第2章6話〜行きましょう〜前編
「良く俺の事知ってたな。」
「有名人だしな。それに、何年か前にACO公式のイベントにおっさん呼ばれてたろ。その時の動画見た事ある。」
ACOとは(abandoned continent online)の事だ。何かこういう略称するのって気恥ずかしい気がして、俺はアバンダンドと略すことが多い。
「あぁ、あの頃は良く公式から呼ばれてた気がするな。期待のルーキーがうんたらかんたらとかって、企画のやつだろ。何回か出たら、二度と公式から呼ばれなくなったが。」
「おっさん、アルゴの時もモノーキーの時も何一つ変わんねーのな。動画でもやりたい放題やってて、印象に残ってた。せっかく、今は姿変えておっさんの事誰も知らないんだから、もう少し猫被ったりすりゃあ良かったのに。」
「まぁ、別にアルゴだと言う事を隠すつもりなんて一切なかったからな。」
「そうなんだろうな。じゃなかったら、鮮血兎の足なんて身バレ上等な装備つけないだろうしな。」
「ああ。むしろ、バレねー方がおかしいくらいだからな。ただ、俺から敢えて言う事でもないしな。」
そう言ったはいいものの、俺は指に顎を乗せて少し考え直すと、先ほどの自分の言葉を否定する。
「いや、もしかしたら、少しは隠したい気持ちもあったのかもな。自業自得だが、周りから腫れ物扱いされる事が多いからな。そうじゃないこの一週間は大分新鮮だったぞ。」
「腫れ物扱いされないように、マトモに立ち振る舞えば良いだけじゃん。」
レンタロウは呆れながら冷たい視線を俺に向ける。しかし、俺はそんな視線など意にも介さずに言う。
「無理だな。ゲームの中までおはようございます。もし良かったらパーティに入ってはいただけませんか?みてーに頭ペコペコ、礼儀正しくして、何が面白いんだ。んなの、まるで会社だろ。つまんねーよ。そういう意味ではロールプレイで俺の事を王とか呼んでゲームしてるリンドウは、ある意味正しいとすら感じてるぞ。」
俺の持論にどこか納得がいったのか、それも一理あるかとレンタロウは呟く。
「まぁ、おっさんもバレたくはないだろうから、とりあえず姉ちゃんには、おっさんの正体内緒にしといてやるよ。」
「別にバラしても良いけどな。」
「いや、良いよ。そのうち姉ちゃんも、自分で気づくだろうから。それは俺も敢えて言う事じゃないと思ってる。...ただ、おっさん。あんまり姉ちゃんに心配かけるような行為すんなよな。」
「そこは安心しろ。五十日くらいしたら、アルゴに戻るからよ。そうしたら、俺もギルド抜けるから、もう迷惑かけるこたぁないはずだ。だからよ。それまでは楽しく一緒に遊んでやってくれ。」
そう言って、俺はケラケラと笑う。そんな俺に対してレンタロウが口を開こうとした時、
「戻りましたー。モノーキーさん、楽しそうに笑ってますね。何か面白いことあったんですか?」
丁度ユカちゃんが離席から戻ってきた。
「あったあった。ユカちゃんには内緒だけどな。」
俺は自分の口の前に人差し指を一本立てて、内緒だとポーズをとる。そんな俺に対してユカちゃんは、「えー、何でですか。」と不満そうに言う。
「タロちゃん教えてよ。」
ユカちゃんはレンタロウに詰め寄るもレンタロウも口を閉ざしている。
「まー、そのうち絶対に分かるからよ。あんま気にすんな。」
俺がそう言うと、ユカちゃんはムスっと口をとがらせ、不満そうにしている。
大丈夫。あと五十日もすりゃ絶対に分かるからな。
現実世界二十一時のアバンダンドの世界も、現実と同じく夜の中だ。足元も見えにくいほど暗い中、ダンデリオンを旅立つ前にユカちゃんが俺にポーションを配り始める。海峡では一撃でやられてしまうとはいえ、大森林では、死ぬまでに数秒はある。その際の生死を分けるのがらこのポーションだ。
残りHPが一になったとしても、生きて出口まで辿りつけりゃ、こちらの勝ちだからな。
