃんは突然の出来事に何が起きたのか分からないと行った様子で、全方向からにじり寄ってくる白毛猪といつ襲いかかってくるか分からない黒豹の恐ろしさにたじろみ、後ろに半歩あとずさりする。


 クソ、もう少しだというのに。


 瞬間。レンタロウが範囲魔法を放ち、黒豹や白毛猪だけでなく、俺達の周辺にいる全てのモンスターが炎に包まれ出す。魔剣士は魔力はそれなりには高いとは言え、魔法使いと比べてしまえばその威力には雲泥の差がある。当然の事ながら、レンタロウの魔法で倒れたモンスターは一匹もおらず、モンスターの視線がレンタロウに集中する。


「おっさん、姉ちゃん。走れ!俺がここにいるモンスターは全て引きつける。これだけの量だ。ヘイトコントロールが全てうまくいくとは限らない。だから、二人でさっさと出口に行け!」


 こちらを振り向く余裕のないレンタロウは俺達に背を見せたまま、背後にいる俺とユカちゃんに向かって大声でそう叫ぶ。


「了解だ!ユカちゃん行くぞ!」


 レンタロウの指示に従い、俺は後ろに下がったユカちゃんの腕を強引に引っ張ると、唖然としていたユカちゃんも状況把握出来たようで、俺と共に全力で走り出す。


「こっから出口まで、ポーションを常に飲みながら走るんだ!いいな!?」


「はい!」


 俺達は一本目のポーションを飲み干す。HPは満タンであったが、その効果を発揮したようで目の前から一本小瓶が姿を消す。無意味かもしれないが、不意の一撃に耐えるために必要な事だ。死ぬよりマシとどんどんポーションを消費して行く。


 足元が薄暗く見にくい上に、ぬかるんでいる地面と落ち葉のせいでユカちゃんは何度もバランスを崩しそうになるが、一度も転ぶ事なく走り続ける。ひたすら木々の枝や葉をかきわけながら、進み続けると、白々と大森林は明るさを増していく。これはアバンダンドの世界の夜が明けるからだけではない。大森林の出口がもう目の前にある事を示している。しかし、行手には二匹の蜂が俺達を待ち構えていたかのように、エリア切り替え口を塞いでいた。


 ここで立ち止まったって、もうどうしようもない。強行突破だ!


 大森林を抜けようとする俺達二人に蜂は針を突き刺す。俺とユカちゃんはHPが急激に下がっていくが、四本目のポーションが丁度飲み終わった事で効果が発揮され、HPのゲージが再び上昇する。


 ...危ねぇ。飲んでなかったらやられていた。


 木々の隙間から太陽の光が一段と強く差し込むと同時に、俺とユカちゃんは大森林を抜ける事が出来た。俺達の目の前には朝日と白い砂で埋め尽くされた砂丘、そして遠くにはどこまでも広がるような海が映し出されている。


「今が真夜中な事、忘れちゃいそうですね。」


 息を弾ませながら、ユカちゃんはそう言って笑う。


 俺のモニター画面の右下に表示されるタイマーに目を向けると、現実世界の時間は22:02と映し出されていた。


お読みいただきありがとうございます。

面白く感じていただけたら、ブクマと評価していただけるととても嬉しく思います。


よろしくお願い致します。

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