このポーションはギルドとしてのイベントという事でユカちゃんがギルドの運営費から出している。運営費が勿体ねーし、俺はヒールも使える。それに自前のポーションもあるから、いらないとは言ったものの、「ダメです。」とユカちゃんに断られて、押し付けられる格好だ。
まぁ、小鬼の小刀を売り捌いた事で、かなり今は運営費にも余裕はある。毎日ゴブリンを狩りすぎて、ダンデリオンの町の取引販売所で小鬼の小刀の適性価格が二割程度下がるほどには貯まっている。
ユカちゃんがポーションを配り終えると、俺達はダンデリオンの町を出て大平原へとエリアを切り替える。町を出たユカちゃんは背後にあるダンデリオンの町を振り向くと、ペコリと一度お辞儀をし、「行きましょう。」と俺達に向き直って言う。
次にユカちゃんがこのダンデリオンに戻ってくるのは二ヶ月、三ヶ月はかかるかもしれない。レンタロウには言ったが、俺はその時にはこのギルドにもういないはずだ。
そんな俺とレンタロウのやり取りを知らないユカちゃんは意気揚々と鼻歌まじりに俺達を先導して歩いて行く。大平原は二週間彼女にとってプレイしてきた土地だ。こんな真っ暗闇の中でも、勝手知ったる大平原では、その足取りは軽い。大森林へのエリア切り替え口である北に向かって、大平原の中央にある川に沿いながらほぼ一直線にひたすら進んで行く。
俺はその道中で、ふと横に目をやると、ほとんど戦う事のなかった火を吐く鳥が空を飛び、草原を巨大青虫が這いずっている。大平原を大きく二つに分けるようにフィールドの中央に存在する川には毒ガエルや大きな牙を持つ大魚もいる。モンスター達は皆何だかこちらをみているような気がする。何となく、遊んで欲しかったと言わんばかりの視線だ。
しゃにむにレベリングだけをし続けた結果、ユカちゃんにアバンダンドの面白さをきちんと伝えられたかは分からない。初心者であるユカちゃんには、もう少し時間をかけて、この世界の魅力を伝えた方が良かったような気もするが、別に俺達のやったプレイイングが間違いだとは決して思わない。これはゲームだ。好きなようにプレイして、間違いなどあるわけがない。
...ただ、そうだな。時間もねーしな。こうすっか。
現在俺達の隊列は先導するユカちゃん、それを追う弟のレンタロウ、そして殿を走っている俺の並びとなっている。二人とも後ろを振り返る事もなく、一目散に次のエリアへと駆けている。
俺は一旦足を止め、僧侶の唯一使える攻撃魔法である光魔法の呪文を唱える。金砕棒の先に一点に集中した光はビームのように放たれ、中央の川で泳いでいた巨大魚へと直撃する。
攻撃魔法は魔力換算で威力が変わる為、魔力の低い僧侶の一撃では大したダメージを与えられず、巨大魚が何かしたか?と言わんばかりに、こちらをするどく睨みつけ、陸上に上がって這いずって俺の事を追いかけて来る。魚のくせに草原を這いずれるなら、何故川の中にしか普段いないのか疑問に思うところではある。
...まだ魚に追いつかれるまでは時間があるな。
俺はもう一度呪文を唱え、今度は毒ガエルに光魔法をぶつける。
自画自賛じゃないが、我ながら素晴らしいエイムだ。
毒ガエルも巨大魚と一緒に俺の背中を追いかけ始めるのを確認すると、俺は金砕棒を装備から外し、素手になり再び走り出す。
金棒だと一撃で倒しちまうからな。
俺は草原を走りながら、ユカちゃんやレンタロウがスルーしていた巨大青虫を素手でぶん殴る。飛んでいる火の鳥には石を拾ってぶん投げる。
俺の背後から、とんでもないモンスター達の叫び声と足音がフィールド中に鳴り響き出した事で流石に何か変だと思ったらしい。二人とも後ろにいる俺の方を向き直ると、目を見開いて驚いている。
「おっさん何してんだよ!」
「旅立ちの前の忘れ物だ。」
「意味わかんねーよ!」
俺とレンタロウのやりとりを見て、ユカちゃんが笑い出す。
「フフ、私たちの旅立ちっぽくていいんじゃないでしょうか。さ、ぶちのめしましょう!」
これでさよならだ。大平原。
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